6 thoughts on “中華國恥圖

  1. shinichi Post author

    国恥地図

    https://ja.wikipedia.org/wiki/国恥地図

    国恥地図(國恥地圖、国耻地图)は、中国で1930年前後に作られた、中国が欧米と日本の列強により喪失したとされる領土を示した地図である。

    1933年に上海の世界輿地学社から発行された小学校用の地理の教科書で使用され、中国が喪失した領土として教育された。そこでは沖縄を含む琉球群島、台湾(当時は日本統治下)、東沙諸島、フィリピンのパラワン島、インドシナ半島、ボルネオ島北部のマレーシア、ブルネイ、マレーシア、シンガポールのあるマレー半島、インド領のアンダマン諸島、サハリンなど多くの国の領土を含んでいる。

    これらの面積は中華人民共和国の国土面積の2倍を超えている。

    現在の中国のエリートも領土の範囲は違うが似たような歴史的な認識を持っているという。つまり、日本や欧米などの西側が中国の現状変更と呼んでいるものは中国では失地回復と見なされているということである。

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  2. shinichi Post author

    中国「国恥地図」の謎を解く

    by 譚 ろ美

    海洋進出、一帯一路、覇権主義―すべての起源はこの地図だった!
    かつて中国が列強に奪われた領土、すなわち「中国の恥」を描いた地図があるという。
    その名も「国恥地図」。その実物を手にした筆者は唖然とした。 国境線は近隣18か国を呑み込み、日本をはじめ3か国を切り取り、南シナ海をほぼ囲い込んでいたのだ。 こんな地図がなぜ教科書に? 誰がなぜ作らせた? なぜ図面に「日本語」が?
    ――執念の調査と取材で数々の謎を解き、中国の領土的野望の起源を明らかにする。
     
     
    第一章 香港返還後の「国恥地図」ブーム
    中国共産党の舌と喉/「中国は世界を先導してきた」/最も有名な風刺画/日中でまるで異なる
    「夫婦げんか」/「二十一ヵ条要求」で生まれた国恥/八つの国恥記念日/中国近代のトラウマと
    「公定ナショナリズム」/実物の国恥地図を見てみたい

    第二章 小学生の地理教科書に「国恥地図」
    一九三三年発行『本国新地図』/驚愕の赤線範囲/解説文を全訳すると/どこが事実と異なるか/
    「元」は蒙古族の国、「清」は女真族の国/南シナ海は未決着

    第三章 もう一枚の「中華国恥図」が描く南シナ海
    一九三九年版もあった! /表紙に「中山紀念堂」/ 目次では「疆界変遷図」だが/ 南シナ海の
    「赤線」が動いた/「偽満州国を建設している」/中華民国が定めた領土/拙速に製作した?

    第四章 蒋介石が始めた「国恥」教育
    「内政と教育から始める」/蒋介石と中国共産党/済南事件での激しい屈辱/蒋介石の日本軍事留学/
    「国恥を雪辱するまで」/四つの教育方針/「民衆学校」に「民衆教育館」/各種「国恥」グッズも

    第五章 国恥地図になぜ「日本語」が?
    奇妙な「亜細亜洲」「中国本部」/日本製の地図が下敷きでは?/世界レベルの地図製作術/〝武器〟に
    使われた『皇輿全覧図』/孫文の日本製『支那現勢地図』/非公開の『支那現勢地図』を見る/
    ベースマップ/八千名もの留学生/「我が国には国名がない」

    第六章 地図には「美」と「科学」と「主張」がある
    照らし合わせるのが早道/ 平凡社地図出版へ/陸軍陸地測量部/民間地図の開祖・木崎盛政/
    地図製作アナリスト、辻野民雄/「国宝的地図現る」/理学博士・小川琢治とのタッグ/
    「『平』という字体はそっくり」

    第七章 金港堂と上海商務印書館による「合弁」教科書
    教科書疑獄事件/木崎盛政を救った依頼/不可思議な四大出版社筆頭/上海での「日本ブーム」/
    なぜ印刷所を再建できたか/清国に進出する二方式/編纂責任者が指名手配に/「順序」と「挿絵」
    のある教科書/東京に現存する「合弁の地理教科書」/「上海(商務)印書館の地図類全部を引き受けている」/
    木崎盛政による『大清帝国全図』/ある中国人製図家の記録

    第八章 社長暗殺とその後の「国恥地図」
    ベストセラーへの恨みと反発/合弁解消/社長銃撃される/上海に林立する地図出版社/「申報」の
    フランス批判キャンペーン/水陸地図審査委員会と白眉初/「ジェームス礁」を書き替えた/
    「十一段線」への疑問/虚構による「空間認識」と「失地意識」

    第九章 見るべき五つの国恥地図
    「領海」が膨らんでいく/一、「前清乾嘉以後的中華領域損失図」/二、「中華国恥地図」/
    三、「中国国恥地図」/四、『中華国恥地図』/五、「海彊南展後之中国全図」/伸びていく中国領の南限

    第十章 「貧しいときは我慢し、富んだときに復讐する」
    「九段線は正しい」という学生たち/ジェームズ礁に中国の標識/引き合いに出される白眉初の地図/
    二〇〇七年からの唐突な主張/緊迫する南シナ海/文化大革命後の歴史地理学/「中国市場で儲けているくせに」
     
     

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  3. shinichi Post author

    これでは属国根性!ー仲井真・沖縄県知事は「漢文屏風」の撤去を

    歴史問題と中国覇権主義

    http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-1789.html?sp

    野田佳彦首相が二月二十七日、沖縄県を訪れ、仲井真弘多知事と会談した模様はテレビや新聞で大きく報じられたが、その際目に付いたのが会談場所の第一知事室に置かれた大きな屏風。漢文が書き連ねられた立派なもので、これまでもニュースではしばしば映し出されているから、すでに全国的にも有名だと思う。

    この漢文は十五世紀頃に尚泰久王が造った「万国津梁の鐘」(国指定重要文化財)の銘文。そこには次のようなことが書かれている。

    琉球国者南海勝地、而鍾三韓之秀、以大明為輔車、以日域為唇歯、在此二中間湧出之蓬莱島也。以舟楫為万国之津梁、異産至宝充満十方刹、地霊人物遠扇和夏之仁風。(琉球国は南海の景勝地で、朝鮮の優れた文化を集め、大明国に支えられ、日本と密接な間柄であるなど、この両国の間に位置する蓬莱の島だ。船を世界各国との架け橋とし、異国の物産に溢れ、風土や人は日本、中国の仁風を浴びてきた)。

    つまり交易で栄えた琉球王国時代の情景を詠んだものである。おそらく祖先の壮大な海外雄飛の姿を誇りにしたいとの思いが知事にはあるのだろうが、私から見れば、このようなものを飾るなど、中国の属国であったことを誇る属国根性丸出しとしか思えないのだ。

    もちろん知事は属国根性であるなどとは認めないだろうし、歴史は歴史として受け止めるべきだと主張するかもしれない。しかしそれはそれで一理あるとしても、このような文章を日本の県知事が全国、そして世界に見せたがるなど、やはり何かが歪んでいる。

    「属国根性丸出し」と見るのは私だけではないと思う。少なくとも中国人なら、私とまったく同じ見方をするはず。

    かつて琉球王国が「万国之津梁」(世界各国との架け橋)だったのは事実だ。朝貢の見返りである回賜(貢物の数倍規模)を目当てに、他のいかなる朝貢国よりもはるかに盛んに進貢を続け、その結果一時は交易国として栄えたのだから、まさに「以大明為輔車」(大明国に支えられた)があっての「万国之津梁」である。

    そのような経緯があるからこそ中国人が語る沖縄史も、中国の藩属国としての琉球史である。中国の属国であるというのに薩摩藩が侵略し、その後明治政府に併合されるなど、琉球もまた日本の侵略者の被害者の一つだというのがそれである。

    現代の沖縄県人が「万国之津梁」などを自慢すれば、「この島の人々は本来の宗主国である中国を懐かしんでいるのだな」との信念を強め、「やはり藩属国だったチベットのように、早く祖国の懐に戻るべきだ」などと思い込み、日本から沖縄を分離させる工作に弾みをつけてしまうかも。

    あの中国風の屏風を見ただけでも中国人は、「沖縄はもともとは中国領土なのだ」との「失地回復」欲に駆られるはず。

    ちなみに中国では、仲井真知事の先祖が福建省から渡ってきた蔡氏の末裔であることが強調されることもあるが、まさか本人に中国人意識があるわけではあるまい。

    中国に誤ったメッセージを送るだけだ。仲井真知事には、ただちにあのような「日本の恥」ともいうべきものは撤去してもらいたい。

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  4. shinichi Post author

    中国が考える本当の領土?「国恥地図」実物を入手
    「領土的野望」の起源が「この地図」にあった

    by 譚 ろ美

    https://toyokeizai.net/articles/-/462344

    中国の「恥」を描いた地図

    「国恥地図(こくちちず)」というものがあると耳にした。1997年、「香港返還」の半年後のことだった。香港在住の友人によると、それは中国の古い地図で、復刻版が発売されて話題になっているという。

    「国の恥を描いた地図」とは、なんとおぞましい名称だろう。そこには深い恨みと憎悪の念がこめられているようで、聞くだけで恐ろしかったが、怖いもの見たさから興味も湧いた。

    ネットで探してみると、国恥地図には5、6種類のパターンがあり、過去100年間の戦争によって外国に奪われた中国の国土範囲を表した地図のようだ。戦前の中華民国の時代に作られたものらしいということもわかった。

    無論、現在の国際基準に従ったものではなく、「領土」として示す範囲は実際の中国のゆうに2倍以上はあろうかという荒唐無稽な代物だ。こんな怪しげな地図を、いったいだれが、なんの目的で作ったのか。私は呆然とするばかりだった。

    地図と言えば、ここ数年、中国は地図の表記に強いこだわりを表している。

    あまり注目されなかったが、中国国務院は2015年11月、「地図管理条例」を制定して、「社会に公開する地図は、関係行政部門で審査を受けなければならない」として、国家による厳格な地図の審査制度を開始した。

    2017年8月には、中国国内にある世界地図を調査した後、「中国が認めていない国境線が描かれている」などとして、3万点あまりの地図を一斉に廃棄した。具体的な処分の理由は、「台湾を国扱いしている(『中国台湾』と表記していない)」ことや、インド北部のアクサイチン地方の「国境線が誤っている(中国領になっていない)」ことなどを挙げている。

    これ以後、外国人でも業務や観光で中国へ行った際、町の書店などで買った古地図や地図帳を国外へ持ち出そうとすると、税関で厳しい審査を受けることになった。もし税関が「違法な地図」だと判断すれば、没収されるだけでなく、罰金や禁錮刑になる恐れもあるというから、由々しき問題だ。中国へ行く際には、くれぐれも心しておく必要がある。

    それにしても、今、なぜ中国はそれほど地図にこだわるのだろうか。

    中国が領土拡張を目論んでいるからか。それとも香港で復刻版が発売されたという「国恥地図」と何か関係があるのだろうかと考えてみるが、見当もつかない。

    その頃、私は長編ノンフィクション作品を書いており、それ以外のことは何も手につかなかった。ただ偶然にも、読んでいた資料の中から、かつて中国で「国恥」教育が実施されたという記述を見つけていた。『蒋中正先生年譜長編』という台湾で出版された本で、蒋介石にまつわる記録文書をまとめたものである。どうやら「国恥地図」もそれと関係しているようだった。

    2019年3月、5年越しで書いた『戦争前夜――魯迅、蒋介石の愛した日本』が出版に漕ぎつけたのを機に、私は改めて「国恥地図」について調べてみることにした。

    ネットを探して、驚いた。中国はおろか、日本やアメリカのサイトでも、ネット販売や古書店のリストから「国恥地図」という名称の地図が、ひとつ残らず消え去っているではないか。ウェブ検索で画像は出てくるが、現物が見当たらない。

    中国政府が「地図管理条例」を定めたことで、中国の書店から姿を消したのなら、まだ分かる。だが、海外のサイトや古書店まで一斉に取り扱わなくなったのは、なぜだろう。中国のネット監視による妨害工作だろうか、それとも海外のサイトや古書店が、中国に忖度して自主的に取り下げたのか。謎はいよいよ深まるばかりだった。

    小学生用の地理教科書に

    ただ幸いなことに、中国が「地図管理条例」を実施して間もない頃、私はたいして重要だとも思わずに、戦前の中国で使われていた小学校用の地理の教科書を1冊、古書店から手に入れていた。

    古い本を見ると、つい買いたくなってしまうのは物書きの習性かもしれない。すぐには役立たないとわかっていても、今を逃したらもう二度と手に入らないかもしれないという強迫観念にかられて、反射的に買ってしまうのが習い性になっている。

    この地理の教科書には一般的な「中国地図」があり、その裏に「中華国恥図」という名称の地図がある。もちろん教科書の1ページだから、詳細な情報が詰まった地図ではないかもしれないが、とりあえず、この国恥地図を観察することから始めることにした。

    後のことだが、この地理の教科書こそ、実は、国恥地図の謎を解明するうえで重大な手がかりを与えてくれる資料のひとつだったと、判明するのである。もっともこの時点では、そうした展開が待ち受けているとは、予想すらしていなかった。

    私はテーブルに積み上げた本の山から、ようやく目当てのものを捜し出した。

    A4サイズの半分ほどで、単行本のサイズに近い(正確には19cm×13cm)。古い教科書だからひどく傷み、ページを開くだけで剥がれ落ちそうだった。私はまず大枚1万5000円をはたいて製本店に補修してもらった。

    表紙には、赤い大きな文字で『小学適用 本國新地圖』とある(「圖」は「図」の意味)。1933年に上海の世界輿地学社から発行された小学校用の地理の教科書である。

    最初のページを開くと目次があり、続く「第一図」は二つ折りの「中華民国全図」だった。東アジア大陸の真ん中に中国が示されている。日本列島も右端に見える。その裏に、「第二図」として、同じ大きさの「中華国恥図」がある。これこそがお目当ての国恥地図だ。

    驚愕するほかない「国境線」

    何よりも目を引いたのは、中国を中心とした広大な地域をぐるりと囲んだ黒の破線と、その上に引かれた太い赤線だった。

    日本周辺から見ていこう。赤線は日本海の真ん中を通り、種子島・屋久島をかすめたところで東側に急カーブし、沖縄を含む「琉球群島」を範囲内に収めながら南下する。台湾、「東沙(群)島」の岩礁も囲って進み、フィリピンのパラワン島を抜けたところで、再び急にスールー諸島を取り囲むために東へ寄っている。

    ここからボルネオ島北部のマレーシア、ブルネイ、マレーシアとシンガポールのあるマレー半島すべて、そしてインド領のアンダマン諸島まで囲いこんでから、ようやく北上するのだ。

    北上した先の陸地では、ミャンマーの西側を通り、ネパールとインド国境を進み、タジキスタンとアフガニスタン、ウズベキスタンやカザフスタンまで含んだ赤線は、中露国境を通ってモンゴルへ向かう。そしてモンゴルもすべて領内としたうえ、樺太すべて、最後に朝鮮半島をまるごと収めて、ようやく環を閉じる。

    いくら中国そのものが広大といっても、この赤線が取り囲む範囲は、中国の面積のゆうに2倍を超えているだろう。数えてみると中国に近隣18カ国を加え、さらに日本を含む3カ国の一部を範囲内としている。果たしてこの赤線は、何を意味するものなのか。いったい、小学生たちに何を教えようとしていたのだろうか。

    さらに拡大鏡を近づけてみると、この赤線に沿って、2mm四方ほどの小さな赤い文字で、その領土がいつ、どのように失われたかという短い説明書きがある。地図全体で35カ所の説明書きが確認できた。例えばサハリンの右側にはこうある。

    「俄佔 一七九〇年後喪失 日佔」
    (ロシアが占領、1790年以後喪失、日本が占領)

    地図左隅には「図例」があり、色分けした区分の帰属説明がある。

    現有地=黄色  俄(ロシア)属地=薄緑色  英(国)属地=薄桃色
    日(本)属地=薄黄色  法(フランス)属地=水色  自主国=濃い緑色
    両属地=濃い緑色と薄桃色の二色

    目が釘づけになったのは、その次にある2つの表記、「現今国界(げんこんこっかい)」と「舊時(旧時)国界(こっかい)」だった。

    「現今国界」は二点鎖線(―・・―)で示され、現在の中国の国境線を示している。

    「舊時(旧時)国界」は破線(― ―)で示され、その上に前述の赤い太線を重ねたもの。「旧時」とは、古い時代を意味し、「旧時国界」は、「古い時代の国境線」を示しているという。

    表向きは近代国家でも

    つまり、地図には「現在」と「古い時代」の2つの国境線が示されていることになる。驚くべきことに、「古い時代」には、赤線で囲んだ広大な範囲がすべて中国の領土だったと主張しているのだ。

    そして赤線と「現今国界」に挟まれた〝領土〟の差、これらを失ったことが、中国の「国の恥」だと訴えるのがこの「中華国恥図」のメッセージなのだ。

    前述したように、第一図の「中華民国全図」と第二図の「中華国恥図」が、裏表に印刷されているのは、実に象徴的と言えるだろう。

    繰り返しになるが、この教科書が発行されたのは1933年だ。表向きは、第1図のように、近代国家を打ち出した中華民国政府(1912年樹立)が国際(公)法に基づき、外国との条約を遵守して領土を規定していた。だが、その裏では、第2図にあるように、「古い時代」の国土意識が厳然として存在し続けており、それを子どもたちに教えていたことを、如実に示しているのである。

    「中華国恥図」の次ページには、「中国国恥誌略」がある。国恥地図についての解説文で、2ページにわたって細かい文字でぎっしり書かれている。

    いったいどのような事柄や歴史的事実を「国恥」だと主張しているのだろうか。

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  5. shinichi Post author

    なぜ米空軍の訓練で「100年前の中国の地図」が使われる? 習近平の妄執の背景にある「国恥地図」

    by 譚 ろ美

    https://www.dailyshincho.jp/article/2022/09060559/?all=1

    台湾を巡って米中間の緊張が高まっている。そうした中、米空軍の教育訓練では、約100年前の中国地図が使用されたという。軍事衛星もある時代に、なぜそんな古いモノを使うのか。実は、この地図には習近平政権の意図を読み解く鍵が隠されているのだ。【譚 ろ美/作家】

     ***

     台湾海峡やアジア太平洋地域の安全を脅かす中国を前に、警戒感が高まっている。きっかけは、8月2日、中国が強く反対したにもかかわらず、アジア歴訪中のペロシ米下院議長率いるアメリカの議員団が、電撃的に台湾を訪問したことだ。翌日、ペロシ下院議長は蔡英文総統と会談し、「世界は今、民主主義と専制主義のどちらを選ぶのか迫られている。台湾と世界の民主主義を守るためのアメリカの決意は揺らぐことはない」と述べた。

     台湾を中国の一部だとみなす中国は、報復措置として4日から10日まで、台湾を包囲する六つの海空域で史上最大規模の軍事演習を実施した。中国軍は最初の4日間だけで、のべ41隻の艦船と176機の軍用機を出動させ、そのうち100機以上が台湾海峡の非公式の休戦ラインである「中間線」を越えて台湾本島に迫った。

     また、中国軍は初日に11発の弾道ミサイルを発射し、このうち4発が台湾の上空を越えて東側の海に着弾したほか、5発が日本のEEZ(排他的経済水域)に着弾した。日本政府は中国側に抗議したが、中国外務省は「日中両国は関連の海域で境界をまだ確定しておらず、日本のEEZという言い分は存在しない」と主張した。

    台湾周辺での軍事演習が常態化か

     火に油を注いだのは14日、マーキー米上院議員ら5人のアメリカ議員団が事前発表なしに訪台し、15日に蔡英文総統と会談したことだ。

     案の定、中国軍は同日、再び台湾周辺で軍事演習を実施した。中国国防省も声明を発表し、「台湾海峡の平和と安定の破壊者としての米国の本性が完全に露呈した」として、「中国人民解放軍は戦争に向けた訓練と準備を続け、国家主権と領土の一体性を断固として守り、いかなる形の台湾独立分離主義と外国の干渉も断固として粉砕する」と表明。今後、台湾周辺での軍事演習が常態化するのではないかと懸念されている。

    米国の態度も変化

     今後、中国の海洋進出に対抗して、アメリカが主導するインド太平洋戦略における最も重要なカギとなるのが「台湾侵攻」を食い止められるかどうかだ。

     たとえば、昨年12月8日、米国上院外交委の台湾問題に関する公聴会で、インド太平洋安全保障担当のラトナー国防次官補は、「台湾は米国の同盟ネットワークの極めて重要な結節点だ」と述べた。

    「なぜなら台湾は第1列島線における極めて重要な結節点に位置し、インド太平洋地域における安全保障と米国の死活的利益の防衛に極めて重要な同盟国・パートナー網の錨(アンカー)となって支えている」として、台湾を守るために、軍事的威圧を続ける中国を最も警戒しなければならないと強調した。

     これまで米国は「一つの中国」政策をあいまいに支持してきたが、緊迫した国際情勢の下で、政策解釈の上で大きな変化が生じたことは明らかだ。

    米軍が93年前の地図を訓練で使用

     そうした中、米空軍基地の訓練機関で93年前に中国で使われていた「国恥地図」を教材に使用していることがわかった。

     国恥地図については、後で詳しく触れるが、「産経新聞」(2021年12月6日付)の報道によれば、テキサス州グッドフェロー空軍基地に所属する教育訓練機関が訓練風景を公開した数枚の写真の中に、偵察・情報担当の教官が「国恥地図」をもとに講義する様子が写っていた。記事では、詳細は不明だがと断わりがあるが、教官が国恥地図を指しながら、台湾や中国大陸の沿岸部を青い蛍光ペンで囲んで、何ごとかを説明している。

     米軍なら高度な技術や精密な衛星画像を駆使して最新地図を得られるだろうに、なぜそんな古い地図を使っているのか。実は、この地図は単なる地形図ではない。いわく因縁付きの代物なのだ。

     この報道より約2カ月前、私は『中国「国恥地図」の謎を解く』(新潮新書)を出版した。国恥地図が作られた歴史的経緯や製作過程を調査し、今日でも中国が愛国主義教育の教材として使っているという事実を突き止めた。

     また、現存する約20種類の国恥地図の中から、代表的な5種類を取り上げて分析したのだが、その5種類の中に、米軍が使用している国恥地図と同一のものが含まれていたのである。

    国恥地図とは何か
     米軍が使用していたのは、「中華国耻地図」(中華民国・河北省工商庁、1929年発行)である。拙著に掲載した「中華国恥地図」(上海中央輿地学社、発行年不詳)と発行元は異なるが、地図自体は同じものだ。それに触れる前に、まず国恥地図とは何なのかについて簡単に説明しよう。

     国恥地図とは、かつて中国が戦争で列強に奪われた領土、すなわち「国の恥」を示した地図だ。国境線は、台湾、沖縄、東南アジア諸国、中央アジア諸国など近隣18カ国を通り、南・東シナ海をほぼ囲い込んでいる。作られたのは1920~30年代の蒋介石が支配した中華民国時代で、小学校の教科書にも用いられた。

     年表をご覧いただこう。「国恥」という言葉が最初にメディアに現れたのは1915年、日本が袁世凱・北京政府に「21カ条要求」を突きつけた時だとされる。袁世凱が要求を受け入れたことに国民が猛反対し、新聞が「国の恥」だと書いた。

     次いで1929年、蒋介石・国民政府は八つの「国恥記念日」を定めた。現在では法的に存在しないが、記念日は何度か変遷を経た結果、今でも中華人民共和国では、共通認識として四つの「国恥記念日」が定着している。

     5月3日(28年、済南事件[山東出兵])、5月9日(15年、21カ条要求)、7月7日(37年、盧溝橋事件)、9月18日(31年、柳条湖事件、満州事変)だ。これらはいずれも日本と深い関わりがあるが、今日、その日が何なのかを言える日本人はあまり多くはないだろう。

    文字が読めない国民に愛国教育を行うために

     1928年当時、中国国民の識字率は20%にも満たず、人々は政治に疎く無関心だった。そのため政府は国民に「愛国と雪辱の精神」を教え込もうと、官製カルチャーセンターのような「民衆学校」や「民衆教育館」を建設し、ひんぱんに講演会や展示会を開いて国恥教育を広めた。

     しかし、いかんせん国民は文字が読めないので、文字教材は役に立たない。そこで考えついたのがビジュアル化した国恥地図だった。講演会で演壇に掲げる大地図、ポスター、各種国恥グッズ、新聞や雑誌の付録、マッチ箱のデザインに至るまで、多数の国恥地図を製作して広めた。

     また、第1次全国教育会議(28年)を開いて、小中学校に国恥教育を取り入れることも決定した。私が古書店から入手した「中華国恥図」は、地理教科書「小学適用 本国新地図」(世界輿地学社、33年)にあるもので、当時作られたものだ。地図には破線の上に重ねて、太い赤線で「旧時国界(きゅうじこっかい)」(過去の領土)が示されている。北はロシアのサハリンやシベリア、モンゴル各地、西はカザフスタンやアフガニスタン、南はマレーシアやシンガポール、南シナ海から台湾、沖縄まで囲い込み、当時の領土の約2倍の大きさだ。これらは清朝時代の藩属や朝貢国だった国々で、「大清帝国の支配地域」だとみなしている。

     だが、日本についていえば、沖縄(琉球)は確かに清朝時代に朝貢していたが、中国の領土として支配された歴史的事実はない。南・東シナ海にしても、かつて清国の影響力が強かったり、中国の漁民が漁をしたりしていたという理由だけで「支配地域」だとするのは、論理の飛躍も甚だしい。百歩譲って戦前ならそんな考え方もあっただろうが、21世紀の国際社会では到底認められないことだ。

    「次は台湾」の恐怖

     ところが、中国政府は今でも、この地図が本当の「支配地域」だと本気で思っている。というのも、以下のような体験に基づく。

     私が国恥地図の存在自体を知ったのは、1997年「香港返還」の時だった。当時、国恥地図の復刻版が多数出回り、北京や香港でブームになっていた。中国人民出版社は小冊子「近代中国 百年国恥地図」を出版し、香港返還を絶好の機会と捉えて、「アヘン戦争で奪われた香港を取り戻した」と、大々的に宣伝した。中国共産党の古参幹部のひとりが、「これで香港は済んだ。次は台湾だ!」と言うのをたまたま耳にして、思わず身震いしたのを覚えている。

     中国では、1980年代に歴史地理学が確立し、伝統的な「文化的中国」という概念を現代政治と結び付けることが、政治方針の理論的裏付けとなった。華僑が多数生活している東南アジア諸国は、「中華帝国の文明が光り輝いていた国や地域」であるから「文化的中国」であり、そこは「奪われた土地」なのだから、中国が経済発展した今こそ「本来の姿」を取り戻すべきだと考えている。

    「失地回復」に執念を燃やしているのが現代中国

     アヘン戦争以来、列強に不平等条約を強要され、領土を租借地化、割譲させられ、国民が不当に虐げられた恥辱を雪(そそ)ぐことこそ民族の誇りの回復だと本気で信じているのである。為政者としては、そうした一体感を持ち出さなければ、あの広大な国家を統治することはかなわず、常に「外部の敵」を作り出さねばならないこともあるのだろう。

     一言で言ってしまえば、100年来の「国恥意識」で「失地回復」に執念を燃やしているのが現代中国である。米軍が国恥地図を使って中国分析を行う理由は、まさにこの「中国の本質」を見極め、「台湾侵攻」の本気度を測るための理想的なツールだからではないだろうか。

    「中国人は世界の国民ではなくなってしまう」

     さて、米軍の教材となった「中華国耻地図」だが、前述のように1929年発行の中華民国・河北省工商庁が製作したものだ。

     よく見ると、地図の隅にある赤い枠の内側と地図上に、細かい文字で不平等条約の締結年、場所、内容などが記されている。地図の下部ぎりぎりに海南島が描かれているので、1929年当時は「中国領の南限は海南島」だと認識されていたとわかる。南シナ海まで領海意識が広がったのは、1930年代に入ってからだ。

     欄外上部に「総理いわく」として、中華民国を建国した孫文の言葉が記されている。

     右側は、「現在の中国は国際的な平等と自由を失い、すでに完全な独立国家ではない。人々はみな半植民地と言うが、私に言わせれば、全き植民地にすら及んでいない。(中略)中国の地位は高麗(朝鮮)や安南(ベトナム)よりも低いからだ」。左側は、「我々中国人の地位はこれほどまでに落ちぶれた。もしまだ国民が精神を奮わないならば、そして心を一つに協力し合い、租界と海事・領事裁判権を奪回し、一切の不平等条約を排除しなければ、我々中国は世界の国家ではなくなり、我々中国人は世界の国民ではなくなってしまう(つまり、中国は世界から消滅してしまう)」と記されている。

    外国批判より「学ぶべき点が多い」とした孫文

     調べてみると、どちらも1924年に孫文が発言した演説内容で、右側の言葉は、1924年11月19日、上海で記者会見したときのものだ。改めて会見記録を読むと、前後の文脈から「日本やイギリス、フランスの植民地支配は充実していて、福利厚生も行き届いている。(それに比べて)中国は植民地にも劣る劣悪な環境だ」と、外国を批判するより、むしろ「外国に学ぶべき点が多い」ということに重点が置かれているようだ。

     一方、左側は、1924年11月25日、神戸の華僑歓迎会で行った講演の一節で、その3日後、孫文は神戸の旧制神戸高等女学校講堂で有名な「大アジア主義」の講演を行っている。「日本は西洋の覇道の番犬となるか、それとも東洋王道の干城(かんじょう)となるか」と、日本人に向けて強い警告の意味を込めたメッセージを残した。ついでに言えば、神戸の講演会を終えた孫文は、神戸から船で北京へ向かう途中、天津港で喀血(かっけつ)し、列車で北京へ運ばれた後、1925年3月、「革命未だならず」という遺言を残して肝臓がんで亡くなった。

    国恥地図は日本製だった?

     この「中華国耻地図」にはもうひとつ、鉄道路線図が目立つという特徴がある。

     実は、孫文は1900年に日本人の革命支援者たちに依頼して、日本で「支那現勢地図」を製作している。鉄道ネットワークを記すための「主題図」で、南限はやはり海南島だ。革命後の国家建設の大構想を練るために作った。これは推測だが、孫文の死後、「孫文の後継者」を自任する蒋介石が、「支那現勢地図」を使って国恥地図を作らせた可能性が十分に考えられる。

     もしそうなら、悪い冗談のような話だ。日本の侵略によって「国恥」という言葉が生まれ、「国恥記念日」が制定され、「国の恥」を忘れないよう国民を教育するために作られたのが国恥地図だ。それが、もとを正せば日本製の中国地図だったとは、まったく雑な仕事というほかない。日本人の感覚ならそれこそ恥ずべき所業だろう。だが、「使えるものは何でも使え」という拘りのなさ、パクリ精神こそ、中国的合理主義かもしれない。

    「南シナ海は中国のもの」という考え

     1928年に開始された国恥教育は1940年代に入って日中戦争が激化したことで、それどころではなくなった。国恥地図も製作されなくなった。1945年に第2次世界大戦が終結すると、国民党と共産党の内戦が再燃し、負けた国民党は台湾へ逃げ延び、中国大陸には1949年、共産党政権である中華人民共和国が誕生した。

     すでにお蔵入りしていた国恥地図を再び持ち出したのは、現在の中国政府だ。共産党政権も国民党時代と同様、1980年代まで国恥地図を小中学校の歴史や国語の教材として取り入れた。その時代に学校教育を受けた中国人は、今でも「南シナ海は中国のもの」という考えを捨て去れないと聞いたことがある。

     また、中国政府は国際外交の面でも、国恥意識や失地回復を「外交カード」として使っている。南シナ海の領有権を主張して断固として譲らず、「核心的利益」と呼んで、東シナ海の台湾や尖閣諸島の領有権に固執する背景には、歴史的に生み出された「失地意識」がある。そして習近平政権は「100年の恥辱」を雪ぐことを使命とし、「大中華帝国」の再構築を国家の最高目標に掲げている。

     中国が南シナ海の領有権を主張する様は、ロシアのプーチン大統領がウクライナ侵攻を断行した際にロシア帝国の領土を回復することを「侵攻の根拠」としたのと、驚くほど似通っている。民間人の犠牲をいとわず、政治的な目的を果たそうとする点でも共通している。

     であるからこそ、米軍もこの地図を使用したのだろう。

    「要」となる台湾

     教官が地図に描いた中国沿岸部の囲み線は、中国軍の五大戦区(軍の管轄区)のうち、台湾を管轄する東部戦区や南部戦区の作戦区域だろう。中国と台湾の距離は、最も狭い台湾海峡北部でわずか130キロメートルほどしかなく、東京と軽井沢くらいのイメージだ。中国人民解放軍は短時間で攻撃が可能である。この講義では、「国恥」の解説とともに「台湾侵攻」の動きを加速させている中国軍の現状を分析したにちがいない。

     5月23日、岸田文雄首相と米国のバイデン大統領による初の対面での首脳会談が行われ、共同声明が発表された。声明には「台湾海峡の平和と安定の重要性」を強調するとともに、「両岸問題の平和的解決を促した」と明記されている。

     翌日には、日米豪印4カ国の枠組み「クアッド」の首脳会合が行われた。ロシアのウクライナ侵攻や北朝鮮のミサイル発射と開発を非難し、インフラ、サイバーセキュリティー、宇宙など幅広い分野での協力体制を確認するとともに、中国を念頭に「包括的で強靭な、自由で開かれたインド太平洋」への揺るがない関与を確認して、「(中国含め)現状を変更し、地域の緊張を高めようとするあらゆる威圧的、挑発的又は一方的な行動に強く反対する」と、共同声明が発表された。

     今後の中国が、どこまで本気で南シナ海の領有権を主張し、台湾や尖閣諸島を取りに来るかは、予断を許さない。しかし「要」となるのは台湾であり、「台湾有事」こそが、今後の趨勢を大きく左右する「天下分け目の戦い」になることは間違いない。9月29日には「日中国交正常化50周年」を迎えて盛大な式典が催される予定だ。友好は大切だが、中国の本質を理解する上で、日本も「国恥地図」の分析は欠かせないだろう。

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