経済成長しない社会(山口周)

改めて、先進7ヵ国の経済成長率がここ50年ぐらいどういう推移で来ているのかを、ぜひみなさんに考えていただきたいんですね。
大学の講義や経営者の育成の会でお話をさせていただくと、(「先進7ヶ国の経済成長率がピークを記録したのは、いつでしょう?」という問いに対して)多い答えの1つは、1960年代の高度経済成長、もう1つが1980年代の日本のバブル期、最後が2000年から2010年代のシリコンバレー・GAFAの影響だということです。それぞれ3分の1ずつ(回答が)出るんですが、実際の答えがどうかと言うと、こうなっているんですね。
実は1960年代にGDPの成長率はピークを記録して、そこから1回として過去を上回ることなく、安定的に低下してきています。ですから近い将来、ほとんど(経済が)成長しない社会が来ます。
今、「成長社会か定常社会かどちらがいいか」という議論をしていますが、いいかどうかという選択の問題じゃないんですね。選ぶと選ばざるとに関わらず、定常社会がもうそこまで来ているということです。これはつまり、経済全体が成長しないということは、平均的に見ると個別の企業も成長しない時代が来たということですね。

5 thoughts on “経済成長しない社会(山口周)

  1. shinichi Post author

    近い将来、「経済成長しない社会」が到来する

    山口周氏が語る、テクノロジーが“生産性を上げる”という誤解

    山口周

    https://logmi.jp/business/articles/324575

    「ニュータイプ」と「オールドタイプ」は年齢ではくくれない

    山口周氏:ただいまご紹介に与りました、山口でございます。みなさんの貴重な時間を無駄にしないように、さっそく中身に入っていきたいと思います。今日は「ニュータイプの思考と行動」というテーマでお話をさせていただきたいんですが、これはなかなか誤解を招きかねない概念です。

    最初にご注意申し上げたいのは、今日は「ニュータイプ」と「オールドタイプ」で対比をしてお話をしようと思うんですが、ニューとオールドをそのまま年齢の概念に捉えないでください。ニュータイプが20〜30代前半ぐらいまでの若手で、オールドタイプは40代、場合によっては50~60代の人たちであるという捉え方は、ありがちな勘違いです。

    今、世界はインクルーシブであることが非常に大きなテーマです。ここでみなさんに意識してもらいたいのは、年齢が上の方にも年齢が下の若い方にも、どなたにもニュータイプの側面とオールドタイプの側面があります。

    場合によっては、オールドタイプのほうが望ましいケースもあるわけですが、これから先の世の中における価値を生み出していく上では、これまでよしとされてきたオールドタイプのあり方から、新しい思考や行動の様式であるニュータイプの側面が求められる場合が、多々出てくるだろうということです。

    すべての場面において「ニューがいい」「オールドがいい」ということではなく、それを適宜切り分けていくような「メタ認知の能力」が認められるだろうということですね。ですから1つ目は、ニューとオールドは年齢の概念ではないということ。

    2つ目は、すべての場合においてニューがいいということではなくて、ニューが求められる側面がいろいろなところで出てきている。一方で、場合によってはオールドタイプの思考様式や行動様式が求められる側面もあるので、そこを適宜切り分けていく、一種の知性が必要になってきます。

    “正解を出せる人=優秀な人”ではない

     
    この一つひとつを見ると、オールドタイプに書かれていることは、いわゆる「優秀な人」がこれまでやってきた、わかりやすいことのように思われると思うんですが、なかなかそればっかりだと難しいだろうな、という話をここからしたいと思います。

    1つ目は、正解を探すことです。これは言うまでもなく、優秀な人物のイメージのど真ん中ですよね。正解を出すのが得意、試験で高い偏差値を叩き出します、というのが日本における優秀な人材の典型的なイメージなんですが、正解を探すだけだと、これからは非常に難しい状況になるだろうなと思います。

    それはなぜかと言うと、正解がコモディティ化しているからです。コモディティというのは、ありふれていて非常に安い値段で買い叩かれてしまうことですね。

    一方で、今は何が足りなくなっているかというと「問題」だと思います。日本は「課題先進国」と言われているわけですが、先進的というのは、課題の種類や質に関する話です。当たり前ですけど、課題の数自体はどんどん減っていくわけですね。

    ビジネスは課題を解決するのが仕事ですから、ビジネスがどんどん進展すればするほど歴史が進み、問題が少なくなるんです。これを非常にわかりやすく示しているのが、経済成長率です。

    今、マスコミでも毎日毎日いろんなところで「来年のGDPがどうなる」「今年はどうなる」「日本は遅れている、日本はだめだ」みたいな話があります。この報道の特徴というか、もっと言うと問題は、常に「今年、あるいは来年どうなる」という議論しかしていないことです。

    一方で今、私たちが議論しているのは「コロナ後の世界はどうなるのか」ということなわけですが、こういう長い時間軸でのトレンドを捉えようと思ったら、過去30〜40年の推移がどうだったのかを考えないといけないので、「今年はどうだ、来年はどうだ」という議論をいくらしていても、しょうがないわけですね。

    近い将来、“経済成長しない社会”がやってくる

    改めて、先進7ヵ国の経済成長率がここ50年ぐらいどういう推移で来ているのかを、ぜひみなさんに考えていただきたいんですね。

     
    大学の講義や経営者の育成の会でお話をさせていただくと、(「先進7ヶ国の経済成長率がピークを記録したのは、いつでしょう?」という問いに対して)多い答えの1つは、1960年代の高度経済成長、もう1つが1980年代の日本のバブル期、最後が2000年から2010年代のシリコンバレー・GAFAの影響だということです。

    それぞれ3分の1ずつ(回答が)出るんですが、実際の答えがどうかと言うと、こうなっているんですね。

     
    実は1960年代にGDPの成長率はピークを記録して、そこから1回として過去を上回ることなく、安定的に低下してきています。ですから近い将来、ほとんど(経済が)成長しない社会が来ます。

    今、「成長社会か定常社会かどちらがいいか」という議論をしていますが、いいかどうかという選択の問題じゃないんですね。選ぶと選ばざるとに関わらず、定常社会がもうそこまで来ているということです。これはつまり、経済全体が成長しないということは、平均的に見ると個別の企業も成長しない時代が来たということですね。

    「テクノロジーで生産性が上がった」という錯覚

     
    みなさん、不思議に思われると思うんです。だって1960年代って、こういう働き方をしていたわけですよね。電卓すらない、計算は全部手計算、コピーもファックスもありませんから、文章を写そうと思ったら全部手書きで写さないといけない。遠くにいる人に連絡を取ろうと思ったら、電報ですよね。

    向こうは固定電話のそばにいて、電話番号がわかっている限りにおいては固定電話が使えたわけですが、外出してしまうとなかなか(相手を)つかまえるのが難しい。

    だから私の世代より上の方は、仕事が遅れている時によく職場で「つかまらない」という理由を言われたと思うんですが、今は「つかまらない」って理由にならないですよね。もう「意味がわからない」という話になるんです。

    なぜなら今はもう、ありとあらゆる人がスマートフォンやパソコンを持っていて、ファックスやコピーはおろか、Zoomで遠隔地の人といくらでも会議ができる状態になっているわけです。

    先ほど見ていただいたとおり、こういったものが職場に実装された2000年代以降、実は経済成長率はどんどん下がっているわけですね。私たちの職場や仕事は、テクノロジーによってどんどん武装されて、10〜20年前と比べて生産性が上がった、と思っている人が多いと思います。

    現実に生み出される価値は増えていないわけですから、「上がった」と錯覚しているだけなんですね。経済成長率はずっと下がり続けているわけですから。つまり何を言っているかといったら、価値を本当にちゃんと考えないと、無駄なものをものすごく高い生産性で生み出していることになるわけです。ここは、非常に注意しないといけない。

    一般的には、テクノロジーや人工知能やGAFAやシリコンバレーは、経済成長に貢献していると言われているんですが、これははっきり言って一種の宗教です。なぜかと言うと、事実として言えないからですね。

    人間は“テクノロジー教”を信仰している

    2019年のノーベル経済学賞を取った、(アビジット・V・)バナジーと(エステル・)デュフロの2人が、最新の本の中でこういうことを言っています。

    「先進国に関する限り、インターネットの出現によって新たな成長が始まったという証拠はいっさい存在しない。IMF(国際通貨基金)は歯切れ悪く『インターネットがもたらした経済成長への貢献は、現時点ではなんとも言えない』としている」。

    みなさんは「無宗教だ」と思われるかもしれないですが、宗教を信仰しているんです。どういう宗教かと言ったら、「テクノロジーやインターネットやイノベーションで経済成長する」という、“テクノロジー信仰教”です。なぜ信仰かというと、これは科学的根拠がないからです。

    「科学的な根拠がなくても、私はそう信じる」、それが信仰ですよね。これは一種の宗教だということです。

    でも、バナジーとデュフロも「生産性が激変したように感じられる」と、やっぱり不思議に思っているわけです。ものすごく生産性が上がっているような気がするんだけれども、なぜそれは経済成長に貢献しないのかという問に対して、2人とも明快に答えを述べています。それは「わからない」ということです。

    「わからない」は多くの経済学者が言っていることですが、ある1点において全員が共通しているのは、私たちの社会がもはや大きな問題を抱えなくなっている、大きな需要が生み出しにくくなっている、ということです。

    Reply
  2. shinichi Post author

    IKEAやAppleにできて、日本企業には“足りなかったもの”

    「正解」を追い求めることが招く、ビジネスの最悪の事態

    山口周

    https://logmi.jp/business/articles/324576

    昭和の高度経済成長期は「不安・不便・不満」があった

    山口周氏:「問題」とはどういうことかと言ったら、外に洗濯しに行くのはとってもつらいから、家の中で洗濯したい。あるいは冷蔵庫が普及する前は、家の中で食べ物を保存できない。食べ物を保存するためには、氷屋さんに行って買ってこなくちゃいけなかったわけですね。

    家の中にエンターテインメントがなくてつまらない、家が暑い・寒い、毎日お風呂に入れたらどんなにいいだろうとか、ものすごくファンダメンタル(基礎的事項)な不満です。

    昭和の高度経済成長期は、不安・不便・不満があったわけです。この問題に対する正解として3種の神器が生み出されて、爆発的な勢いで普及したわけですよね。これはまさにソリューションが「正解」として提供されたわけですから、昭和はものすごくたくさん問題があった一方で、正解・ソリューションが希少だった時代です。

    これは経済学の基本的な原則ですが、常に「希少なものを生み出す能力」が労働市場で高く評価されて、それが「優秀さ」になるわけですよね。ですから当時(昭和)は、正解を出せることは価値の源泉で、それは優秀さの証しだったわけです。

    人間の脳は「保守的」だから、認識を変えようとしない

    これが実に困ったことに、世の中の価値の構造は変わるのに、人間の優秀さの認識や価値の認識は、あまり変わらないわけです。なぜなら人間の脳みそは非常に保守的で、酸素をあまり食わないようにエコにできているわけです。

    ですから世の中の価値が変わっているのに、未だに「正解を出せる人」「ソリューションを出せる人」が優秀だというイメージになっています。ものすごく高い生産性でがんばっているにも関わらず、価値が生み出されないということが、いろんなところで起こっているわけです。

    これは、NHKが1973年から50年間、5年に1回ずつやっている調査です。どういう結果が出ているかと言うと、みんな「モノは要らない」と言っているんですね。

    一番左側の「個人生活物質面」では8割の人が、右から2番目の「社会生活物質面」では9割近くの人が「もうモノは要りません。満足しています」と言っていて、問題を抱えていないわけです。

    問題を抱えていない世の中なのに、正解を出せる人が未だに優秀で、正解を出すと価値があると思っている。そういうやり方で仕事をやるとどういうことが起こるのか、非常にわかりやすい例があります。

    たった14年で衰退した、日本の携帯電話産業

    これは日本の携帯電話産業です。AppleのiPhoneが出てきたのは、今からたった14年前の2007年なんですよね。Appleは、2007年以前はパソコンメーカーです。今、みなさんAppleってパソコンメーカーのイメージがないでしょう? 

    その時点で、日本の携帯電話産業は非常に活気ある大きな産業で、そこには優秀な人が集まって、非常に実直に仕事をやっていたわけですよね。みなさんもご存じのとおり、今、日本の携帯電話産業はほぼ消滅しました。たった10年の間に消滅したんですよ。“産業突然死”です。

    きっかけはもちろん、(スライド)右端に写っているAppleのiPhoneだったわけですが、結果から言えば(日本の携帯電話産業は)極めて脆弱だったと言わざるを得ないと思うんです。新規参入業者のAppleに、当時末端価格換算で4兆円あった市場が奪われたわけです。

    何が起こったのか、なぜここまで弱かったか。その理由は、優秀な人が謹厳実直・一生懸命に仕事をしたからです。優秀な人が謹厳に、一生懸命仕事をやると、どんどんしょぼくなるということが、今の日本のいろんな産業で起こっています。

    なぜかと言うと、正解を出すからですよね。世の中において正解が過剰になっているということは、正解の価値が減っているということです。正解を出すのが“優秀な人物の特徴”で、それはなぜかと言ったら、子どもの時から正解を出すことでずっと褒められてきた人ですから。難しい授業になると、必ず正解を求められるわけですよね。

    「正解」を求めようとすると陥る、2つの罠

    ビジネスにおける正解の出し方は、プロトコル(手順)として一応ありますが、それはマーケティングです。いわゆる「マーケットイン」という考え方に則って、大規模な定量調査をやって、出てきた結果を統計分析に従って製品化すると。因子分析をやったり、重回帰分析をかけるわけです。

    『統計学が最強の学問である』は、8年前にベストセラーになりましたよね。最強の武器を使ったら、こんなに最弱になったという、非常に不思議なことが起こっているわけです。原理的に正解を求めようとすると、2つの罠に落っこちちゃうことになります。

    1つは、人と同じになるということです。当たり前です、正解は再現性・サイエンスですからね。いつ・どこで・誰がやっても同じ答えになる再現性を求められる、それがサイエンスです。つまり、差別化が非常に難しくなります。ですから、正解で戦おうとするビジネスには、根源的なパラドックスが潜んでいるんですよね。

    なぜこれが、かつてはよかったかと言ったら、世の中に問題がたくさんあったことと、正解を出せる人が少なかったからです。問題がたくさんあって、正解を出せる人が少なかったので、正解を出せれば差別化できたんです。

    昔はコンピューターによる統計解析なんて、調査会社に頼まないとできなかったですからね。これが今、高校生が持っているパソコンでもできるようになったわけです。“問題解決能力の普遍化”が起こっている、これが罠の1つ目です。

    2つ目が、顧客は一般的な世の中のマジョリティですが、世の中のマジョリティの人たちは必ずしもセンスのいい人たちではないので、マーケティングや統計に頼って物を作ろうとすると、ありていに言うと必ずセンスの悪いものができあがります。世の中の一般的な人のセンスって、そんなに良くないですからね。

    ですから正解を求めてやる戦いは、センスの悪い製品で同質化するという、最悪の事態を生み出す結果になっています。問題解決能力、正解を出す能力の捉え方を変えなきゃいけない時期が来ているという、1つ目の理由がここにあります。

    急速に普及する人工知能、人間に残された仕事とは?

    2つめの理由が、今、また急速に来ているあのテクノロジーなんですね。

    かなりシュールな映像を見ていただきましたが、ご覧いただいたのはアメリカの『Jeopardy!』というクイズ番組です。アメリカのクイズ王のお2人に対して、IBMのWatson(人工知能)が挑戦をする時の回の模様です。ご存じの方は多いと思いますが、Watsonが圧勝するわけですね。

    すでにご存じのとおり、チェスも将棋も囲碁も、世界チャンピオンは人工知能になっています。つまり、解析的に正解がある問題について、人間の出る幕はなくなってきているということなんですね。

    (人工知能は)急速にコストも下がってきていて、20年で(価格が)1万分の1の勢いですか。1億円した人工知能は、20年経つと量販店で売られるようになる、そういう時代が来ているわけですね。現実に、どんどん給料の高い人から順に、人工知能への切り替えが進んでいるのが、今の労働市場です。

    これは2年前になりますが、長島・大野・常松(法律事務所)さんが、人工知能の導入を発表されました。(人工知能が)何をやってくれるのかなんですが、従来は弁護士が2週間かけて処理したM&Aの契約チェックを、1時間以内で処理できる。恐るべき生産性ですよね。

    M&Aの契約チェックは、極めて文脈依存的でハイタッチな仕事で、「人間でなければできない」というイメージを、実は私自身も持っていたんですが、実際にお話をお伺いしてみると、人工知能のほうがはるかに精度が高いそうです。

    ですから「人間に残された仕事ってどうなっちゃうんだろう?」ということは、もう明白ですよね。人工知能は、解決することは非常に得意なんですが、問題を作ることはできないんです。今、まさに求められているのが問題なんだとすれば、人間のやる仕事は問題を作ることなんです。

    社会から「問題」を生み出した、IKEAの事例

    山口:じゃあ、どうやったら問題って作れるのか? ということですよね。定義に立ち返って考えてみましょう。そもそも問題の定義は、ありたい姿と現状が一致してないことを言います。ですから、かつての“価値の源泉”が解決策だったとすれば、これから先の価値は「ありたい姿を描いて、問題を描くこと」になります。

    ありたい姿を描くと問題が生まれ、問題が生み出されれば、解決策によって高い経済価値が生まれることを示してくれるプロジェクトの事例があるので、映像をご覧いただきたいと思います。

    非常にすばらしいソーシャルイノベーションですよね。こういうプロジェクトを見ると、やっぱり「解決策がいかにすばらしいか」に意識が行きがちなんですが、思考のプロセスとしては、そこに向かってもなんら得るものはないわけです。

    3Dプリンターを使って、インターネットでデータをばらまいて、家具を改造させる。問題さえ特定できれば、おそらくクリエイティブな人だったらこのアイデアに行き着きます。

    問題は、まさに「問題」にあるわけです。なぜIKEAだけがこの問題に気づけたのか、(他のメーカーは)気づけなかったのか。このフレームに立ち返って考えてみれば、問題を見つけることは、常にありたい姿が先行的にあるはずなんですね。じゃあ、IKEAにとってのありたい姿は何かと調べてみると、やっぱり実際にありました。

    彼らのグローバルなホームページを見てみると、IKEAがどういう目的で設立された会社なのかが明確に書かれています。それは「家具が民主化された世界を作る」ということです。誰もが自分が気に入っている家具に囲まれて暮らしている、そういうのがいい社会だと思うと。

    「現状、それが満たされていないのであれば、いろいろな手段を使ってそれを実現するためのイノベーションを起こしていく」というのが彼らのホームページに書いてあるんですが、それはいろんな事情があるわけですね。

    これから先は、「正解」ではなく「問題」を探す

    経済的な事情がある人に対しては、安くしていくことが大事です。地理的な事情があるということであれば、お店の数を増やす。あるいは通販のサービスを充実させる。

    身体の問題で家具にアクセスできない人がいて、しかもそれは人口の1割に及ぶことがわかったんですね。人口の1割が該当するわけですから、マーケットとしても巨大ですよね。彼らはその問題を解いたんです。

    解決策はもちろんすばらしいんですが、目を向けなくちゃいけないのは、さらにその上流にある「なぜ彼らは問題を発見できたのか」「彼らはありたい姿をどう描いているのか」ということです。これは今、存在感のある企業ではすべて共通に、明確に持たれているものですよね。

    例えばテスラでいうと、「化石燃料に依存しない文明のあり方・社会」というのが、彼らが描いているありたい姿です。でも現状は(化石燃料に)依存しているわけですから、いろんな問題を作れるんですね。

    1つの問題を解決するために、まずは自動車(産業)を始めたわけです。彼らが次々に新規事業をやっていて、一見脈絡がないように見えるかもしれないですが、彼らが描いているありたい姿から抽出される問題について、一つひとつを解いていっているんだと考えれば、ここにはきれいな整合性が見えます。

    つまりこれから先は、正解を探すのはもう要らないです。問題が少なくなっているので、正解はもう十分にある。だから問題を探していきましょう、というのが1つ目の話です。

    Reply
  3. shinichi Post author

    日本はいまだに「ベテランの声が通りやすい社会」

    “使い物にならない”と一蹴されがちな、若手社員が持つ可能性

    山口周

    https://logmi.jp/business/articles/324577

    「便利さ」を追求するほど、モノの価値が下がっていく

    山口周氏:次に「『役に立つ』より『意味がある』」という話をしたいと思います。役に立つようにすると価値が上がるとみんなが思っているから、利益が出ない。競合が追い上げているとなると、「機能を足そう」「便利にしよう」というふうにやろうとするんですが、便利にするとどんどん価値が下がるのが、今の世の中ですよね。

    象徴的なニュースが2つあります。1つは、レコードが40年ぶりにCDの売り上げを逆転したという話ですね。不便で扱いづらいという理由で市場から淘汰されて、ほとんど消滅したかに見えたレコードが、また復活してきています。物としては変わっていないのに、復活してきているということは、受け手側の価値観が変わってきているんですね。

    一方で、真逆のケースが日本のカメラ事業です。みなさんご存じのとおり、今、非常に苦境に立たされている状態です。かたや不便なレコードが復活してきている一方で、かたや極めて高性能な日本のカメラ産業が、異常な苦境に立たされている。これは一体どういうことなのか。

    役に立つ・意味がある、機能的便益と情緒的便益という単位で考えてみましょう。今、どれが一番高く売れるのかを考えてみると、もう明白なんですよね。

    “役に立たない車”が売られている理由

    日本車のほとんどは、役に立つけど意味がありません。もちろんこれは、揶揄してるわけじゃないんですよ。すばらしい文明の勝利だと思います。人や荷物を運び、極めて安全に快適で、燃費もいい。すばらしく役に立つわけですが、じゃあ意味的な価値があるのかといったらそうでもないと。

    一方で、ヨーロッパの高級車は、日本車と同じようにもちろん役に立つわけですが、ただ単に同じぐらい「役に立つ」ということでは、値段が3〜5倍する理由を合理化できないですよね。

    BMWやメルセデスベンツといった車を買う人が、1,500~2,000万円のお金を喜んで自動車に投じるのかと言うと、ただ単に移動の手段として買っているだけではなく、何らかの意味的な価値を求めて買っている。

    さらに最近の自動車マーケットで恐ろしいのは、たくさんの“役に立たない車”が売られていることです。おもしろいですよね。もちろん、自動車は役に立つことを元に発明された道具で、馬車から自動車への切り替えが起こったわけですが。

    今、文明化の終焉を迎えたような成熟期において、むしろそのハイエンドの自動車や一番値段の高い自動車は、役に立たない方向に行っているわけですね。

    実はこれ、自動車(産業)だけで起こっている状況ではないんです。多くの領域において、そのマーケットにおいて一番役に立つものが、一番低価格で売られることが起こっています。

    薪ストーブやヴィンテージカメラが、不便でも人気な理由

    例えば音響機器の世界においては、デジタルに依存する極めて最先端の道具は数万円で、そんなに高い値段で売られているわけではないですね。一番高いのはヴィンテージの製品で、これはカメラも同じです。

    日本のカメラメーカーがあれだけ高性能のものを作っているのに、苦境になっています。「いやいや。今はスマートフォンでみんなが撮るようになっているからでしょ?」「スマートフォンの写真が高性能になってるからでしょ。役に立つものが求められてるんじゃないんですか?」とよく聞きますが、これは非常に薄っぺらい分析なんですね。

    右上に写っているドイツのLeicaのカメラがありますが、これはボディだけで100万円するような代物です。レンズも合わせて買うと150万~200万円くらいしちゃうわけですが、こういうカメラはここ10年で売上高が10倍に成長しています。

    スマートフォンが出回ることで、写真を撮ることそのもののコストが意識として減っているのであれば、Leicaがここまで急成長している理由はどうやって説明するんですか? ということになるわけですね。

    衰退しているのは日本の企業です。一方で、ドイツのLeicaはここ10年でどんどん機能が向上していくスマートフォンと、むしろ足並みを揃えるようなかたちで成長しているんですね。これはどう考えるんですか? あるいは今、どの家にもエアコンが装備されているにも関わらず、新築の家を建てる人の間で、薪ストーブが一種のブームになっています。

    役に立つ、便利にする、機能を付加することで、どんどん付加価値を上げてきたのが日本のお家芸だったわけですが、もうそれは完全に飽和した状態になっています。「役に立つ」をこれ以上上げても価値が増えない一方で、意味のイノベーションを実現すると、ゼロが1個増えるという状況が起こっています。

    もちろん、これは個別の企業の競争戦略にも関わるわけですが、ここから先(スライドの)上の軸に向かってサービスや製品を成長させていくのか、あるいは横の軸に向かって成長させていくのか。一目盛り上げた時の限界リターンの大きさがどんどん変わってきている中で、改めていろんな産業において考え直さないといけないんじゃないかなと思います。

    これが「意味がある」と「役に立つ」という話ですね。

    日本は「ベテランの声が通りやすい社会」

    次に「多様性を活かす」と「ベテランと専門家に頼る」という話をしたいと思います。

    日本はベテランと専門家の声が非常に通りやすい社会なんですね。後でちょっとお話ししますが、ベテランと専門家に依存をしていると、今の状況では非常に危険だと思います。それはなぜかと言うと、大きく環境が変化する時は、過去の知識や経験が不良資産化するからです。

    当たり前ですよね。世の中がずっと連続的で、変化が少ない状況なのであれば、もちろん知識や経験もずっと活かせるわけですが、大きく環境変化が起こるとこの価値がゼロになる。ゼロになるのであればまだしも、むしろマイナスになることが、往々にして起こります。それが起こったのが、一番最近で言うとデジタル革命の時期ですよね。

    「Facebook・19、Google・25、Amazon・31、Apple・21」。みなさん、この数字何だかわかりますか? これは、創業時の創業者の年齢です。平均年齢24歳の若者たちが作った会社が、今はGAFAと総称されて、世の中を引っ掻き回しているわけですよ。

    引っ掻き回されている相手の会社は誰に率いられているかというと、50~60代のベテラン経営者なわけですね。これは、改めて考えてみないといけない問題です。日本の企業では、24歳は新入社員ですよね。新入社員の人たちが作った事業が、世界を席巻しているんですよ。

    一方で、日本の会社で新入社員がどういうふうに扱われているかといったら、「まず使い物にならない」と思われているんですね。年齢と共に、どんどん知識や能力が増えてきて、大きな責任を担えるようになる。それが日本の人事等級制度です。

    じゃあ、能力も責任も大きく担えるはずの40〜50代の人たちは、なんで時代を変革するような大きな事業を作れていないんですか? ということですよね。ですから「ネガティブケイパビリティ」と呼ぶものが、今の時代において非常に重要になっていると思います。

    “経験やスキルのない人”たちが持つ可能性

    知らない、経験がない、スキルがない。そういったことはすべて、ネガティブな要件として言われているわけですが、今の時代、企業や大きな環境が変化する時には「知らない・経験がない・スキルがない」というネガティブな要素が、一種の“ネガティブアドバンテージ”とでも言うべきものになるわけです。今、まさにまたそれが起こっているんです。

    これは、マッキンゼーが去年の11月に報告した、リモートワークに関するレポートです。ホワイトカラーのだいたい7〜9割は、リモートワークになってしまうだろうという予測を立てています。そうなると、通勤や都市といったものが、そもそも成り立たない社会がやってくるわけですね。これはもう、ものすごい変化が起こることになります。

    そういった大きな変化が起こる中において、これまでの知識や経験が、どれくらい役に立つんでしょうか。むしろゼロベースで世の中を見て、ちゃんと物事を考える能力が、これから重要になっていく。

    トーマス・クーンが『科学革命の構造』の中で言ったとおり、パラダイムシフトを起こす人は、なぜか知らないけど年齢が非常に若いか、その分野に入って日が浅いかのどちらか。つまり、極めて豊かなネガティブケイパビリティを持った人たちだということを言ったわけですよね。

    だから、パラダイムシフトを起こす人たちは、ネガティブケイパビリティを持っている人たちだということです。

    一方で、今までやってきた90点のものを、92点や93点にする。そういうインクリメンタルなゲームは、もちろんベテランや専門家は得意ですが、環境が大きく変化する時には、ガラガラポンでリセットされちゃうわけですから。「専門家とベテランに頼る」という今の考え方は、それでいいんですか? ということです。

    「地位の低い人」が意見を言える環境が重要

    別の角度から、この話をします。飛行機が機長と副操縦士で操縦されているのは、みなさんご存じのとおりなんですが。実は、機長が操縦かんを握っている時のほうが、墜落事故が起こりやすいというのはご存じでしたかね?

    当然のことながら判断も技量も、機長のほうがパイロットとしては優れていますよ。でも、そういう機長が操縦かんを握っている時にこそ、飛行機事故は起こりやすいんです。

    これはコミュニケーションの問題です。つまり、副操縦士が操縦かんを握っている時は、副操縦士と機長の間でいろんなコミュニケーションが起こりますよね。機長からしたら目下の人間ですから、副操縦士がやろうとしていることに対して、いろんなちょっかいを出したり、アドバイスをしたり、反論をしたりするわけですよね。

    一方で、もちろん関係性にもよるわけですが、機長が操縦かんを握っている時は、副操縦士は(機長に)反論したり意見したりできるでしょうか?

    トータルとして見た場合に、どちらのほうがコミュニケーションが多いかというと、やっぱり副操縦士が操縦している時のほうが多いわけです。これが、機長が操縦かんを握っている時のほうが事故が起きやすい理由なんです。

    これはつまり、環境変化が大きく起きて、経験や知識が不良資産化するような状態で、経験がない・年齢が若い・組織の中における地位が低い人たちが、どれだけ自由闊達に権力を持っている人たちに対して、反論したり意見したりできるかが重要なんです。

    その時に感じる心理的な抵抗の度合いは、心理学の世界で指標化されています。具体的には権力格差指標、英語では「Power Distance Index」と言います。

    若い人の意見は「生意気だ」と思われがち

    具体的にどういう状況かというと、ご覧のとおりです。

    日本・台湾・韓国・香港は、右側の国に比べて、相対的にかなり高めに出ている。わかりますよね、これは儒教が影響しているんです。儒教は、年長者を敬うことを非常に重要な道徳として掲げている宗教です。

    他に並んでいる国の共通項、みなさんわかりますか? イスラエルを除いて、全部プロテスタントが主流の国ですよね。プロテスタントは、プロテスト(protest)が語源です。つまり「反抗せよ」「反論せよ」ということです。誰に反論するのかといったら、ローマ法王です。

    時の最高権力者、世界の支配者に向けて、「あいつらの言うことを信じるな」と言ったのが、(マルティン・)ルターという人です。ルターが説いた宗教を信奉している国では、総じて権力格差が低い。そしてご覧になってわかると思いますが、いわゆる「イノベーション先進国」と言われている国は、ほとんどがプロテスタントの国なんですね。

    かつてマックス・ヴェーバーという人が、『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』という本を書いて、「なぜ資本主義が発達した国は、ことごとくプロテスタントなのか」を問題として掲げて、その宗教のエートス(ある文化の価値的な性格や精神構造)と資本主義の接続性を論じました。実はイノベーションにおいても、非常に大きな相関があるというのが見てわかると思います。

    これは実は、私たちの国が本質的なハンディを背負っているということなんですね。「環境変化が起こった時に、画期的なアイディアを出すのは年齢が若い人、あるいはその分野に入って日が浅い人だ」というトーマス・クーンの言うとおりなのだとすると、そういった人たちが声を出す時に、心理的な抵抗を感じてしまう。

    あるいは、そういう人たちがいろんな意見をすることを「生意気だ」と思ってしまうような文化圏では、やっぱりイノベーションが非常に起こりにくいんです。

    そうするとこれは、相当人為的に年長者の人たちが、若い人たちから意見を出させるサーバントリーダーシップを発揮しなくちゃいけないということです。逆に若手の人たちは、「つつがなく大人しくしていよう」という気持ちを捨てて、現状を批判的に見て、どんどんオピニオンを出すことが求められているのかなと思います。

    Reply
  4. shinichi Post author

    ボーナスを弾むと、人間の“問題解決能力”は著しく低下

    「がんばっている人」が「夢中になっている人」には勝てない理由

    山口周

    https://logmi.jp/business/articles/324578

    リモートワークによって“監視が効かない世の中”に

    山口周氏:次に「夢中になる」と「がんばる」の話をしたいと思います。

    これは“遠心力の時代”ということですね。今はもう、基本的に会社に行かない時代が来ています。Appleが「また会社(通勤)に戻す」ということを発表して、社員からも総スカンを食っているような状況になっていますが。

    マッキンゼーの予測どおりに、この先リモートワークが常態化した世界が続くんだとすると、かなり遠心力が強まっていくと思うんですね。会社や同僚や仕事に対する愛着とか、ロイヤリティーが薄まっていって、どんどん外側に向けて動いていく時代ですね。

    こういった時代において、モチベーションが競争優位の源泉になってくると思います。今風の言葉で言うとエンゲージメントですね。自分はこの仕事が好きだから、一生懸命やっちゃう。つまり、監視ができない世の中になっているわけですよ。

    今までだったら、会社に行けば上司も同僚もいる。そういう中でも、ある程度仕事を一生懸命やっちゃったほうが、サボるよりもむしろ楽ですよね。ところが今、監視がまったく効かない世の中になって、エンゲージメントをどう保つのか。

    報酬を弾むと、人間の「問題解決能力」は著しく低下

    1つの考え方として、信賞必罰というものがあります。「ボーナスや金をはずむんだよ」という考え方ですが、結論から言うと(これは)うまくいかない。

    「ろうそくに火をつけて、壁に火が灯っている状態にしてください。さあ、どうやりますか?」という、「ろうそく問題」という問題ですが、(平均)6〜7分でこの答えに気づきます。トレイから全部画鋲を出しちゃえばいいんですね。

    これを、報酬がどれくらい効くかの実験で使った方がいらっしゃるんです。A・Bの2つのグループを作ります。Aのグループはただ単に問題を解いてもらい、Bのグループは、Aのグループができた時間の平均より早かった方には等しく5ドル差し上げて、一番早かった方には20ドル差し上げます。

    これをやったところ、報酬を約束していないAのグループは、毎回6〜7分と(平均と)同じです。当たり前ですが、条件は同じですから。一方で、報酬を約束されたBのグループがどうなったかと言うと、3分から4分(回答までの時間が)遅くなることがわかっています。早くならないんですね。効果がないわけでもなく、むしろ遅くなるんです。

    6〜7分で解いていたのが、10〜11分かかるようになるということですから、相当生産性が下がるんです。これが、約束された報酬が促す影響ということでよく知られています。実験の種類は他にもいろいろあるんですが、総じてわかっているのは、実は予告された報酬は、人間の創造的な問題解決の能力を著しく破壊するということです。

    ですからイノベーションの文脈では、しばしばリソースが優位な立場が惨敗することが起きます。これは検索エンジン・電子商店街・動力飛行・南極点到達レースと、いろんな時代を変えて持ってきましたが、勝者と敗者の競争の構図に共通項があるのがわかりますよね。

    (勝負に)勝っている側が、圧倒的にリソース面で不利だということです。勝っている側が、その時代における新興企業であるのに対して、負けている側は当時においての巨大な組織だった。ですから当然、報酬も非常に弾めるわけですが、惨敗している。

    「夢中になっている人」に「がんばっている人」は勝てない

    いろんなことが研究から言われていますが、1つの大きな要因として、左側の人たちは内発的動機に従って、自らやりたくてやっている人たちであるのに対して、右側の人たちは、上司から「やってくれ」と言われて、組織の中で優秀な人たちがやっているという対比の構造があります。

    大きな組織の中で「やってくれ」と言われている人は、うまくいったら必ず昇進できる、ボーナス査定が上がる、役員候補になるといったように、明に暗にいろんなかたちで予告された報酬を示されるんですね。じゃあ、予告された報酬というのは、クリエイティブに問題解決をする能力に対してどう働くか。

    先ほど見ていただいたとおり、ほっといたら6分で解いていたものが、約束された報酬を示すと、9〜10分かかるようになるということで言うと、こういう状況の中で「夢中になっている人」に「がんばっている人」は勝てないということですね。

    ギャラップの調査によると、日本ではだいたい9割の人が、自分の仕事に夢中になれない状態になっていたんです。この9割の人が、夢中になれない状態でリモートワークが導入されると、目も当てられないことになると思うんですね。

    こういった時代において、監視がない状態でもエンゲージメント高く仕事をやる人を作ろうというのは、非常に大きな課題になっています。これはマネージメントする側の課題でもありますが、一方で、働き手個人にとっての課題でもあるわけです。

    上司から言われた仕事を仕方なくやっている立場の人と、自分の仕事だと思って自分でエンゲージメントを感じて、夢中になってやっている人がいたら、長い目で見た成果や成長も、大きな差が開いてしまいます。

    ですから、もし「自分の仕事に飽きている」「言われたから仕方がなくやってる」「エンゲージメントを高めなきゃいけないんだけど、どうしても集中力が維持できない」と思っているんだとしたら、相当まずい状況に陥っちゃっていると考えなきゃいけない。そういう時代が来ていると思うんですね。

    Reply
  5. shinichi Post author

    エリートほど、犯罪者になる確率が高い理由

    世の中を悪くするのは、「悪人」よりも“無批判な優等生”

    山口周

    https://logmi.jp/business/articles/324579

    輝かしい経歴を持つ人物が、なぜ刑務所に?

    山口周氏(以下、山口):最後に「美意識」と「ルール」の話をしたいと思います。これは、当たり前のお作法の話です。先ほど見ていただいたとおり、これから先、経済成長が非常に難しい時代がやってきます。IMFとか政府は、世の中の元気がなくなるのを「来年は経済成長する」とか、プロパガンダとして言っているわけです。

    50年間の推移を見ていけば、経済成長しないのはもう明白です。テクノロジーも経済成長に貢献していないわけですから。何が起こるかと言うと、コンプライアンス違反ですね。経済成長しない一方で、株主は同じような成長を続けることを期待をしていますから、ここに大きなひずみが生まれている。

    みなさん、この方がどなたかご存じですか? 見ていただけると、手錠をかけているのがわかると思います。この方は、エンロンの元CEOのジェフ・スキリングです。20年以上の禁固刑の実刑判決を受けて刑務所に入っていたんですが、先日、模範囚として刑期が短縮されて出所しました。アメリカではずいぶんニュースになりましたけどね。

    実は『イノベーションのジレンマ』を書いた(クレイトン・)クリステンセンとジェフ・スキリングは、ハーバード・ビジネス・スクールの同期なんですね。クリステンセンは、本の中にこういうことを書いています。

    「ハーバードと留学先のオックスフォード大学で、一緒に学位を取ったクラスメイトを観察していると、卒業時までは立派な人生を歩んでいたのに、社会に出てから人生を踏み外す人があまりにも多いことに気がついた。その中には有罪判決を受けて、刑務所に入った友人が3人いる」。

    みなさん、刑務所に入った友人が3人いるっていう人、なかなか珍しいですよね? 相当な出現率だと思うんですが。実はクリステンセンは、そういうところに行っているわけですね。

    「エンロンの元社長で、現在収監されているジェフ・スキリングは、HBS(ハーバード・ビジネス・スクール)の同級生だった。頭脳明晰で努力を惜しまない、家族思いのナイスガイだった。卒業後はコンサルティング会社マッキンゼーに入社し、史上最年少でパートナーに昇格した後、1億ドルを超える年収でエンロンのCEOとしてスカウトされた。」

    「だが、輝かしい経歴とは裏腹に私生活は破綻し、結婚に失敗。孤独な人生を送っていた。そしてトドメが懲役20年の実刑判決だ。彼らはどうしてこんなことになってしまったんだろう?」(クレイトン・クリステンセン『イノベーション・オブ・ライフ』より引用)ということです。

    エリート「だからこそ」道を脱線する

    山口:よくこういうニュースが流れると、「エリートも脱線」「エリートなのになぜ」と言われるんですが、これはいかにもナイーブな質問です。私はもともと組織開発のコンサルの仕事をやっていましたから、データで調べてみるとわかるんです。

    わかりやすく言うと、ハーバード・ビジネス・スクールの卒業生が“塀の向こう側”に落ちる確率と、一般的な市民が“塀の向こう側”に落ちる確率を比べると、ハーバード・ビジネス・スクール卒業生の確率は、2桁ぐらい高いんですね。

    実はエリートは、壁の向こうに落っこちちゃう確率がすごく高いんですよ。だから「エリートなのになぜ」ということじゃなくて、「エリートだから」と言うべきなんです。

    なぜかと言うと、エリートの特徴によるんです。世の中を悪くする人は悪人だと思っている人がいるんですが、悪人じゃないんですよ。世の中を悪くするのは、“無批判な優等生”です。今、自分がやろうとしていることを、批判的に眺める能力を持っていないんです。

    ただ単に与えられたものさしで、受験勉強で言えば偏差値や点数、事業で言うと利益や売り上げや株価ですね。与えられた目標をただ単に上げることがいいことだと思って、無批判にばく進できる人のことを“悪人”と言うんですね。わかりやすい悪人がやる悪なんて、大したことないわけです。

    例えば今、日本ではオレオレ詐欺が問題になってます。もちろん(犯人は)悪人で、許しがたい存在ですが、どれくらいの悪を世の中に出しているのかと言ったら、せいぜい数十億円でしょう。

    みなさん、エンロンの被害総額っていくらかご存じですか? 兆単位ですよ。ですから、悪人として桁が違うわけですよね。わかりやすい悪人かというと、あの人はむしろ世界中のビジネス誌の表紙を飾っていたエリートです。

    40億円ぶんの服を燃やした「Burberry事件」

    山口:こういう時代だからこそ、今、自分たちがやろうとしていることの善悪を、方法としてはルールや法律とか、業界慣習に則ってだけ考える。真善美をちゃんと踏まえて経営できていれば、そうそうおかしなことにならないわけです。

    真善美はどうやったら判断できるのかというと、2つの立場があります。理性・サイエンスに則って考えれば、それを正しく把握できるというのは、1つの立場ですよね。この場合、業界のこれまでのルールとか、法律や判例に則って考えていれば、きちっと善悪を把握できるという考え方です。

    じゃあ、それで本当に問題がないのかといったら、いろんなところで問題が起こりまくっているわけですよ。わかりやすい例が、2018年のBurberryの事件です。関係者の方がいたらごめんなさい。別に揶揄するつもりはぜんぜんないんですけど、事実としてここで共有しておきます。

    40億円ぶんの売れ残りを、Burberryさんは全部燃やしちゃったんですね。何が起こったかと言うと、全世界で「#BoycottBurberry」というハッシュタグをつけて、Burberry製品の不買運動が起こっちゃったわけです。「4,000万ドル分の服を燃やした」って、(他に)何かできなかったのかなと思います。

    善悪の判断は「感性」で考えるもの

    山口:資源、ごみ、環境、貧困といったものが、これだけ世界的な問題になっている中で、今、ラグジュアリーブランドは非常に難しい状況になっていると思いますし、これからますますなると思います。

    ただでさえそういう難しさを持ってる業界が、「4,000万ドル売れ残ったので、全部燃やしちゃいました」ということを公表したところ、一番最初にセレブリティから「買うのやめたほうがいいんじゃないか」「許しがたい」ということで、(不買)運動が起こったわけですね。

    じゃあ実際に、これが業界のルールや法律とかに違反しているのかといったら、なんにもやっていません。むしろラグジュアリーブランドに求められる常識的な経営手法を、まっとうに実践しただけのことですが、突然“刺された”わけですね。

    ビジネスがそもそも持っている「原罪制」があるわけですよね。何かを捨てさせないといけない、資源を自然から取ってきて、物を作らなきゃいけない。そういった原罪制を持っているわけですが、この原罪制に非常に厳しい目線が注がれています。

    だからこそ、善悪の判断は感性の部分です。ある種の時代感覚や歴史感覚、あるいは自分なりの道徳やセンスに照らし合わせて、考えていかなくちゃいけない時代が来ているんじゃないかなと思います。ルールと常識だけに従ってればいいというだけじゃなくて、自分なりの美意識を持って考えて、意思決定をしていくことが重要かなということですね。

    心の「もやもや」にこそ、知的進化のきっかけがある

    山口:今日、時間も限られているので、かなり駆け足で話をしてきました。おそらく、もやもやしている、場合によってはイライラしている方がいらっしゃると思うんですが、「納得できること」に知的進化のきっかけはないわけです。

    納得できるということは、自分がすでに思っていることをもう1回確認しているだけに過ぎないわけですから。ある意味、納得できたり共感できたりすることは、あまり意味がないわけです。

    逆に「もやもやしている」「イライラする」「でも、事実やロジックとして言われてみると、確かにそういう側面はあるような気がする」というところに、自分の考えているフレームを進化させるきっかけがあると思っています。

    もやもやしてるから捨てちゃう、イライラしてるから捨てちゃうということではなくて、もやもや・イライラしていることにこそ、自分が見失っていたり気づいていないことの内側に飛び込むチャンスがあると思って、ぜひいろいろ考えていただければありがたいかなと思います。

    化粧品メーカーが起こした「イノベーション」

    山口:じゃあ、いったんここで話を止めて、質疑応答に入りたいと思います。

    司会者:私のほうでご質問を1つ見つけましたので、読み上げてお答えしていただいてもよろしいでしょうか? 

    山口:はい。

    司会者:「国内メーカーに勤務しており、一般消費財で『役に立つ』より『意味がある』を目指すのは、非常に難しいと感じております。日本で最近発売された一般消費財、あるいはそれに類するもので、山口さんが『これは意味がある』と感じられた事例があれば、教えていただきたい」というご質問です。

    山口:何を一般消費財と言うのかわからない……。家電産業ってすごく成熟していると言われていますが、バルミューダやDysonってめちゃくちゃ伸びていますよね。一般消費財でいうと、例えばバルミューダのトースターなんかは非常に意味があるかなと思います。

    そういう意味で言うと、無印良品なんかもそうですよね。あとはちょっと古い例になりますが、 THE BODY SHOPも化粧品業界に大きなイノベーションを起こした会社だなと思います。化粧品は、基礎化粧品にせよメーキャップにせよ、きれいになれて価格も安くてパッケージがきれいなほうがいいとか、そういう価値軸があったわけです。

    ( THE BODY SHOPは)「私たちは動物実験をしない」ということで出てきて、「それって逆に言うと、普通の化粧品の会社は動物実験をやって製品を開発していたの?」と思う人が出てきた。「どうせなら、動物実験をしていない会社から買いたい」ということで、急成長したわけです。あれもわかりやすく言うと、意味のイノベーションです。

    日常生活の中にも「価値」はたくさん落ちている

    山口:(一般消費財で「意味がある」ものは)ものすごくたくさんあるんじゃないかなという気がするんですが、ないと思われた理由がちょっとよくわからないですね。そこら中にある気がします。

    あとは今、アメリカではCoorsやBudweiserというナショナルビールのシェアが、どんどん下がっています。どこがそれを奪っていくのかといったら、地域のクラフトビールが奪っていってるんですよね。

    クラフトビールはわかりやすい消費財ですが、その地域その地域で作ることで、地域に住んでいる人にとっての意味を作っていく。そこのビールを買うと地元にお金が落ちて、地元のコミュニティの人たちが豊かになる。一方で、バドワイザーを買ってもバドワイザーの本社に利益が落ちるだけです。

    自分との関係性が変わり、意味的な価値が大きく変容することで業界が動いている例です。これはたくさん並べてみると、いろいろな気づきや自分たちの会社でもできるヒントが出てくるんじゃないかなと思います。

    司会者:ありがとうございます。日常にたくさんの事例が落ちているということですね。お時間が迫ってまいりましたので、質問は以上とさせていただきます。

    山口:すみません、もうちょっと質問に答えられればよかったんですけどね。プレゼンが伸びてしまって。

    “自ら仕掛けていく”ほうが、人生は豊かになる

    司会者:山口さま、それでは最後に一言お願いしてもよろしいでしょうか? 

    山口:変革の時代には、2つの態度があるわけです。「何が起こるんだろう」という予測も当たらないですから、変化していくのに対して、ずるずる引きずられるようにして「変わっていかざるを得ない」という立場の取り方が1つ。

    (2つ目が)「大下剋上時代がこれから来る」「いろんなことがゼロリセットになって、変わっていくんだ」ということで、その変化を先取りしていく。先取りすること自体を楽しむという立場の取り方があると思います。

    “自分から変化を仕掛けていく側”のほうが、間違いなく、エコノミックインパクトや経済的な成功、仕事としての楽しみもあると思います。

    飲食や医療をはじめとして、いろんな難しい状況にある人がいることは十分に理解しているつもりなんですが、大きな変化をポジティブな機会と捉えて、自ら仕掛けていくことをやっていただけると、より豊かな仕事人生になるんじゃないかなと思います。

    Reply

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *