坂本龍一

ぼくがなぜ「たかが電気」と言ったか。「たかが」という単語にひっかかって、感情的に反応している人が多かったようですが、ぼくは人間の生命、健康、生活と対比させて、電気を「たかが」と言ったのです。つまり命と電気と、どちらが大切か、と問うたのです。そう聞かれて、ほとんどの方は「命」と答えるのではないでしょうか。
人は水がなければ生きていけません。一方電気は、それ自体というよりも、そこから得られる動力、熱、光などをわれわれの生活のなかにいかしているに過ぎません。もちろんぼくもそのような電気の恩恵にあずかっていますし、それを否定したことはありません。
しかしその利便性のために、なぜ16万人もの方が依然避難し、故郷、家、職を失い、家族ばらばらになったうえ、これから長い間、健康被害におびえながら暮らさなければいけないのでしょうか?
原発はエネルギー問題という言い方がなされますが、常々ぼくは違和感を覚えていました。というのは、日本国の最終エネルギー消費のなかの電力の占める割合は24%(2010年度、資源エネルギー庁)、大震災前の原子力による発電はそのなかの25・9%ですから、原発は全体の6%に過ぎないのです。
真のエネルギー問題は6%の原発の問題ではなく、94%の方なのです。地域の気候・風土に合った各種の再生可能エネルギーを組み合わせ、それをスマートグリッド(次世代送電網)により融通し合う構想は既に常識だと思いますが、さらには電気だけでなく各種エネルギーを効率的に組み合わせ、ネットワークを形成する仕組みこそ待望されます。
そして天然ガスや燃料電池の普及は追い風になります。現在の経済や生活水準を維持しながら、日本を、さらには地球共同体をどう低炭素社会にもっていくか、これこそ真の課題のはずです。
原発はその事故処理、補償、除染、さらには廃炉というハードルなど大きなマイナスを作り上げてしまいました。これらはどうしても放り出すことができませんし、日本の経済に突き刺さった「棘(とげ)」だということは、日本人全員が覚悟しなければなりません。原発がなければ経済が成り立たないのではなく、原発があるから経済が成り立たないのです。
美しい日本の国土、さらには地球環境を汚し、人類の未来である子供たちの命を危険にさらす原発は、許容することはできません。

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