野口雨情

七つの子
烏 なぜ啼くの 烏は山に
可愛七つの 子があるからよ
可愛 可愛と 烏は啼くの
可愛 可愛と 啼くんだよ
山の古巣へ 行って見て御覧
丸い眼をした いい子だよ

5 thoughts on “野口雨情

  1. shinichi Post author

    野口雨情

    七つの子

    烏 なぜ啼くの 烏は山に
    可愛七つの 子があるからよ
    可愛 可愛と 烏は啼くの
    可愛 可愛と 啼くんだよ
    山の古巣へ 行って見て御覧
    丸い眼をした いい子だよ

    赤い靴

    赤い靴 はいてた 女の子 異人さんに つれられて 行っちゃった
    横浜の 埠頭から 汽船に乗って 異人さんに つれられて 行っちゃった
    今では 青い目に なっちゃって 異人さんの お国に いるんだろう
    赤い靴 見るたび 考える 異人さんに 逢うたび 考える

    青い眼の人形

    青い眼をした お人形は アメリカ生れの セルロイド
    日本の港へ ついたとき 一杯涙を うかべてた
    「わたしは言葉が わからない 迷ひ子になつたら なんとせう」
    やさしい日本の 嬢ちやんよ 仲よく遊んで やつとくれ 仲よく遊んで やつとくれ

    十五夜お月さん

    十五夜お月さん 御機嫌さん
    婆やは お暇とりました
    十五夜お月さん 妹は
    田舎へ 貰られてゆきました
    十五夜お月さん 母さんに
    も一度 わたしは逢いたいな

    雨降りお月さん

    雨降りお月さん 雲の蔭 
    お嫁にゆくときゃ 誰とゆく ひとりでから傘 さしてゆく
    傘ないときゃ 誰とゆく 
    シャラシャラ シャンシャン 鈴つけた お馬にゆられて 濡れてゆく
    いそがにゃお馬よ 夜が明ける
    手綱の下から ちょいと見たりゃ お袖でお顔を 隠してる
    お袖は濡れても 干しゃ乾く
    雨降りお月さん 雲の蔭 お馬にゆられて 濡れてゆく

    しゃぼん玉

    しゃぼん玉 飛んだ 屋根まで飛んだ
    屋根まで飛んで こわれて消えた
    しゃぼん玉 消えた 飛ばずに消えた
    生まれてすぐに こわれて消えた
    風 風 吹くな しゃぼん玉 飛ばそ

    証城寺の狸囃子

    証 証 証城寺 証城寺の庭は 
    ツ ツ 月夜だ みんな出て 来い来い来い
    己等の友達ア ぽんぽこぽんのぽん
    負けるな 負けるな 和尚さんに負けるな
    来い 来い 来い 来い来い来い
    みんな出て 来い来い来い
    証 証 証城寺 証城寺の萩は 
    ツ ツ 月夜に花盛り 
    己等は浮かれて ぽんぽこぽんのぽん

    こがね虫

    こがね虫は 金持ちだ
    金蔵建てた 蔵建てた
    飴屋で水飴 買つて来た

    こがね虫は 金持ちだ
    金蔵建てた 蔵建てた
    子供に水飴 なめさせた

    あの町この町

    あの町 この町
    日が暮れる 日が暮れる
    今きたこの道
    かえりゃんせ かえりゃんせ
    お家(うち)がだんだん
    遠くなる 遠くなる
    今きたこの道
    かえりゃんせ かえりゃんせ
    お空に夕(ゆうべ)の
    星が出る 星が出る
    今きたこの道
    かえりゃんせ かえりゃんせ

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  2. shinichi Post author

    船頭小唄

    俺は河原の 枯れすすき
    おなじお前も 枯れすすき
    どうせ二人は この世では
    花の咲かない 枯れすすき

    死ぬも生きるも ねえお前
    水の流れに 何かわろ
    俺も お前も 利根川の
    船の船頭で 暮らそうよ

    枯れた真菰)に 照らしてる
    潮来出島の お月さん
    わたしゃこれから 利根川の
    船の船頭で 暮らすのよ

    なぜに冷たい 吹く風が
    枯れたすすきの 二人ゆえ
    熱い涙の 出たときは
    汲んでおくれよ お月さん

    どうせ二人は この世では
    花の咲かない 枯れすすき
    水を枕に 利根川の
    船の船頭で 暮らそうよ

    波浮の港

    磯の鵜の鳥ゃ 日暮れにゃ帰る
    波浮の港にゃ 夕焼け小焼け
    明日の日和は ヤレホンニサ なぎるやら

    船もせかれりゃ 出船の仕度
    島の娘たちゃ 御神火暮らし
    なじょな心で ヤレホンニサ いるのやら

    島で暮らすにゃ 乏しゅうてならぬ
    伊豆の伊東とは 郵便だより
    下田港とは ヤレホンニサ 風だより

    風は潮風 御神火おろし
    島の娘たちゃ 出船の時にゃ
    船のとも綱 ヤレホンニサ 泣いて解く

    磯の鵜の鳥ゃ 沖から磯へ
    泣いて送らにゃ 出船もにぶる
    明日も日和で ヤレホンニサ なぎるやら

    河原の雨

    河原の石に
    降る雨は
    恋しい人の
    涙かよ

    河原の岸の
    笹の葉に
    さびしい さびしい
    雨が降る

    「河原の
    雨は
    降る
    雨は」

    かなしい唄も
    うたはずに
    わかれた人の
    涙かよ

    梅の実

    梅の実の落ちしを見ても
    かなしくて
    心の底に渦がまく

    すぎし月日は
    帰らずも
    帰つて下さいもう一度

    忘れよう忘れようとはするけれど
    梅の実の
    落ちしを見ても思ひ出す

    春の鳥

    やさしい鳥よ
    春の歌

    春待つ鳥の
    かはい声

    やさしい歌よ
    春の鳥

    春来る鳥の
    かはい歌

    村踊の夜

    村のお若い衆よ
    サツコラサとをどれ
    をどれよ!

    お月さまから
    兎が見てる
    兎よ!

    若い娘の
    顔ばかり見てる
    顔をよ!

    夜は更けたし
    サツコラサとをどれ
    サツコラサとよ!

    スイッチヨ

    スイッチヨ スイッチヨと
    大阪の
    街のはずれで鳴くスイッチヨ

    姉は 筑紫の
    長崎へ
    妹も 筑紫の
    長崎へ

    スイッチヨ スイッチヨと
    蔦の葉の
    上にとまつて鳴くスイッチヨ

    今日も鶫(つぐみ)が
    丘に来て啼いた
    おれも泣きたい 鶫の鳥よ

    空は乳色に
    また日が暮れる

    死んで別れた
    人ではないし
    忘れようとて 忘らりよか

    永い月日

    永い月日だ
    雛芥子の花

    枝垂れ柳に
    雨さへ降るし

    すさみはてたよ
    ゆるしておくれ

    いつそ田舎に
    ゐりやよかつた

    異国船

    南の風が今日も吹く

    筑紫の 海へ
    阿蘭陀の
    船が来るぞへ
    惣八さん

    この世は夢だと思やんせ

    浪華の 夢は
    一夜草
    みぢかい みぢかい
    一夜草

    南の風が今日も吹く

    沖に見ゆるは
    阿蘭陀の
    三角白帆の
    異国船

    この世は夢だと思やんせ

    上野駅

    女姿(をやま)で暮らす
    新潟の
    港へ帰る旅役者

    カラン コロンと
    冬の夜の
    新潟行の汽車が出る

    白粉やけのした顔で
    新潟の
    港へ帰る旅役者

    カラン コロン
    カラン コロンと
    新潟行の汽車が出る

    七つの島

    佐渡は 離れ島
    隠岐も
    離れ島

    伊豆の 八丈も
    皆離れ島

    伊豆に
    七つの
    父島 子島

    七つ子島も
    皆離れ島

    離れ島ゆゑ
    恋しうて
    これさ

    伊豆の子島の
    七つの島はよ

    憂心

    恋は さめたし
    この世は
    夢か

    恋も 捨てたし
    この身も
    夢か

    なぜに かなしい
    この世の
    夢よ

    霜の降る夜(よ)に
    狐が
    啼いた

    尻尾重たかろ
    足が
    冷たかろ

    田甫(たんぼ)そこらここら
    一晩中
    啼いた

    蘆の芽

    東京の硝子の窓に
    雨が降る
    しどろもどろに
    春の夜の
    雨は硝子の
    窓に降る

    ふるさとの
    蘆(あし)の芽にさへ
    春の夜の
    雨はしどろに
    降りしきる

    帰りませうかふるさとへ
    別れませうかこの君と
    しどろもどろに
    春の夜の
    雨は硝子の
    窓に降る

    枯れ田

    稲は刈られた
    鴫が来て啼いた

    ちよこら ちよこらと
    歩き 歩き
    啼いた

    あまり細い声だ
    可哀想に
    思うた

    うすら寒い風が
    田の中に吹いてる

    忘れてる

    おでこ 娘は
    十六むさし
    ちさいとき泣いた顔
    忘れてる

    京都智恩院(ちおゐん)の 廂の上に
    大工さんも
    傘(からかさ)
    忘れてる

    おでこ 娘は
    十六むさし
    泣いたことないよな
    顔してる。

    風は南風

    鵜戸(うど)も 青島も
    南の風よ
    思ひ出すぞへ
    片割月が
    誰に焦れてか
    昼から出てる

    誰に焦れたか
    わしや知らないが
    風は南風
    青島沖の
    離れ磯にでも
    焦れただろか

    おけらの唄

    おけらの唄の
    さびしさに
    窓にもたれて
    すすり泣く

    まぼろし草も
    コスモスも
    花は昔の
    ままで咲く

    おけらの唄の
    さびしさに
    畳の上に
    伏して泣く

    星の数

    星の数ほどたたなけりや
    可愛人には逢はれない

    わたしはかなしくなつて来て
    泣かずに泣かずにゐられない

    星の数ほどたつたなら
    わたしを忘れてしまふだろ

    十五の春

    十五の春は
    昨日の夢

    もう十六の
    春が来た

    十六の 春も
    昨日の夢とすぎ

    また十七の
    春が来る

    蘆枯れ唄

    蘆が枯れたら
    どこで逢ひませう

    前の河原は
    石まで枯れるし

    蘆が枯れたら
    どこで逢ひませう

    裏の畑は
    土まで枯れるし

    蘆が枯れたら
    どこで逢ひませう

    蘆の枯れ葉の
    蔭で逢ひませう

    榧の木

    赤い花を今日も一人で見てゐると
    ふるさとの
    若い女がたづねてでも来さうな気がする

    ふるさとの
    若い恋しい女達よ
    五年六年逢はないが
    河原の岸の枯れ蘆は芽もふかず花も咲かずにしまつたか
    おみよ娘も十七か八九位になつたらう

    おれが家の裏の畑の
    榧(かや)の木に
    今も鶫(つぐみ)が来て啼くか

    鶫の啼くを聞くたびに
    ふるさとの
    畑の中の榧の木が
    思ひ出されて限りなく
    涙が出るぞ
    女達

    港の時雨

    蛇の目傘に
    時雨が降るに

    月日かぞへて
    港を見てる

    待つはつらかろ
    待たるる身より

    伏木港の
    船頭さん達よ

    仇花

    月に一度も
    逢はずにゐても
    かはい サロンの
    あの仇花よ

    はなればなれに
    暮してゐても
    恋は濃くなる
    浮名は流る

    後姿

    うしろ姿のさびしいは
    心で泣いてゐるからさ

    田舎娘でゐた頃は
    可愛姿でゐたんだよ

    末枯(すが)れてかなし牛込の
    今はカフエーの杜若(かきつばた)

    恋の懸橋この上は
    渡しておくれよたのむぞへ

    西瓜畑

    西瓜畑さ
    お月さま出てる

    そろりそろりと
    お月さま出てる

    土をたたいたら
    どしんこと響いた

    姉も 妹も
    おさらば さらば

    五月雨

    五月雨の降る夜に君は
    川下(かはしも)の
    浅瀬を越えて逢ひに来(き)ぬ

    夜の明け頃に帰りゆく
    君を幾夜も
    川下の
    浅瀬の中に見送りし

    五月雨の降る夜となれば
    なつかしく
    その頃の君の姿がしのばれて来る

    夕の月

    お仲姉さま
    畑の中で
    しやなりしやなりと
    麦踏みしてる

    雁は帰るし
    夕(ゆふべ)の月は
    擽林(くぬぎばやし)の
    上から出てる

    つまらないよと
    涙で言うた
    お仲姉さま
    丸顔だつけ

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  3. shinichi Post author

    葛飾の夏

    卯の花が散る
    時鳥が啼く
    沼の中に
    菖蒲(あやめ)の花も咲いてゐる

    沼の中の
    菖蒲の花よ
    葛飾(かつしか)に
    今二月(ふたつき)もゐたかつた

    家も屋敷もない おれは
    去年の夏は東京に
    今年の今は葛飾に
    わかれねばならぬ時が来た

    この住み馴れた
    葛飾の
    菖蒲の花よ
    又逢はう

    恋のかけ橋

    恋のかけ橋
    渡れと
       かけた

    渡るつもりで
    今日まで
        ゐたが

    竹の一本橋
       渡らりよか

    葱と楮(かうぞ)と
    故郷と思ふ

    故郷出るとき
    畑の葱よ

    葱も楮も
    風に吹かれてた

    唄が聞える
    渡り鳥が渡る

    細い さびしい
    機織唄よ

    けふも渡り鳥が
    空を飛んで渡る

    矢車草

    矢車草の葉の蔭に
    かくれて
    鳴いた
    きりぎりす

    姉上さまには
    だまされた
    母上さまにも
    だまされた

    かくれて 鳴いても
    矢車の
    車といふ名に
    だまされた

    岡の上

    霞の中に
    黄金色(かねいろ)の
    菜種の花は咲きにしが

    葦の芽に降る
    春雨の
    そそぐ響きも聞きにしが

    麦の葉に吹く
    暁の
    風も静に吹きにしが

    靄の中から
    しとしとと
    草に甘露の霧が降る

    川しぶき

    さつさ行きましよ
    あの山越えて
    花は咲けども
    ふるさとの
    月はおぼろに
    川しぶき

    さつさ行きましよ
    あの川越えて
    花は散れども
    ふるさとの
    月はなつかし
    川しぶき

    有明お月さん

    昔の あなたと
    違ふから
    この頃 わたしは
    つらくてよ

    どうすりや わたしは
    いいのだらう
    昨夜(ゆうべ)も 一晩
    泣いたのよ

    昔のあなたに
    しておくれ
    有明お月さん
    たのんだよ

    うづまき

    河原に立つて
    利根川の
    水の青いを見てゐると
    胸に涙が湧いて来た

    河原の岸に
    ぐるぐると
    小さい渦が
    まいてゐる

    手をとり合うて
    恋人と
    あるいて見たい
    気さへする

    小さい渦に
    ぐるぐると
    まかれてみたい
    気さへする。

    熱い涙

    もぬけの 殻の
    わが恋よ

    この世は 旅の
    空蝉(うつせみ)か

    永い 月日は
    夢の間に

    熱い 涙よ
    胸の火よ

    両国のあたり

    両国の橋を渡つて
    ゆきました

    十八か 十九位の
    女です

    『口入業』と書いてある
    路次の出口で あひました

    髪の毛の 房々とした
    女です

    角豆畑

    山で別れた子に逢はず
    子ゆゑ吾妻(あづま)の鶯は角豆畑(ささげばたけ)に啼いてゐる

    きのふ榊の木の枝に
    笹の枯葉に眼を衝いて父(とと)よ父よと鳥がゐた

    けふも榊の木の枝に
    笹の枯葉に眼を衝いて母よ母よと鳥がゐた

    山でわかれた子に逢はず
    風のふくのに鶯は角豆畑に啼いてゐる

    裏の川端の
    さらさら蓬

    思ひ返して
    みる気はないか

    今朝(けさ)も 裏戸に
    櫛が落ちてゐた

    通つて来たのか
    可哀想なものだ

    砂の上

    砂に 字を書いた
    別れと
    書いた

    永い別れと
    思へと
    書いた

    書いた字を見て
    足で砂
    踏んで

    ざくり ざくりと
    涙で
    踏んだ

    そのころ

    枯れた草さへ
    昨日の――夢を
    夢をよ――

    うつらうつらと
    繰り返してる
    夢をよ――

    冬の月さへ
    昔の――夢を
    夢をよ――

    うつらうつらと
    繰り返してる
    夢をよ――

    夢だ 夢だと
    わたしも――思た
    思たよ――

    うつらうつらと
    つくづく――思た
    思たよ――

    十七花

    川の向ふの
    十七花よ
    辛いだらうが
    赤く咲いてお呉れ

    情なからうが
    十七花よ
    川の向ふで
    赤く咲いてお呉れ

    赤く 燃えるやうに
    十七花よ
    辛いだらうが
    赤く咲いてお呉れ

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  4. shinichi Post author

    見はてぬ夢

    恋人と ゆうべ別れた
    停車場を
    今朝(けさ)は 一人で
    あるいてる

    乗り降りの 人の往き来を
    眺めたり
    そちら こちらと
    あるいてる

    なつかしき 見はてぬ夢に
    そそられて
    今朝は一人で
    来たであろ

    煙草の花

    お蔦嫁さま
    煙草の花は
    元(もと)の男の 畑に咲いた

    お蔦嫁さま
    もう 諦めた
    何にも縁だと もう諦めた

    切れた障子の
    穴から見たら
    後向きして糸繰りしてる

    傘の下

    どこで生れた
    安来(やすき)の 町かよ
    雨の降る日に
    生れたのかよ

    聞いてください
    十七頃は
    いつも涙で
    しめつてゐるのし

    それが聞きたい
    傘(からかさ)の下(した)で
    雨の降る日に
    生れたのかよ

    田は枯れて 了つたし
    どこも ここも
    寒い風が吹いてゐる

    日暮方になると 田甫の中で
    すイ すイと
    鴫が 啼いてゐた

    おもよは 赤い花簪(かんざし)をさして
    家の前に
    出て見てゐた

    細い声で 鴫は
    すイ すイと
    啼いてゐる

    おもよの 心も
    初恋に
    すイ すイとしてゐた

    田は枯れて了つたし
    どこも ここも
    寒い風が吹いてゐる

    たそがれ

    蘭菊の花はさびしい
    川越の
     「小料理店」と書いてある

     「小料理店」と書いてある
    蘭菊の
    花はさびしい 一夜妻(いちよづま)

    たそがれ頃に とぼされる
    川越の
    鼠鳴きしてゐた女

    窓の格子に よりかかり
     「いつまた来るの」と
    泣く女

    錆(さび)た庖丁の かなしくも
     「はかない身だよ」と
    さうか知ら

    ただ明け易い 夏の夜の
    街はあかるい
    青すだれ

    磨(と)いでも磨いでも 庖丁の
    錆は磨いても
    さうか知ら

    帰らぬ人

    川の向ふで
    水鶏が 啼いた

    帰りやんせ
    帰りやんせ

    月も おぼろに
    河原さ出てる

    きつと忘れて
    ゐるんだよ

    片恋

    恋しくて
    裏へ出て見りや
    青い空

    はかない
    わたしの
    片恋よ

    はかない
    わたしに
    何故(なぜ)したの

    荒海のやうな
    こころに
    何故したの

    蚯蚓の唄

    「わたしも一緒に連れてつてお呉れ」とおみつは
    一緒にゆく気になつてゐる

    夜は
    しんしんと更(ふ)けていつた

    「わたしや もう 着物も帯もいらない」と男の胸に
    顔をあててしくしく泣いてゐる

    厩の背戸で かなしさうに
    蚯蚓(みみづ)は唄を うたつてゐた

    畑の土

    おつた 聟さま
    つまらなささうに
    背戸の畑で 種蒔きしてる

    可愛女があるではないし
    おつた一人を
    たよりにしてた

    なんのつもりだ 畑の土は
    今日も燥(はしや)いで
    ぽさりとしてる

    昼顔

    他愛なく 花は咲き
    他愛なく
    花はしぼむ

    かなしくはないの
    娘等よ
    渚の岸の 沙原に
    昼顔の花は
    しぼみゆく

    なんと云ふさびしさだらう
    娘等よ

    指輪

    わたしかはいなら
    指輪買つてお呉れ

    指輪なしでは
    手がさむしいわ

    指輪買つてやろ
    指輪買つて送ろ

    帯も買つてやろ
    足袋も買つて送ろ

    わたしかはいなら
    下駄も買つてお呉れ

    下駄も買つてやろ
    日和(ひより)下駄送ろ

    憎い女

    空吹く風だと
    思はりよか

    憎いことした
    をんなごを

    わすれようとて
    わすられず

    たたいてやりたい
    このこころ

    月影

    薄桃色の
    ハンカチを
    ぢつと見つめて
    泣いてゐる

    窓の硝子に
    さす月も
    おぼろ月夜で
    青いこと

    薄桃色の
    ハンカチに
    なにか書かれて
    あるか知ら

    更けゆく夜

    絹のシヨールに
    冬の夜の
    ほのかに 青い
    月がさす

    ほのかに ほのかに
    かなしくて
    熱い 涙が
    落ちて来る

    わたしは この世の
    すたれ者
    君ゆゑ わたしは
    すたれ者

    ほのかに ほのかに
    かなしくて
    熱い 涙が
    落ちて来る

    昔の月

    お前と逢うた
    武蔵野に
    青い 昔の 月が出た

    お前も 見たろ
    武蔵野の
    畑の中に家が建つ

    畑の 中の 夕雲雀
    もう おれは
    故郷(くに)へ 帰るぞよ

    馬鈴薯

    白い花咲く
    馬鈴薯(じやがたらいも)よ

    月の出た夜は
    畑の中で

    月のない夜は
    馬鈴薯よ

    どうか誰にも
    言はずにお呉れ

    霜夜

    ギターで 唄ひませうよ
    わかれの歌を
    共に 涙で
    唄ひませうよ

    寒い 霜夜の
    霜枯れ空に
    お星さまさへ
    ふるへて見える

    さあさ唄ひませうよ
    涙で共に
    君とわかれの
    かなしい歌を。

    新開田

    今朝も 鶉が
     新開田で
       啼いた

    鶉恋しい
     畑の鶉

    可愛男の
     新開田で
       啼いた。

    梭の音

    矢車草の 咲く村で
    日の暮れ頃だと思やんせ

    トントン カラリと
    梭の音
    トントン カラリと
    梭の音

    矢車草の 咲く村で
    糸より細いと思やんせ

    トントン トロリと
    唄の朝
    トントン トロリと
    唄の朝。

    裏戸の音

    夜の夜中に
    裏戸を叩く

    ことんことんと
    ときたま叩く

    今夜来るとの
    たよりはないが

    可愛男じや
    ないか知ら。

    甚吾さん

    枝垂れ 柳の
    謎ばかりかける

    わたしや 恥かし
    甚吾さんの謎が

    何んで 解かれませう
    甚吾さんの謎を

    あれさ 甚吾さんよ
    かけずにお呉れ

    昨夜(ゆうべ) 夢見た
    喜蔵さんの夢を

    ゆかし なつかし
    一晩中見てた

    去年 喜蔵さんに
    手の甲 引つかかれた

    うつら うつらと
    その夢を見てた

    胸の糸

    妻となり 妻と云はれて
    年月を
    すごして来たに
    なぜか知ら

    今日も 解けない
    胸の糸
    誰かに引かれて
    ゐるのだろ

    机の下に 紫の
    インキで書いた
    用箋が
    二つに裂かれて落ちてゐた

    誰に たよりを
    出しただろ
    誰に たよりを
    出しただろ

    沙の数

    汐がれ浜で聞く唄は
    みんな悲しい
    唄ばかり

    沙の数ほどかぞへても
    別れた人は
    帰らない

    涙ぐましくなつて来て
    泣かずに 泣かずに
    ゐられよか

    夜さり唄

    駄目ぢや 駄目ぢやと
    話も聞かず
    話どころか 姉上さまよ

    歳も 歳だし
    何うした ものぢや

    男振りでも
    よければ よかろ

    君が名

    『別れ』と云ふ字がかなしくて
    火鉢の中に 書いて消し
    消しては書いて
    泣きました

    『消して書いても
    過ぎし日の
    今ははかない
    空だのみ』

    『口に甘いは
    いつはりの
    人の言葉と
    露しらず』

    『処女のほこりも たはむれの
    幻(まぼろし)よりも
    淡かりし』

    かなしきままに 君が名を
    火鉢の中にいくたびも
    書いて 眺めて
    泣きました

    菖蒲の花

    菖蒲(あやめ)の花に
    初夏の
    君の姿が偲ばれる

    君の姿は
    初夏の
    咲いた菖蒲の花でした

    厩(うまや)の背戸に
    しよんぼりと
    咲いた菖蒲の花でした

    菖蒲の花に
    初夏の
    君の姿が偲ばれる

    可愛い君さま

    可愛(かあ)い君さま茨城の
    山にさびしい
    日が落ちる

    西の山でも火が燃える
    東の山でも
    火が燃える

    可愛い君さま十六の
    胸の焔の
    火が燃える

    垣根の外

    秋晴れの
    垣根に咲いた
    コスモスよ

    人なつかしい 桃色の
    淡いこころの
    コスモスよ

    若い女が しよんぼりと
    垣根の外で
    唄つてる

    恋は悲し
    コスモスの花よと
    唄つてる

    旅で暮らせば

    旅で暮らせば
    茅野の
    雨も
    さらり さらりと
    身にしみる

    博多人形

    博多人形は
    なみだの
    人形
    手と手 握つて
    泣いてゐる

    阿蘇

    阿蘇は
    火を吐く 恋路の
    ほのほ
    くめよ 熊本の
    かはい人

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  5. shinichi Post author

    田舎乙女

    おまへは田舎の
    乙女さま

    お馬で朝草
    刈りにゆく

    山ほととぎすが
    山で啼きや

    お馬もお耳を
    たてて聞く

    山ほととぎすは
    渡り鳥

    あの山渡つて
    どこへゆく

    土蜂

    草を刈ろとて
    鎌研ぎしてりや

    蜂がとんで来た
    土蜂(つちばち)が

    蜂を見てたりや
    鎌で指切つた

    指を見せたりや
    蜂ア逃げた

    山を眺めたが
    山は物言はぬ

    空を眺めたが
    空も物言はぬ

        さうよ、ほんとに
        じれつたい

    窓に来て啼け
    山ほととぎす

    たより聞かせて
    くれないか

        さうよ、ほんとに
        じれつたい

    仙酔島

    どうせうきよぢや
    せんすいじまよ

    かよてこよなら
    かよひもするが

    人の心ととけいのはりは
    一びやう一びやうとうつりゆく

    田螺

    田甫(たんぼ)見てたりや
    烏の鳥が

    田螺(たにし)たたいて
    遊んでる

    可哀想だな
    田甫の田螺ア

    たんこたんこと
    たたかれる

    荷物片手に

    こんな恋しい
       この土地すてて

    どこへ行くだろ
       あの人は

    どこへ行くのか
       わしや知らないが

    荷物片手に
       傘さげて

    わしも行こかな
       この土地すてて

    荷物片手に
       あの人と

    今立小唄

    三里山(さんりやま)から(ヤンレ)
      笛吹きながら
        スツチヤン、スツチヤン
          スツチヤン、チヤン、ト
    鳶(とんび)ア昼寝に(ヤンレ)
      呼びに来る
        スツチヤン、スツチヤン
          スツチヤン、チヤン、ト

    山で笛吹く(ヤンレ)
      鳶の鳥と
        スツチヤン、スツチヤン
          スツチヤン、チヤン、ト
    山で昼寝が(ヤンレ)
      してみたい
        スツチヤン、スツチヤン
          スツチヤン、チヤン、ト

    山で鳶と(ヤンレ)
      昼寝をしたりや
        スツチヤン、スツチヤン
          スツチヤン、チヤン、ト
    とうと薯芋(とろろいも)(ヤンレ)
      夢に見た
        スツチヤン、スツチヤン
          スツチヤン、チヤン、ト

    美濃の関の唄

    関(せき)と言ふたとて関所もないに
    なんのかんのと来てくれぬ

        来る気か来ぬ気か言つてみな
        言ひよによつては ドーンドーン

    来いと言ふなら寝ずにも行くが
    怖い人目の関がある

        鬼でも棲むよなこと言ふて
        その手でだまさば ドーンドーン

    人目怖(こわ)けりや暗夜(やみよ)においで
    関も暗夜はたんとある

        暗夜になつてもツンともない
        かうなりや押しかけ ドーンドーン

    土投げ唄

    かつぽれ かつぽれ
    この土 かつぽれ

    池が出来たら
    金魚でもいけて

         ヨイト、ヨイトナ

    おしやれ姿が
    眺めたや

    さうとも さうとも
    この土 かつぽれ

    山が出来たら
    桜でも植ゑて

         ヨイト、ヨイトナ

    春の咲く花
    眺めたや

    まだある まだある
    この土 かつぽれ

    池にや金魚よ
    山には桜

         ヨイト、ヨイトナ

    わたしや このごろ
    土投げた

    糸つむぎ唄

    今朝(けさ)も雀が
    言ふことにや

    糸が切れても
     わしや知らぬ

    糸も むらなら
     切れもする

    切れたからとて
     わしや知らぬ

    またも 雀が
     言ふことにや

    糸が切れたら
     つなぎやんせ

    つないで切れたら
     泣きやしやんせ

    泣いたからとて
     わしや知らぬ

    絹の裳裾

    絹の裳裾(もすそ)は
      四辺(あたり)を照らす

    裾にや照らされ
      照らされる。

    畑照らすは
      天道(てんと)さまばかり

    畑照らしに
      照らしやりに

    今日も照らしやる
      畑の中にや

    わしと天道さんと
      ふたりきり。

    岡崎一口唄

    やんれ 岡崎の
    娘さん

    わしとゆかぬか
    鎌もつて

    あの山 蔭へ
    草刈に

    草を枕に
    やつとさのさ

    草がしをれる
    やつとさのさ

    茨がとめたら
    どうなさる

    おや、岡崎の
    娘さん

    そのときや茨と
    やつとさのさ

    大函小函

    大函(おほばこ) 小函の
    河鹿(かじか)の子さへ

    岩にやせかれる
    瀬にや流される

    浮世なりやこそ
    あきらめしやんせ

    りん気アせぬもの
    恋アせまいもの。

    銀座の月

    銀座照る月ア
    田舎も照らす

    月と名がつきや
    二つはないに

    済まぬ気がした
    十五夜さまよ

    わしの眼の性か
    銀座で見たりや

    麻の葉つぱで
    こさへたやうに

    丸いお月が
    三角に

    山ほととぎす

    茶の樹畑にや
    茶摘み唄

    この日の永いに
    姉(あね)さまよ

    菜の花畑にや
    子守り唄

    夜は明けやすいに
    母(かあ)さまよ

    山ほととぎすが
    啼いてゆく

    霧雨

    霧し雨降りや
    茶の樹がぬれる

    鳩は茶の樹を
    見ちや啼いた

    霧し雨だが
    茶の樹の上にや

    しととしととと
    降りかかる

    旅の民謡 四章

    ふじの白雪
    お日和(ひより)つづき
    つばめ来る日も
    間はなかろ
       ――富士五湖めぐり――

      ×

    山にや霧立つ
    霧ア雲となる
    雲も重なりや
    雨となる

      ×

    帯のはばほど
    なかろがあろが
    吉田上宿
    よいところ
       ――富士吉田口にて――

      ×

    杉になりたや
    御嶽(みたけ)の杉に
    御嶽三柱
    まもり杉に
       ――甲州御嶽にて――

    山越え 山越え

    山越え 山越え
    逢ひたさに

    夜中のお星が
    出るころに

    山越え 山越え
    逢ひに来る

    夜明けにや 帰らにや
    ならぬのに

    逢瀬(あふせ)もほんとに
    短いに

    山越え 山越え
    逢ひに来る

    働け 働け

    働け 働け
    せつせと働け

    野良ぼ犬さへ
    朝寝はしない

    まして鶏ア
    なほ早い

    寝てて暮さば
    先の世に見やれ

    空の天道(てんと)さま
    罰あてる

    寝てて暮すは
    お嬢さまばかり

    寝ててお百姓ア
    暮されぬ。

    空の天道さま

    誰もゐないから
      天道(てんと)さま見たら

    ウンニヤ 魂消(たまげ)た
      天道さま言ふにや(ホホホノ ホイ)

    奈良の大仏さま
      お昼寝なさる

    紀州熊野の
      権現さまも   (ホホホノ ホイ)

    ウンニヤ 魂消た
      お昼寝なさる

    お釈迦さまさへ
      甘茶は飲むに  (ホホホノ ホイ)

    昼寝するのが
      嘘だと言(ゆ)なら

    空の天道さんに
      灸(やいど) やかる   (ホホホノ ホイ)

    伊奈波音頭

    岐阜の伊奈波(いなば)さま
    五穀の護り
    五穀みのれよ
    世は穏(おだやか)に

    五穀みのれば
    お百姓繁昌
    雨もうるほせ
    彌日(いやひ)も照らせ

    里の後生楽(ごしやうらく)
    五穀が大事
    五穀波うて
    穂に穂もなびけ

    雨が片降りや
    日が出て照らせ
    旱魃(ひでり)つづかば
    雨雲おこせ

    今年や世がよい
    家棟(やむね)の上で
    岐阜の伊奈波さま
    この里護る。

    撫子

    河原の撫子(なでしこ)
    おしやれな撫子
    薄紅つけてる ヤーイ

    あした雨ふる
    薄紅落すな
    河原の撫子 ヤーイ

    石の地蔵さま

    石の地蔵さま
    おら見て来たが

    誰にもろたか
    涎垂(よだ)れかけかけた

    物は言はぬが
    にいたり顔で

    とかく地蔵さま
    気が若い。

    煙草

    丸い輪になれ
    煙草のけむり

    こんなときでも
    来りやよいに

    辛気くささよ
    火鉢の中にや

    燃えたマツチの
    棒ばかり

    こんど来たなら
    煙草のけむり

    顔へぱつぱと
    吹いてやろ。

    通り魔の唄

    恋は通り魔、
      通さにやならぬ

    通しましよかよ
      通り魔を。

    通り魔だから
      通すもよいが

    もしやわたしに
      魔がささば。

    さうよかうなりや
      人目がこわい

    人目しのんで
      通さうか。

    人目しのんで
      命の鍵に

    ひよいと魔がさしや
      身がほろぶ。

    出来事

    畑作(さく)ろとて
    畑さ出たに (ノー)

    馬にけられたか
    牛にふまれたか

    捨てる筈アねエに
    襷(たすき)もすてて (ノー)

    ものもいはずに
    泣いて来た

    どこの馬だか
    おら知らないが

    おれが見てたら
    しつぽなぞふつて

    畑ながめて
    立つてゐた

    砂原

    砂原の月夜をまつに
    砂原よ

    砂原は月夜になれば
    砂原へ

    たづね来る人のありや
    乙女子よ

    砂原は月夜になれよ
    砂原よ

    梅雨空

    空はつゆ空
    ゆふべの月よ

    月もつゆ空
    つゆたれる

    月はゆふ月
    ゆふべの星よ

    星もつゆ空
    つゆたれる

    晴れなつゆ空
    はれぬかつゆよ

    月もお星も
    晴れて出な

    水がれ田

    田が涸れ 田が涸れ
    水田が 涸れた

    鴫(しぎ)が来て啼く
    田が涸れた

    涸れてくりや田も
    一夜で涸れる

    鴫の来ぬ間に
    田が涸れた

    鴫は田の鳥
    鴫ア田が恋し

    鴫は涸れ田で
    かなしげに

    小磯の蔭

    めかり娘
    「来いと言ふから
         砂山越えて

     裾で小砂を
         曳きながら

    すなどり男
    「よく来てくれた
         砂山越えて

     裾で小砂を
         曳きながら

    めかり娘
    「待つと言はれりや
         裾曳きながら

     来たにや来たもの
         磯蔭じや。

    すなどり男
    「よく言ふてくれた
         小磯の蔭じや

     磯や小磯や
         磯蔭じや。

    棉打唄

    丘の榎木(えのき)に
    蔓葛(かつら)が萠える
    鷽(うそ)が鳴くわい
    酒屋の背戸(せど)で。
      びんびん棉打て
      畑の茨に
      とろとろ日が照る

    裏戸覗くは
    みそもじさまか
    そなた思へば
    五分(ごぶ)、棉打てぬ
      びんびん棉打て
      畑の茨に
      とろとろ日が照る。

    浜の小砂利の
    数ほど打てど
    そもじ見たさに
    竹で目を衝いた
      びんびん棉打て
      畑の茨に
      とろとろ日が照る

    山越唄

    おらも十六
         七八は
    同じ問屋の
         駅路に
    なんぼ恥かし
         のう殿ご
    花のやうだと
         褒られた
    殿の姿は
         駅路の
    そんじさごろも
         花だわい
    ちらりちらりも
         めづらしき
    笠に霙(みぞれ)が
         降つて来た
    山は時雨(しぐれ)だ
         のう殿ご
    萱(かや)の枯穂が
         動くわい
    今朝(けさ)も田甫(たんぼ)の
         田の中に
    鴨が三疋
         鳴いてゐた。

    棧敷の上(小曲)

    渦巻の 裕衣(ゆかた)に 淡き恋心
    仇(あだ)し姿の しのばれて
    涙で唄を 唄ひませう

    棧敷の上に しよんぼりと
    仇し姿に 咲く花を
    伏目になりて唄ひませう

    鳰(にほ)の浮巣の岸に咲く
    ほのかに白き藻の花の
    はかなき恋を 唄ひませう。

    十五夜

    月は十五夜
    まんまるだ
    月の花暈(はながさ)
    被(き)てお寝(よ)れ
    お寝り下され
    雁(かり)がねに
    黄楊(つげ)の小櫛の
    歯が鳴るわ

    昨夜(ゆふべ)みたのは
    夢だわい
    黄楊の小櫛の
    歯が落ちた
    熱い涙に
    ほろほろと
    何故にこのよに
    眼がくもる

    蓼の花咲く
    ふるさとの
    雲に渡るは
    雁(かり)の連(つれ)
    門の扉に
    十五夜の
    月が射すわい
    黄楊の櫛

    蓼(たで)の穂に咲く
    白き花
    森の庭燎(かがり)の
    火は赤い
    稲は刈られし
    ふるさとの
    堰(せき)に瑠璃(るり)鳴く
    田は枯れた

    雁は遙(はるか)の
    雲に鳴き
    秋の九月の
    夜はながい
    門の扉に
    十五夜の
    月はてらてら
    何照らす。

    笠岡一口唄

    ここは笠岡
    笠借りませうか

    雨がふるから
    笠貸しなさい

    笠もないのに
    借せ借せと

    おやさうかいな

    鞆(とも)で借りませうか
    仙酔島(せんすゐじま)を

    これが貸さりよか
    この島を

    おやさうかいな

    速戸の芽刈り唄

    門司の名物 速戸(はやと)の芽刈り
    刈れば刈るほど芽がのびる
      刈らなきやのびない
      捨てときな

    捨てておかりよか、速戸の芽刈り
    刈らにやのびない、葉も出ない
      のびなきや刈られぬ
      わしや帰へる

    刈りに来たのか、眺めに来たか
    刈らず眺めて帰るのか
      のびたらそのときや
      刈りに来る

    春の雀

    ないてあそぶは
        雀の鳥か

    こゑが可愛や
        なくこゑが

    遊びほうけて
        雀の鳥が

    やぶのこかげで
        啼くこゑが

    やぶのこかげで
        雀の鳥が

    遊びほうけて
        なくこゑが

    裏の細道

    裏の細道
    通ふて来なせ

    雨のふる夜に
    傘さして

    傘の雫(しづく)と
    小磯の浪は

    ちぐたばぐたで
    性(しよう)がない

    雉子が啼く

    ねんねん小唄は
    子守り唄

    子守りの小唄に
    いふことにや

    山で雉子(きじ)なく
    子雉子なく

    木の葉をかぞへて
    雉子がなく

    木の実をかぞへて
    雉子がなく

    木の葉をかぞへて
    日がくれた

    日ぐれの明星は
    ただひとつ

    木の実をかぞへて
    夜があけた

    夜あけの明星も
    ただひとつ

    ねんねん小唄の
    雉子がなく

    髱(たぼ)

    馬にけられたか
    あの姉(あね)さまは

    たぼが二尺も
    垂れこけた

    馬にや蹴られぬ
    姉さまたぼは

    牛にふまれて
    垂れこけた

    どこで踏まれた
    あの姉さまは

    裏の畑の
    真ン中で

    日ぐれの花

    くちなしの花の
    白さよ

    くちなしの花が咲いた
    白い花

    くちなしの花は
    白い花

    つゆくさの花の
    青さよ

    つゆくさの花が咲いた
    青い花

    つゆくさの花は
    青い花

    春告鳥

    梅の小枝に
    春告鳥(はるつげどり)は

    ホケキヨ ホケキヨと
    来てとまる

    ホケキヨ ホケキヨと
    春告鳥が

    梅の小枝で
    言ふことは

    風が寒くて
    梅の木さへも

    花が咲いたり
    咲かんだり

    千羽鶴

    千羽鶴さへ
    一羽でもかけりや

    九百九十九羽
    はぐれ鶴

    お月さまでも
    片隅かけりや

    かけた片隅ヤ
    真の闇

    はぐれ鶴になりや
    啼き啼きさわぐ

    かけりやお月さんも
    痩せ細る

    枝垂柳

    枝垂柳(しだれやなぎ)は
    お化けに化けな

    化けてお化けに
    なつちまへな

    枝垂柳に
    お月さんが出たよ

    細い真白い
    お月さんが

    細いお月さんは
    三日月さんよ

    出てもさつさと
    ひつこんちまふ

    月の提灯

    お空がくらいよ
    月さんよ

    お空に提灯
    つけなさい

    三日月さんさへ
    山の端に

    暗けりや困ろと
    出てつける

    お空がくらいよ
    月さんよ

    今夜は提灯
    つけなさい

    極楽とんぼ

    わが家わすれて
    極楽とんぼア

    あの町この町と
    飛びあるく

    あの町この町と
    極楽とんぼア

    用もないのに
    飛びあるく

    鏡見てたら
    お母さんよ
    おでこがうつる

    おでこかくれる
    お母さんよ
    髪おくれ

    今夜来るかと
    墻根(かきね)の外を

    思て打つよだ
    砧(きぬた)の音が

    暗い墻根の
    あの外を

    田に居る鳥

    田にゐる鳥は
    脚の長い鳥だ

    脚の長い鳥は
    なんと言ふ鳥だ

    鷺(さぎ)の鳥ならば
    脚の長い筈だ

    鴫(しぎ)の鳥ならば
    脚の長い筈だ。

    田にゐる鳥は
    首の長い鳥だ

    首の長い鳥は
    なんと言ふ鳥だ

    鷺の鳥ならば
    首の長い筈だ

    鴫の鳥ならば
    首の長い筈だ。

    黒猫さん

    夢が気になる
       お月さま

    黄色いお月の
       出る晩にや

    黒猫さんでも
       来るやうに

    うつそりほんのり
       出ておくれ

    三角お月が
       黄色なら

    三角お月が
       出ておくれ

    黒猫さんさへ
       来てくれりや

    夜つぴて夜とほし
       まちあかす

    富士の白雪

    富士の白雪
       お日和(ひより)つづき

    一つ眺めて
       みませうかな

    やぶでなくのは
       やぶ鶯か

    春の日永を
       やぶでなく

    富士の白雪
       いつとけるやら

    一つ眺めて
       みませうかな

    春の雪

    雀とまれや
    竹の葉にとまれ

    竹に しんなり
    雀がとまる

    ふれや たまれや
    春の雪 小雪

    小雪 たまれや
    竹の葉にたまれ

    竹に しんなり
    小雪がたまる

    雪は淡雪
    春の雪 小雪

    雀 とまれや
    竹の葉にとまれ

    小雪 さつとふれ
    雀がとまる

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