塩谷喜雄

合計すると百数十万人の穏やかで安定した日常を奪った過酷事故の本質に、科学もジャーナリズムも迫れない国を、民主主義国家と呼べるだろうか。

2 thoughts on “塩谷喜雄

  1. shinichi Post author

     3.11から1年半以上過ぎても、私たちは福島原発事故の「骨格」も「筋道」も、肝心なことは何一つ知らない。


     予想を超える大津波が来て、全電源を失い、炉心の核燃料を冷却できず、炉心は溶融落下し、原子炉は次々水素爆発を起こした……。なんてことは事故の骨格でも筋道でも何でもない。過酷事故を招いた当事者たちが、責任逃れのために都合よくつくりあげた「筋書き」でしかない。科学的根拠はゼロで、事実は何ら検証されていない。


     あの程度の大津波の襲来は地質学者がちゃんと予想していて、東京電力も経済産業省も熟知していたのに、備えを怠っていただけである。予想外でも想定外でもない。


     津波の前に地震の一撃で電源の一部はすでに失われていたことも判明している。電源がなくても働く冷却システムを備えていたのに、それはなぜかまともに機能しなかった。運転員の操作ミスを指摘する調査報告もある。

    しつこく、ぶれずに原因の解明を求めよ

     もっともらしく聞こえる「筋書き」は矛盾だらけで、少し検証するとたちまちその嘘が馬脚を現す。真実から国民を遠ざけるために流布されている偽りの筋書きを払拭して、私たち国民がしつこく、ぶれずに、解明を求めるべき事柄は、以下のことである。


     東北地方太平洋沖地震による地震動と津波に襲われた東京電力福島第一原子力発電所では、機器やシステムがいつ、何が原因で、どう壊れ、破損や障害はどのように拡大・進行して、隣接する4基の原発が連続して致命的に損壊するという、世界に全く類例のない「同時多発の過酷事故」にまで至ったのか。


     4つの同時多発事故は、それぞれ独立に起きたのか、連鎖なのか。東電の初期対応は適切で、間違いや手抜かり、ミスはなかったのか。事故を拡大させた原因はどこにあるのか。


     政府、国会、民間の事故調査委員会の報告に加え、第一容疑者が事件を捜査してみせるという奇怪な構図の東電の事故調も含めて、4つの調査報告が公表されているのに、この肝心のポイントはほとんど解明されていない。


     責任回避の言い逃れに終始している東電の報告書を除けば、他の3つの事故調報告はいずれも、巨大事故の断面をいくつか鋭く切り取ってはいる。それが必ずしも核心に迫っていないのには、やむを得ない事情もある。

    記録データも物的証拠もいまだ東電の管理下に

     事故時のあらゆる記録データと物的証拠を、刑事被告人になるのは必至の東電が、事故発生以来一貫して、一手に管理し続けている。聞き取り調査も、対象はほとんど事実をつまびらかにしたくない東電の関係者で、証言する内容はすべて事前に調整済みである可能性が高い。事前調整とは、わかりやすい日本語に直すと、「口裏合わせ」である。


     こんな状況で、さほど大きな権限を付与されていない事故調査委員会が奮闘したとしても、秘匿された事実を発掘するには至らないだろうことは、当初から予測されていた。せっかくの調査報告に隔靴掻痒の感があるのは、ある意味当然の結果といえるかもしれない。


     4つの事故調報告が出そろった後、事故発生から1年半近くもたって、東電は3.11直後の、福島第一原発サイトと東電本社を結ぶテレビ会議のビデオを、報道各社に極めて限定的に開示した。生の映像と音声ではなく、「社員らのプライバシー保護」を理由に、様々に手を加えた映像を、録画を禁止して大手メディアに公開した。


     60も半ばを過ぎて、ただでさえ切れやすくなっている私の脳は、「プライバシー」の一言を聞いて、瞬時にブチ切れた。十数万人に避難を強いた過酷事故を収束させるための緊急テレビ会議を、東電の社員たちは、遠距離恋愛の「ささやき」や、子弟の進学相談などの私用に使っていたとでも言うのだろうか。


     原発の暴走を必死で抑えるためのテレビ会議に、プライバシーもへったくれもあるはずがない。政治も、行政も、メディアも、そこを厳しく追及し、生データの全面公開を迫らなければ、傲岸不遜な地域独占企業、東電のやりたい放題は止まらない。


     福島原発事故に関して、検察当局には、東電の刑事責任を問う数多くの告発が届いている。はたして検察は、無修正のビデオを証拠として保全する手配をしているのだろうか。権力者、強者の味方がすっかり身についてしまったこの組織に、あまり多くは期待できそうもない。

    ビデオ公開で分かったこと

     破綻してしかるべき東電という加害企業を、税金で存続させてくれた命の恩人である全国民に対し、東電は事実を包み隠さず公開する倫理的責務を負っている。私は、謝れとか土下座しろと言っているわけではない。事実を隠すな、起きたことを隠蔽するなと、求めているだけだ。これは最低限の倫理である。


     渋々限定的に開示した事故当初のビデオからでも、東電がひた隠しにしてきた「秘密」が、いくつか垣間見えてきた。まさしく「頭隠して尻隠さず」である。地震・津波の襲来からから4日目、2011年3月14日の深夜から15日の未明にかけて、2号機の危機が拡大して連鎖的な巨大爆発のリスクが増大した時、東電本社と現場では、こんな会話が交わされていた。


    「これはもう『じじいの決死隊』で行こうか」「全員のサイトからの退避というのは何時ごろになるんですかね」


    「じじいの決死隊」とは、放射線レベルの高い炉の近くに、被曝の影響、晩発障害のリスクが小さな高年齢層の作業者を行かせ、事故の拡大防止作業に従事させようという最後の手段である。最高経営幹部が、原発の集中立地に伴う連鎖事故のリスクを回避するすべを持たないことに驚きあわてている様子もうかがえる。

    要員退避計画は確実にあった

     2号機の温度と圧力の上昇が止まらず、危機が深刻化していった14日の深夜と15日の未明に、清水正孝元社長は首相官邸に頻繁に電話を入れている。国会事故調による参考人招致で、清水元社長はその電話の内容について聞かれ、「全面」や「撤退」という言葉は使わなかったと、繰り返し主張したうえで、何を話したのかは「記憶にない」と語った。


     使わなかった言葉は明確に記憶していて、実際に語った言葉は全てころりと忘れてしまうなんて都合のいい嘘っぱちを、厳しく問い詰めなかった野村修也委員は、まるで東電の弁護人のようだった。ご丁寧にも聴取の翌日、同委員は論点整理と称して、「東京電力が、いわゆる『全員撤退』を決定した形跡は見受けられない」と、社長の虚言を事実であるかのように肯定して見せたりもした。


     集中立地に伴う連鎖事故の拡大を防ぐ手立てがないと知った経営幹部が、700人以上いた要員のうち、一握りの保安要員や決死隊を残して、大半を福島第二原発に退避させる計画を立てたことは間違いない。14日深夜から15日未明にかけて清水元社長が首相官邸に入れた電話は、その相談以外の何物でもないだろう。


     集中立地がもたらす連鎖事故の高いリスクと、加害者企業が住民の避難より先に、要員だけをすたこらサッサと逃がす算段をしていたことは、何としても世間に知られてはまずい。7つの原発が並ぶ、世界最大の原発サイト、柏崎刈羽の再稼働は困難になるし、東電という不実な企業の存続も危うくなる。


     官邸への電話でその秘密を政治家たちに悟られたが故に、清水元社長はすぐに社長の役を追われた、と考えられる。後を襲ったのは、「値上げは電力会社の権利」と言って恥じない感性の持ち主である。国会事故調に呼ばれた清水元社長は必死で嘘をつき通し、野村委員は必死でそれをかばった、という構図である。

    「集中立地」というリスク

     4つの事故調の報告に共通して希薄なのは、日本の原発の地理的、構造的、社会的な特性についての基本的な理解である。


     日本の原発はみな、白砂青松の海岸線に、比較的コンパクトに集中立地している。欧米の原発は内陸の大河のほとりに、巨大なクーリングタワー(河川水を使って原発の余熱を大気中に逃がす装置)を伴って散在している。日本の原発は発電に使わない余った熱を温排水として海に捨てている。


     この小さな列島に、世界で起きるマグニチュード4以上の地震の4割が集中する。とてつもない地震列島の海岸線に、54基の原発がつくられた。過去1000年以上地震の記録がない内陸の安定した岩盤の上、流量の安定した大河のほとりに建つ欧米の原発とは、風景だけでなく、抱えている地震・津波などの「震災リスク」が格段に違う。このことを肝に銘じておきたい。


     海岸台地の狭隘な土地に、いくつもの原子炉が軒を連ねる異様な集中立地が、日本の原発の最大の特徴だ。東電が再稼働を目指す新潟県の柏崎刈羽原発は7基もの原子炉が並び、出力合計で世界最大の原発サイトとなっている。


     2007年7月に、同原発が中越沖地震で被災し、大きなダメージを受けた時、国際原子力機関(IAEA)の調査団が、おっとり刀で駆けつけ、海岸から原発サイトに入った。福島の巨大過酷事故でも、IAEAの天野之弥事務局長が事故直後の混乱のさなかに、放射線の計測チームを引き連れて急遽来日した。


     核不拡散のためのIAEAによる査察を進んで受け入れ、その活動資金の3割近くを拠出している日本。IAEAの優等生と言われた日本の原発事故に対する、いささか大げさなIAEAの組織的対応の背景には、地震列島の海岸線に集中立地する日本の原発の震災リスクについて、欧米が抱いている厳しい評価があることは疑いない。


     原発の集中立地で、原子炉と核燃料というリスク要因の過密な集積が進み、足し算ではなく、掛け算で過酷事故のリスクを高めている。欧米の専門家が抱いていたその危惧が、今回、福島第一で不幸にも的中した。まずは日本的集中立地と4基連続過酷事故の関係を解き明かすのが、事故調査の原点であり、出発点であろう。

    3つの原発を比べてみると

     海岸の土地の多くは、砂や堆積土で分厚く覆われている。かなり掘り込まないと、原子炉を据え付けられる固い岩盤は表れない。岩盤の位置が低く、原発プラントの設置位置の海面からの高さが十分得られないため、岩盤の上に分厚くコンクリートを流し込み、その上に原子炉を据え付けた例もかなりある。福島第一もそのケースである。


     流し込んだコンクリートの塊を、「マン・メイド・ロック=人工岩盤」と呼ぶ。福島第一ではその厚さが7-8メートルにも及ぶという。メルトダウンして格納容器をも突き抜けたとされる1-3号機の炉心核燃料が、まだ敷地外にメルトアウトした兆候が見られないのは、この人工岩盤の分厚いコンクリートのおかげかもしれない。まさにけがの功名である。


     同じ程度の揺れと津波に襲われた3つの原発、東北電力・女川原発、東電の福島第一、同第二原発を比較すると、連続過酷事故を起こした福島第一は、プラントの設置位置の海抜が2-4メートルほど低い。厚さ8メートルの人工岩盤をかましてもなお設置位置の海抜は低く、巨大津波に耐える高度は得られなかったということではないか。

    老朽原発は「禁断の蜜の味」

     3原発の比較で、もうひとつ重大な事実は、過酷事故を起こした福島第一の1-4号機は型が古い上に、みな運転開始が1970年代という老朽原発であることだ。いずれも、配管、シュラウドと呼ぶ炉心の構造物、冷却システムなどの経年劣化や構造欠陥が、何度も指摘されてきた「札付き」の原発である。


     東電が米国のゼネラル・エレクトリック(GE)から直輸入した1号機などは、緊急対応マニュアルのまともな日本語訳もなかったといわれる。大陸の安定した内陸地盤に設置することを前提にしたこの「マークⅠ型」の原発は、設計の基本思想に、地震や津波に対する備えが希薄だとされ、長い配管網の老朽化と震災による破断というリスクが心配されていた。


     福島第一原発を含めて、東電は原発の検査データを隠し、トラブルの隠蔽を幾度も繰り返してきた「札付き」の隠蔽体質企業である。内部告発によってそれが発覚した2002年に、責任を取って相談役などを辞したのは、公益企業の社会的責任を重視する良心派の歴代社長、会長たちだった。良識が去った後に残ったのは、「値上げは電力会社の権利」と言って恥じない「強欲」だったという、あまりにわかりやすい結末である。


     東電の企業体質からしても、立地条件からしても、炉の構造と機能からしても、福島第一原発事故の大枠は、札付きのハイリスク老朽原発が十分な備えを怠り、予想されていた震災にも耐えきれずに起こした人災事故だと、推し量れる。


     現在の電力供給システムでは、老朽原発をできるだけ長く稼働させれば、儲けが大きくなる仕組みになっている。廃炉には膨大な費用がかかる。廃炉を先延ばしにするだけで、相対的な利益はふくらむ。電力会社にとっては老朽原発の稼働は、やめるにやめられない禁断の蜜の味なのである。

    過酷事故は当然の帰結?

     集中立地と老朽原発の稼働というリスクは、日本の原発が抱える抜き差しならない「構造」である。地域独占という経営形態の存続に不可欠の要件でもある。そこに経済合理性はかけらもない。


     その構造がもたらした当然の結末として、福島第一の過酷事故が発生したのだとすると、日本社会は原発ゼロを目指すしか選択肢はないことになる。そうではないことをきちんと証明できれば、原発は抜本的な安全策を施して経済合理性を担保したうえで、電源の選択肢の1つとして今後も残ることになる。


     このキーポイントを事故調が集中的に解析していないことは、不可解というしかない。国の政策選択にとって最も重要な問題を避けては、事故調の名がすたる。


     福島の過酷事故が実際に連鎖か独立事象なのかは、さらなる調査・解析を待つしかない。ただ、集中立地に伴う連鎖事故のリスクを新設の原子力規制委員会は厳密に評価し直すべきである。


     合計すると百数十万人の穏やかで安定した日常を奪った過酷事故の本質に、科学もジャーナリズムも迫れない国を、民主主義国家と呼べるだろうか。

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