高橋秀幸

軍事組織といえば、ピラミッド型で、厳正な規律があり、マニュアル重視の画一性という硬いイメージが一般的だろう。だが、究極の局面である防衛出動はもちろん、現代の自衛隊が直面する災害派遣や後方地域支援の活動においても、そのような旧態依然とした組織では立ち向かえない。もはや「いわゆる軍隊式組織では勝てない」時代なのである。
進化を怠った種は、地球環境の変化に対応できなかった恐竜のように滅んでしまう。そんなダーウィンの進化論を組織経営に採り入れたのが、「環境適応理論」だ。自衛隊組織も例外ではなく、“恐竜”にならないための進化を続けている。

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  1. shinichi Post author

    だから自衛隊は「上意下達」の組織から脱却した

    by 高橋秀幸

    https://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/20170313-OYT8T50053/

     ピラミッド型組織の代表格と見られがちな自衛隊が、「上意下達」型からの脱却を進めている。官僚制に縛られた組織では、複雑化する一方の現代の任務に対応できないことが背景にあるという。いわゆる“制服組”の自衛官で、軍事組織論や意思決定論を専門とする防衛研究所の高橋秀幸氏に解説してもらった。

    恐竜のように滅びたくなければ

     企業で働いている方は、自衛隊組織について、どんな印象をお持ちだろうか。おそらく、多くの方が最初に思い浮かべるのは「軍隊式」という言葉に代表されるような、上官の命令が絶対的な意味をもつ「上意下達」の組織風土ではないだろうか。それは完全な誤りとは言えないが、現在の自衛隊組織を鑑かんがみると、大いに正確さを欠いた認識だということになる。

     軍事組織といえば、ピラミッド型で、厳正な規律があり、マニュアル重視の画一性という硬いイメージが一般的だろう。だが、究極の局面である防衛出動はもちろん、現代の自衛隊が直面する災害派遣や後方地域支援の活動においても、そのような旧態依然とした組織では立ち向かえない。もはや「いわゆる軍隊式組織では勝てない」時代なのである。

     進化を怠った種は、地球環境の変化に対応できなかった恐竜のように滅んでしまう。そんなダーウィンの進化論を組織経営に採り入れたのが、「環境適応理論」だ。自衛隊組織も例外ではなく、“恐竜”にならないための進化を続けている。

    敗戦と冷戦終結で変わった“軍人像”

     自衛隊の組織や人材育成の実像とはどのようなものか、詳しく見ていこう。

     じつは、「いわゆる軍隊組織からの脱却」の歴史は古く、1954年の自衛隊創設時までさかのぼる。説明するまでもなく、先の大戦で「環境の変化に対応できずに失敗した」旧日本軍の切実な反省がベースになっている。

     その“脱却”のひとつとして挙げられるのは、自衛隊員のあるべき職業人像が、旧日本軍のそれとは大きく異なっている点である。

     政治と軍事の関係を研究対象とする政軍関係論という分野があるが、そこでは、軍人像は2種類にモデル化されている。

     第一は「ハンチントン型」。軍人を「暴力の管理」という専門分野に専念させ、政治や社会との接点を持たせないことでシビリアン・コントロールを維持しようとするモデルだ。第二が、現在の自衛隊にも通じる「ジャノビッツ型」だ。軍を社会から分離させることなく、軍人を、文民と共通の価値観をもって社会に融合させることが、最も有効な統制の手段であるとする考え方である。この二つの型はそれぞれ、モデルを提唱した米国人で、政治学者のサミュエル・ハンチントンと、社会学者のモーリス・ジャノビッツの名を借りたものだ。

     自衛隊は創設以来、少なくとも幹部育成に関しては、ジャノビッツ型を目指してきた。初代の防衛大学校長・槇智雄まきともお(慶応義塾大の理事経験者)が「真の紳士にして、真の武人たれ」を、その建学の精神としたことは象徴的だ。軍事専門教育に偏しない英国流紳士の素養を持ち、一般社会でもリーダーとして通用する全人格的教育を目指した。この考え方は、現在まで引き継がれている。

     1989年の冷戦終結をきっかけに、こうした傾向は強まっている。

     東西の力の均衡を前提とした冷戦時代には、抑止任務が主体であり、部隊の精強さを維持することで事足りた。

     しかし冷戦終結に伴い、世界情勢の不安定化に対処するための国際貢献や、95年の阪神・淡路大震災における災害出動、同年に起きた地下鉄サリン事件などの対応へと、自衛隊に期待される役割が変化してきたのだ。

     こうなると、隊務の範囲は、防衛活動の枠を超え、警察や消防などの公共セクションはもちろん、時には民間の方々との協力活動にも及んでくる。この中で責務を果たそうとすれば、いわゆる「職業軍人」では足りず、一般社会で通用する人材でなければならない。

    「サイバー戦」を遂行するための条件

     隊務の変容による影響は、防衛活動の面からも見ることができる。

     現代戦の特徴は、科学技術の進歩によって、作戦遂行における役割分担が広範化・細分化し、専門知識も複雑化して、「戦場における勝利の追求」といった純軍事的な考え方が通用しなくなっていることだ。替わって主流になっているのは、政治・外交・経済・軍事が密接に絡み合った「総力戦」の考え方だ。

     例えば、サイバー戦で敵のミサイルシステムを無力化するといった、一昔前ならSF映画の世界のようなことが、現実のものとなりつつある。こうなると、作戦は陸・海・空・宇宙・サイバーという5つの領域を横断しての遂行になり、従来戦のように「命令されるままに動くだけ」の要員が活躍する余地は少ない。

     このような現場で活躍してもらうには、隊員に作戦の意義・主旨を理解、納得してもらい、各自の専門知識をベースに、自発的に事態に対処してもらうことが不可欠だ。これが「上意下達」の組織では不可能なことは、容易にお分かりいただけるだろう。

    官僚組織の弱点を克服する部隊

     不確実性の高いミッションに対応するため、自衛隊活動の現場においても、こうした組織運営を担保するような制度設計が進んでいる。

     代表的なのが、陸・海・空自衛隊の一体的な運用を図った2006年3月の「統合を基本とする体制」を起点に、災害派遣や弾道ミサイルの対処において編成されるようになったタスクフォース、「統合任務部隊」の活用である。

     統合任務部隊とは、特定の目的への対処のために、陸海空の自衛隊から必要な部隊を集め、編成するチームのこと。活動の目的が明確で、指揮官と構成部隊との距離が近いため、軽快機敏な行動に資するのが特長だ。

     下された命令が末端まで迅速に伝わり、整合の取れた行動によって確実に命令が実施されるのが、本来の「官僚制」というものである。自衛隊も官僚組織そのものではあるが、幹部の意思決定にのみ従う「集権化」や、行動を画一的に縛る「マニュアル主義」といった官僚制の弊害を解消する手段のひとつが、統合任務部隊なのである。

     企業で編成される「プロジェクトチーム」をイメージしてもらうとわかりやすいだろう。組織の上部層が決定した「戦略」を遂行するにあたり、目的と一定の権限を付与されたチームが、その裁量の範囲で判断・意思決定し、課題解決にあたっているはずだ。

    20代の若者、ベテランに命令下す

     こうした行動様式を習熟させるため、陸海空の違いや職種によって若干異なるが、幹部自衛官には任官直後の20代前半から、実際に部下に命令を下す「実員指揮」の機会が与えられる。

     例えば、ある者には、親のように年齢の離れたベテラン隊員を含む30人程度の小隊長として、指揮をとることが求められる。

     またある者には、上級指揮官から委任された権限の範囲内で、対領空侵犯措置などの実任務の最前線に立つことが要求される。実例をあげれば、一定の資格を得たパイロットや要撃管制官(領空を監視し、自衛隊機などを誘導する者)は、自らの戦術判断で接近する不審な機体に対応し、領空を守るための必要な措置を講じるのだ。

     若手幹部は、実員指揮や現場での体験を通じて、「上意下達の一方的なコミュニケーションでは人は動かない」という現実に直面する。その中で、どうしたら人材の適切なマネジメントができるのかを、悩みながら学び、成長していく。

     次代を担う若手幹部にも「権限の委任」が制度化されているのは、自衛隊などごく限られた組織だけだろう。掛け声だけで「現場で考えろ」という組織は少なくないだろうが、一瞬の判断の誤りが国民の安全や隊員の命を脅かす我々の任務においては、若い人材を計画的に育てていく必要があるからだ。

    現代的な合理性を学ぶ学校

     巷ちまたでは「学校で学んだことは役立たない」などと言われるが、こと自衛隊に関しては、そうした俗説は当てはまらないと考える。

     自衛隊でキャリアを積んでいくと、企業における研修のように、上級幹部や大学教授ら専門家の指導による学校教育を受けることになる。それが、段階に応じたコミュニケーション教育の場としても機能しているのだ。

     例えば、防衛大の生活といえば、全寮の生活を思い浮かべる方が多いだろう。「全寮制」というもの自体が、“いわゆる軍隊の内務班”をイメージさせてしまう一因ともなってはいる。だが、団体生活を通じて、コミュニケ―ションの基本となる仲間意識、リーダーシップ、フォロワーシップといった人間関係のスキルを体得することができる。

     このような学びの有用性は、旧日本軍敗退の原因を分析した『失敗の本質』(中公文庫)の著者として知られる野中郁次郎いくじろう氏が、自動車メーカー・ホンダの「ワイガヤ」の取り組みを例に指摘している。

     ホンダのワイガヤは、あるプロジェクトが発足すると、時には泊まり込みで、メンバーが数日間にわたって顔を突き合わせる、合宿のような場だ。逃げ場のない中で意見や感情をぶつけ合うことで、新しいアイデアが生まれてくるのだという。後で触れるが、私自身も03年に派遣されたイラク復興支援業務で、防衛大やその後の隊務で培った“ワイガヤ”の経験に助けられたことがある。

     また、ある程度の年数を経た者に対する学校教育では、双方向のコミュニケーションにより、多様な視点から自ら考え、判断することに比重が移っていく。

     カリキュラムには討議やディベート、図上演習といった内容が採り入れられ、学習科目も国際政治や組織管理、政治経済といった分野に広がる。自分の考えを他者に理解してもらい、実現するには、言葉による論理的な説明が不可欠だ。こうした経験が、再び部隊に戻った際に生きてくる。

     自衛隊の教育に貫かれているのは、現代的な合理性だと言える。

    実務でも、部下からの提案があったとき、頭ごなしに否定するような態度は、よしとされない。ごく当たり前の光景として、「なぜそう考えるのか、説明しろ」という問いかけがあるのが一般的だ。これに答える部下の側も、「前例の通りです」「規則に書かれています」という返事は許されない。

    イラク復興支援で見た、ボトムアップの意思決定

     以上、述べてきた自衛隊の組織マネジメント、教育の成果として、イラク復興支援業務の事例を紹介しよう。この業務には、筆者自身も現地クウェートで携わった。

     航空自衛隊の第1陣は、初めて赴く海外の地に、C-130輸送機の運用に必要な本格的基盤を3か月以内に構築しなければならなかった。

     しかし実際に派遣されてみると、そこは“アッラーの神”が支配し、日本の常識は通用しない世界。クウェート人には親日家が多いが、時間の観念や職務に対する姿勢は、日本人とは根本的に異なっていた。クウェート軍基地の司令部事務所さえも、何の予告もなく、早々と昼間に閉所してしまったりする。

     そんな中、課題として浮上したのが、「郵便」の問題である。郵便は、隊員の荷物や隊員への慰問品を日本から送る際や、日本に残してきた留守家族との手紙のやりとりの際に必要で、過酷な勤務に従事する隊員の士気を維持するためにも不可欠であった。それにもかかわらず、クウェートの郵便はなんと、配送の途中で行方不明になってしまったり、到着まで数か月を要したりすることも、珍しくないのだった。日本からの年賀状が、6月に届いた例もあるそうだ。

     空自は全国の各基地から、職域や階級の垣根を越えた200人が派遣されたので、初めて顔を合わす隊員も多くいた。普通の組織ならばルーティンをこなすのにも苦労するだろう。集団生活に慣れている我々は、互いの労をねぎらいつつノンアルコールビールで親睦を図った。このような雰囲気も下地にあって、ある隊員から「米軍の郵便を使えばいいのでは」と提案があった。

     聞けば、彼は日本に駐在していた米軍の連絡将校と派遣元部隊で交流があり、郵便の件を相談したようだった。結果、必要な調整を経て米軍の郵便を自衛隊も利用させてもらえることになったわけだが、これは現場レベルのボトムアップによる意思決定で日米協力が実現した一例だ。おかげで、留守家族の不安を解消し、隊員の士気を維持することができた。

    組織力とは、メンバーの主体性の総和だ

     自衛隊組織は、ミッションを確実に達成するための「官僚制」という側面を維持しつつ、一方では、状況変化に迅速・柔軟に対応するため、いかに有機性を確保するかという課題に向き合ってきた。後者は「上意下達からの脱却」そのものだ。

     増大するテロの脅威への対応や、科学技術の進歩が防衛活動に与える影響を考えると、有機性の確保は、今後も我々の制度面、教育面の進化によって追求されるべきであろう。

     一方で、自衛隊ほど幹部育成にコストをかける組織はそう多くないと思うが、少なからぬ人材がキャリアの中途で辞めてしまう現実がある。本来なら、その先で待つ戦略の構築や意思決定というクリエイティブな仕事に関わる充実感を得て、組織の有機性確保に寄与できるまでに成長することが望ましい。

     最後に、私と同じように組織や意思決定のあり方について日々頭を悩ませている方々に、海上自衛隊の特殊部隊(特別警備隊)創設期のメンバーであった伊藤祐靖すけやす氏(元2等海佐)の言葉を紹介して、締めくくりたい。

     「人は主体的に生きて初めて力を発揮する。組織の目指すところに各人が価値を見いだし、主体性を持った力が集約してこそ、組織は強固な推進力を持つ」

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