平均的な人

平均的な人なんてどこにもいない
平均身長と平均体重の人がいて
その人が平均的な価値観を持っていて
平均的な考え方をしているなんて
そんなことは ありえない
日本人男子の平均身長は170センチ
身長分布では標準偏差が6センチで
164センチから176センチの間に 68%が含まれ
158センチから182センチの間に 95%が含まれる
だからって155センチの人を高くしたり
185センチの人を低くしたりはしない

健康診断の数値がすべて基準範囲に入っているという
そんな人もいるのかもしれないけれど
大抵は基準範囲を少し はみ出して
要注意とか異常とか 言われてしまう
ひとりひとり からだが違い 体質だって違うのに
大きな人も小さな人も一括りにして
基準範囲に入っていれば健康で
そこからはみ出したら不健康というような
いい加減な判断で
健康な人に病気というレッテルを貼り
基準値に入るまで治療をするのが
医療だとするならば
そんな医療は 受けたくない

人を属性から観察し
平均的な人などという いもしない人を妄想し
健康を数値で測ることに慣れ
それで人を区別する
それがおかしいと言うと
まるで悪人のように扱われる
おかしいのは統計学者や医者ではないのか
それとも 僕が間違っているのだろうか

Adolphe Quetelet

The determination of the average man is not merely a matter of speculative curiosity; it may be of the most important service to the science of man and the social system. It ought necessarily to precede every other inquiry into social physics, since it is, as it were, the basis. The average man, indeed, is in a nation what the centre of gravity is in a body; it is by having that central point in view that we arrive at the apprehension of all the phenomena of equilibrium and motion.

文部省

昭和十六年十二月八日、大東亜戦争の勃発以来、明るい大きな希望がわき起こって来ました。 ・・・ わが日本と志を同じくするドイツ、イタリヤ兩國もまた新しい歐洲をつくらうとして、地中海に、アフリカに、大西洋に、米英に對する戦をくりひろげ、またソ聯とも戦つてゐます。 ・・・ 日本人は御稜威をかしこみ仰ぎ、世界にほんたうの平和をもたらさうとして、大東亜建設の先頭に立ち續けるのであります。 ・・・ 身命をなげうって皇國のために奮闘努力しようとするこのををしさこそ、いちばん大切なものであります。 ・・・ 日々の心がまへが、そのまま大きくなつての心がまへとなります。このやうな心がまへで進む時、新しい世界は私たちの手でできあがるのであります。私たちこそ、といふ意氣ごみを以てのぞむとき、大東亜の建設はみごとになしとげられ、正しい世界が開けて來ます。今、はっきりと私たちの果たさなければならない使命についてわきまへ、それを果たすことのできる日本人となるやうつとめませう。

社会心理

同調圧力
同調現象
斉一性の原理
沈黙の螺旋
全会一致の幻想
数の暴力
場の空気
忖度
集団思考
集団決定
集団心理
群集心理
集団行動
自粛・自己検閲
自主規制
権威に訴える論証
共同絶交
いじめ
奉加帳方式
秘密投票
官製デモ
強制的異性愛
権威主義的パーソナリティ
村社会
和の文化・日本の文化
シマ社会
非国民
道徳教育
情操教育
朝敵
赤狩り
国民精神総動員
大政翼賛会
町内会
世論
ポリティカル・コレクトネス
全体主義
体育会系
家父長制

国土交通省

日本は、国土の大半において春夏秋冬が明確にわかれている国であり、人々は四季の移ろいに敏感で、自然に対する感受性が鋭いと言われている。自然を題材とした、または、自然の美しさについて記した書物は、古来より多数書かれている。例えば、鎌倉時代、「徒然草」の作者である吉田兼好は、「花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは」と記し、自然の美しさは、満開の花や満月だけではなく、これから咲くつぼみや雨の中の月など不完全なものの中にも存在するということを述べており、自然の様々な姿を愛でていたことがうかがわれる。
さらに、江戸時代には、浮世絵に、花を愛でる描写や、自宅やその庭で盆栽等の植木を育てる描写があること等から、花見や園芸の文化は庶民にまで浸透していたことが分かり、人々は、身分を問わず、広く自然を楽しんでいたと考えられる。
また、明治・大正期の著名な地理学者である志賀重昂は、「日本風景論」において、日本人は欧米人や中国人と比較して、自然現象に対して敏感であるなどと述べている。

村本由紀子

世の中には、数多くの「不人気な規範」が存在します。多くの人が本当は要らないと思っているにもかかわらず、いつまでも形骸的に生き残り、規定力を強く発揮する暗黙の規範のことです。
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集団のメンバーの多くが、自分は規範を受け入れていないにもかかわらず、他のメンバーの大半がその規範を受け入れていると信じている状況のことを、社会心理学では「多元的無知」と呼びます。企業にも、多元的無知で維持されている不人気な規範があるはずです。冒頭で触れた「上司が帰るまで、部下は帰ってはいけない」という暗黙の規範も、その1つかもしれません。
多元的無知は、他者の選好の誤推測と他者からの評判の誤推測によって起こります。「他者の選好の誤推測」とは、周囲のメンバーがその暗黙の規範を好んでいる、と勘違いすることです。他者の考えは目に見えず、見えるのは行動だけなので、メンバーが(たとえ嫌々でも)規範を守り続けている限り、勘違いを修正することは困難です。「他者からの評判の誤推測」とは、その暗黙の規範を破ると周囲から嫌われてしまう、と思い込むことです。実際にはそんなことはなくても、規範を破ってみない限り、確かめる術はありません。
この2種類の誤った推測に基づく行動が集合的に連鎖することで、本当は誰も望んでいない空気が作られ、みんながその空気を読み合うのです。

梶谷真司

学校のことを思い出してほしい。私たちが教わるのは、個々の場面で必要なルールを身につけ、その中で決められたことに適切な答えを出すことだけである。いろいろやってみるというより、決まったことを繰り返す。それは「考えること」とは違う。少なくともここで言う「問い、考え、語り、聞く」という、対話的な意味での「考えること」ではない。
そこに自己との対話はなく、まして他者との対話など望むべくもない。ただ出された指示に従うこと、教えられたことを教えられた通りに行うことが重視される。それに習熟することで、「よく考えなさい!」と言われた時に期待されている「正解」が出せるのだ。
それはむしろ「考えること」とは反対のこと、「考えないようにすること」ですらある。「考えること」が「共に考えること」であり、「共に生きること」だとすれば、どう考えればいいかを学ばず、ただ考えないようにさせられているということは、この世で生きるうえで必要な、何かとても大切なものを犠牲にしているか、失っていることにならないだろうか。
その大切なものとは「自由」である。私たちは考えることによってはじめて自由になれる。考えることは、自分を縛りつけるさまざまな制約から自らを解き放つことである。
世の中のルール、家庭や学校、会社での人間関係、常識や慣習、自分自身の思い込み、さまざまな怖れや怒り、こだわりから、ほんの少しであっても距離をとることができる。それが私たちの生に自由の余地を与える。私たちが考えるのは、考えなければならないのは、私たちにとってもっとも大切な自由を得るためである。
考えるなんて、いつもやっている、自分はじゅうぶん自由だという人もいるだろう。牢獄につながれていても、思考だけは自由だ。そんな考え方もある。あるいは哲学好きな人であれば、人間にはそもそも自由なんてないんだ、それは幻想なんだ、という人もいるだろう。しょせん理想にすぎないという人もいるだろう。
だが、私がここで言いたいのは、そういう当たり前のことでもなければ、幻想や理想に追いやってしまえるようなものでもない。きわめて具体的で身近な問題であって、まさしくすべての人に、子どもにも大人にも、人生の最初から人生の最後まで関わることである。
私が「考えること」を通して手に入れる自由を強調するのは、現実の生活の中では、そうした自由がほとんど許容されていないからであり、しかもそれは、まさに考えることを許さない、考えないように仕向ける力が世の中のいたるところに働いているからである。

医療

日本では 普通の人が 毎日のように医療機関に行く
医院とかクリニックとか診療所に数十万人
病院に行く人は百万人を超す
合わせれば百数十万人が待合室で診察を待つ
これとは別に百万人以上が入院していて
合わせて数百万の人が医療機関の世話になっている
なぜか医療機関では待つのがあたりまえになっている
診察を待ち 会計を待ち 薬局で待つ
1回の診療で半日はつぶれる
何百万人もの人たちが毎日のように時間をを無駄にしている
診察を受けたおかげで命拾いをしたという物語は多い
でも そうした人が 診察を受けなかったら どうなったのか
なにが見つかったにせよ それは結局無害だったかもしれない
50代男性の約半数の前立腺にがんの組織的証拠が見られ
80歳になる頃にはそれが80%にあがっている
でもこの病気で亡くなる男性は26人に1人しかいない
治療などしなくても 26人中25人は死んだりしない
人びとは どれほどの必要のない不安を抱えさせられているのか
どれほどの必要のない検査を受けさせられているのか
どれほどの必要のない治療がなされているのか
そして毎日 百億円以上のカネが浪費される
日本は誰でもが医療を受けられる いい国だと言われ
みんなが医療に組み込まれていく
こんな可能性もある あんな可能性もある と脅かされ
一度医療に組み込まれれば 抜け出す術はない
安心を求めれば 不安になる
健康を求めれば 不健康になる
医療にはいろいろお世話になっているけれど
必要のない医療とは距離を置く
それがいちばんだ

マイケル・ブラストランド

危険とは浅瀬のサメ、食器棚の錠剤、グランドピアノが窓からずり落ちかけている下で子供がスキップしている状況だ。クリーム摂りすぎの食生活、ベースジャンプ、密造酒、歩行者対2階建てバス、車でのスピードの出し過ぎ、変な天気もだし、スリル満点の物事もだ。言い換えると、危険はいつどこにでもある。そして、どれをとっても例の2つの顔をもっている。無感情で型にはまった、計算に徹する顔と、人間くさい希望と恐怖に満ちた顔だ。この2つを一度に見る、というのが本書の普通ではない目的である。

数字と統計情報は揃っている。それらを駆使して、山あり谷ありの人生におけるさまざまな出来事の確率を見ていく。子供ならではのリスク、暴力、事故、犯罪のリスク、セックス、麻薬、乗り物での移動、食事、ライフスタイルに由来する危険、自然災害のリスクなどだ。そして、これらのリスクがわかる仕組み、リスクがわからないことがある事情、リスクの変遷について述べていくが、話がわかりやすくなるよう、手に入るなかでも、あるいは編み出せるなかでも最高の手法を用いる。特に、「マイクロモート」と呼ばれる巧みな仕掛け、そして新しい「マイクロライフ」という、命に関わるリスクを表す親しみやすい2つの単位を用いる。私たち著者はこれらが本音を見抜く力を与えてくれると考えており、どちらもまもなく登場する。この意味で、本書は人生にまつわるさまざまな確率を取り上げた新しいガイドブックと言えよう。

森鴎外

 彼は優れて美なり。乳の如き色の顔は燈火に映じて微紅を潮したり。手足の繊くたをやかなるは、貧家の女に似ず。老媼の室を出でし跡にて、少女は少し訛りたる言葉にて云ふ。「許し玉へ。君をこゝまで導きし心なさを。君は善き人なるべし。我をばよも憎み玉はじ。明日に迫るは父の葬、たのみに思ひしシヤウムベルヒ、君は彼を知らでやおはさん。彼は「ヰクトリア」座の座頭なり。彼が抱へとなりしより、早や二年なれば、事なく我等を助けんと思ひしに、人の憂に附けこみて、身勝手なるいひ掛けせんとは。我を救ひ玉へ、君。金をば薄き給金を析きて還し参らせん。よしや我身は食くらはずとも。それもならずば母の言葉に。」彼は涙ぐみて身をふるはせたり。その見上げたる目には、人に否とはいはせぬ媚態あり。この目の働きは知りてするにや、又自らは知らぬにや。
 我が隠しには二三「マルク」の銀貨あれど、それにて足るべくもあらねば、余は時計をはづして机の上に置きぬ。「これにて一時の急を凌ぎ玉へ。質屋の使のモンビシユウ街三番地にて太田と尋ね来ん折には価を取らすべきに。」
 少女は驚き感ぜしさま見えて、余が辞別のために出したる手を唇にあてたるが、はら/\と落つる熱き涙を我手の背にそゝぎつ。
 嗚呼、何等の悪因ぞ。この恩を謝せんとて、自ら我僑居に来し少女は、シヨオペンハウエルを右にし、シルレルを左にして、終日兀坐する我読書のさうかに、一輪の名花を咲かせてけり。この時を始として、余と少女とのまじはり漸く繁くなりもて行きて、同郷人にさへ知られぬれば、彼等は速了にも、余を以て色を舞姫の群に漁するものとしたり。われ等二人の間にはまだ痴がいなる歓楽のみ存したりしを。
 その名を斥さんははゞかりあれど、同郷人の中に事を好む人ありて、余がしば/\芝居に出入して、女優と交るといふことを、官長の許に報じつ。さらぬだに余が頗る学問の岐路に走るを知りて憎み思ひし官長は、遂に旨を公使館に伝へて、我官を免じ、我職を解いたり。公使がこの命を伝ふる時余に謂ひしは、御身若し即時に郷に帰らば、路用を給すべけれど、若し猶こゝに在らんには、公の助をば仰ぐべからずとのことなりき。余は一週日の猶予を請ひて、とやかうと思ひ煩ふうち、我生涯にてもつとも悲痛を覚えさせたる二通の書状に接しぬ。この二通は殆ど同時にいだしゝものなれど、一は母の自筆、一は親族なる某が、母の死を、我がまたなく慕ふ母の死を報じたる書なりき。余は母の書中の言をこゝに反覆するに堪へず、涙の迫り来て筆の運を妨ぐればなり。
 余とエリスとの交際は、この時までは余所目に見るより清白なりき。

Rachel Carson

No responsible person contends that insect-borne disease should be ignored. The question that has now urgently presented itself is whether it is either wise or responsible to attack the problem by methods that are rapidly making it worse. The world has heard much of the triumphant war against disease by controlling insect vectors of infection. However, it has heard little of the other side of the story—the defeats, the short-lived triumphs that now strongly support the alarming view that the insect enemy has been made actually stronger by our efforts. Even worse, we may have destroyed our very means of fighting.

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Those who contemplate the beauty of the earth find reserves of strength that will endure as long as life lasts. There is something infinitely healing in the repeated refrains of nature — the assurance that dawn comes after night, and spring after winter.

劉慈欣(刘慈欣、Liu Cixin)

ならば、自分がノーマルだと思っている行為や、正義だと思っている仕組みの中にも、邪悪なものが存在するのだろうか? さらなる熟慮の末に至ったひとつの推論は、ぞっとするような深い恐怖の底に彼女を突き落とした。もしかすると、人類と悪との関係は、大海原とその上に浮かぶ氷山の関係かもしれない。海も氷山も、同じ物質でできている。氷山が海とべつのものに見えるのは、違うかたちをしているからにすぎない。じっさいには、氷山は広大な海の一部なのではないか……。
文潔は、多数派が正しく、偉大であるとする文革の邪悪さに気づいていたが、文潔がノーマルで正当だと考えていた殺虫剤の使用も実は悪だということに、レイチェル・カーソンによって気づかされた。つまり、人類のすべての行為は悪であり、悪こそが人類の本質であって、悪だと気づく部分が人によって違うだけなのではないか。人類がみずから道徳に目覚めることなどありえない。自分で自分の髪の毛をひっぱって地面から浮かぶことができないのと同じことだ。もし人類が道徳に目覚めるとしたら、それは、人類以外の力を借りる必要がある。この考えは、文潔の一生を決定づけるものとなる。

高橋秀幸

軍事組織といえば、ピラミッド型で、厳正な規律があり、マニュアル重視の画一性という硬いイメージが一般的だろう。だが、究極の局面である防衛出動はもちろん、現代の自衛隊が直面する災害派遣や後方地域支援の活動においても、そのような旧態依然とした組織では立ち向かえない。もはや「いわゆる軍隊式組織では勝てない」時代なのである。
進化を怠った種は、地球環境の変化に対応できなかった恐竜のように滅んでしまう。そんなダーウィンの進化論を組織経営に採り入れたのが、「環境適応理論」だ。自衛隊組織も例外ではなく、“恐竜”にならないための進化を続けている。

Michael Blastland

 
But how many believe they’re average? Most think they’re better than that—a self-confidence known, naturally enough, as the “above-average effect” or “illusory superiority.” Like everyone else, even Norm once thought he was better than average. This is illusory for obvious reasons. For example, since only half of drivers can be in the top half, if exactly half of all drivers thought they were in the top half, they could in theory all be wrong. Even if you’re genuinely better, you might not be much better. And if above-average driving ability turns you into an above-average jerk, you might be so cocky that you become a bigger hazard.

ジェームズ・ジョル

「気の毒だが、諸君はとりのこされた人間だ。諸君の運命はきわまった。諸君の役割はおわったのだ。諸君にふさわしいあの歴史の掃きだめに、諸君はさっさと消え失せるがよい」。一九一七年一〇年、トロツキーは反対派のメンシェヴィキをこう非難したというが、これは歴史にたいするひとつの全体的な見方を代表するものである。この見方にしたがえば、歴史家にとって大事なのは、勝利をおさめた立場だけであり、歴史の前進に寄与しない運動や個人は、反動か、無知のいずれかなのだから、無視するか、嘲笑するか、放逐するか、そのへんがかれらにふさわしい処置である、ということになる。歴史をこのようにあつかってきたのは、なにもマルクス主義者ばかりではない。キリスト教の立場にたつ歴史家は異教徒にたいして、自由主義的な歴史家は保守主義者にたいして、それぞれおなじ見方をあてはめてきたのである。

河瀨直美

「ロシア」という国を悪者にすることは簡単である。けれどもその国の正義がウクライナの正義とぶつかり合っているのだとしたら、それを止めるにはどうすればいいのか。なぜこのようなことが起こってしまっているのか。一方的な側からの意見に左右されてものの本質を見誤ってはいないだろうか?誤解を恐れずに言うと「悪」を存在させることで、私は安心していないだろうか?人間は弱い生き物です。だからこそ、つながりあって、とある国家に属してその中で生かされているともいえます。そうして自分たちの国がどこかの国を侵攻する可能性があるということを自覚しておく必要があるのです。そうすることで、自らの中に自制心を持って、それを拒否することを選択したいと想います。

夜中に目覚め
もう一度眠ろうと目を閉じたら
働いていた頃に知っていた顔が
くっきりと浮かんできた
その顔を消したら次の顔が
そしてまた次の顔が 浮かんでくる
10年前から働いていないので
どの顔も10年以上前に知っていた顔だ
明るい顔 暗い顔
輝いた顔 くすんだ顔
女の顔 男の顔
年老いた顔 若々しい顔
黒い顔 白い顔
褐色の顔 土色の顔
誇り高い顔 狡賢い顔
優しい顔 とっつきにくい顔
真っ直ぐ立った顔 少し傾いだ顔
魅力的な顔 苦労がにじみ出た顔
いかつい顔 ふっくらした顔
大きな顔 小さな顔
入口で見た顔 食堂で見た顔
助けてくれた顔 いつも避けていた顔
笑いかけて来る顔 頼みごとをしてくる顔
会議で見た顔 廊下で見た顔
一緒に歩いた顔 一緒にコーヒーを飲んだ顔
一緒に食事をした顔 一緒に仕事をした顔
そうだ 仕事をしていたんだ
10年間思い出すことのなかった顔が
こんなにもたくさん浮かんでくる
なんだこの数は?
こんなにもたくさん知っていたのか?
消しても消しても浮かんでくる
顔 顔 顔 顔 顔 顔 顔 顔
 顔 顔 顔 顔 顔 顔 顔 顔
僕はいったい何をしていたんだろう

Soetsu Yanagi

While there may be many intrinsic contradictions, I still think that there is probably no country like Japan whose people live in surroundings composed of specially chosen objects. Behind it all is undoubtedly some sort of educated taste or standard of beauty. Of course, some aspects may be shallow or mistaken, but in any case, things are chosen according to some standard. This may be something as simple as shibui or shibumi (simple, subtle, and unobtrusive beauty), a concept which has permeated all levels of Japanese society. It is hard to tell to what extent this simple word has safely guided the Japanese people to the heights and depths of beauty. It is astonishing, in fact, that a whole nation should possess the same standard vocabulary for deciding what is beautiful. This is due entirely to the laudable achievements of the way of tea. Even people of the flashiest sort know in the back of their mind that shibumi is a class above them; they may even feel that, as they grow older, they themselves will one day join its ranks. Among the recent seekers after the new and novel, there are those who consider shibumi to be old and out-of-date; this is not a fault of shibumi, however, but jast a matter of personal preference.

Wikipedia

In traditional Japanese aesthetics, wabi-sabi (侘寂) is a world view centered on the acceptance of transience and imperfection. The aesthetic is sometimes described as one of appreciating beauty that is “imperfect, impermanent, and incomplete” in nature. It is prevalent throughout all forms of Japanese art. It is a concept derived from the Buddhist teaching of the three marks of existence (三法印), specifically impermanence (無常), suffering (苦) and emptiness or absence of self-nature (空).
Characteristics of wabi-sabi aesthetics and principles include asymmetry, roughness, simplicity, economy, austerity, modesty, intimacy, and the appreciation of both natural objects and the forces of nature.

フランソワーズ・モレシャン

この「おしゃれ講座」シリーズ、皆さまからの温かいご応援のおかげで15年間も続けてきましたが、今回が最終回となります。
最終回のテーマとして、私が選んだのは…日本での長い人生を支えてくれた喜びであり、その喜びがあるからこそ長く日本に滞在した…私が愛したパンセ(思想)とライフ・スタイルの「わび・さび」です。
モノにあふれ、食べ物に、情報に、衣服にあふれた21世紀の今。消費することがまるで自分の存在を証明するかのような消費社会。
人間性も自然も何もかもが限界に達して大爆発する…そんな惨事を救ってくれるのが、「わび・さび」の伝統の精神ではないでしょうか?
3月19日の講演は、ある意味で私の文化的遺言になるものです。「わび・さび」の精神を現代にどのように生かすのか?
それは、私たちの住む地球を救うライフ・スタイルなのです。
プラスチックの廃絶根絶。工場での大量生産のモノは要らない。煌々とした光の世界も要らない。感情を排して数字の世界ばかりを優先することもやめましょう。自然を支配できるという人間の傲慢さもストップ。過去を忘れて未来ばかりを見つめるのもストップ。
長年の間、何度も来ていただいたたくさんの「皆さん」、ありがとう。メルシー!
皆さんは長年の私の友達と言ってよいでしょう。
では、3月19日の14時、皆さんのご来場をお待ちしていますね。

森上逍遥

 
関東に移住した筆者は六月になって驚いたものである。なんと関東には梅雨が無かったからである。有るのは、ただどんよりと曇った日々が続くだけで、しかもたまに降るだけの凡そ雨とは思えない小雨が散見せられただけだったからだ。しかしそれは貧乏学生にとって随分と助かった。下宿の窓の隙間から雨粒に襲われなくて済んだからである。よくよく生活してみると、関東にはほとんど台風らしき台風はやってきたことがなく、梅雨もなく、これでは大自然から学ぶ所の精神の昂揚や深い洞察や諦観といった哲学性は、獲得仕得ないと感じたものである。

Kara Swisher

If you’ve gone to the grocery store lately and gotten sticker shock, you aren’t alone. Inflation in the U.S. is at its highest rate since 1982. Even though unemployment is falling and wages are rising, inflation is costing the average American household an additional $296 per month, according to Moody’s Analytics, and people have been feeling the crunch.
About one in five Americans think inflation and the high cost of living are the most important problems facing the country today. They’re more worried about inflation than about Covid-19 or the war in Ukraine.

刘慈欣


 
有时下夜班,仰望夜空,觉得群星就像发​​光的沙漠,我自己就是一个被丢弃在沙漠上的可怜孩子……我有那种感觉:地球生命真的是宇宙中偶然里的偶然,宇宙是个空荡荡的大宫殿,人类是这宫殿中唯一的一只小蚂蚁。这想法让我的后半辈子有一种很矛盾的心态:有时觉得生命真珍贵,一切都重如泰山;有时又觉得人是那么渺小,什么都不值一提。反正日子就在这种奇怪的感觉中一天天过去,不知不觉人就老了……

村田諒太

  
上ばかり見て、お酒飲んで、ちゃんと見ちゃいない。でもね、桜が咲くのは1週間、2週間ぐらいじゃないですか。そして儚く散るけど、根を張って幹がしっかりしているから来年も咲き誇れる。「練習」はその幹の一部。まさに幹が「人間」だと思うんです。
自分という人間がしっかり根を張って、幹がしっかりしていれば、夏を耐えて冬を耐えて、また春が来ると思える。桜の美しさはそこにある。
桜って、「はかなく散る」というイメージで使われやすいですけど、違うと思うんです。一瞬で散るけど違う。その一瞬のために幹や根があり、時期が来れば花を咲かせる。だからその幹であり根である「人としてどうしてあるか」。その部分が大事なんだと、桜の木を見て感じます。

でも、本当に僕は空っぽですからね。あおいだら飛んでいくような、「作り物の桜の木」みたいなもんです。たまたまボクシングというものが、僕を覆い隠してくれて、大それた人間に見せているだけです。自分がどうあるかは、これから作っていかなきゃいけない。
僕らみたいなアスリートは、若くして成功するじゃないですか。そうすると、幹がないのに先に花が咲いちゃうんですよ。順番が逆になっちゃう、そしたら、もう一度は咲かないですよね。
自分の足元、自分の立っている場所をしっかり見るという時期を、自分はこれから迎えるんだろうなと思います。すごく地味だし、今までちやほやされていたものは捨てないといけない。ちゃんとした幹があり、人の目に見えないところで、しっかり根を張って人生をこれから歩む。それが大事なんでしょうね。

ペク・セヒ

我慢できないほどつらい時も、友だちの冗談に笑ったり、そうしながら心のどこかで虚しさを感じ、それでいてお腹がすいたからと、トッポッキを食べに行く自分が可笑しかった。ひどく憂鬱なわけでも幸せなわけでもない、捉えどころのない気分に苦しめられた。これらの感情が同時に起きるということを知らなかっただけに、なおさらつらかった。

見えない社会

周りにはビルが立ち並ぶ
新しいビルもあれば 古いビルもある
目に入ってくるビルをぜんぶ作るには 何千億円のカネが要る
つまり この社会にはそれだけのカネがあるということだ
いったい どこの誰がそんなカネを持っているのだろう
大手不動産会社の売り上げは何兆円にもなり
毎年のように開発が行われているけれど
何兆円を出すのは会社や官庁ばかりで
お金持ちの顔はちっとも見えてこない
長者番付には金額とともに知った名前が載り
私たちはそれで納得させられているけれど
私たちが知らない金持ちが たくさんいることに
私たちは うすうす感づいている

ありとあらゆるところから広告や宣伝が垂れ流しにされ
広告や宣伝なしには電車に乗ったり街を歩いたりできない
インターネット上には広告や宣伝ばかりが駆け回り
メールを開ければ広告や宣伝が大事なメールの邪魔をする
広告や宣伝に何兆円ものカネが費やされていて
それぞれにモノを売りたい人がカネを出すている
そういうことは知っているけれど
私たちの目には見えてこない人たちが
情報を好き勝手に操っていることに
私たちは うすうす感づいている

テレビには政治家が映り 官僚の書いた作文を朗読する
作文はどれもすばらしく
実際には環境に悪いのに 良くするといってみたり
実際には経済は悪いのに 良くなっているといってみたり
実も 誠意も 悲しいほど ない
私たちは官僚が ただの公務員なのを知っている
政治家に 力がないことも知っている
官僚や政治家の裏に 力のある人たちがいて
その人たちが社会を操っていることに
私たちは うすうす感づいている

そんなのはぜんぶ妄想だ
私たちには見えてこない人たちなんて どこにもいない
社会は そうやって動いている
仕組みをひとつひとつ検証して行けば それはぜんぶわかってくる
そう言われても 僕は感じる
息苦しさに満ちた目に見えない社会があることを
その社会が 目に見えない人たちに操られているのを

正しい答えや よい答えが決められている社会では
社会の意向に沿う答えだけが正解で
考えた結果 出た答えは
どんなにいい答えでも この社会では間違っている

自分のことを社会に委ねたくない
そう思って僕は深呼吸をする
見えない社会が 出て行けという
僕は ああ 出て行くよという
あばよ

そんなわけで 僕は考える自由のある場所に行く

梶谷真司

学校という空間では、「何でも言っていい」ということが徹底して否定されている。学校で子どもたちは、正しいこと、いいこと、先生の意向に沿うことを言うように訓練される。間違ったことを言えば「違う」と言われ、悪いことを言えば怒られ、先生の意に添わなければ嫌われる。もちろん正しいこと、良いことを教えるのは必要である。人の気に入ることが何かを学ぶのも重要だろう。けれどもだからといって、それ以外を排除していいわけではない。
この「それ以外」の余地が日本の学校ではほとんど禁じられているため、子どもたちは、その場にふさわしいこと、その場で期待されていることしか言わなくなる。それがうまくできれば優秀な生徒として評価され、さもなければ出来の悪い生徒とされる。許されているのは、与えられたことを決められたルールの中で行うことだけで、そのルールを守らせるために、教師は成績評価をアメとムチとして活用する。学校において考える力は、そうやって枠をはめた状態で育成される。しかし発言の自由がないところには、思考の自由も自発性もない。

思考の自由がない場所

思うことも考えることも必要のないところでは
アメリカでもイギリスでも日本でも
人は 本を読まなくなってきているという
本を読むことに喜びを感じる人も 少なくなってきている
子どもたちも もう本を読まない
ゲームやアニメに比べて
楽しくないのだという

思うことも考えることも必要のないところでは
本は必要とされない
学校では先生が言ったことを覚え
そのままテスト用紙に書けばいいし
勤め先では上司が望むことを察し
それに沿って仕事をすればいい
思ったり考えたりする必要がないのだから
なにも考えない
思うことも考えることもない人に 本はいらない

思うことも考えることも必要のないところで
よく読まれている本をめくる
確かに情景は浮かんでくる
書く技巧には素晴らしいものがある
でも心が見えてこない
怒りも 苦しみも 悲しみも 喜びも ない
あるのは情景だけ
なにがどうしたかは書いてあるけれど
なにを思っているか 考えているかは 書いてない

思うことも考えることも必要のないところから
僕は出てゆく
共感も 繋がりも 必要ないから
僕は自然のなかに行く
自然のなかでは思わなくては生きてゆけない
自然のなかでは考えなくては生きてゆけない
そしてうまくいけば
僕は僕を取り戻すことができる
君はどうする?
一緒に行く?

中川淳一郎

私はニュースサイトの編集者をやっている関係で、ネット漬けの日々を送っているが、とにかくネットが気持ち悪い。そこで他人を「死ね」「ゴミ」「クズ」と罵倒しまくる人も気持ち悪いし、「通報しますた」と揚げ足取りばかりする人も気持ち悪いし、アイドルの他愛もないブログが「絶賛キャーキャーコメント」で埋まるのも気持ち悪いし、ミクシィの「今日のランチはカルボナーラ(*^_^*)」みたいなどうでもいい書き込みも気持ち悪い。うんざりだ。
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『ウェブはバカと暇人のもの』から10年。ウェブはやっぱりバカと暇人のものだった。「まだまだウェブはバカと暇人のモノですか?」というお題については、こう答える。確かに“何か”は明確に変わった。それは以下である。
「ウェブはバカと暇人と格差社会勝者のもの」

角田陽一郎

僕ら読書好きの多くは「本を読むと楽しいですよ、人生が変わるきっかけになりますよ」「直接できない体験や、会えない場所や時代の人とアクセスすることができるんですよ」と、本を読まない人に伝えたことがあると思います。
でも、本を読まない人には、それ以前の問題なのです。読書のよさをいくら言われても、本自体にアクセスすることが面倒なのです。つらいし、時間がかかるし、楽しくないし、よくわからないし、不便だから。
つまり、旅好きな人に「海外旅行は楽しいですよ」と言われても、成田空港に行くのが面倒だからという理由で行かないような。
「いや、角田さんの言っていることは、なんとなくわかりますよ。海外旅行は楽しいんですよね。でも、成田空港って遠いじゃないですか? いちいち成田まで行くの、つらいし、時間かかるし、楽しくないし、よくわからないし、不便じゃないですか。なんでそうまでして、わざわざ海外に行かなきゃいけないんですか?」
こういう感じで、海外に行く前に、そもそも空港に行く前で、彼らは読書を敬遠しているのでした。

熊代亨

私も含めた、大半の人が「5行以上の長文が読めない状態」に陥りやすい社会状況にあるとして。
それなら、世の中のほとんどの人より忙しくて、もっとたくさん読まなければならなくて、もっと責任の重い人々はいったいどうやって「5行以上の長文が読める状態」を維持しているのだろうか。
たとえば国会議員は、世の中のほとんどの人より忙しく、責任も重い。
そうしたなかで、政策に関わるために膨大な資料を読まなければならないし、社会動向についても該博な知識を期待されている。
もちろん国会議員は官僚やブレーンが作る資料に助けられているだろう。
それでも短時間で大量の文章や情報に目をとおし、判断を下さなければならないわけだから、たとえ官僚やブレーンの助けを借りられたとしても、たとえ本人の読み書き能力自体がハイレベルでも、「5行以上の長文が読めない状態」を免れることはなかなか難しいように思う。
ニュースキャスターや分刻みのスケジュールで生きているタレントたちもそうだ。
彼らは皆、人前で適切に発言できるよう期待されている一方で、短い可処分時間でより多くの情報に向き合わなければならない。
そういう人たちはどうやって「5行以上の長文が読めない状態」を免れているのだろうか。
それとも本当は「5行以上の長文が読めない状態」が頻発しているけれども隠しているだけなのだろうか。
それとも……。
あまり考えたくはないのだけど、本当はエリートたちも「5行以上の長文が読めない状態」のなかで、つまり「インターネットが馬鹿になっていく」のと同じ状況のなかで諸決断を下し、それで政治や運営が動いていたりするものなのだろうか。
いやまさか!
それではまるで、高度情報化社会とはその複雑さと情報の氾濫によって国の頭からつま先まで、いわばみんな馬鹿ばかりになってしまう社会ということではないか。
だけどもしそうだったらすごく嫌だな……とNHKの7時のニュースを見ながら、ふと思った。

Morris Freedman

For several years now I’ve been reading fewer books, from start to finish, that is. Not that my reading has diminished. If anything, I’m reading more now, more words certainly, every day, every week, daily and Sunday newspapers, weeklies, fortnightlies, monthlies, book reviews, quarterlies, portions of books, encyclopedia articles, professional publications, computer manuals and magazines, student papers. I used to spend much of my time reading books in their entirety, for pleasure, study, and work: fiction, plays, poetry, essays, criticism, biography, scholarship, reportage, reference sources.
I’m not alone in this shift. There must be millions by now who have all but abandoned books to keep up with breaking and broken news, speculation about news to come, and with their professions, hobbies, and daily living. Newsstands and periodical rooms in libraries today carry dozens of titles on recreation, cooking, finance, remodelling, gardening, home furnishing, politics, computers, consumer products, sports, cars, publishing, photography, new art, games, show business, fashion, architecture, gender concerns, raising children, old age, adolescence, pets, weddings and marriage. Some may consist of pictures mainly; others are made up of dense text with recondite vocabulary and allusions. They appeal to cherished interests and all sorts of private skills and preoccupations.

世界

僕は神が造った世界にいないし
ましてや 神の子どもなんかではない
大きく広がった宇宙のなかにいて
小さくて どうでもいい存在なのに
悲しみや苦しみから逃れようとして
必死になってあがいている
貨幣という価値を追い求めているわけではないし
自由という価値を信じているわけでもない
僕はただ 君といたい
僕はただ 君とすごしていたい

木村宣彰

「春は名のみの風の寒さや」
暦の上では春なのに寒い日々が続くとき、この「早春賦」の詞章を想い出す人は優れた感受性の持ち主である。今や人間は大自然に住まうのでなく、改造された人工環境の中で生活している。
今日、私たちが「自然」と言う場合、山川草木や雨や風など、人間を取り巻く外的な環境のことを指す。そのような自然環境は人間に対立するものであり、自分たちに都合のよいように改造できるものと考えてきた。その結果、地球の温暖化や砂漠化、水や大気の汚染などの様々な問題を惹起した。どれもこれも人間の我が儘が原因である。人間は自然を支配しようとするが、自然は人間の支配の対象ではない。
仏教では、自然を〈じねん〉と訓じて「自ら然る」という意味に解する。人間の作為のない「そのまま」の在り方が自然である。
 明治以降、西洋語のネイチャー(nature)の翻訳語として「自然」が用いられる。この自然は人間と対置するものとされる。しかし仏教が説いているように、人間は自然を超えた存在ではなく自然の一部である。その人間が思い上がって科学技術を駆使して自然を破壊する。一方で、意匠を凝らした盆栽や日本庭園に人工の自然を見いだそうとしているのは、何と考えたらよいのだろうか。

AFP

The so-called “Kadyrovtsy” — the Kadyrovites — are Chechen militias with a sinister reputation deployed alongside Russian troops in Ukraine.
Ukrainians have said that the Chechens have been among the most brutal of the Kremlin’s invading forces.
Kadyrov — a Putin ally who rules Chechnya and is accused of rights abuses including torture and executions — proudly posts videos of his men fighting in Ukraine on Telegram.
He alleges they are fighting the “Nazis of Kyiv”, using the Kremlin’s language.
The son of a Chechen independence leader who switched sides to join the Russians, Ramzan Kadyrov is President Vladimir Putin’s protege and is regularly accused of shocking human rights violations in the Muslim-majority republic of Chechnya.
Kadyrov welcomed Putin’s invasion of Ukraine and immediately said he would send forces there.
The 45-year-old bearded autocrat claimed last month that he had personally travelled to Mariupol, Ukraine’s besieged port that has suffered the worst devastation since the Kremlin launched its attack.
He posted a photo of himself posing with around 30 men, saying it was in Mariupol.
He also claimed he had found and “punished” with his own hands a Ukrainian soldier who had tortured a Russian.
His men regularly boast of proudly having “taken” wounded Ukrainian soldiers.

橘玲


 
アルカンことジェリコ・ラジュナトヴィッチは「セルビア民族防衛隊」、別名「アルカンの虎部隊」のリーダーで、最盛期には1万人のメンバーを率い、自前の戦車まで保有していた。アルカン部隊は内戦中にクロアチアやボスニア、コソボなどで数々の残虐行為を繰り広げ、多数の市民を虐殺したことで「最悪の殺人集団」と恐れられたが、セルビア人のあいだでは不敗を誇る最強部隊として勇名を馳せた。アルカン部隊のもうひとつの特徴は、そのメンバーの多くが、ベオグラードの人気サッカークラブ、レッドスターのフーリガンだったことだ。

価値やモラル

正義は勝ち 悪は滅びるという道徳の教えや
善人が栄え 悪人は滅びるという芝居の筋書きが正しいのならば
なぜ侵略者が勝ち 先住民族が滅びたのか
なぜ偽善者が栄え 正直者は滅びてゆくのか

現実は道徳ではないし 小説や芝居でもない
正義が勝つとは限らないし 善人が栄えるとは限らない
モンゴルの大軍を前に どんなモラルも消え去り
オスマン帝国を前にして どんな正義も吹っ飛んでしまった

アメリカと
中国の
覇権争いは

自由 民主主義 個人の尊厳といった価値やモラルをなにがなんでも守りたいアメリカと
最大多数の最大幸福というような中国的な価値やモラルをどうしても実現したい中国との
価値やモラルの戦いなのではないだろうか。

正義を振りかざした国が勝つのか
金儲けに重きを置く国が勝つのか
歴史がそれを教えてくれる

David Brooks, World Values Survey Association

Every few years the World Values Survey questions people from around the globe about their moral and cultural beliefs. Every few years, some of these survey results are synthesized into a map that shows how the different cultural zones stand in relation to one another. In 1996 the Protestant Europe cultural zone and the English-Speaking zone were clumped in with the other global zones. Western values were different from the values found in say, Latin America or the Confucian zone, but they were contiguous.
But the 2020 map looks different. The Protestant Europe and English-Speaking zones have drifted away from the rest of the world cultures and now jut out like some extraneous cultural peninsula.



Credit…World Values Survey Association


In a summary of the surveys’ findings and insights, the World Values Survey Association noted that on issues like marriage, family, gender and sexual orientation, “there has been a growing divergence between the prevailing values in low-income countries and high-income countries.” We in the West have long been outliers; now our distance from the rest of the world is growing vast.

中国情報局@北京オフィス

最近、米メディア大手のBloombergが「中国が米国の天然ガスを欧州に高値で転売している」という内容を報道しました。 「中国石化の子会社が、高価格の天然ガスをヨーロッパの港に3回に分けて供給する大型受注を獲得したばかり」という内容。そして偶然なのか、この3回で中国が欧州に販売した高価格ガスの出荷先は全てアメリカのエネルギー会社なのです。
中国は天然ガスの輸入国なのですが、こんな大事な時に天然ガスを輸出するのか?でもそこには十分な理由があるようです。まずはアメリカと中国の貿易の関係性。
2018年から始まった米中の貿易戦争では、トランプがハイテク製品を中国に輸出したくないのに、米中貿易の輸入超過をなんとかしたいというジレンマがありました。
そこで着目されたのが資源。交渉の結果として中国がアメリカから700億ドルの天然ガスと大豆を輸入することになったのです。
天然ガスに関する具体的な成約は指定価格で毎年400万トン、期間は20年間の購入契約になります。そして、絶対に契約違反できないよう相当高額な違約金が約束されているのです。ご存じでしたでしょうか。
しかし、中国はすでにロシアと関係があります。ロシアとは長期間にわたる天然ガスの契約を結んでいます。ウクライナの件でロシアはヨーロッパとアメリカから制裁を受けていますので、ロシアとしては中国へ輸出したいニーズが当然高くなります。
つまり中国の天然ガスは余ることになりました。天然ガスの保存にはお金がかかるし危険性が高いので、できれば順調に消費されることが望ましい。
一方で、ヨーロッパではあまりにも天然ガスが不足で値段も高揚しています。このタイミングが絶妙で、アメリカから輸入する分のアメリカからの運送開始と同時期というわけです。
結果的には、中国が余った天然ガスをアメリカの港からヨーロッパに直接運送。アメリカから直接ヨーロッパに送るのは当然、アメリカ→中国→ヨーロッパと経由するよりも運送料が安いし、保存問題も解決し、相当な収入が入りますね。
ヨーロッパは市場価格よりちょっと安い値段で不足で困っていた天然ガスを素早く輸入できたし、これがロシアからのものでもないです。まさかのウィンウィンウィン
一つの船で10億ドルの利益が出るので合計45船でトータル450億ドルの儲けになります。素晴らしいのは、金儲けのために売ったではなく、あくまで仕方がなく売って結果として人助けに繋がっているという建前になるところ。
中国とアメリカの貿易維持のために必要なのか、中国でのエネルギー消費需要のためなのか。結果として戦争という中で瞬時に判断して多額の利益を上げるところは流石だなと感じてしまいます。

中国情報局@北京オフィス

中国では、SNSやキュレーションメディアの発達に伴い、個人のメディア化が日本よりもかなり進んでいます(他にも中国独自の理由はあるかもしれませんがこれ以上言うとブロックされるかも笑)。中国では「自媒体」と呼ばれてますが、日本などでは「UGC」(User Generated Contents)でしょうか。今やキュレーションニュースであってもUGCコンテンツは必要不可欠で、「PGC」(Professionally Generated Contents)だけではサービスが成り立ちません。
また、UGCが発展するためのプラットフォームがとても成熟しています。主要な情報キュレーションサービスやコンテンツプラットフォームには、個人がコンテンツを作成・発信できる機能が豊富に用意されており、とても使いやすいです。更にオンライン決済手段が浸透したことにより、特別な登録不要でワンクリックでコンテンツ課金が行えることも後押しとなっています。

Buddha

Now, Ānanda, earlier I purposely told you that whatever there is of various agreeable matters for which one has thoughts of affection, all of this is of a nature to become separated from one; it is as I said earlier. Therefore do not be so very sad, Ānanda. You should know that soon the Tathāgata will also be of the past. Therefore, Ānanda, you should make yourself an island by relying on yourself, you should make the Dharma your island by relying on the Dharma; you should make yourself no other island, no other reliance.
・・・
Ananda, this is called having oneself as an island by relying on oneself, having the Dharma as an island by relying on the Dharma, having no other island, no other reliance.

藤嶽明信

境界・境にはいくつかの意味があるが、今回は六境<色境・声境・香境・味境・触境・法境>を取り上げることにする。六境とは人間の認識対象のことである。すなわち人が眼・耳・鼻・舌・身・こころによって感覚し認識する六つの対象のことを六境という。
これらの六境は自己存在と密接に関係していると説かれる。たとえば自分好みの音楽は心地よい音として聞こえるが、他の人にとっては必ずしもそうではない。反対に、自分には苦手な香りでも、それを好む人もいる。
このように認識対象は、自己を離れて単に客観的に存在しているものではなく、自己と密接に関係して存在しているのである。しかし人はそのことに気付かず、物事は自分を離れて客観的に存在していると思い、その上で好ましい対象は受け入れようとし、好ましくない対象は排除しようとする。このように見てくると、国や私有地の境界線だけではなく、様々な物事に種々の境界線を当然のように引いて、受け入れや排除を行っている人間の姿が浮かび上がってくるのではなかろうか。
そして自分がする物事の受け入れや排除が線引きであると同様に、他者がなす受け入れや排除に対して自明のごとくに沸き起こる称賛や非難、これもまた自己による線引きであることを知るべきであろう。なぜなら、万事は自己存在と密接に関わりながら、褒めるべきこととして思えたり、また詰るべきこととして思えたりしているからである。
私たちが当たり前のように認識していることは、今一度根本から問い直す必要があるのではないか。境界という仏教語は、そのことを教えてくれている。

観念

観念という言葉がある
僕にとっての観念は
もうこれまでと観念するっていう
覚悟というか 諦めというか
まな板の上の鯉のような
ただ 状況を受け入れるという感じ
もう どうしようもないという感じなのだ
ところがインターネットには
イデアの訳語だと書いてある
プラトンによればとか デカルトによればとか
ロックによればとか ヒュームによればとか バークリーによればとか
うるさい うるさい という感じだけれど
ひとことでいえば 観念は
考えた結果だとか
いや 主観的な像だとか
いや 心に残る印象だとか
いずれにしても
意見の一致は見込めない

会議に遅れれば 時間の観念がないといって罵られ
意見を変えないと 固定観念に縛られてといって批判され
こだわりを持てば それは強迫観念だと決めつけられる
いずれにしても 観念という言葉が出てくると ろくなことがない

金子大栄は1925年に出版した『浄土の観念』の内容が異安心とされ
1928年に大谷大学教授を辞任してしまう
1942年に復職したとはいえ
観念という言葉を使うと ろくなことはない

病気を前にして
僕は観念する
医者は正しい
僕は間違っている

Sammy Cahn

I fall in love too easily
I fall in love too fast
I fall in love too terribly hard
For love to ever last
My heart should be well schooled
‘Cause I’ve been folled in the past
But still I fall in love so easily
I fall in love too fast
My heart should be well schooled
‘Cause I’ve been folled in the past
But still I fall in love so easily
I fall in love too fast

Paul Krugman

… a point that receives far less attention than it should is the decline of immigration since Donald Trump came to office, which turned into a plunge with the coming of the pandemic:

Many immigrants are working age and highly motivated; their absence means that we shouldn’t have expected employment to maintain its old trend.

上法玄

都内は無数の防犯カメラが存在する。「今、まともな人間は都内で犯罪をしない。すれば防犯カメラ映像がもとになり必ず捕まるから」と豪語する警視庁の捜査員がいるくらいだ。

存在

偉いお坊さんが
それ自身で存在するという独立した不変の実体はない
という
すべての存在は無自性であり
空なのだそうだ

有名な物理学者が
属性を持つ実体なんてどこにもなくて
あらゆるものが関係でしかない
という
事物の総体には外側がなく
外側からの視点なんてない
ともいう

誰がなんと言おうとも
きみはそこにいる
僕もここにいる

Erden Miray Yazgan Yalkın

According to Nagarjuna Nirvana which was advised by Buddha as absolute Truth is sunyata (emptiness). Nagarjuna defends that for understanding of the subject sunyata (emptiness) first it must be make clear and comprehend that what sunya (being empty) is. As it was mentioned before one by one every being, even emptiness itself is empty. Here what means by empty is something not being in something, being empty concern of being non-exist. As stated in Nagarjuna, this thing which is not being exist in other thing itself is svabhava (substance). Shortly by Nagarjuna being empty be identified as not including substance in itself. In this direction Nagarjuna asserts in his MMK that non-of the beings have substances in themselves. In line with Nyaya doctrine svabhava is something that does not depend on anything or occur, non-changeable, nonconceptual, non-comprehensible, stable, ineffable something which does not contains any varieties. According to Nagarjuna just because of that it is not possible to say anything about its existency. So, no bhavas (beings) includes svabhavas. As Nagarjuna mentions, being empty does not mean non existency at all. Emptiness itself is the cause of interdepended existency. Nagarjuna says that every being does asset win in some determined relations between each other. In other way to put this, everything coarise contingently and dependently to eachother. These conditional situations do appear as qualities, reasons, results, and etc. Every being does come to being with some qualities and combined between each other.

Carlo Rovelli


 
Quantum mechanics extends this relativity in a radical way: all variable aspects of an object exist only in relation to other objects. It is only in interactions that nature draws the world.

Steven Johnson


 
Facts, however numerous, do not constitute a science. Like innumerable grains of sand on the sea shore, single facts appear isolated, useless, shapeless; it is only when compared, when arranged in their natural relations, when crystallized by the intellect, that they constitute the eternal truths of science.

大事なこと

「大事なこと」がある
考えなければと思う
実際に 多くの人たちが
「大事なこと」を考え始める

ところがいつも「何か」が起きる
「大事なこと」を考えるのは中断を余儀なくされ
「何か」によって
「大事なこと」は忘れ去られる

「何か」はいつも違う
地震や津波といった災害だったり
新型コロナウィルスのような感染症だったり
ウクライナのような紛争や戦争だったり
緊急度の高いことが 違う顔をしてやって来る

「何か」はとても大事
「大事なこと」よりも もっと大事
だから「大事なこと」は後回しにされ
誰も「大事なこと」を話さなくなる

あれっ? 
「大事なこと」ってなんだったっけ?
思い出せないということは
きっと大事でなかったんだな

朽木誠一郎

公的機関が推奨するにあたっては、その情報は複数の専門家が世界や国内のデータを検証した上で、その機関が責任を持って提言しているはずのものです。他の情報よりも信頼性は高いと言えるでしょう。
そして、その情報が修正されたときに、柔軟にそれを受け入れることが必要です。

アントニー・ビーヴァー

 1939年夏のノモンハン事件は、ユーラシア大陸の東と西とを最初に結びつけた戦いです。その後も、欧州の戦争と太平洋の戦争に絶大な影響を及ぼしました。そういった点から、第2次世界大戦の冒頭に位置づけるべき出来事だと言えます。
 ノモンハン事件は、規模としては主要な戦いとは言えません。しかしその影響は絶大でした。日本の大本営にシベリア方面を攻撃する【北進政策】をあきらめさせ、主に海軍が主張する石油の供給を狙った【南進政策】へとかじを切らせる主要因となることで、欧州戦線の分岐点となった独ソ戦の行方も左右したからです。それが、ノモンハン事件から書き始めることが重要と考える理由です。
 ノモンハンで日本軍が受けた打撃は、日本に南進への傾斜という作用を及ぼしました。つまり大陸にいた日本軍はソ連の極東地区を攻撃しないということです。一方、スターリンはヒトラーの軍勢がモスクワに迫ってきている41年秋、その確証を欲したのです。それを知らせたスパイ、リヒャルト・ゾルゲらの情報によって、スターリンは41年10月からの【モスクワ攻防戦】で、ドイツに反撃するためにシベリアの師団を大量に西進させる判断が可能となりました。
 日ソ中立条約を結んでいたとはいえ、スターリンには日本が攻めてこないという確たる保証が必要でした。それ故、ゾルゲが送った情報は重要と考えられます。ただ、スターリンはゾルゲを完全には信用しておらず、日本軍の通信を傍受して得られる情報をより、信頼していました。

日野百草

「欧米も日本も、世界の多くがロシアに対して制裁を実施しましたが、商売的には損を覚悟の正義です。ロシアの資源を中心に欧米はロシア経済に依存していた。それをごっそり中国が手に入れる、実際、中国系商社はEU諸国が手を引いた分野で活発に取り引きしています」
 日本が中国に貿易戦争で負け続け、いわゆる「買い負け」を繰り返して久しいが、中国は世界中の資源を、食料を買い漁っている。主要穀物の大半は、まず中国との交渉になっている。理由は簡単で金だ。高く買ってくれる国に売る、高く買うほうが「買い勝つ」、ごくシンプルな貿易戦争の構図である。
 。。。資源がないために苦しんできた日本、金がなければ誰も救けてくれないかもしれないし、先の大戦で大いに味わった禍根でもある。まして地震などの自然災害も頻繁で、火力発電所の一部停止を理由に3月22日に東京電力として初の「電力逼迫警報」を発令した。資源を他人頼みの日本のエネルギー政策など砂上の楼閣である。実際の戦争と同様に、経済もまた戦争である。筆者も友人のいるウクライナの勝利を願うが、日本が経済的に負けては話にならない。
「資源のある国や食料自給率の高い国はいいんですよ、しばらくは自国でなんとかできる。ロシアだって旧ソ連時代レベルの経済に戻ったって天然資源も食料もあります。国民も貧乏に慣れてるでしょうし。でも日本はあんな制裁を受けたら一瞬で崩壊するでしょうね」
 日本のエネルギーに対する対外依存は戦前とほぼ変わらない。むしろあの当時以上にエネルギー資源を常に確保しなければ日本そのものが終わるほどに、国民生活も含め対外依存は大きくなっている。食料などまさにそれで。
「そうですね。私は食料が専門ですが、たとえば中国はとくに牛肉と小麦が欲しい。以前牛肉の話はしたと思いますが、どんだけ小麦が欲しいんだってくらい、これまでも買い漁ってましたからね」
 。。。まさに世界食料争奪戦、戦争の裏で戦争をしている。国際経済は究極のリアリズムだ。そして日本は小国ウクライナが大国ロシアと戦争しているのと同様に、いやそれ以上の超大国、中国とその戦争を経済でしている。激安賛美、客の神格化、円安政策が中国につけこまれている。経済戦争の敗北は後から気づくもの、負ける過程では気づきづらいだけに恐ろしい。

Piero Marchetti, Marco Bugliani, Vincenzo De Tata, Mara Suleiman, Lorella Marselli

The pancreatic beta cells are endocrine cells that synthetize, store, and release insulin, the anti-hyperglycemic hormone that antagonizes glucagon, growth hormone, glucocorticosteroids, epinephrine, and other hyperglycemic hormones, to maintain circulating glucose concentrations within a narrow physiologic range. Beta cells have an average diameter of 10 μm, contain about 20 pg insulin per cell, and are the predominant cell type in the pancreatic islets (50–80% of all islet endocrine cells). In the human pancreas, beta cell mass has been reported to vary from 0.6 to 2.1 g, and the amount of insulin in the gland has been observed to range from 50 to 250 ug/g. In an adult human being, beta cells release ~30–70 U insulin per day (mainly depending on body weight), half of which is secreted after meals and the rest under basal conditions. The release of this hormone is regulated by a complex network of many different triggering, potentiating or inhibiting signals, which allows the supply of the hormone in amount, kinetics and adaptability to match the minute-by-minute variable needs of the body.

Umesh Masharani, Michael S, German

The prevalence of obesity varies among different racial groups. While obesity is apparent in no more than 30% of Chinese and Japanese patients with type 2 diabetes, it is present in 60–80% of North Americans, Europeans, or Africans with type 2 diabetes and approaches 100% of type 2 patients among Pima Indians or Pacific Islanders from Nauru or Samoa. Patients with type 2 diabetes have an insensitivity to endogenous insulin that is correlated with the presence of a predominantly abdominal distribution of fat, producing an abnormally high waist to hip ratio. In addition, distended adipocytes and overnourished liver and muscle cells may also resist the deposition of additional glycogen and triglycerides in their storage depots.

どうしたら

あれほど騒いだ新型コロナウイルス感染症も
2年以上経って 27,373人しか殺さなかった
0.02% つまり5,000人にひとりという数だ

医学の進歩はめざましく
結核の死亡者数は減り
癌の死亡者数も減り
どんな病気も治ってしまう日がやってきた
Hepatitis B virus (HBV) を持っていても 死なないし
たとえ肝炎になっても 治ってしまう

医学の基本が「死なないことはいいことだ」なら
これは医学の勝利だけれど
「人は死ぬ」という現実の前では
医学の完全な勝利は ありえはしない

臓器という臓器がボロボロになって
人は 死んでゆく
すると医学が
臓器という臓器をピカピカにして
人を 死なないようにする

交通事故は減り続け
殺人事件も減り続け
私はいったいどうやって死ぬのか
どうしたら死ぬことができるのか

戦争のなかで 人は生きようとする
災害があっても 人は生きようとする
でも 誰も死なないところにいて
人は生きようとするだろうか

つらいのはイヤだからといって
麻薬で気持ちよくなって死ぬのだろうか
こんな社会はイヤだといって
山の中に行って死ぬのだろうか

血圧の数値や血糖の数値に一喜一憂して
病院のベッドの上で死ぬのだけは
どうにかして避けなければ

僕が死ぬときに 君はそばにいるのだろうか
君が死ぬときに 僕はそばにいるのだろうか

坂根直樹

人間の身体の2割前後は、脂肪でできています。例えば、体重70kgで体脂肪率20%の人なら、体脂肪量は14kgあるという計算になります。その中で大半を占めるのが、皮下にある皮下脂肪です。一方の内臓脂肪は、肝臓などの周りにべったりとついているようなイメージがありますが、実際は胃や腸の周りにある大網脂肪や腸間膜脂肪がその代表です。女性は皮下脂肪が多く、男性は内臓脂肪がつきやすいことがわかっています。
生活習慣病と強く関連しているのは「内臓脂肪」です。内臓脂肪は、皮下脂肪に比べて1個の脂肪細胞の大きさが小さく、代謝活性が高いことがわかっています。胃や腸と直結しているために、門脈を通じて肝臓に糖分や遊離脂肪酸などのエネルギーを送ることができるので、エネルギーの出し入れがしやすいのです。 そのため、内臓脂肪は食べ過ぎによって増えやすくなっています。食事を制限した場合はその逆で、まず内臓脂肪から消費されます。預金に例えると、内臓脂肪=普通預金、皮下脂肪=定期預金ということになります。

大波小波

 せっかく自由に空を飛べるようになったのに、運悪く蜘蛛の巣に捕らえられてしまった蝶の抱く希望の大きさ。これを韓国では「恨」と呼ぶ。李御寧は『恨の文化論』のなかで、それが日本語でいう怨恨とは異なると説いた。
 韓国の偉大な比較文化学者が二月末に亡くなった。享年八十八。梨花女子大で長く教鞭をとり、初代文化相として日本映画解禁に尽力した人だった。
 韓国では従来、欧米文化は拝跪しても、日本文化はまなぶことなしとみなす傾向が強かった。李はそれに異を唱え、『「縮み」志向の日本人』で日本の独自性を唱えた。
 折りたたむ。削り取る。詰める。構える。凝縮する。これが日本文化の基本だ。漢字から仮名を作り、折詰弁当を考案する。長大な仏典をわずか七文字の念仏に凝縮し、茶室をどんどん狭くする。能楽では簡素の美を説き、家紋や半纏の屋号など、極小にして重宝なものを活用する。縮んだものは濃度を増して強靭となり、いっそう美しく輝く。これが李の論旨である。
 まさに炯眼であるが、反日文化論が流行していた一九七〇年代、かかる知日の説を唱えるには相当の勇気が必要だったはずだ。故人の冥福を祈りたい。

清少納言

 うつくしきもの。瓜にかぎたるちごの顔。雀の子の、ねず鳴きするに踊り来る。二つ三つばかりなるちごの、急ぎてはひくる道に、いと小さきちりのありけるを目ざとに見つけて、いとをかしげなる指にとらへて、大人などに見せたる。いとうつくし。頭は尼そぎなるちごの、目に髪のおほへるをかきはやらで、うちかたぶきてものなど見たるも、うつくし。おほきにはあらぬ殿上童の、装束きたてられてありくもうつくし。をかしげなるちごの、あからさまにいだきて遊ばしうつくしむほどに、かいつきて寝たる、いとらうたし。雛の調度。蓮の浮葉のいとちひさきを、池より取りあげたる。葵のいとちひさき。なにもなにも、ちひさきものはみなうつくし。
 いみじう白く肥えたるちごの二つばかりなるが、二藍の薄物など、衣長にてたすき結ひたるがはひ出でたるも、また短きが袖がちなる着てありくもみなうつくし。八つ、九つ、十ばかりなどの男児の、声はをさなげにて書読みたる、いとうつくし。
 にはとりのひなの、足高に、白うをかしげに、衣短なるさまして、ひよひよとかしかましう鳴きて、人のしりさきに立ちてありくもをかし。また親の、ともに連れて立ちて走るも、みなうつくし。雁の子。瑠璃の壺。

David H. Freedman

That’s where the third-party possibilities get interesting. If the Democrats do go with a progressive, and if Trump or someone in his mold is the Republican candidate, voters will face one of the starkest electoral choices in American history: lurch further to the left than the nation has ever gone before, or further to the right.
Evidence suggests that most voters aren’t interested in either option, nor in the continuing cycles of outrage and conflict either of these extremes would likely entail. “The two major parties are more extreme than ever before,” says David Shor, head of data science with progressive nonprofit OpenLabs and a leading Democratic polling analyst. “At the same time, the percentage of people dissatisfied with the system is larger than ever.”

多様化しない社会

ディジタル・テクノロジーは 0 か 1 かを迫る
社会には 白か黒かという短絡的な嗜好がまん延する
なにも無いか すべてかというように
どんなことについても はっきりとした選択が求められる
ディジタル・テクノロジーが 進化した社会では
どんな立場の人も 先鋭化する
政治的に右翼の人はは極右に振れ
左翼の人は極左に振れる
グレイは許されず 白か黒かを選ばされ
半分はダメで 0 か 1 しか選択肢がない
あいまいな立場が許されることはなく
あちらか こちらを選ばなければならない
保守的な新聞社のなかには 保守的な意見の人たちが集まり
リベラルな意見を認めようとしない
リベラルな新聞社のなかには リベラルな意見の人たちが集まり
保守的な意見を認めようとしない
ひとつの新聞社のなかに いろいろな意見があったほうがいいのに
違う意見は 排除され 淘汰されてしまう
そうこうするうちに意見は簡単に割れ
このことについては賛成で
あのことについては反対というように
繋がりは容易く断ち切られてしまう
内心では誰とも共鳴していないのに
違うことを怖れるあまり 他人の顔色をうかがう
疑心暗鬼の強い人は 裏切りや攻撃を恐れ
社交的でない人は 人間関係で孤立する
感情が制御がうまくなければ 人間関係がうまくいかず
注目を集めるのが好きな人は 傲慢な態度を取りがちだ
他人からの拒絶や失敗を恐れ 選択や決定を他者に任せ
秩序に従い ルールを守ろうとする
私たちはみんな ディジタル・テクノロジーのせいで
壊れてしまった
誰とも共鳴できず 感動を分かち合うこともなく
どんなすばらしい景色を前にしても
ひとりでそれを眺めている
そんな人ばかりの社会で
隣にいる君が微笑む
僕も明るく微笑む
陽が暮れてゆく

Bari Weiss

There are tens of millions of Americans who aren’t on the hard left or the hard right who feel that the world has gone mad. Science is at the mercy of politics. Identity trumps ideas. In the name of progress, art is erased and history is rewritten. Obvious truths are dangerous to say out loud.
This newsletter is for those people.
It’s for people who want to understand the world as it is, not the world as some wish it to be. It’s for people who seek the truth rather than the comfort of a team or a tribe. It’s for people who prefer to think for themselves.

五木寛之

 ひょっとすると、少年時代にとんでもない価値大逆転の時代を通過した体験と、いまの私の暮らしぶりのいいかげんさとは、無関係ではないのかもしれません。自分ひとり何をどうがんばろうと、大きな社会の変動や時代のうねりの前には、ほとんど無力なのだ、と、体のどこか深いところで感じているようなのです。
 だめなものはだめ、できないことはできない。個人の努力も善意も、むくわれないときはむくわれない。いや、むしろそのほうが多いのが人間の世界である、と、心の底でひそかに思っているのです。
 正直者がばかをみる、という言葉を聞いて、十代のころ思わずびっくりしたものです。なんだって? これまで正直者がばかをみなかった時代なんて、一度でもあったんだろうか。いまごろ何を言っているのか、と素直に驚いたからです。
 それを、ただ、ひねくれた少年の歪んだ考え、と切り捨ててしまいたくない気持ちが、いまでも私の中にはあります。
 正直者がばかをみるのは当たり前だ、と信じこんでいればこそ、私はこれまでに何度も全身全霊で感動できる、めったにない出来事を体験することがあったのです。
 世の中には、正直者がばかをみないことも、ごくまれにはあるのです。それは事実です。私はこれまでに何度もそういう例を見てきました。そして本当に心の底から感動したものです。
 努力がむくわれることもまた、まれにあります。めったにないことだが、絶対にあります。努力がむなしいなどとは決して思いません。しかし、それはこの世の中で、ごくごくまれな、大げさに言えば奇跡のような事件としてあるのであって、それ以上ではないのです。
 露骨に言ってしまえば、正直者はおおむねばかをみます。努力はほとんどむくわれることはありません。

河和田の唯円

 善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや。
しかるを世の人つねにいわく、
「悪人なお往生す、いかにいわんや善人をや」。
この条、一旦そのいわれあるに似たれども、本願他力の意趣に背けり。
 そのゆえは、自力作善の人は、ひとえに他力をたのむ心欠けたる間、弥陀の本願にあらず。
しかれども、自力の心をひるがえして、他力をたのみたてまつれば、真実報土の往生を遂ぐるなり。
 煩悩具足の我らはいずれの行にても生死を離るることあるべからざるを憐れみたまいて願をおこしたまう本意、悪人成仏のためなれば、他力をたのみたてまつる悪人、もっとも往生の正因なり。
 よって善人だにこそ往生すれ、まして悪人は、と仰せ候いき。

ウィキペディア

ダーティハリー症候群(Dirty Harry syndrome)は、緊張状態にある新人警察官が、自らを逞しく見せようとするあまり過度の暴力をふるってしまうことを指す俗語。以前は、ジョゼフ・ウォンボーによるワイアット・アープ症候群(Wyatt Earp syndrome)という名称が多く使われていた。
現実社会において、正義の執行者を自任し、「悪党に生きている資格はない」という判断、正義感によって、目の前の現行犯人をたとえ微罪でも射殺し、「逮捕に抵抗するからだ」と正当化してしまう。『ダーティハリー』はアメリカ映画のタイトルであり、「主人公ハリー・キャラハンが正義の名のもとに犯罪者を自ら次々と処刑してゆく」という映画の間違った印象にちなんで、この名で呼ばれるようになった。この映画の2作目では実際に症候群に侵された登場人物との対決が見られる。

中野信子

人の脳は、裏切り者や社会のルールから外れた人といった、わかりやすい攻撃対象を見つけ、罰することに快感を覚えるようにできています。他人に「正義の制裁」を加えると、脳の快楽中枢が刺激され、快楽物質である「ドーパミン」が放出されます。この快楽にはまってしまうと簡単には抜け出せなくなってしまい、罰する対象をつねに探し求め、決して人を許せないようになるのです。
こうした状態を、私は正義に溺れてしまった中毒状態、いわば「正義中毒」と呼ぼうと思います。この構造は、いわゆる「依存症」とほとんど同じだからです。有名人の不倫スキャンダルが報じられるたびに、「そんなことをするなんて許せない」とたたきまくり、不適切な動画が投稿されると、対象者が一般人であっても、本人やその家族の個人情報までインターネット上にさらしてしまう。企業の広告が気に入らないと、その商品とは関係のないところまで粗探しをして、あげつらう……。
「間違ったことが許せない」
「間違っている人を、徹底的に罰しなければならない」
「私は正しく相手が間違っているのだから、どんなひどい言葉をぶつけても構わない」
このような思考パターンがひとたび生じると止められなくなる状態は、恐ろしいものです。

電源喪失

発電所や原子力施設、変電所、電力システムへのハッキングは2009年のイランのケースに始まり、2012年のイギリスや、2015年・2016年のウクライナ、2019年のロシアなどで実際に行われてきた。
2019年のロシアのケースを調べていてわかったのだが、アメリカをはじめとする各国政府のハッカーたちは、国とその利益を保護するために秘密の軍事活動を実行することが許可されていて、好き勝手にハッキングしている。
進化は止まらず、電力網のあちらこちらにある保護リレー(protection relays)のような安全装置(safety devices)を狙ったハッキングにより、発電所をハッキングすることなく電力供給をズタズタにできる能力を磨いている。
非常用の電源をも狙うことのできるハッキングプログラムなんていうものもあって、電力供給を断つのはもうそう難しいことではない。電力供給が断たれると、電話やインターネット、テレビとった連絡・通信手段がなくなり、社会が機能しなくなる。「人が傷つかない攻撃は、どんな攻撃より効果がある」というレポートがたくさん出ている。
福島の原子力発電所で起きた電源喪失が日本のすべての場所で起きるということを想定して準備をすることが大事だと思うのだが、そんなことを言っても誰からも相手にされない。そして、そんなサイバーハッキングを受けたら、きっとすべてのことが「想定外」で済まされるのだろう。
私たちの社会の脆弱性は、もう誰も考えたくないレベルにまで高まってしまっているのではないか。地震・津波・噴火などの自然災害よりもっとずっと恐ろしい人災を忘れてはいけないのではないか。そんなふうに考えるのは、考えすぎだろうか? 
自然のすることより、人間がすることのほうが、ずっと恐ろしい。こころからそう思う。

Jamelle Bouie

A month before he arrived in Philadelphia as one of 55 delegates to a convention called to amend the Articles of Confederation, James Madison — then a 36-year-old representative to the Congress of the Confederation from Virginia — wrote a detailed critique of the existing American government, homing in on what he thought was its most glaring weakness: the states themselves.
His “vices of the political system of the United States” included the “failure of states to comply with the constitutional requisitions” (meaning they refused to contribute to the general fund), the “encroachments by the states on the federal authority” (“examples of this are numerous, and repetitions may be foreseen in almost every case where any favorite object of a state shall present a temptation”), “trespasses on the states on the rights of each other” and “want of concern in matters where common interest requires it.”
“How much has the national dignity, interest and revenue suffered from this cause?” Madison asked. “Instances of inferior moment are the want of uniformity in the laws concerning naturalization and literary property; of provision for national seminaries, for grants of incorporation for national purposes, for canals and other works of general utility, which may at present be defeated by the perverseness of particular states whose concurrence is necessary.”

本の劣化

紙でできている本は劣化する
きれいな状態で保管したいと思っても
気がつけば劣化している
木に含まれている成分のせいで
変色したり退色したりする
製造工程で使われる薬剤のせいで
紙がもろくなって破れたりもする

光が当たれば劣化して
温度や湿度の変化で劣化する
空気に触れれば劣化して
カビとか虫とかで劣化する
そしてなによりも
人が触れることで劣化する

本屋の本も 図書館の本も
君の本も 僕の本も
まるで生きもののように
最後は朽ちて果てる

Ilaria Grasso Macola

In June 2019, the New York Times reported that the US launched cyberattacks into the Russian power grid.
According to the newspaper, US military hackers used American computer code to target the grid as a response to the Kremlin’s disinformation campaign, hacking attempts during the 2018 midterm elections and suspicions of Russia hacking the energy sector.
The story was condemned by President Trump, who said it was fake news, and experts, while the Kremlin said it was a possibility.
According to the 2018 National Defence Authorisation Act, government hackers are permitted to carry out “clandestine military activities” to protect the country and its interests.

外山滋比古

われわれはどれほど対象のあるがままを正しく理解しようとしても、なお、個人的偏差、色づけを免れることはできない。“誤解”のない理解はない。いわゆる誤解となるか、いわゆるおもしろい解釈となるかは、質的差異ではなく、程度の差に過ぎないのである。

成毛眞

最悪の事態を想定しながら未来を描いておけば、あなたの人生はそれよりも悪くなることはない。そして、そのシミュレーションができていれば、あなた個人に待ち受ける未来は、何も知らずにいたときの景色とは違ってくるはずだ。

今、これを読んでいるあなたは、国を忘れて、これからの時代をどうやって生き残るのかをまず考えるべきだ。どうすれば幸せな人生を送れるかに全エネルギーを注ぐのをオススメする。

生き残るためには、幸せになるためには環境に適応しなければならない。生き残るのは優秀な人ではなく、環境に適応した人であることは歴史が証明している。

環境に適応するには環境を知ることが不可欠だ。人間は想像力を超えた現実には太刀打ちできない。最悪の事態が想定できていれば右往左往することはない。

mui Lab

「自然」を疎外しないことが必要だと思います。人と情報環境のかかわり方だけを考えると、『Hyper Reality』のような世界像に行き着くでしょう。しかし人間は本来、自然の一部なので、こうした世界観はアプリの一部以上にはなり得ないのではないでしょうか。わたしたちは自然と人、情報が調和している状態を理想としています。ミラーワールドをつくるのも人間なので、自然と人、情報の関係性を考え続けていくことが重要でしょう。
そもそもコンピュータが出している情報だけレンダリングしても、まったく足りないんです。人間の心の動きに影響を与えるものとしては、景色、情景や人々の営みなどのほうが、圧倒的に情報量が多い。現代の情報技術は、まだまだ表面的な情報しかレンダリングできていません。今後さらに技術が発展し、取得できる情報量が増えていったとき、生活と情報、機械と自然が調和した新しい産業を生み出していく必要があります。

Alex Pentland, John Werner, Chris Bishop

Blockchain, at its most basic, allows humans to reach consensus on a shared digital history without a middleman. AI allows humans to find answers in vast amounts of data more efficiently than ever before. Together they can provide robust business and government processes that are both trustworthy and transparent, rather than trying to manage a hodgepodge of loosely connected entities and processes that were created through historical accident. The implications for society and business are huge.
Today, we see blockchain and AI poised to provide a solution for a set of very real 21st century challenges: the deluge of Big Data, the growth of the IoT, increasing automation and robotics deployment, use of the cloud, various threats to cybersecurity, mobile computing, and the growth of cryptoassets. We have now arrived at a seminal moment where blockchain and AI are the right tools to help humans address these challenges and in fact, take advantage of this next supercycle by providing both transparency and powerful analytics.

山本有三


日一日と統制の強化されつつある今日の時代では、それをそのまま書こうとすると、特に―これらの部分においては、不幸な事態を引き起こしやすいのです。その不幸を避けようとして、いわゆる時代の線にそうように書こうとすれば、いきおい、私は途中から筆を曲げなければなりません。けれども、筆を曲げて書く勇気は私にはありません。

人は死ぬ

日本では 人は 1日に4000人近く死ぬ
1週間で3万人近く
1か月で12万人
1年で140万人以上が死んでいる

そんななか
新型コロナウィルスが原因で
1か月で1000人 死んだりすると
交通事故で死ぬ人より多いといって
ニュースになる
新型コロナウィルス以外の感染症で
もっと多くの人たちが死んでいるのに
新型コロナウィルスだけが大騒ぎになる

自殺者のほうがもっと多くって
統計に載る人だけでも年に2万人以上
風呂場で死ぬ人も多くって
年に2万人近く死んでいる

癌で1日に1000人以上死んでも
何も言わない人たちが
新型コロナウィルスで1日に30人死んだといって
怯えていたりする

新型コロナウィルスよりも怖いのは
間違いなく人だ
軍人や犯罪者でなくても
社会の中で人が人を追い詰め
新型コロナウィルスよりもずっと多く
人を殺す