Category Archives: story

ロ・ギワンに会った(チョ・ヘジン)

他者の苦しみは実態が見えず、察することしかできないため、つねに何かが欠けている。

彼は希望を育む術と地の果てまで絶望する術を同時に鍛えなければならなかった。

命がけで国境を越え、最愛の人を失い、生きるためだけに見知らぬ国へと流れ着いたここまでの道のり。それが何の意味もなかったことを受けいれなければならない、氷のように冷たい時間。彼は、懐かしさだけで故郷を思い出す甘い時間は、自分には今後いっさい訪れないだろうと悟った。

生きるために生きてきただけなのに、故郷を離れて以来ずっと追われ、隠れ続けなければならない犯罪者となり、時には一人の人間として守り通したかったものまで根こそぎ奪われた理不尽な日々。

門(夏目漱石)

自分は門を開けて貰いに来た。けれども門番は扉の向側にいて、敲いてもついに顔さえ出してくれなかった。ただ、
「敲いても駄目だ。独りで開けて入れ」と云う声が聞えただけであった。彼はどうしたらこの門の閂を開ける事ができるかを考えた。そうしてその手段と方法を明らかに頭の中で拵えた。けれどもそれを実地に開ける力は、少しも養成する事ができなかった。したがって自分の立っている場所は、この問題を考えない昔と毫も異なるところがなかった。彼は依然として無能無力に鎖ざされた扉の前に取り残された。彼は平生自分の分別を便に生きて来た。その分別が今は彼に祟ったのを口惜く思った。そうして始から取捨も商量も容れない愚なものの一徹一図を羨んだ。もしくは信念に篤い善男善女の、知慧も忘れ思議も浮ばぬ精進の程度を崇高と仰いだ。彼自身は長く門外に佇立むべき運命をもって生れて来たものらしかった。それは是非もなかった。けれども、どうせ通れない門なら、わざわざそこまで辿りつくのが矛盾であった。彼は後を顧みた。そうしてとうていまた元の路へ引き返す勇気を有たなかった。彼は前を眺めた。前には堅固な扉がいつまでも展望を遮ぎっていた。彼は門を通る人ではなかった。また門を通らないで済む人でもなかった。要するに、彼は門の下に立ち竦んで、日の暮れるのを待つべき不幸な人であった。

Momo (Michael Ende)

Life holds one great but quite commonplace mystery. Though shared by each of us and known to all, seldom rates a second thought. That mystery, which most of us take for granted and never think twice about, is time.
Calendars and clocks exist to measure time, but that signifies little because we all know that an hour can seem as eternity or pass in a flash, according to how we spend it.
Time is life itself, and life resides in the human heart.

チベット旅行記(河口慧海)

 図らざりき、私がネパールにおいて最大有力なる知己を得んとは。これまた仏陀の妙助であると感謝しました。その翌三月十日頃までは書物はこの国の図書館長が買い集めてくれますから、私は別段用事もない。それかといって余りあちこち見に歩くのも疑いを受ける種を蒔くようなものですから、殊更に司令長官に願いを出して龍樹ヶ岳に登ることを許された。龍樹ヶ岳の光景は詳しく言う必要はない。ここは龍樹菩薩の修行地また釈迦牟尼如来が因位の説法をせられた所でありまして、その説法せられた山の頂上には小さな卒塔婆が立ってあり、そこから三里ばかり降りますと龍樹菩薩の坐禅せられた窟があり、この窟で大乗仏教の妙理を観察せられたのであります。また古来の伝説に龍樹菩薩が龍宮に降って大般若の妙典を得て来たという穴はやはり岩で蓋がしてある。其穴は巌窟の少し東の山間にあるので、即ち尸棄仏陀の塔の横に在る家の中に在るのですが、この穴は十二年に一遍ずつしか開けられない。
 そもそも龍樹菩薩は大般若経の妙理について、如来の説かれた小さな原本によってその説を敷衍するためこの窟に坐禅せられたので、その坐禅の有様を形容して龍宮に入ったというのか、あるいはまたその外に宗教上不可知的の真理があって坐禅の上であるいは他の世界の仏典を得て来たのか、これは未定の問題でありますけれども、大乗は釈迦牟尼如来の説かれたものであるということはチベット語にて伝わって居る龍樹菩薩の伝記によっても分ることであります。
 で龍樹ヶ岳から帰りましてその夜は龍樹ヶ岳に登るの賦を作り、それから真妙純愛観ならびに雪山にて亡き父を弔い、在せる母を懐うというような歌を作るのを仕事にして三月十日頃まで過ごしました。こういう事でもしなければ外にどうもしてみようがない。地理や何かの取調べをすれば直に疑いを受けます。私は何も疑いを起されてまでその国情を取調べにゃあならぬという必要はないから、まあ自分の好きな仕事をして居りました。

侘助椿(薄田泣菫)

「この花には捨てがたい侘があるから。」
かういつて、同じ季節の草木のなかから侘助椿を選んで、草庵の茶の花とした茶人の感覚は、確かに人並すぐれて細かなところがあつた。壁と障子とに仕切られた四畳半の小さな室は、茶人がその簡素な趣味生活の享楽を一盌の茶とともに飽喫しようとするには、努めて壁と障子との一重外に限りもなく拡がつてゐる大きな世間といふものを忘れて、すべて幻想と聯想とを、しつかりとこの小天地の別箇の生活のうちに繋いでゐなければならぬ。
 それには生活の方式がある。その方式といふのは、長い間かかつて磨かれた簡素な象徴的なもので、例へば、釜の蓋の置き場所から、茶杓の柄の持ち方に到るまで、きちんと方式が定まつてゐて、それを定められた通りに再現することによつて、方式それみづからの持つ不思議な力は、壺のやうに小さな茶室に有り余るほどゆつたりとした余裕と沈静とを与へ、そこにゐる主客いづれもの気持に律動と諧調とを生みつけ、また日ごとにめまぐるしくなりゆく現実の生活とは異つた、閑寂と侘とのひそやかな世界を皆のうちに創造しようとする。
 そのひそやかな世界では、床の間に懸つた古い禅僧の法語の軸物、あられ釜、古渡りの茶入、楽茶盌、茶杓、――といつたやうな道具が、まるで魔法使の家の小さな動物たちが、主人の老女の持つ銀色の指揮杖の動くがままに跳ねたり躍つたりするやうに、それぞれの用に役立ちながら、みんな一緒になつて茶室になくてはならない、大切な雰囲気をそこに造り上げようとする。大切な雰囲気とはいふまでもなく、閑寂と侘とのそれである。
 むかし、小堀孤蓬庵が愛玩したといふ古瀬戸の茶入「伊予簾」を、その子の権十郎が見て、
 「その形、たとへば編笠といふものに似て、物ふりてわびし。それ故に古歌をもつて、
    あふことはまばらにあめる伊予簾
       いよいよ我をわびさするかな
 我おろかなるながめにも、これをおもふに忽然としてわびしき姿あり。また寂莫たり」
といつたのも、その茶入が見るから閑寂な侘しい気持を、煙のやうに人の心に吹き込まないではおかなかつたのを嘆賞したものなのだ。
 もしか茶室の雰囲気に少しでももの足りなく感じたら、そんな場合には何をおいても床の間の抛入の侘助の花を見ることだ。自然がその内ぶところに秘めてゐる孤独感が、をりからの朝寒夜寒に凝り固まつて咲いたらしい、この花の持味は、自然の使者として、その閑寂と侘心とを草庵にもたらすのに充分なものがあらう。
 私は暗くなつた室でこんなことを思つてゐた。椿の花は小さく灰色にうるんで、闇の中に浮き残つてゐた。

おもかさま(石牟礼道子)

 「蓮の花はな」
 ものやさしい声でおもかさまが言っている。めずらしいことに家族の会話にはいってきたのだ。
 亀太郎がはっと座り直した。
 「あい、蓮の花はな」
 全員が耳を集中した。
 「蓮の花は、あかつきの、最初の光にひらくとばえ。音立てて」
 「音立てて、でござりやすか」
 「菩薩さまのおらいますような音さてて、花びらが一枚ずつひらく」
 「花びらが一枚ずつ」
 「一枚ずつ、中に菩薩さまがおらいます」
 白象に乗った菩薩さまの絵が床の間にあった。父が時おり、おもかさまは「常の人とはちがう」といって敬うことがこの時わかった気がした。

五重塔(幸田露伴)

 去る日の暴風雨は我ら生まれてから以来第一の騒ぎなりしと、常は何事に逢うても二十年前三十年前にありし例をひき出して古きを大げさに、新しきをわけもなく云い消す気質の老人さえ、真底我折って噂し合えば、まして天変地異をおもしろずくで談話の種子にするようの剽軽な若い人は分別もなく、後腹の疾まぬを幸い、どこの火の見が壊れたりかしこの二階が吹き飛ばされたりと、他の憂い災難をわが茶受けとし、醜態を見よ馬鹿欲から芝居の金主して何某め痛い目に逢うたるなるべし、さても笑止あの小屋の潰れ方はよ、また日ごろより小面憎かりし横町の生花の宗匠が二階、お神楽だけのことはありしも気味よし、それよりは江戸で一二といわるる大寺の脆く倒れたも仔細こそあれ、実は檀徒から多分の寄附金集めながら役僧の私曲、受負師の手品、そこにはそこのありし由、察するに本堂のあの太い柱も桶でがなあったろうなんどとさまざまの沙汰に及びけるが、いずれも感応寺生雲塔の釘一本ゆるまず板一枚剥がれざりしには舌を巻きて讃歎し、いや彼塔を作った十兵衛というはなんとえらいものではござらぬか、あの塔倒れたら生きてはいぬ覚悟であったそうな、すでのことに鑿啣んで十六間真逆しまに飛ぶところ、欄干をこう踏み、風雨を睨んであれほどの大揉めの中にじっと構えていたというが、その一念でも破壊るまい、風の神も大方血眼で睨まれては遠慮が出たであろうか、甚五郎このかたの名人じゃ真の棟梁じゃ、浅草のも芝のもそれぞれ損じのあったに一寸一分歪みもせず退りもせぬとはよう造ったことの。いやそれについて話しのある、その十兵衛という男の親分がまた滅法えらいもので、もしもちとなり破壊れでもしたら同職の恥辱知合いの面汚し、汝はそれでも生きて居らりょうかと、とても再び鉄槌も手斧も握ることのできぬほど引っ叱って、武士で云わば詰腹同様の目に逢わしょうと、ぐるぐるぐる大雨を浴びながら塔の周囲を巡っていたそうな。いやいや、それは間違い、親分ではない商売上敵じゃそうな、と我れ知り顔に語り伝えぬ。
 暴風雨のために準備狂いし落成式もいよいよ済みし日、上人わざわざ源太を召びたまいて十兵衛とともに塔に上られ、心あって雛僧に持たせられしお筆に墨汁したたか含ませ、我この塔に銘じて得させん、十兵衛も見よ源太も見よと宣いつつ、江都の住人十兵衛これを造り川越源太郎これを成す、年月日とぞ筆太に記しおわられ、満面に笑みを湛えて振り顧りたまえば、両人ともに言葉なくただ平伏して拝謝みけるが、それより宝塔長えに天に聳えて、西より瞻れば飛檐ある時素月を吐き、東より望めば勾欄夕べに紅日を呑んで、百有余年の今になるまで、譚は活きて遺りける。

The Book of Disquiet (Fernando Pessoa)

I’ve always rejected being understood. To be understood is to prostitute oneself. I prefer to be taken seriously for what I’m not, remaining humanly unknown, with naturalness and all due respect.

I suffer from life and from other people. I can’t look at reality face to face. Even the sun discourages and depresses me. Only at night and all alone, withdrawn, forgotten and lost, with no connection to anything real or useful — only then do I find myself and feel comforted.

I’ve never done anything but dream. This, and this alone, has been the meaning of my life. My only real concern has been my inner life.

Everything around me is evaporating. My whole life, my memories, my imagination and its contents, my personality – it’s all evaporating. I continuously feel that I was someone else, that I felt something else, that I thought something else. What I’m attending here is a show with another set. And the show I’m attending is myself.

We never love anyone. What we love is the idea we have of someone. It’s our own concept—our own selves—that we love.

My past is everything I failed to be.

Literature is the most agreeable way of ignoring life.

山田詠美の表現抑圧への怒り(伊藤氏貴)

(山田詠美が書いた小説の主人公が)わざわざブログに毎回「私個人の」と断り書きを入れなければならない。「個人も一般論もごちゃまぜにして、誰の目から見ても男と女が平等でなくては駄目ということになった」現在では、女性が男性に組み敷かれるシーンすら許されないという。
(ほかの小説では)より直接的に現在の「PC」すなわち「政治的な正しさ」の混迷ぶりをあげつらう。… 底には一貫して表現の抑圧への怒りが渦巻いている。あとがきに言うとおり、「差別を描くことと、差別主義者であることは、全然違う」のだ。

きもの(幸田文)

 着換えがはじまった。姉自身で着たものは、腰のものと足袋だけで、肌じゅばんまで着せられていた。先生と助手とは殆ど何もいわないが、それで呼吸はあっていた。見る見る着せつけられ、出来上がっていき、姉は花嫁になった。もとのおばあさんの部屋へ行くために、姉は褄をとって歩かせられた。
「ご器量はいいし、お姿もいいし、こういうお嬢さまですと、私共の仕事もらくですし、その上つくりばえがしますし、それにもう一つ、いいお召物ですねえ。私ども沢山のご衣裳を拝見しておりますが、おきれいというのはあっても、立派というのは少うございます。この松はほんとに見事な貫禄が出ております。このごろはぼつぼつ、おうちかけを召す方もありますが、この松はおさえますねえ。」
 中の姉は普通の友禅を、袖だけが中振袖くらいの長さにして、新調してもらっていた。おばあさんの考案である。一反では間に合わないが、振袖よりずっと安くあがるし、端尺にあまった布はなににでも使う道があるという。つつじの模様だし、袖の長いのがはなやかだった。

La Pipe (Francis Jammes)

Il y avait un jeune homme qui avait une pipe neuve. Il la fumait doucement à l’ombre d’une treille où étaient des grappes bleues. Sa femme était jeune et jolie, retroussait ses manches jusqu’au coude, et puisait de l’eau au puits. Le seau en bois rebondissait contre la margelle et pleurait comme de l’arc-en-ciel. Ce jeune homme, en fumant sa pipe, était heureux, parce qu’il voyait, çà et là, voler des oiseaux, parce que sa vieille mère était vivante, que son vieux père se portait bien et qu’il aimait beaucoup sa jeune épouse, à cause de sa gentillesse et de sa gorge dure et lisse comme deux pommes fraîches.

J’ai dit que ce jeune homme fumait une pipe neuve.

Sa mère fut prise d’un grand mal. On lui fit une opération qui la fit beaucoup crier, et elle mourut après trente-quatre jours d’horribles souffrances. Le père, qui se portait bien, causait un jour avec un ouvrier sous le porche de la petite église villageoise en réparation, lorsqu’une pierre qui se détacha de la voûte lui écrasa la tête. Le bon fils pleura ses bons vieux amis et, le soir, il sanglotait dans les bras de sa jolie femme.

J’ai dit que ce jeune homme fumait une pipe neuve.

J’avais oublié de dire qu’il avait un vieux chien épagneul qu’il aimait beaucoup et qui s’appelait Thomas.

Et Thomas était devenu très malade depuis que le bon père et la bonne mère étaient morts. Quand on l’appelait, il ne pouvait plus que se traîner sur ses pattes de devant.

Un jour, dans le petit village où ce jeune homme fumait une pipe neuve, vint s’installer un homme du monde qui était décoré et distingué et qui avait un joli accent. Ils firent connaissance et une fois que le jeune homme qui fumait une pipe neuve entrait dans sa propre maison, sans y être attendu, il trouva le beau monsieur couché avec la jolie femme qui avait la gorge dure et lisse comme deux pommes fraîches.

Le jeune homme ne dit rien. Il attacha un pauvre vieux collier au cou de Thomas et, avec une corde dont sa mère se servait jadis pour la lessive, il l’amena avec lui dans une grande ville où tous deux vécurent de misère et de douleur.

Le jeune homme, étant devenu un vieil homme, fumait toujours dans sa pipe neuve qui était devenue vieille.

Un soir Thomas mourut. Ce furent des hommes de la police qui emportèrent son cadavre on ne sait où.

Alors le vieil homme se trouva seul avec sa vieille pipe. Il fut pris d’un grand froid et d’un grand tremblement. Et, comme il sentait qu’il allait mourir bientôt, et qu’il ne pouvait plus fumer, il prit dans la valise misérable qu’il avait emportée autrefois de chez lui un vieux chapeau triste à faire pleurer et dans lequel il roula sa pipe.

Cela fait, il jeta sur ses épaules fiévreuses un manteau verdi par le temps. Il se traîna péniblement jusqu’à un petit square voisin, et, prenant garde que les sergents de ville ne l’aperçussent pas, il s’agenouilla, gratta la terre de ses ongles, et déposa pieusement sa vieille pipe sous une touffe de fleurs. Puis il revint chez lui et mourut.

En attendant Godot (Samuel Beckett)

サミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』に久しぶりに触れた
そして僕の印象の変わりように とてもとてもびっくりした
ウラジミールとエストラゴンをアフリカ人たちが演じていたからではない
本の表紙が変わったからでもない
私が変わったからでもない
社会が変わったから
たぶん そう
サミュエル・ベケットが先を見通していたから
きっと そう

言葉は交わされているけれど
コミュニケーションが成り立っているかといえば必ずしもそうではない
何かが起きるのかといえば 何も起きない
舞台の上はシンプルで 不合理さはあっても不条理さはなく 人はいてもリアルさはない
劇なのは間違いないのだけれど
演じられているのがいつのことなのかははっきりわからず
場所がどこなのかもはっきりわからず
登場人物が誰なのかもよくわからず
何をしているのかもはっきりしない
ゴドーを待ちながらと言いながら いったい誰を待っているのか 何を待っているのか
よくわからない
刑務所のなかの人間からは熱烈に支持されても 普通の人からは退屈だと言われてしまう
『ゴドーを待ちながら』はそういう劇だったはずだ

ところが初演から70年以上経って世界が変わってしまい
『ゴドーを待ちながら』の意味もすっかり変わってしまい
この劇を不条理だと感じる人はもうあまりいないのではないか
愛国心とか家族愛といった刷り込みが薄れ 難民のようなメンタリティーを持った人たちが
場所や時間といったものへの愛着もなく
いい場所やいい時間などないのだということは漠然とわかってはいても
誰もが(ウラジミールやエストラゴンのように)
どこかいい場所やいい時間に連れて行ってほしいと願っている
70年以上もかかって『ゴドーを待ちながら』の舞台上のことが現実の社会に移ってしまった
そんな感じだ

偽造パスポートをくれる人を待ったり
国境を越えて安全な場所まで連れて行ってくれる人を待ったりといった
難民だけが待っている人
減刑され突然死ぬことがなくなるとか
刑期が短くなり突然自由になるとかいった
刑務所のなかにいる人だけが待っていること
そんな難民や受刑者といった特殊な人たちだけがわかるようなことを
普通の人たちがわかるようになってしまった
以前は特殊な人たちだけが感じていたことを
今では普通の人たちが感じている
『ゴドーを待ちながら』が世界中で読まれ公演され続けるというのは
私たちにとって決していいことではないように思える

日本だけでなく世界中で
70年前に不条理と考えられていたことが
あたりまえのことになっている
世界は不条理なんかじゃない
変な希望を持つからいけないのだ
希望さえ持たなければ 不条理なんてない
今の若い人たちの希望のなさは 不条理さえも吹き飛ばしてしまう
今の若い人たちのことが なんだか可哀想に思えてきた

Yellowface (R. F. Kuang)

I can tell she’s trying to add texture to her characters’ lives, to show the readers where they come from and the webs in which they exist, but she’s gone way overboard. It’s distracting from the central narrative. Reading should be an enjoyable experience, not a chore.

**

Reading should be an enjoyable experience, not a chore. Reading lets us live in someone else’s shoes. Literature builds bridges; it makes our world larger, not smaller.

The Poppy War (R. F. Kuang)

Children ceased to be children when you put a sword in their hands. When you taught them to fight a war, then you armed them and put them on the front lines, they were not children anymore. They were soldiers.

**

She had bribed a teacher. She had stolen opium. She had burned herself, lied to her foster parents, abandoned her responsibilities at the store, and broken a marriage deal.
And she was going to Sinegard.

おもかげ(浅田次郎)

 たそがれとともに雪が落ちてきた。
 降るでもなく、舞いもしない牡丹雪だった。フロントガラスに当たって潰れ、たちまちワイパーにかき消されてしまうひとひらが、はかない命に思えた。

楕円幻想(花田清輝)

正直なところ、私には、ティコの楕円よりも、ヴィヨンの楕円のほうが、難解ではあるが、新鮮な魅力がある。それは詩学が、天文学ほど、常識化されていないためであろうか。それとも下界の風景が、私の身近にあるためであろうか。或いはまた、私の性質が、大いに無頼であるためであろうか。ひとは敬虔であることもできる。ひとは猥雑であることもできる。しかし、敬虔であると同時に、猥雑でもあることのできるのを示したのは、まさしくヴィヨンをもって嚆矢とする。なるほど、懺悔の語調で、猥雑について語ったものはあった。嘲弄の語調で、敬虔について語ったものもないではなかった。とはいえ、敬虔とか猥雑とが、──この最も結びつきがたい二つのものが、同等の権利をもち、同時存在の状態において、一つの額縁のなかに収められ、うつくしい効果をだし得ようなどとは、いまだかつて何びとも、想像だにしたことがなかったのだ。表現が、きびしい調和を意味するかぎり、こういう二律背反の状態は、すこぶる表現に適しない状態であり、強いて表現しようとすれば、この双頭のヘルメスの一方の頭を、断乎として、切り捨てる必要があると考えられていた。ヴィヨンはこれらの円の使徒の眼前で、大胆不敵に、まず最初の楕円を描いてみせたのである。

ブリダンとは、「ブリダンの驢馬」で有名な、あのブリダンである。水槽と秣桶との間におかれても、驢馬なら、断じて立往生することはあるまいが、屡々、人間は立往生する。これらの二つの焦点の一つを無視しまい。我々は、なお、楕円を描くことができるのだ。それは驢馬にはできない芸当であり、人間にだけ、──誠実な人間にだけ、可能な仕事だ。しかも、描きあげられた楕円は、ほとんど、つねに、誠実の欠如という印象をあたえる。諷刺だとか、韜晦だとか、グロテスクだとか、—人びとは勝手なことをいう。誠実とは、円にだけあって、楕円にはないもののような気がしているのだ。いま、私は、立往生している。思うに、完全な楕円を描く絶好の機会であり、こういう得がたい機会をめぐんでくれた転形期にたいして、心から、私は感謝すべきであろう。白状すれば、──時々、私もまた、昔の蒙昧な女王の恋人になりたくなる。そうなってしまいさえすれば、やがて女王は、私の立往生を、ほんとうの往生に変えてくれるでもあろう。しかし、そのばあい、私の描くであろう波紋は、円であって、楕円ではないのではなかろうか。

沙漠について(花田清輝)

はたして砂漠とは、砂だけの無限にひろがっている空虚な世界、風が吹けば、砂煙りのため、日の光りさえ薄れてしまう暗い世界、草木は枯れはて、動物の骨の白々と光っている死の世界、――要するに、月世界のように荒れはてた、見捨てられた世界であろうか。…すべての風景は、一つの心の状態の表現であろうが、しばしば、それは、おのれの真の心の状態をみまいとする、一つの心の状態である場合も多く、たとえばかういふ暗澹たる沙漠の風景は、内心の砂漠において、対立し、拮抗し、争闘しつづけている、魔神的なものを避けて通ろうとする、哀れむべき感傷のあらわれ以外のなにものでもなく、虚無の周辺をぶらついたことのある一旅行者の眼にうつった、単なる異国の風景にすぎないのだ。…砂漠には、砂と風があるだけではない。そこには隊商の道が灰いろのリボンのように曲がりくねっており、何千年来、駱駝の調子の整った足音が聞こえ、その首につけた鈴の音が、りんりんと鳴りひびいているのだ。そうして、…そこにはまた、無数の植物や動物が生きつづけている。

Running the Books (Avi Steinberg)

Pimps make the best librarians. Psycho killers, the worst. Ditto con men. Gangsters, gunrunners, bank robbers – adept at crowd control, at collaborating with a small staff, at planning with deliberation and executing with contained fury – all possess the librarian’s basic skill set. Scalpers and loan sharks certainly have a role to play. But even they lack that something, the je ne sais quoi, the elusive it. What would a pimp call it? Yes: the love.

硝子戸の中(夏目漱石)

 硝子戸の中から外を見渡すと、霜除をした芭蕉だの、赤い実の結った梅もどきの枝だの、無遠慮に直立した電信柱だのがすぐ眼に着くが、その他にこれと云って数え立てるほどのものはほとんど視線に入って来こない。書斎にいる私の眼界は極めて単調でそうしてまた極めて狭いのである。
 その上私は去年の暮から風邪を引いてほとんど表へ出ずに、毎日この硝子戸の中にばかり坐っているので、世間の様子はちっとも分らない。心持が悪いから読書もあまりしない。私はただ坐ったり寝たりしてその日その日を送っているだけである。
 しかし私の頭は時々動く。気分も多少は変る。いくら狭い世界の中でも狭いなりに事件が起って来る。それから小さい私と広い世の中とを隔離しているこの硝子戸の中へ、時々人が入って来る。それがまた私にとっては思いがけない人で、私の思いがけない事を云ったり為たりする。私は興味に充ちた眼をもってそれらの人を迎えたり送ったりした事さえある。

藤沢文学の魅力(高橋義夫)

 「蝉しぐれ」をぼくは2度読み、そのたびに感動するのだが、正直にいうと、文四郎のような人間に感動していていいのか、感動に身をまかせていいのか、という内心の声が耳の奥できこえる。どうやら、ぼくの内心には一心太助根性というべきか、みなが右へ行くと左を向きたくなる天邪鬼が棲んでいるらしい。
 ヨーロッパの教養小説は、一面では故郷から追放された青年の遍歴物語である。青年は反抗し、追放され、自立する。ところが、牧文四郎はどうか。故郷は彼を試練にかけるが、追放せず、かかえこむ。文四郎には苦悩はあるが反抗はない。成長の意味が、どうやら教養小説とはちがうようだ。
 終章の「蝉しぐれ」は、冒頭の「朝の蛇」からは30年ほども過ぎ、文四郎が活躍した海坂藩の騒動(第2次海坂藩事件とでもいおうか)から20余年がたっていて、父の名と同じ助左衛門を名乗る文四郎も、いまはお福さまと呼ばれるふくも40歳を越えている。文四郎は間もなく髪をおろすというお福さまの招きをうけて、郊外の屋敷で密会するのだが、この章に漂い流れる空気のしずけさ、おだやかさは、周平作品でなくては感じられない。ここまで長い物語を読んできた読者は、心のうちがしずかでおだやかなもので満たされるのを感じるだろう。
 ぼくは若いころ翻訳小説を好んで読んだが、「蝉しぐれ」の文章は、それらとはまるでちがうユニークなものだ。文四郎の苦難と冒険は、調和の世界にたどりつくためのものだった。これを日本的というのは、少しちがうように思える。日本の農村に生きた人々の心の基層が描きだされているというべきではないか。
 中年になった2人がしずかに過去を語るとき、無数の先祖たちがまわりで微笑を浮かべながら見まもっている幻影が見えるようだ。

Stop Bullying Me (Marie-Claire Rupio)

In this book, Delilah goes through the darkest, saddest, and happiest moments of her life. She tries to see the light at the end of the tunnel and still has faith. She goes through humiliations, hurtful words, and painful acceptance. She finds it hard to accept herself the way she is, because everybody seems to want her to be different, pulling her in every direction. She believes she will get through it, but she doesn?t know how long she can hold it together. She tries to be happy and independent, but it doesn?t always happen the way she wants. In the end, she hopes everything will come together in the right direction, and she prays that God knows what is coming. But can she manage her life after the breakdown? Will she ever be able to fully trust again? This book invites us to focus on our own paths and not on others?.

中江藤樹、熊沢蕃山

ある武士が近江国を旅していたときの話。大切な金を馬の鞍につけたまま馬を返してしまった武士は金が戻らずがっかりしていたが、そのときの馬子が金をそっくり渡すため武士のもとに戻ってきた。感謝した武士はせめて礼金を渡そうとするが馬子は受け取らない。仔細をきくと、馬子の村に住む中江藤樹の教えに導かれてのことという。そこで武士は迷わず、藤樹の弟子となった。この武士こそのちに岡山藩の家老となった熊沢蕃山であるという。

一橋桐子(76)の犯罪日記(原田ひ香)

 今日、トモが死んだ。

 トモ、というのは、二重の意味を含んでいる。文字通り、友達の友であり、知とも子このトモでもあるから。
 そして、今日、というのは嘘で、昨日でもなくて、トモが死んだのは一ヶ月前だ。
 でも、そんなふうに心の中で思ってしまう程度に、一橋桐子は文学少女であった。
 トモとは高校からの付き合いだったが、その人生はなかなかにきついものだった。
 夫は暴力亭主ということはないけれど口うるさい男で、彼女は苦労していた。
 一度、新宿のデパートで、彼女が大きな荷物を持たされて夫の後ろを歩いているのを見たことがある。トモの歩みが遅れると、「お前!何しているんだ!」と人目もはばからず怒鳴っていた。挨拶はしないで、そっと離れた。

日比野コレコ

 妊娠疑惑のことを低い声で話し合う一週間半がハッピーエンドで終わって、三人はまた教室でわいわい騒ぐようになった。その声は前にも増してやたら響いた。もう七月になっていたが、そのころには、クラスの生徒が四十一人から減りに減って、二十八人しかいなくなっていた。不登校の者もいれば、転校する者もいた。その違いはナナにはよくわからない。
 ナナたちが最初に始めた軽いいじめは、桜前線みたいに、ばあーっとクラス中に広がって行った。あらゆるグループがいがみ合い、また、グループ内でも抗争が起こった。ナナはまごうことなく、誰かをいじめてきた側の人間だが、そのとき標的となっていた人間の名前も、顔も、性別でさえもう思い出せない。四十一人、ひく、十三人。間引きされたようにクラスのなかはすかすかで、間引きされなかった側の二十八人のクラスメイトは総じて健康的だった。しかし、蹴飛ばして遊んでいた小石の行方を必死で探すことがないように、ナナにとって、クラスから消えた彼らの行く先など、知るよしもなかった。ナナは、一軍でなかったことは一度もない、敗者だったことは、一度たりともないと思う。

なぎさ(山本文緒)

 憧れていた海はなんだか想像したものと違っていた。もっと晴れやかな気持ちになるに違いないと思っていたのに、大きな心もとなさを寄越しただけだった。
 引っ張られて連れ去られることは恐い。恐いけれども行ってみたい気にもなる。自分が住んでいるこの土地は、そういう人間の弱くてやわい気持ちが流れ出していかないように、かっちりせき止めているのかもしれない。高いところにできた水たまりのような故郷に、確固たる安心感を持ったのはそのときが初めてだった。どこへでも行けるという可能性の雲に乗るよりも、ここで生きると両足を踏みしめる幸福を知った瞬間だった。
 だから生まれ育った故郷を出ることを決断するには勇気が要った。出て行くことを告げると、両親は私をなじった。知り合いという知り合いは山々にがっちりと根ざす樹木のようになっていて、表面上は「遊びに行くね」と笑顔を見せても、眼の底は冷ややかだった。
 森をつくる一本の樹だった私たちは、せっかく張った根を引き千切るようにして長野県を出た。縁もゆかりもない海辺の町へゆくために。

還魂 2

 
私が渡したのは
 
見えてもならないし
 
伝えてもならない
 
愚かで哀れな
 
私の恋文だ
 

京都に咲く一輪の薔薇(ミュリエル・バルベリ)3

奥州が啓蒙の時代にあった頃、まだ封建時代にあった日本に小林一茶という名の俳人がおりました。大変な苦労人であった彼は、ある日、京都の禅寺、詩仙堂に立ち寄りました。彼はここで座敷に腰を下ろし、長い間庭を眺めていたといいます。見習い僧が庭に真円を描き、円のうちにある砂の繊細さ、石の美しさを自慢げに語りまりた。一茶は無言のままでした。若い僧はさらに石庭の深遠な意味について熱弁をふるいました。それでも一茶は黙っています。若い僧はその沈黙をいぶかりながらも、円の完璧さについて力説しました。すると一茶は、砂と石の向こうにある見事なツツジを手で示し、若い僧に言いました。「円の外に出てごらんなさい。ほら、そこの花が見えるようになりますよ」

京都に咲く一輪の薔薇(ミュリエル・バルベリ)2

 大昔の日本、伊勢のあたり、大海に面した入江のほとりに薬師の女が住んでおりました。薬草をよく知るこの女は、誰かが苦しみをやわらげてほしいとやってくれば、気前よく薬を分け与えました。しかし、神が与えた宿命でしょうか、どうしようもないものだったのでしょうか、当の女薬師は、常に恐ろしいばかりの痛みに苦しめられていました。ある日、女の調合した撫子のお茶で病気が治った貴人が彼女に問いました。「なぜ、おまえはその能力を自分が楽になるために使わないのか」女は答えました。「そうしたら私のこの力はなくなり、次の患者を治すことができなくなります」「自分が痛みに苦しむことなく生きられるなら、他人の苦しみなどどうでもいいではないか」と貴人はさらに問いました。女は笑い、庭に出ると、血のように赤い撫子の花を腕いっぱいに摘み取りました。そしてその花束を貴人に差し出して言ったのです。
「そうなったら、私はこうして花を誰かに差し出すこともできなくなってしまうでしょう」

L’Événement (Annie Ernaux)

Je suis descendue à Barbès. Comme la dernière fois, des hommes attendaient, groupés au pied du métro aérien. Les gens avançaient sur le trottoir avec des sacs roses de chez Tati. J’ai pris le boulevard de Magenta, reconnu le magasin Billy, avec des anoraks suspendus au-dehors. Une femme arrivait en face de moi, elle portait des bas noirs à gros motifs sur des jambes fortes. La rue Ambroise-Paré était presque déserte jusqu’aux abords de l’hôpital. J’ai suivi le long couloir voûté du pavillon Elisa. La première fois je n’avais pas remarqué un kiosque à musique, dans la cour qui longe le couloir vitré. Je me demandais comment je verrais tout cela après, en repartant. J’ai poussé la porte 15 et monté les deux étages. À l’accueil du service de dépistage, j’ai remis le carton où est inscrit mon numéro. La femme a fouillé dans un fichier et elle a sorti une pochette en papier kraft contenant des papiers. J’ai tendu la main mais elle ne me l’a pas donnée. Elle l’a posée sur le bureau et m’a dit d’aller m’asseoir, qu’on m’appellerait.
**
J’ai fini de mettre en mots ce qui m’apparaît comme une expérience humaine totale, de la vie et de la mort, du temps, de la morale et de l’interdit, de la loi, une expérience vécue d’un bout à l’autre au travers du corps.
… Et mon véritable but est peut-être seulement celui-ci : que mon corps, mes sensations et mes pensées deviennent de l’écriture, c’est-à-dire quelque chose d’intelligible et de général, mon existence complètement dissoute dans la tête et la vie des autres.
**
Et, comme d’habitude, il était impossible de déterminer si l’avortement était interdit parce que c’était mal, ou si c’était mal parce que c’était interdit. On jugeait par rapport à la loi, on ne jugeait pas la loi.

翻訳(堀茂樹、菊地よしみ)

翻訳をした堀茂樹さんが
『L’Occupation』に
『嫉妬』という題名をつけ
翻訳をした菊地よしみさんが
『L’Événement』に
『事件』 という題名をつけ
『嫉妬/事件』という本ができた
でもそれは
Annie Ernaux の
『L’Occupation』『L’Événement』とは
少しだけ違う
堀さんが『嫉妬』でなく
『あたまのなかを占めていること』
菊地さんが『事件』でなく
『出来事』という題名をつけて
『あたまのなかを占めていること/出来事』
という本ができていたら
ほんの少しだけ
『L’Occupation, L’Événement』に近かった
。。。そんな気がする
そんなことを思っていたら
『L’Événement』が映画化されて
日本にもやってきて
昨日から上映されている
題名は誰がつけたのか『あのこと』
『出来事』
『できごと』
『あのできごと』
『あのこと』
『L’Événement』に近い
『事件』よりずっと近い
たかが題名
されど題名
でも
映画の題名が『事件』でなくて
よかった
『あのこと』で
よかった

翻訳(永田千奈)

  • 『ある父親 Puzzle』(シビル・ラカン) 1998
  • 『恋愛小説 マルティンとハンナ』(カトリーヌ・クレマン) 1999
  • 『ネモの不思議な教科書』(ニコル・バシャラン、ドミニク・シモネ) 2000
  • 『お金とじょうずにつきあう本』(L・ジャフェ、L・サン=マルク) 2001
  • 『暴力から身をまもる本』(L・ジャフェ、L・サン=マルク) 2001
  • 『戦争プロパガンダ10の法則』(アンヌ・モレリ) 2002、のち草思社文庫 2015
  • 『それでも私は腐敗と闘う』(イングリッド・ベタンクール) 2002
  • 『蟻の革命』(ベルナール・ウェルベル) 2003
  • 『サーカスの犬』(リュドヴィック・ルーボディ) 2004
  • 『白くまになりたかった子ども』(Y・ハストラップ、S・フラッティーニ) 2004
  • 『地球にやさしいひとになる本』(G・ブレ、N・トルジュマン、L・サン=マルク) 2004
  • 『海に住む少女』(シュペルヴィエル) 2006 
  • 『未来を変える80人』(シルヴァン・ダルニル、マチュー・ルルー) 2006
  • フェアトレードの冒険』(ニコ・ローツェン、フランツ・ヴァン・デル・ホフ) 2007
  • 『女海賊メアリ・リード』全4巻(ミレイユ・カルメル) 2009
  • サガン 疾走する生』(マリー=ドミニク・ルリエーヴル) 2009
  • 『女の一生』(モーパッサン) 2011 
  • ヒトラーわが闘争』がたどった数奇な運命』(アントワーヌ・ヴィトキーヌ) 2011
  • 『孤独な散歩者の夢想』(ルソー) 2012 
  • 『考える人とおめでたい人はどちらが幸せか』(シャルル・ペパン) 2012
  • 『ひとさらい』(ジュール・シュペルヴィエル) 2013
  • 『海賊と資本主義』(ロドルフ・デュラン、ジャン=フィリップ・ベルニュ) 2014
  • 印象派のミューズ ルロル姉妹と芸術家たちの光と影』(ドミニク・ボナ) 2015
  • クレーヴの奥方』(ラファイエット夫人) 2016
  • 椿姫』(デュマ・フィス) 2018
  • 『「ディズニー」 魔法の知恵』(マリアンヌ・シャイヤン) 2019
  • 『スター・ウォーズ 善と悪の哲学』(ジル・ヴェルヴィッシュ) 2019
  • 『凧』(ロマン・ガリ) 2020
  • 『狂女たちの舞踏会』(ヴィクトリア・マス) 2021
  • 『フランスの高校生が学んでいる10人の哲学者』(シャルル・ペパン) 2022
  • 『北の橋の舞踏会・世界を駆けるヴィーナス』(ピエール・マッコルラン) 2022
  • 『京都に咲く一輪の薔薇』(ミュリエル・バルベリ) 2022

Une heure de ferveur (Muriel Barbery)

À l’heure de mourir, Haru Ueno regardait une fleur et pensait : Tout tient à une fleur. En réalité, sa vie avait tenu à trois fils et le dernier, seulement, À l’heure de mourir, Haru Ueno regardait une fleur et pensait : Tout tient à une fleur. En réalité, sa vie avait tenu à trois fils et le dernier, seulement, était une fleur. Devant lui s’étendait un petit jardin de temple qui faisait vœu de paysage miniature parsemé de symboles. Que des siècles de quête spirituelle aient abouti à cet agencement précis l’émerveillait – tant d’efforts tendus vers une signification et, à la fin, une pure forme, pensait-il encore.

Car Haru Ueno était de ceux qui recherchent la forme.

Une rose seule (Muriel Barbery)

 On raconte que dans la Chine ancienne, sous la dynastie des Song du Nord, un prince faisait chaque année cultiver un carré de mille pivoines dont, à l’orée de l’été, les corolles ondulaient dans la brise. Durant six jours, assis sur le sol du pavillon de bois où il avait coutume d’admirer la lune, buvant de temps à autre une tasse de thé clair, il observait celles qu’il appelait ses filles. À l’aube et au couchant, il arpentait le carré.
 Au commencement du septième jour, il ordonnait le massacre.
 Les serviteurs couchaient les belles assassinées, la tige brisée, la tête allongée vers l’est, jusqu’à ce qu’il ne reste plus sur le champ qu’une unique fleur, les pétales offerts aux premières pluies de mousson. Alors, les cinq jours suivants, le prince demeurait là en buvant du vin sombre. Sa vie entière tenait dans ces douze révolutions de soleil ; toute l’année, il ne pensait qu’à elles ; lorsqu’elles étaient passées, il faisait vœu de mourir. Mais les heures dédiées à choisir l’élue puis à jouir de leur tête-à-tête muet contenaient tant de vies en une seule qu’il ne voyait pas de sacrifice dans les mois de deuil.
 Ce qu’il ressentait en contemplant la survivante ? Une tristesse en forme de gemme étincelante à laquelle se mêlaient des éclats d’un bonheur si pur, si intense, que son cœur défaillait.

京都に咲く一輪の薔薇(ミュリエル バルベリ)1

 いにしえの中国、北宋の時代のことでございます。ある高貴な人が毎年、広大な芍薬の花園を造らせておりました。夏の初め、花冠は風にそよぎ、主は花園のなかにある東屋に腰を下ろします。ここで月を眺め、時折、澄んだ色の茶を口に運びながら過ごすのが、例年の習慣だったのです。六日間、彼は、わが娘のような花たちを眺めて過ごし、朝と夕には、花のなかを散策いたしました。
 七日目の朝早く、彼は虐殺を命じます。
 ばっさりと茎を着られた美しき花の死体を、使用人が頭を東に向けて寝かしていきます。ついに、残る花はただ一輪となりました。梅雨の始まりを告げる雨が花びらを濡らします。そして、それから五日間、貴人は暗い色の葡萄酒を飲みながら過ごします。毎年、彼の人生のすべてはこの十二日間にありました。彼は一年中、花たちのことを思って過ごします。そして花たちが死ぬと自分も死にたくなってしまうのです。それでも、一輪だけを残し、そのひとつだけの存在と無言で向き合う時間には、たったひとつの存在に託された無数の命が共存しているのです。一年の残りの月日、喪に服して過ごす時間も、彼にとっては決して、無為のものではありませんでした。
 生き残った一輪を眺めるとき、彼は何を思ったのでしょう。そこには光る宝石のような悲しみがありました。そこにちりばめられた幸福の輝きはあまりにも純粋で、あまりにも濃密なので、彼の心は陶然とするのでした。

北帰行

眼を醒ますと、列車は降りしきる雪の中を、漣ひとつ立たない入り江に辿り込む孤帆のように、北にむかって静かに流れていた。夜明けが近いのか、暗色に閉ざされていた空は仄かに白み始め、吹雪に包まれた雪景色の単調な描線が闇から浮かび上がってきた。暗澹とした空の下で、しんと澄みきった夜明けの藍色に染まる曠野は、死者たちの瞳に宿る光のように冷やかな深みを感じさせていた。その深みに入ろうとする者は寒冷な大地に自分の内部を晒されて、思わずたじろいでしまうに違いない。雪は死者のたちのために降る。白い世界を走り抜ける列車は、死者たちの無数のまなざしに射竦められて動けなくなる。
実際、さっきから列車が少しも進行しないかと思えるほど、窓外の風景には変化がなかった。雪まじりの凩がごうごうと鳴ると、窓枠の隙間から身をきるような寒気が忍び込み、背筋を伝って足元に抜けていった。私は思わず身震いすると、襟を掻き寄せて首をすっぽり埋め、その温かみの中にかじかむ指先を差し入れた。車輛には暖房が入っていたのに、体内からひろがる悪寒のような冷気がひたひたと波打ち、私の躰を冷たくさせていた。暗闇から抜け出ようとするその列車のように、私もまた暗い二十歳から抜け出ようとしている頃だった。

**

啄木が大逆事件に異常なまでの関心を抱いてその真相を究明したのは、彼が一人のジャーナリストであったためというばかりではないだろう。彼は詩人であったからこそ、国家の犯罪を糺明せずにはいられなかったのではないか。

Hanya Yanagihara

If I were a different kind of person, I might say that this whole incident is a metaphor for life in general: things get broken, and sometimes they get repaired, and in most cases, you realize that no matter what gets damaged, life rearranges itself to compensate for your loss, sometimes wonderfully.

 
The problem, though, with trying to be the ideal anything is that eventually the definition changes, and you realize that what you’d been pursuing all along was not a single truth but a set of expectations determined by context. You leave that context, and you leave behind those expectations, too, and then you’re nothing once again.

還魂

太湖国で謎の干ばつが続いた
敬天大湖が干上がるほど深刻だった
術士たちは水の気で湖を満たすため
大規模な祭儀を行った
すると天から 大きな雹が降ってきた
その雹の中に 溶けない氷があった
その溶けない氷は 火となり
石となり
水となったあと
また氷に戻ったそうだ
その時に出た黒い粉が
還魂術に使われる追魂香である
追魂香の力は すさまじく
死者の魂を呼んで生き返らせたり
魂を入れ替えることもできた
人の魂を抜いたり 気を奪うこともできた
そして その驚くべき力は 混沌を招いた
追魂香を作り出す氷の石を手に入れるため
術師たちは戦い 太湖国は生き地獄となった
この長い戦いを終わらせ
精進閣を創立したのが ソ・ギョン先生だ

木村紅美

「ゆうべ、ちらっと言ってましたけど。東京、いたことあるんですか」
「ええ、だれも自分を知らない街に住みたくなって。でも、ってまともな仕事に就けなくて。毎月、家賃を払えるかどうか綱渡り状態できつくて、あと、母が倒れたのでこっちへ戻りました」
「おれも、いたことあるんですよ、東京。似た感じでこっちへ戻りました」

Alan Sternberg

 
 
 
Rudy and his friend Jeff are teenagers who hang out with other peers in the parking lot at Burger King. One night, when they listen to Bruce Springsteen’s “Born in the U.S.A.” from their car radios, everyone raises their fists the way Springsteen did in the video concert. Jeff is flicking a lighter, and his hands catch fire. He is taken to the hospital where Rudy visits him and admires how well he is handling the accident.

物語

世の中で起きることは じつに多面的で いろいろなことが同時に起きるから
誰もがそれらを整理して たくさんの物語を作り出す

出来上がった物語は どれも一面的で 必要のないことは ぜんぶ省かれてしまうから
嘘は全然 含まれていなくても 物語は真実とは遠い

仕事の物語には 家族が出てこないし 家族の物語には まわりの人たちは出てこない
歴史という物語からは 都合の悪いことは消され 愛情という物語からは 真実が消される

うまくいった人たちには 悪かったことはなくなっていて
うまくいかなかった人たちには 良かったことが消えている
一日のあいだには じつにたくさんのことが起きるけれど
物語のなかには ひとつのことしか起きない

悪い記憶から 良かったことが消され 良い記憶からは 悪かったことが消される
どんな記憶も事実として残り 歪んだ記憶が真実になる

たくさんの多面的なことを 正確に伝えることなど不可能で
ましてや一面的な物語が 事実や真実を伝えることはない

それでも人は 物語を信じ 伝えられた事実を信じ 伝えられた真実を信じ
はっきりと良し悪しを断じる

物語にすべて記録しようとすると
はじめから終わりまでの時間に 人の数を掛けなければならないから
紙は何枚あっても足らないし ディスクは何ギガ会っても足らない

大事なことだけを取り出して 物語を作ったつもりでも
大事なことが必ず 物語から漏れている
大事なことを伝えようとして 物語から たくさんのことを省く
たくさんの事実と真実が 省かれた中に潜んでいる

たとえ物語が間違っていなくても 物語から漏れた事実や真実があって
いいことにも悪い面があって 悪いことにもいい面があって
いい人にも悪い面があって 悪い人にもいい面があって
だから どんな物語も 想像をめぐらさないと
物語の裏にあることに 思いをはせないと
ちゃんと受け取ったことにはならない

物語をちゃんと読む そうすれば物語は 詠んだ人の数だけ 広がり歪む
物語をちゃんと観る そうすれば物語は 観た人の数だけ 広がり歪む

広がり歪んだ物語は すべて想像の産物だから
たとえどんなにに正確だったとしても それは事実や真実からは程遠い

物語を見ないで 僕は 君を見る 君も 僕を見る
壁にできた たくさんのしみを取り去り 透明のペンキを塗る
そうすればきっと もっといいものが見えて すべてが輝きだす
だから 物語を信じるのは もう止めよう

プリズンホテル(浅田次郎)

 

「おめえでさえ世間様から
先生なんて呼ばれるんだぜ。
この俺がリゾートホテルのひとつやふたつ
ブッ建てたって、何のフシギもあるめえ」
――仲蔵親分は偏屈な小説家に向かって言った。
 
 
 
 
 

太宰治

 あさ、眼をさますときの気持は、面白い。かくれんぼのとき、押入れの真っ暗い中に、じっと、しゃがんで隠れていて、突然、でこちゃんに、がらっと襖をあけられ、日の光がどっと来て、でこちゃんに、「見つけた!」と大声で言われて、まぶしさ、それから、へんな間の悪さ、それから、胸がどきどきして、着物のまえを合せたりして、ちょっと、てれくさく、押入れから出て来て、急にむかむか腹立たしく、あの感じ、いや、ちがう、あの感じでもない、なんだか、もっとやりきれない。箱をあけると、その中に、また小さい箱があって、その小さい箱をあけると、またその中に、もっと小さい箱があって、そいつをあけると、また、また、小さい箱があって、その小さい箱をあけると、また箱があって、そうして、七つも、八つも、あけていって、とうとうおしまいに、さいころくらいの小さい箱が出て来て、そいつをそっとあけてみて、何もない、からっぽ、あの感じ、少し近い。パチッと眼がさめるなんて、あれは嘘だ。濁って濁って、そのうちに、だんだん澱粉が下に沈み、少しずつ上澄が出来て、やっと疲れて眼がさめる。朝は、なんだか、しらじらしい。悲しいことが、たくさんたくさん胸に浮かんで、やりきれない。いやだ。いやだ。朝の私は一ばん醜い。両方の脚が、くたくたに疲れて、そうして、もう、何もしたくない。熟睡していないせいかしら。朝は健康だなんて、あれは嘘。朝は灰色。いつもいつも同じ。一ばん虚無だ。朝の寝床の中で、私はいつも厭世的だ。いやになる。いろいろ醜い後悔ばっかり、いちどに、どっとかたまって胸をふさぎ、身悶えしちゃう。
 朝は、意地悪。

Андрій Курков

 

 

 

 

 

 


It took Viktor three days to recover from the four spent crossing Drake Passage. In which time, the scientists who had sailed with him from Ushaia in the Horizon were already acclimatized and working fast to complete measurements and analyses before the onset of the polar night. Viktor kept to his quarters in the main block, emerging only to eat or to take a peek outside. He went unquestioned, and even made friends with a biophysicist researching the limits of human endurance, such as the crossing of Drake Passage would have provided ample material for, had he not spent the whole of it seasick in his bunk.

森鴎外

 彼は優れて美なり。乳の如き色の顔は燈火に映じて微紅を潮したり。手足の繊くたをやかなるは、貧家の女に似ず。老媼の室を出でし跡にて、少女は少し訛りたる言葉にて云ふ。「許し玉へ。君をこゝまで導きし心なさを。君は善き人なるべし。我をばよも憎み玉はじ。明日に迫るは父の葬、たのみに思ひしシヤウムベルヒ、君は彼を知らでやおはさん。彼は「ヰクトリア」座の座頭なり。彼が抱へとなりしより、早や二年なれば、事なく我等を助けんと思ひしに、人の憂に附けこみて、身勝手なるいひ掛けせんとは。我を救ひ玉へ、君。金をば薄き給金を析きて還し参らせん。よしや我身は食くらはずとも。それもならずば母の言葉に。」彼は涙ぐみて身をふるはせたり。その見上げたる目には、人に否とはいはせぬ媚態あり。この目の働きは知りてするにや、又自らは知らぬにや。
 我が隠しには二三「マルク」の銀貨あれど、それにて足るべくもあらねば、余は時計をはづして机の上に置きぬ。「これにて一時の急を凌ぎ玉へ。質屋の使のモンビシユウ街三番地にて太田と尋ね来ん折には価を取らすべきに。」
 少女は驚き感ぜしさま見えて、余が辞別のために出したる手を唇にあてたるが、はら/\と落つる熱き涙を我手の背にそゝぎつ。
 嗚呼、何等の悪因ぞ。この恩を謝せんとて、自ら我僑居に来し少女は、シヨオペンハウエルを右にし、シルレルを左にして、終日兀坐する我読書のさうかに、一輪の名花を咲かせてけり。この時を始として、余と少女とのまじはり漸く繁くなりもて行きて、同郷人にさへ知られぬれば、彼等は速了にも、余を以て色を舞姫の群に漁するものとしたり。われ等二人の間にはまだ痴がいなる歓楽のみ存したりしを。
 その名を斥さんははゞかりあれど、同郷人の中に事を好む人ありて、余がしば/\芝居に出入して、女優と交るといふことを、官長の許に報じつ。さらぬだに余が頗る学問の岐路に走るを知りて憎み思ひし官長は、遂に旨を公使館に伝へて、我官を免じ、我職を解いたり。公使がこの命を伝ふる時余に謂ひしは、御身若し即時に郷に帰らば、路用を給すべけれど、若し猶こゝに在らんには、公の助をば仰ぐべからずとのことなりき。余は一週日の猶予を請ひて、とやかうと思ひ煩ふうち、我生涯にてもつとも悲痛を覚えさせたる二通の書状に接しぬ。この二通は殆ど同時にいだしゝものなれど、一は母の自筆、一は親族なる某が、母の死を、我がまたなく慕ふ母の死を報じたる書なりき。余は母の書中の言をこゝに反覆するに堪へず、涙の迫り来て筆の運を妨ぐればなり。
 余とエリスとの交際は、この時までは余所目に見るより清白なりき。

刘慈欣


 
有时下夜班,仰望夜空,觉得群星就像发​​光的沙漠,我自己就是一个被丢弃在沙漠上的可怜孩子……我有那种感觉:地球生命真的是宇宙中偶然里的偶然,宇宙是个空荡荡的大宫殿,人类是这宫殿中唯一的一只小蚂蚁。这想法让我的后半辈子有一种很矛盾的心态:有时觉得生命真珍贵,一切都重如泰山;有时又觉得人是那么渺小,什么都不值一提。反正日子就在这种奇怪的感觉中一天天过去,不知不觉人就老了……

Robert Pagani

Amsterdam, Berlin, Tokyo, Naples, Sydney, Stavanger, Singapour, New York, Barcelone, Madrid, Palerme, Rome, Londres, Los Angeles, Kansas City, Rio, Manchester, Interlaken, Hong Kong, Recife, Buenos Aires, Glasgow, Vancouver, Toulouse, Oslo, Grenade, Budapest… partout, elle le suit partout. Elle attend sa sortie à la fin des concerts, le guette dans les halls d’hôtel, lui écrit, matin et soir. S’il se produisait sur la lune, elle irait sur la lune.
Est-ce normal ? Possible ? Une personne aussi pondérée, aussi discrète, aussi bien élevée qu’elle… Je pose la question, sans trouver de réponse. Les médecins non plus n’en trouvent pas.
Car enfin Fabio Biondi n’est ni une vedette de la chanson, ni un champion de tennis. Violoniste exceptionnel, grand musicologue, rénovateur de la musique baroque, peut-il, avec son petit ventre et son prestige, susciter mieux qu’une admiration respectueuse et lointaine ?
Dès lors, qui pourrait reprocher à un mari, si profond que soit son amour, d’avoir recours à des moyens extrêmes pour retrouver sa tranquillité d’esprit ? Un tribunal raisonnable l’acquitterait. Sûrement.

Jack London

A large quantity of provisions had been gathered, and a food committee took charge of it, issuing rations daily to the various families and groups that arranged themselves into messes. A number of committees were appointed, and we developed a very efficient organization. I was on the committee of defence, though for the first day no prowlers came near. We could see them in the distance, however, and by the smoke of their fires knew that several camps of them were occupying the far edge of the campus. Drunkenness was rife, and often we heard them singing ribald songs or insanely shouting. While the world crashed to ruin about them and all the air was filled with the smoke of its burning, these low creatures gave rein to their bestiality and fought and drank and died. And after all, what did it matter? Everybody died anyway, the good and the bad, the efficients and the weaklings, those that loved to live and those that scorned to live. They passed. Everything passed.

高瀬隼子

 注文する順番になって、郁也がコーヒーを二杯とオレンジジュースを頼んだ。
「オレンジジュース?」
 と口に出して聞きながら、もしかして、と頭をよぎる。多分わたしが腑に落ちた顔をしたんだろう。郁也は追いつめられたような顔をして、
「ミナシロさんが、妊娠していて」
 と言った。表情とは裏腹に、声は妙に淡々としていた。

村田沙耶香

家族には話していないが、私は魔法少女だ。小学校に入った年に駅前のスーパーでピュートと出会った。ピュートはぬいぐるみ売り場の端っこで捨てられそうになっていたのを、私がお年玉で買ってあげた。家に連れて帰ると、ピュートは私に魔法少女になってほしいといい、変身道具を渡してくれた。ポハピピンポボピア星からやってきたピュートは、地球に危機が訪れていることを察知し、その星の魔法警察の任務をうけて地球にやってきたのだ。それ以来、私は魔法少女として地球を守っている。

綿矢りさ

… どうしてそんなに薄まりたがるんだろう。同じ溶液に浸かってぐったり安心して、他人と飽和することは、そんなに心地よいもんなんだろうか。
私は、余り物も嫌だけど、グループはもっと嫌だ。できた瞬間から繕わなければいけない、不毛なものだから。 …

Min Jin Lee

“God controls all things, but we don’t understand his reasons. Sometimes, I don’t like his actions, either. It’s frustrating.”

伊藤計劃

大人になればウォッチ・ミーに管理されながら生きていかなければならなくなる。私は私だけのものなのに。

海野十三

「行くか」とミルキ閣下が訊いた。
「行きましょう」とアサリ女史が言下にこたえた。
「ではその扉に突進しよう」
「ええ、それでは」
 どんな目的の下に扉に突進するか、それさえ今は二人にわかっていないようであった。ただ殉国者の意気に燃え、自らかけた号令に服して、ミルキ国最後の二人は鉄扉に向って敢然とぶつかっていった。
 その刹那、二人は黄色い火花に全身を包まれたと感じた。それが最後だった。二人は崖から飛んだように意識を失った――その瞬間にこの部屋は、百年もたった墓場のような静けさに還っていった。

オルダス・ハクスリー

「要するにきみは」とムスタファ・モンドは言った。
「不幸になる権利を要求しているわけだ」
「ああ、それでけっこう」
ジョンは挑むように言った。
「僕は不幸になる権利を要求しているんです」

田辺聖子

 光源氏、光源氏と、世上の人々はことごとしいあだ名をつけ、浮わついた色ごのみの公達、ともてはやすのを、当の源氏自身はあじけないことに思っている。
 彼は真実のところ、まめやかでまじめな心持の青年である。
 世間ふつうの好色物のように、あちらこちらでありふれた色恋沙汰に日をつぶすようなことはしない。
 帝の御子という身分がらや、中将という官位、それに、左大臣家の思惑もあるし、軽率な浮かれごとはつつしんでもいた。左大臣は、源氏の北の方、葵の上の父である。源氏は人の口の端にあからさまに取り沙汰されることを用心していた。この青年は怜悧で、心ざまが深かった。
 それなのに、世間で、いかにも風流男のようにいい做すのは、人々の(ことに女の)あこがれや夢のせいであろう。
 彼の美貌や、その詩的な生いたち──帝と亡き桐壺の更衣との悲恋によって生まれ、物心もつかぬまに、母に死に別れたという薄幸な運命が、人々の心をそそるためらしかった。

Ayn Rand

“So you think that money is the root of all evil?” said Francisco d’Anconia. “Have you ever asked what is the root of money? Money is a tool of exchange, which can’t exist unless there are goods produced and men able to produce them. Money is the material shape of the principle that men who wish to deal with one another must deal by trade and give value for value. Money is not the tool of the moochers, who claim your product by tears, or of the looters, who take it from you by force. Money is made possible only by the men who produce. Is this what you consider evil?”

書く

意識して
書くことを選べば
自然と
書かないことも決まる

どんな言葉で書いたとしても
人の事は書かない
誰がどうしたというようなことは
書きたくない

知らない言葉で書いたとしても
出来事も書かない
何があったというようなことは
書きたくない

人の事を書くと
後で必ず嫌な気持ちになる
出来事を書くと
時間を無駄にしたように思う
週刊誌の記事には興味が湧かないし
テレビのニュースは退屈だ

あと何十年も書けるわけではない
だから 人のことや出来事は書かない
その代わりに 考えや夢を書く

僕は作家でも物書きでもない
おまけに いい加減なことが大好きだ
だから 考えや夢を書く

考えや夢を書いたところで
なにも変わりはしない
でも 君が読んでくれる
だから僕は書く

混乱

考えていることを言ってはダメだけど
考えていることを言ってもいい
なのか

考えていることを言ってはダメだけど
考えていることを言わなくてもいい
なのか

あれっ なんか変だ

考えていることを言ってはダメ
考えていることを言ってもいい
考えていることを言わなくてもいい
あれっ

考えていることを言わないのはダメだけど
考えていることを言わなくてもいい
なのか

考えていることを言わなくてはダメだけど
考えていることを言ってもいい
なのか

あれっ なんか変だ

考えていることを言わないのはダメ
考えていることを言わなくてもいい
考えていることを言ってもいい
あれっ

書いていてもなにがなんだかわからないけれど
考えていることを言ってもいい
考えていることを言ってはダメ
考えていることを言わなくてもいい
考えていることを言わないのはダメ
考えてもいないことを言ってもいい
考えてもいないことを言ってはダメ
うん?
なにをしてもいい?
なにをしてもダメ?

偽りの真実を裁くものがあるなら
それで真実の偽りを裁いてほしい
うん? なにか変だ

君のことを思う
思わないは ない
いいも ダメも ない

思ってもいい
思っている

文章

 正月前から早春にかけて
 果物屋さん 八百屋さんの店先に
 可愛らしい金柑がいつ買われるともなく置かれてあります
そんな なにげない文章が書けるようになりたい

寓言

寓言という言葉には 他のことに仮託してなにかを言う という意味があって
私たちが知っている昔の物語は その多くが作り事で 寓言なのだという

寓言のなかには 神や国のことを書いた明らかな失敗作から
好色や文化のことを書いた面白いものまで いろいろあって
そのどれもが 私たちにとって 何かしらの意味を持つ

正当化したい気持ちが強すぎて すぐに作り事とわかってしまうもの
心の機微が見事に描かれていて 読む者を飽きさせないもの
作り事だということが明白で 騙されないぞと身構えてしまうもの
作り事だとわかっているのに 登場人物の境遇に涙してしまうもの
いろいろな寓言があるが 内容とスタイルは大きく違う

政治的な意味合いが大きく メッセージ性が強く 仮託が効果的でない 日本書紀
政治的には意味がなく メッセージ性もないのに 仮託が効果的な 源氏物語
消えることなく読み継がれてきた寓言は 私たちを想像の世界に誘う

作り事を分析しても意味はないし
作り事に役割を持たせても詮ない
書かれた時点で想像でしかなかったものが
後の世で事実として扱われる滑稽さを
どう笑ったらいいのだろう

寓言は寓言
それ以上でもそれ以下でもない

りんごを食べないで

りんごを食べないで
もし今のままでいたいなら
もしも変わるのがいやならば

マッチをする
炎が灯る
一瞬のしあわせが訪れる
炎が消える
ふーっ
一瞬のしあわせは永遠で
マッチをすってよかったのだと
生きていた頃を振り返りながら
自分に言い聞かせる

箱を開く
煙がでる
一瞬のうちに年老いる
息が絶える
はー
乙姫との思い出は永遠となり
箱を開けてよかったのだと
竜宮城にいた頃を振り返りながら
自分に言い聞かせる

りんごを食べる
死んでしまう
王子がキスをする
愛が訪れる
うーん
純粋な愛は永遠に続くことになり
愛に出会えてよかったのだとと
継母のことを思い出しながら
自分に言い聞かせる

マッチを
マッチをすらないで
もし生きていたいなら

箱を開けないで
もし夢を見続けたいなら

りんごを食べないで
もしも少女でいたければ
もしも大人がいやならば

許して下さい
マッチを
マッチをすらないで

お願いですから
箱を
箱を開けないでください

りんごを
りんごを食べないで
そのりんごを食べないで

Franz Kafka

“Now, if you will permit me,” said K., “I will ask you a rather rude question.”
The landlady remained silent.
“So I may not ask,” said K., “that’s enough for me, too.”
“Oh, of course,” said the landlady, “that’s enough for you, that especially. You misinterpret everything, even the silence. You simply cannot help it. I do give you permission to ask.”
“If I’m misinterpreting everything,” said K., “then perhaps I’m also misinterpreting my own question, perhaps it isn’t all that rude. I simply wanted to know how you met your husband and how this inn came into your hands.”

Giovanni Boccaccio

Indeed, leaving be that townsman avoided townsman and that well nigh no neighbor took thought unto other and that kinsfolk seldom or never visited one another and held no converse together save from afar, this tribulation had stricken such terror to the hearts of all, men and women alike, that brother forsook brother, uncle nephew, and sister brother and oftentimes wife husband; nay (what is yet more extraordinary and well nigh incredible) fathers and mothers refused to visit or tend their very children, as they had not been theirs. By reason whereof there remained unto those (and the number of them, both males and females, was incalculable) who fell sick, none other succour than that which they owed either to the charity of friends (and of these there were few) or the greed of servants, who tended them, allured by high and extravagant wage; albeit, for all this, these latter were not grown many, and those men and women of mean understanding and for the most part unused to such offices, who served for well nigh nought but to reach things called for by the sick or to note when they died; and in the doing of these services many of them perished with their gain.

Albert Camus

Mais il savait cependant que cette chronique ne pouvait pas être celle de la victoire définitive. Elle ne pouvait être que le témoignage de ce qu’il avait fallu accomplir et que, sans doute, devraient accomplir encore, contre la terreur et son arme inlassable, malgré leurs déchirements personnels, tous les hommes qui, ne pouvant être des saints et refusant d’admettre les fléaux, s’efforcent cependant d’être des médecins.
Écoutant, en effet, les cris d’allégresse qui montaient de la ville, Rieux se souvenait que cette allégresse était toujours menacée. Car il savait ce que cette foule en joie ignorait, et qu’on peut lire dans les livres, que le bacille de la peste ne meurt ni ne disparaît jamais, qu’il peut rester pendant des dizaines d’années endormi dans les meubles et le linge, qu’il attend patiemment dans les chambres, les caves, les malles, les mouchoirs et les paperasses, et que, peut-être, le jour viendrait où, pour le malheur et l’enseignement des hommes, la peste réveillerait ses rats et les enverrait mourir dans une cite heureuse.

キム・ギドク

世の中は、恐ろしいほど残酷で無情で悲しみに満ちている。
残酷な行為に関するニュースが、世界中で毎日報道されている。
自分自身のことを含め、どんなに一生懸命人間を理解しようとしても、混乱するだけでその残酷さを理解することはできない。そこで私は、すべての義理や人情を排除して何度も何度も考え、母なる自然の本能と習慣に答えを見つけた。
自然は…人間の悲しみや苦悩の限界を超えたものであり、最終的には自分自身に戻ってくるものだ。私は人間を憎むのをやめるためにこの映画を作った。
人間、空間、時間…そして人間。


石牟礼道子

 今は昔、たたなわる山ひだのあいの古り傾きし小屋に、女ひとりきて棲みにけり。
 雲間の月いとおかしく凍みわたる夜々、ひとすじの煙うちなびくすすきが原のうえに立ちてあやしければ、五色の朝日さしのぼりて山和ぐ頃里のうばら人心地つきて、のぼりきていう。
 こはいかなるやかたならん。いまはみやこへみやこへと山もひともうちすててくだりたまう世に、なにとてかくはさびしき石積みのいただきにきてかくれすみたまう。夜な夜なガゴはあらわれいでござるや。
 女こたえて、笑みていう。われはただうちなる心のこひしくて、雪ふらす女とならんとこの山にきしが、世にあらわれて暮ししことなければ、かくれ住むというほどのこともなく、ガゴあらわるるときはうつしみの影のごとくなればいとやすく、おのづから喰われてぞやらむに。
 里のうばらいう。何の精うけし女ならん。ガゴの方にてあやしみ逃ぐるならんと。ガゴとは現代文明の光りのもとにてはあらわるるなきこの地の物の怪のことにて、童ら夜更け語りにいう物の怪のことなり。
 女、割れ鏡などに木の葉髪かきあげつつ、ようおもう、かかる色あせし世にわれは何の精うけて霧のあいだに生まるるとするならん。ふく風のさみしさにたもとをかきいだき小屋いでぬれば、豚やしないしあとならんセメントの床うつろに、雨風にうつくしく洗い出されひらひらとめくれる竹の皮の笠おかれいる。猪も食わず通りゆきしがあわれなり。
 ひとたびはうち拓きて捨てたる山の石の畑には屋根なき樹の幹の柱しろしろとふし立ちのこりいて、そのもとに小指にてふるればぽろぽろとくずるる籾とおしなど、かずらにて網みし農具などたてかけ、板折れ脱けし鍬も大草鎌もさびつき、ことに女童のあそびしこけし人形など目鼻もいまだかすかにあいらしく、畑あわれに区切りたるしるしの石積みの段のかげ、冬草のあいだにひろうひともなきが、いまはむかし開拓のひとびとの夢、昼の間さえかわりてみむとまどろめど、末世の風さやさやとふきわたるばかりなり。
 
 

nakaban

言葉は映像とは全く無関係。気持ちも体温もある僕たちが発明した鉱石的な冷たいなにか。それが言葉。そんなものを生み出した人間はおもしろいと思う。
すべての名詞はじつは代名詞なのだと何かで読んだことがある。僕や君やスプーンをあらわす名詞は本当にその存在を説明できているわけではないからだ。言葉のごく一部に栞のように挟まれた映像が垣間見えたとしても、それは僕たちが自分の物差しで映像を幻視しているにすぎない。言葉からこぼれてきた映像を描くことは楽しいけれど、ちょっと安易すぎないか。いつもそう思う。ほんとうは想像の中で映像が遊んでいる状態こそが自然なことなのは充分わかっている。言葉を絵に翻訳したとたん、あやまちが起こる。僕が言葉に沿う絵をなかなか描けないとき、そこには言葉に含まれた映像が聖域性を前にしての躊躇いがある。と書きつつ、勇気が少し足りないだけだったりして。

MacKenzie Bezos

Life is full of things that feel like traps. Our own weaknesses and mistakes. Unlucky accidents. The violence done to us by others. But they’re not always what they seem. Sometimes later we see that they led us where we needed to go.

原民喜

 お仙の夫は今朝、橋から墜ちて溺れたが、救助されたのが早かったのでまだ助かりさうだった。手当は姑や隣りの人にまかせて置いて、お仙は町まで医者を迎へに走った。医者は後から直ぐ来ると云ふので、お仙はまた呼吸を切らせて山路を走った。すると家の近くの淫祠まで来たところで、隣りの主人とばったり出逢った。お仙は顔色を変へて唖者になった。隣りの主人はこれも二三秒唇を慄はせたまま、ものが云へない。が、やがて彼は頓狂な声でかう叫んだ。
「死んだ、死んだ。」
 お仙の顔は暫く硬直したままであったが、ピクリと頬の一角が崩れると、妸娜っぽい微笑に変った。それからお仙はともかく隣りの主人と一緒に家へ急いだ。
 家へ戻ると、お仙は直ぐに夫の顔を覗き込んだ。お仙の夫は蒲団に寝かされたまま、頭が低く枕に沈んでゐるので、何か怒ってゐるやうな表情であった。その顔を見てゐると、お仙はふと夫が生きて来さうな気がした。と、その時、お仙の夫は急に「うう……」と声を放って眼をひらいた。
「あなたや、あなたや……」とお仙は大声で泣き喚いた。

永井荷風

 その夜竜子はいつものように、生れてから十七年、同じように枕を並べて寝た母の寐顔を、次の間からさす電燈の火影にしみじみと打眺めた。
 日が暮れてもなお吹き荒れていた風はいつの間にかぱったり止んで雨だれの音がしている。江戸川端を通る遠い電車の響も聞えないので時計を見ずとも夜は早や一時を過ぎたと察せられる。母はいつもと同じように右の肩を下に、自分の方を向いて、少し仰向加減に軽く口を結んでいかにも寝相よくすやすやと眠っている。竜子は母が病気の折にも、翌朝学校へ行くのが遅れるといけないからと言われて極った時間に寝かされてしまう所から、十七になる今日が日まで、夜半にしみじみ母の寐顔を見詰めるような折は一度もなかった。
 束髪に結った髪は起きている時のように少しも乱れていない。瞼が静に閉されているので濃い眉毛は更に鮮かに、細い鼻と優しい頬の輪郭とは斜にさす朧気な火影に一層際立ってうつくしく見えた。雨は急に降りまさって来たと見えて軒を打つ音と点滴の響とが一度に高くなったが、母は身動きもせずすやすやと眠っている。しかしそれは疲れ果てて昏睡した傷しい寝姿ではない。動物のように前後も知らず眠を貪った寝姿でもない。竜子は綺麗な鳥が綺麗な翼に嘴を埋めて、静に夜の明けるのを待っている形を思い浮べた。

竹久夢二

 葉子さん。
 あなたの愛らしいノートをお返しする時がきました。
 絵を画くことは少しも悪くなかったのです。ただ、画く時でない時に画いた事だけがいけなかったのです。あなたが私のために花を摘んで下さったことも、橋の上から川へ流したことも、みんな私は知っています。あなたの心づくしの花束は、私の病室の窓の下を流れる水におくられて、私の手に入りました。私はどんなにあなたのやさしい親切を感謝したことでしょう。
 安心して下さい。私の病気はほんの風邪に過ぎません。次の月曜日からまた教場でお目にかかりましょう。
 葉子さん。
 どうぞこれからはもっと善い子になって下さい。他の稽古の時に絵を画いたりしないような、そしてお友達に何を言われても、好いと思ったことを迷わずするような、強い子になって下さい。

それでは      
さようなら  

堀辰雄

夏になつた。路易は或る温泉湯へ娘を誘つて見た。娘は、承諾した。が、もう一人ほかに彼女の仲のいい娘を一しよに連れて行くといふ條件づきで。
その小さな旅行中、路易はさういふ娘の意地惡に對する復讐をひそかに考へてゐた。温泉場に着くと、娘はひとりで妙にはしやいでゐた。或る溪流のほとりを三人で歩いてゐた時など、娘はひとりでずんずん徑もないやうなところを分けていつて其處にきらきらしてゐる水を手で掬ひたがつた。しまひには生ひ茂つた草や木の葉が娘の姿を全く見えなくさせた。あんまりいつまでも見えなかつたので路易は崖の上から大きな聲で娘の名前を呼んだ。返事がなかつた。路易が氣づかはしさうに下の方をのぞきこんでゐると、連れの娘も一しよにそれを見ようとして、その顏をぐつと彼の顏に近づけた。その頬が匂つた。すると路易は夢中にその娘の肩へ手をかけながら、荒あらしくそれを引きよせて頬ずりをした。
間もなく徑もないやうなところから生ひ茂つた草を分けて娘が上つてきた。その顏が眞蒼であつた。ひどく呼吸を切らせてゐるらしかつた。さうして二人のそばにあつたベンチのところまで來ると、その上へよろめくやうになつて倒れた。
路易があわてて近づいて行つて見ると、
「何でもないわ……」と娘は言ひながら目を閉ぢた。

歸りの汽車の中で三人はぎごちなく沈默してゐた。
路易はまださつきの味のない接吻のことを考へてゐるらしく、「なんだ接吻なんてあんなものか」と言はんばかりの顏をしてゐる。それが接吻した相手を自分がちつとも愛してなんぞゐなかつたためであるとは知らずに。さうして路易は自分のこれまでにした唯一の接吻、地震のごたくさまぎれに小さなみすぼらしい娘にしてやつた、あの後味の大へん苦かつた接吻のことなんどを思ひ出すともなく思ひ出してゐた……。

黒田清輝

 その時代によつて多少の相異はあるがクラシツクの方では正しい形を美の標準としてゐる。然し私には、このクラシツクの方でいふ正しい形は、どうも厳格すぎるやうな感じがする。
 即ちこれを日本人に応用すると混血児になつてしまふ。嫌ひといふではないが絵にするには少し申分がある。眼のパツチリした、鼻の高い、所謂世間で云ふ美人は、どうも固すぎると思ふ。
 と云つて又、口元に大変愛嬌があるとか、苦みばしつてゐるとかいふやうな、特に表情の著しい顔は好かない。一口に云ふと、薄ぼんやりした顔が好きです。
 目の細い、生際や眉がキツパリと塗つたやうに濃い顔はいけない。鼻筋の通りすぎたのも却つてよくない。中肉中背といふことも勿論程度問題ではあるが、どちらかといへば、中背は少し高い位、中肉は少し優形の方がいゝと思ふ。つまりスラツとした姿の美しい女がいゝ。
 この絵は、ルネツサンス時代のフロオレンスの絵画によくあるやうな上品なスツキリとした優美――意気でない、野暮な優しさを描かうと思つて、頸なぞも思ひ切つて長くし、髪なども態と或る時代を現す一定の型に結はさないで、顔の輪郭なども出来るだけ自分の考へてゐるやうに直したが、どうも十分には私の心持ちが現れなかつた。
 然し嬉しいとか、悲しいとかの表情のない処までは行つたと思ふ。難を云へば、顔が一体に行き詰つてゐるかと思ふ。優しみといふ点も欠けてゐる。品が十分でない。私としては、モウ少し間の抜けた上品な処がほしかつた。
 一体に東京の女は顎が短くつていけない。尤もあまり長過ぎても困るが、どちらかと云へば少し長い位なのがいい。京都には、態と表情を殺してゐるやうな女がよくあるが、あれは中々いゝと思ふ。

恩田陸

 何かが上達する時というのは、階段状だ。
 ゆるやかに坂を登るように上達する、というのは有り得ない。
 弾けども弾けども足踏みばかりで、ちっとも前に進まない時がある。これがもう限界なのかと絶望する時間がいつ果てるともなく続く。
 しかし、ある日突然、次の段階に上がる瞬間がやってくる。
 なぜか突然、今まで弾けなかったものが弾けていることに気づく。
 それは喩えようのない感激と驚きだ。
 本当に薄暗い森を抜けて、見晴らしの良い場所に立ったかのようだ。
 ああ、そうだったのかと納得する瞬間。文字通り、新たな視野が開け、なぜ今までわからなかったのだろうと上って来た道を見下ろす瞬間。
 ああいう幾多のポイントを経て、いまここでみんなステージに立っている。

星新一

政府の方針により、すべての国民に充分な土地が確保され、公害も犯罪も戦争さえもなくなった、健康で文化的な世界。
生活維持省に勤務する青年は、いつも通り上司から受け取った数枚の「カード」を手に、同僚とともに外勤に出る。それぞれのカードには特定の人物の情報が記載され、二人は最初のカードに記された少女の自宅を訪れる。出迎えた少女の母親に青年が身分を明かすと、彼女は『死神…』と口走って卒倒しそうになる。
実は政府の方針とは徹底した人口制限、すなわち毎日コンピュータで年齢・性別・職業に関係なく完全に公平に選抜した者を殺処分するというものであり、二人はその業務を遂行する執行官だった。
情に訴え必死に反駁する母親を、青年はいつも通りに論破する。この方針を維持できなければ、人口爆発で生活水準は下がり、貧困と暴力が公害や犯罪をはびこらせ、『行き着く先はいつも同じ、戦争です』と。 帰宅した少女を気付かれないようレーザー銃で射殺すると、二人は次のカードを見るため車に戻った。
カードを引いた青年は、思わず『景色の良い場所がいいな』と大声で言い、訝しむ同僚に自分の名が記されたカードを見せる。そして、こんな平和な時代にこれだけ生きられて幸せだった、と呟くのだった。

谷崎潤一郎

そして洋服箪笥の蔭い行て、帯ほどいて、髪ばらばらにして、きれいに梳いて、はだかの上いそのシーツをちょうど観音さんのように頭からゆるやかにまといました。「ちょっと見てごらん、こないしてみたら、あんたの絵エと大分違うやろ。」そういうて光子さんは、箪笥の扉に附いている姿見の前い立って、自分で自分の美しさにぼうっとしておられるのんでした。「まあ、あんた、綺麗な体しててんなあ。」――わたしはなんや、こんな見事な宝持ちながら今までそれ何で隠してなさったのんかと、批難するような気持でいいました。わたしの絵エは顔こそ似せてありますけど、体はY子というモデル女うつしたのんですから、似ていないのはあたりまえです。それに日本画の方のモデル女は体よりも顔のきれいなのんが多いのんで、そのY子という人も、体はそんなに立派ではのうて、肌なんかも荒れてまして、黒く濁ったような感じでしたから、それ見馴れた眼エには、ほんまに雪と墨ほどの違いのように思われました。「あんた、こんな綺麗な体やのんに、なんで今まで隠してたん?」と、わたしはとうとう口に出して恨みごというてしまいました。そして「あんまりやわ、あんまりやわ」いうてるうちに、どういう訳や涙が一杯たまって来まして、うしろから光子さんに抱きついて、涙の顔を白衣の肩の上に載せて、二人して姿見のなかを覗き込んでいました。「まあ、あんた、どうかしてるなあ」と光子さんは鏡に映ってる涙見ながら呆れたようにいわれるのんです。「うち、あんまり綺麗なもん見たりしたら、感激して涙が出て来るねん。」私はそういうたなり、とめどのう涙流れるのん拭こうともせんと、いつまでもじっと抱きついてました。

内田 伸子

人は,自分自身の発見のために,整合的な世界の中心に自分自身を位置づけるために,文章を書くという営みに従事する。

茂呂雄二

外的なシンボルを構成することで,「内的なもの」と「外的なもの」の2つの領域が同時に作り出されたのだといえよう。

Elena Ferrante

One April afternoon, right after lunch, my husband announced that he wanted to leave me. He did it while we were clearing the table; the children were quarreling as usual in the next room, the dog was dreaming, growling beside the radiator. He told me he was confused, that he was having terrible moments of weariness, of dissatisfaction, perhaps of cowardice. He talked for a long time about our fifteen years of marriage, about the children, and admitted that he had nothing to reproach us with, neither them nor me. He was composed, as always, apart from an extravagant gesture of his right hand when he explained to me, with a childish frown, that soft voices, a sort of whispering, were urging him elsewhere. Then he assumed the blame for everything that was happening and closed the front door carefully behind him, leaving me turned to stone beside the sink.

Domenico Starnone (ドメニコ・スタルノーネ)

Se tu te ne sei scordato, egregio signore, te lo ricordo io: sono tua moglie. Lo so che questo una volta ti piaceva e adesso, all’improvviso, ti dà fastidio. Lo so che fai finta che non esisto e che non sono mai esistita perché non vuoi fare brutta figura con la gente molto colta che frequenti.

もしも忘れているのなら、思い出させてあげましょう。私はあなたの妻です。わかっています。かつてのあなたはそのことに喜びを見出していたはずなのに、いまになってとつぜん煩わしくなったのですね。

In case it’s slipped your mind, Dear Sir, let me remind you: I am your wife. I know that this once pleased you and that now, suddenly, it chafes. I know you pretend that I don’t exist, and that I never existed, because you don’t want to look bad in front of the highbrow people you frequent. I know that leading an orderly life, having to come home in time for dinner, sleeping with me instead of whomever you want, makes you feel like an idiot.

鈴木一誌

タイポグラフィには制約が必ずある。タイポグラフィは受け手に見られ、環境として生きられなければならない。その文字デザインが見られるのは、どのような環境でなのか。遠くからか近くからか、暗いか明るいか、歩きながらか立ちどまってか、机でじっくりと読まれるのか。読んでもらうのか、見てもらうのか。男か女か、年齢はどのくらいか、職業や国籍は、などである。文字を紙面に定着させるためにかかるコストもクリアしなくてはならない。紙の値段や何色で印刷するか。本ならば、サイズや、上製なのか並製なのかに代表される製本方式の仕様もだいじだ。

谷崎潤一郎

昔は遊芸を仕込むにも火の出るような凄じい稽古をつけ往々弟子に体刑を加えることがあったのは人のよく知る通りである本年〔昭和八年〕二月十二日の大阪朝日新聞日曜のページに「人形浄瑠璃の血まみれ修業」と題して小倉敬二君が書いている記事を見るに、摂津大掾亡き後の名人三代目越路太夫の眉間には大きな傷痕が三日月型に残っていたそれは師匠豊沢団七から「いつになったら覚えるのか」と撥で突き倒された記念であるというまた文楽座の人形使い吉田玉次郎の後頭部にも同じような傷痕がある玉次郎若かりし頃「阿波の鳴門」で彼の師匠の大名人吉田玉造が捕り物の場の十郎兵衛を使い玉次郎がその人形の足を使った、その時キット極まるべき十郎兵衛の足がいかにしても師匠玉造の気に入るように使えない「阿呆め」というなり立廻りに使っていた本身の刀でいきなり後頭部をガンとやられたその刀痕が今も消えずにいるのである。しかも玉次郎を殴った玉造もかつて師匠金四のために十郎兵衛の人形をもって頭を叩き割られ人形が血で真赤に染まった。彼はその血だらけになって砕け飛んだ人形の足を師匠に請うて貰い受け真綿にくるみ白木の箱に収めて、時々取り出しては慈母の霊前に額ずくがごとく礼拝した「この人形の折檻がなかったら自分は一生凡々たる芸人の末で終ったかも知れない」としばしば泣いて人に語った。先代大隅太夫は修業時代には一見牛のように鈍重で「のろま」と呼ばれていたが彼の師匠は有名な豊沢団平俗に「大団平」と云われる近代の三味線の巨匠であったある時蒸し暑い真夏の夜にこの大隅が師匠の家で木下蔭挟合戦の「壬生村」を稽古してもらっていると「守り袋は遺品ぞと」というくだりがどうしても巧く語れない遣り直し遣り直して何遍繰り返してもよいと云ってくれない師匠団平は蚊帳を吊って中に這入って聴いている大隅は蚊に血を吸われつつ百遍、二百遍、三百遍と際限もなく繰り返しているうちに早や夏の夜の明け易くあたりが白み初めて来て師匠もいつかくたびれたのであろう寝入ってしまったようであるそれでも「よし」と云ってくれないうちはと「のろま」の特色を発揮してどこまでも一生懸命根気よく遣り直し遣り直して語っているとやがて「出来た」と蚊帳の中から団平の声、寝入ったように見えた師匠はまんじりともせずに聴いていてくれたのであるおよそかくのごとき逸話は枚挙に遑なくあえて浄瑠璃の太夫や人形使いに限ったことではない生田流の琴や三味線の伝授においても同様であったそれにこの方の師匠は大概盲人の検校であったから不具者の常として片意地な人が多く勢い苛酷に走った傾きがないでもあるまい。春琴の師匠春松検校の教授法もつとに厳格をもって聞えていたことは前述のごとくややもすれば怒罵が飛び手が伸びた教える方も盲人なら教わる方も盲人の場合が多かったので師匠に叱られたり打たれたりする度に少しずつ後ずさりをし、ついに三味線を抱えたまま中二階の段梯子を転げ落ちるような騒ぎも起った。後日春琴が琴曲指南の看板を掲げ弟子を取るようになってから稽古振りの峻烈をもって鳴らしたのもやはり先師の方法を蹈襲したのであり由来する所がある訳なのだが、それは佐助を教えた時代から既に萌していたのであるすなわち幼い女師匠の遊戯から始まり次第に本物に進化したのである。あるいは云う男の師匠が弟子を折檻する例は多々あるけれども女だてらに男の弟子を打ったり殴ったりしたという春琴のごときは他に類が少いこれをもって思うに幾分嗜虐性の傾向があったのではないか稽古に事寄せて一種変態な性慾的快味を享楽していたのではないかと。果してしかるや否や今日において断定を下すことは困難であるただ明白な一事は、子供がままごと遊びをする時は必ず大人の真似をするされば彼女も自分は検校に愛せられていたのでかつて己の肉体に痛棒を喫したことはないが日頃の師匠の流儀を知り師たる者はあのようにするのが本来であると幼心に合点して、遊戯の際に早くも検校の真似をするに至ったのは自然の数でありそれが昂じて習い性となったのであろう

唯川恵

「あら。新さま、もう起きたの?」
 女が身体を摺り寄せてくる。
「ああ」
 いつも思う。朝に見る色町の女の顔ほど憂鬱なものはない。