唐鎌大輔

過去1年間において円の下落幅は、主要通貨の中でも群を抜いて大きく、国際決済銀行(BIS)が月次で公表する円の実質実効為替レート(REER)は、1970年代前半並みの水準まで落ち込んでいる。
もはや日本は円安になっても輸出数量が増える国ではない。REERがいくら割安感を強めてもそれが輸出数量を押し上げ、貿易黒字を増やすという展開は期待できない。とすれば、名目ベースの円相場が上昇する経路は、断たれたままである。
「円安が過剰」と評価されるためには、結局、それが貿易黒字に直結し、自国通貨買いを招き、割安感が解消されていく必要がある。ところが、既に多くの日本企業が海外生産移管を進め、「円安─輸出」という経路が機能不全になっていると考えられる中、REERの割安感が名目円高を約束するとは限らない。
これは過去10年余りで日本の誇る「世界最大の対外純資産」の中身の半分が直接投資残高になっていることからも類推できる。2000年代前半も日本は「世界最大の対外純資産」を持っていたが、当時、半分は証券投資残高で占められており、直接投資残高は20%未満だった。
リスク回避ムードの高まった場合、証券投資はリパトリエーション(本国回帰)が期待できるものの、直接投資(要は海外企業買収)はそう簡単には行かないだろう。「リスクオフの円買い」が発生する経路も、今は細っているように感じられる。
また、周知の通り、近年では対ドルに限らず、名目ベースの円相場は大して動いていない。それでもREERが割安感を強めているということは、日本の一般物価が諸外国に比べて出遅れていることを意味する。実際、足元に目を向けても欧米でインフレが懸念されているのに、日本の物価はむしろ下がっている。名目は円安のままで、物価も上がらないとすれば、REERで見た円は沈むしかない。

4 thoughts on “唐鎌大輔

  1. shinichi Post author

    「安い」日本と円の「実質実効為替レート」低下、何を象徴するのか

    by 唐鎌大輔

    https://jp.reuters.com/article/column-daisuke-karakama-idJPKBN2GD0E1

    国内の新聞・雑誌メディアでは、最近になって「安い日本」が頻繁に特集されている。9月16日の日本経済新聞は「iPhone価格、10年で3倍の19万円 日本人平均月収の6割」と題し、新しいiPhoneの値段が日本人にとって高騰している事実を報じていた。

    iPhoneに限らず、高級車や高級時計など輸入されるブランド品は、過去に比べて明確に値段が上がっている。もちろん、定価自体の上昇も世界的に認められるだろうが、その程度をどれくらい大きなものと受け止めるかどうかは、当該国のマクロ経済情勢に依存する部分もある。

    以下で議論するように、過去1年間において円の下落幅は、主要通貨の中でも群を抜いて大きく、これは日本経済の購買力低下を意味する。

    <過去1年間、最も長期平均からかい離した円>

    購買力という観点からは、ドル/円相場ではなく、貿易量および物価水準を用いて算出される通貨の総合力である実質実効為替レート(以下、REER)を中心に議論するのがよい。

    足元で国際決済銀行(BIS)が月次で公表する円のREERは、1970年代前半並みの水準まで落ち込んでいる。これは今年6月以降、より顕著な傾向として見い出せる。

    そこで今年8月分のREERに関し、長期平均(20年平均)とのかい離率を主要通貨で比較すると、円の特異な立ち位置が浮かび上がる。

    8月時点で円の長期平均からのかい離率はマイナス19.7%と、主要通貨では突出して大きな過小評価となっている。これに次ぐメキシコペソのマイナス15.5%と比べてもかなり大きいことが分かる。

    しかも、メキシコペソは1年前のマイナス25.5%からプラス10%ポイント程度上方修正が進んでいるが、円は1年前のマイナス14.2%からマイナス5.5%ポイントの下方修正が進んでいる。

    この下方修正の「幅」に着目しても、円は目立つ。円の次にこの「幅」が大きいのがスイスフランスでマイナス4.3%ポイントだが、そもそもスイスフランは1年前のプラス8.7%が過大評価だったのであり、今年プラス4.3%まで下方修正されているという話である。

    要するにメキシコペソは過大な割安が割高方向へ、スイスフランスは過大な割高が割安方向へ調整が進んでおり、それ自体は健全な話である。しかし、円は過大な割安からさらに過大な割安へとに進んでおり、それは健全な話では全くない。

    <円の割安修正、断たれている経路>

    一方、ドルは過去1年間を通じてプラス6─7%の割高が維持されている。現状では、ドル/円という通貨ペアは「最も割高な通貨」と「最も割安な通貨」の組み合わせであり、REERが平均回帰性向を有することを思えば、円高・ドル安を予想するのが理論的に無難である。筆者もかつてはそのような基本認識を抱いていた。

    だが、既知の事実ではあるが、もはや日本は円安になっても輸出数量が増える国ではない。REERがいくら割安感を強めてもそれが輸出数量を押し上げ、貿易黒字を増やすという展開は期待できない。

    とすれば、名目ベースの円相場が上昇する経路は、断たれたままである。アベノミクス初期を思い返せばよく分かる。2012年12月から2015年6月(ここがアベノミクス下での円安のピーク)までの間にドル/円相場は約50%も上昇したが、輸出数量は極めて緩慢な動きが続き、当然ながら貿易黒字も増えなかった。

    「円安が過剰」と評価されるためには、結局、それが貿易黒字に直結し、自国通貨買いを招き、割安感が解消されていく必要がある。

    ところが、既に多くの日本企業が海外生産移管を進め、「円安─輸出」という経路が機能不全になっていると考えられる中、REERの割安感が名目円高を約束するとは限らない。

    これは過去10年余りで日本の誇る「世界最大の対外純資産」の中身の半分が直接投資残高になっていることからも類推できる。2000年代前半も日本は「世界最大の対外純資産」を持っていたが、当時、半分は証券投資残高で占められており、直接投資残高は20%未満だった。

    リスク回避ムードの高まった場合、証券投資はリパトリエーション(本国回帰)が期待できるものの、直接投資(要は海外企業買収)はそう簡単には行かないだろう。「リスクオフの円買い」が発生する経路も、今は細っているように感じられる。

    <円安は修正されないのか>

    また、周知の通り、近年では対ドルに限らず、名目ベースの円相場は大して動いていない。それでもREERが割安感を強めているということは、日本の一般物価が諸外国に比べて出遅れていることを意味する。

    実際、足元に目を向けても欧米でインフレが懸念されているのに、日本の物価はむしろ下がっている。

    こうした物価格差に起因する実質ベースの円安は、名目ベースの円高で相殺されるというのが、これまでの日本の歴史だった。しかし、上述してきたように、今後はもうその経路が難しくなっている。名目は円安のままで、物価も上がらないとすれば、REERで見た円は沈むしかない。

    もちろん、ドル全面安が極まる地合いが到来すればその限りではないが、政治・経済・金融情勢が今の日本より劣後する先進国を見出すのは難しく、ドル安だからと言って円安を招来するとは限らない。実際、今年4─6月期は世界的にドル全面安が進んだが、円だけは買われなかった。

    平均回帰性向を踏まえ、「REERはいずれ修正するもの」という考え方に立つのは教科書的には正しいものの、これを前提とした為替予想は危険をはらみそうである。

    少なくともコロナ禍における日本の防疫政策は戦略性がなく、出口の到来を全く予感させない。常に「相手のある話」にしかならい為替の世界において、円の価値が劣化し続けるというのは、今の日本経済と欧米経済の差を見ていると致し方ないと感じさせられる。

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  2. shinichi Post author

    ここへきて「日本円の実力」が“劇的に低下”…いま日本で起きているヤバすぎる事態
    by 真壁 昭夫

    円の「実力低下」がとんでもないことに

    円の実質実効為替レートが約50年ぶりの低水準に下落している。

    それが示唆するのは、わが国経済の実力が低下していることだ。

    通常、米ドルと円など二国間の通貨の交換レートを表す名目の為替レートと異なり、実効為替レートはある国の通貨が、他の複数の通貨に対してどれだけ変化しているかを示す。

    国際決済銀行(BIS)は1964年以降の円の実質実効為替レートを公表している。

    その推移は、第2次世界大戦後のわが国経済のヒストリー=歴史と符合する。

    1990年代の前半まで、わが国では企業家のアニマルスピリットが高まり、ヒット商品が多く生み出されたことなどが経済の実力向上を支えた。

    それが実質実効為替レートの上昇に繋がった。

    しかし、その後、わが国の経済は長期の停滞に陥った。

    その結果として世界経済における日本経済の存在感は低下し、円の実質実効為替レートも下落基調にある。

    今後、わが国経済が実力を高めるためには、政府が構造改革を徹底して進め、民間企業の新しい取り組みを支えて産業構造の転換を実現することが不可欠だ。

    それがどうなるかが、円の実質実効為替レートの浮上に決定的影響を与える。

    実質実効為替レートで確認する円の実力

    実質実効為替レートとは、各国との貿易量や物価水準を基に算出した通貨の実力を表す指標のことだ。

    円の実質実効為替レートは日本銀行やBISが算出し、特定の時点を100として指数化される。

    100を上回れば、その通貨の実力は高まっている。

    BISによると2022年1月の円の実質実効為替レートは69.81だった(ナローベース)。

    それは約50年ぶりの水準だ。

    BISのデータをもとに円の実質実効為替レートの推移を確認すると、その上昇と下落は、第2次世界大戦後から足許までのわが国経済の変化と整合的だ。

    1960年代から、1990年代前半まで円の実力は高まった。

    戦後、繊維など軽工業の輸出競争力向上によってわが国経済は復興を遂げた。

    その後、経済の工業化が進んだ。

    具体的には鉄鋼や石油化学分野で生産性が向上した。

    それは、家電や自動車など多くの工業製品の創出を支えた。

    それを象徴する企業として、ソニーグループ(ソニー)とホンダがあげられる。

    両社は戦後に創業した企業だ。

    1946年に創業したソニーは、トランジスタラジオによって成長を遂げ、その後は、“ウォークマン”、“トリニトロンテレビ”、“ハンディカム”など複数のヒット商品を生み出すことによって成長した。

    特に、ウォークマンは世界のミュージック・ライフを一変させた。

    また、1948年創業のホンダは二輪車の生産からスタートし、その後は四輪車や飛行機分野に進出した。

    1970年代にホンダは“CVCCエンジン”を開発した。

    それは当時、達成が困難と言われていた米国の排ガス規制(マスキー法)をクリアし、ホンダが高い成長を実現する原動力になった。

    そうした企業の創業経営者の存在が、世界経済におけるわが国経済の実力向上に貢献した。

    世界銀行のデータによると1987年にわが国の一人当たりGDPは米国を上回った。

    資産バブルの膨張も重なってわが国経済は成長し、円の実力も向上したのである。

    下落が止まらない円の実力

    その一方で、1980年代には半導体など日米の貿易摩擦が熾烈化し始めた。

    1986年には日米半導体協定が成立し、わが国は市場開放などを受け入れた。

    1990年代初頭には資産バブルが崩壊し、株価や不動産価格の下落によって景気は減速した。

    不良債権処理の遅れから、景気の停滞は長期化した。

    その状況下、わが国企業は新しい取り組みを増やすよりも、雇用の保護などに傾注した。

    政府はいずれ景気は回復すると考え、1997年度まで公共事業関係費を積み増した。

    それには、建設業界などの雇用保護の意図もあった。

    しかし、需要が飽和した中で景気対策が積み増されても経済は成長しない。

    1997年11月以降は金融システム不安が発生し、その後はデフレ経済が深刻化した。

    海外では中韓などの新興国の企業が成長して国際分業体制が加速し、わが国企業の競争力は奪われた。

    リーマンショック、東日本大震災の発生はわが国経済に大きな負の影響を与えた。

    1995年4月に実質実効為替レートは143.17の過去最高を記録した。

    その後は基本的に下落基調だ。

    アベノミクスによる異次元の金融緩和は円の名目為替レートを押し下げた。

    それによって企業業績はかさ上げされた。

    しかし新しい産業を育成して新しい需要を生み出すという経済の実力向上に必要な改革は不十分だった。

    コロナショックが発生して以降は、世界的な物価上昇圧力の高まりによって米金利などが上昇し、円が減価している。

    わが国のデジタル化の遅れ、縦割り行政の弊害などは、景気停滞懸念を強める要因だ。

    そうした複合的な要因が円の実力を約50年ぶりの低水準に下落させた。

    その状況を脱するためには、岸田政権が労働市場の改革などを断行して個人や企業がより積極的に新しい取り組みを増やす環境を整備することが欠かせない。

    それが難しい場合、円の実力低下は避けられないだろう。

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  3. shinichi Post author

    「有事の円買い」なぜ起きない?日本経済の残念な事情

    by 竹地広憲

     ロシアがウクライナに侵攻した2月24日、金融を担当する私(記者)は慌てて円相場をチェックした。円は「比較的安全な資産」とされ、リーマン・ショックや東日本大震災など、有事のたびに買われて円高・ドル安が進むのが常だからだ。ところが今回、円相場は1ドル=115円程度でほぼ動かず、今のところ「有事の円買い」は起きていない。外国為替市場で何が起きているのか、みずほ銀行の唐鎌大輔チーフマーケット・エコノミストに聞くと、日本経済の「残念な事情」が見えてきた。

    過去の危機でも円高

     まずは「有事の円買い」についておさらいしよう。世界的な金融危機のリーマン・ショックが起きた2008年は、投資家が株式などリスクの高い資産から、円など比較的安全とされる資産に資金を移す動きが加速し、1ドル=110円台だった円相場が90円台まで急騰した。

     11年の東日本大震災の発生後も急激に円高が進み、82円台だった円相場は数日間で77円台に上昇した。大震災が起きた国の通貨が買われるのは疑問に感じるが、「保険会社が保険金を支払うために多額の円が必要になる」というデマに乗じた投機筋が円買いを進めたとも指摘される。いずれにしても、為替市場では「有事の際は円が買われる」というのが通説だった。

     14年にロシアがウクライナ南部のクリミア半島を編入した際も、株価が急落する一方、円が急伸していた。なぜ今回は様子が違うのか。

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