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国は国民の命までは守ってくれない。それなのに、ばくぜんと国(政府)を信頼してしまうのはなぜだろう。たしかに、わたしたちは国や地方に対して税金を払っている。だからといって、個人の命の面倒までみてもらえると考えるのは、都合よく考えすぎではないか。
わたしたちは税金を納めることで、日本で暮らすことを許されている。飲用水や食料も確保でき、道路整備や治安維持も他国と比べて優秀だ。おそらく世界でもトップクラスの生活水準であろう。これらはすべて、税金を納めてくれた「国民」のために提供された「サービス」である。
国は、「国民」のために税金をつかい、日本という国を「デザイン」しているというわけだ。そして、税金を納めている「個人」には、国が提供するサービスを受ける権利が与えられている。いずれのサービスも、個人の自由意志で受けることができる。
「道路は使っていいけど、どの道で目的地に行くのかは個人の自由」ということだ。
「国民」の生活は、国が保障してくれる。しかし、「個人」の命は自己責任で守るしかない。誰でも1日は24時間と決まっているのだ。その時間を何に使うのかは、個人の意思にゆだねられている。その責任を実感することが、安易な行動への抑止力となるはずだ。