ニューノーマルが普通になってゆく社会

 AI を使って何かをすることをズルいと感じる人がどれぐらいいるだろう。AI を使って将棋を研究し勝ち続ける棋士をズルいという人はいないだろう。AI を使って患者を診断する医者をズルいという人もきっといない。サッカーチームが AI を使って戦術を立てたりチームを強くしたりすれば賞賛される。でも、AI ‎に学位論文を書かせたら、人はズルいと言うのではないか?
 引用文献リストやインデックスをソフトウェアの論文作成支援機能を使って作成するのはズルいだろうか。いま論文を書く人が、ソフトウェアを使うことなしに、引用文献リストやインデックスを作っていたら、バカにされるのではないだろうか。
 でも AI が組み込まれたソフトウェアにいくつもの論文を読ませて、新しい論文を書かせるのはどうだろう。誰もがズルいと思うのではないか。実際にそのようなことをする若い人がたくさんいるなかで、年長者がそんな行為を見つけるのはほぼ不可能だ。論文を書かせるソフトウェアを作っている会社が、そのソフトウェアを使ったかどうかを判断するソフトウェアを売っているが、そんなものを買ってもその会社を潤わせるだけだ。
 一歩進んで、AI が組み込まれたソフトウェアにあるテーマを与え、関連した最新の論文を探させ、それらを読ませて、論文を書かせるというのはどうか? その場合、論文を作成する人は何もしない。出来上がりを読んで、手を入れるだけだ。そのまま提出する人だっている。それは明らかにおかしい。
 でも良く考えてみると、それほどおかしくもない。AI が組み込まれたソフトウェアが探してくるのと、グーグルが探してくるのと、どう違うというのか。ソフトウェアが読むのと自分が読むのと、何がちがうのか。書くことも、そうは違わないだろう。違いといえば、「ソフトウェアのほうが、間違いが少ない」ことと、「費やす時間が、はるかに短い」ことくらい。出来上がりは、そうは変わらない。
 論文作成の方法が変化すれば、学位授与に際しての論文の位置づけは変わってくるだろうし、学問自体も淘汰されるものが増えるに違いない。知識とか教育とかの基本が揺らぐのは自然の成り行きだ。
 大学入学共通テストの問題をスマートフォンで撮影し外部に送信した受験生のことが報道されたが、スマートフォンを袖に隠すという稚拙な方法だったから見つかったものの、もっとスマートな方法を用いていれば誰も見つけることはできなかったはずだ。不正をした受験生は悪いけれど、試験会場にシールドをかけて携帯電話の周波数帯をブロックするなどの対策を何も考えていなかった大学入試センターの側が悪いとは言えないか。
 カメラとディスプレイ、それにBluetoothなどの通信機能を搭載したスマートグラスと呼ばれているメガネ型ウェアラブル端末のなかには、ただの眼鏡と何の変わりもないものもある。試験会場にその眼鏡を付けて入り、試験用紙が配られたら、眼鏡についているカメラを指の動きで操作して試験問題を撮影し、通信機能を使って外部に送信、外部の協力者が送り返した回答を眼鏡のディスプレイに表示すれば、あとは解答用紙に答えを書き込むだけ。試験監督に気付かれることは絶対にないし、証拠が残ることもない。
 大学入試センターが会場に必要なシールドをかけたとしても、受験生はその上を行くテクノロジーを手にしている。実力を測るのに、ペーパーテストなどという前世紀的なことを続けているのがいけないのではないか。
 前世紀的なことといえば、軍事のことが挙げられる。いくつかの国が電子戦に的を絞り、多くの予算を電子戦のために振り分けているのに、多くの国は相も変わらず前世紀的な兵器を軸に戦略を立て、そのために予算を費やしている。
 中東で敵を爆撃する飛行機のパイロットは、中東にはいない。アメリカのビルのなかで、まるでゲームをするかのようにして爆撃を行っている。地雷を探知するロボットも、いつの間にか遠隔操縦になっている。でも、ほんとうに重要なのは、インフラに対する攻撃だ。
 電気と電波を使えなくすれば、指揮命令系統は機能しなくなり、電気や電波を使った武器は使えなくなり、情報とコミュニケーションのシステムやレーダー網は働かなくなり、すべての人員がパニックに陥る。と、ここまでは軍に限った話だが、話を社会にまで広げれば、違った未来が見えてくる。
 電気と電波を使えなくすれば、インターネットが使えなくなり、テレビやラジオの放送は止まり、新聞やチラシの印刷はできず、電話連絡はつかなくなる。コミュニケーションの手段を失った社会は、機能不全に陥る。水の供給が止まり、経済活動も止まり、食糧調達もままならなくなる。一言で言えば、パニックに陥る。
 電子攻撃にさらされた社会は、攻撃してきたのが誰だかわからず、疑心暗鬼に包まれる。その時点で負けである。そんな危機が目の前にあるのに、何もしない。ニューノーマルが普通になるなかで、テクノロジーを強化することなく生き延びてゆくのは、思っているよりずっと難しい。

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