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寓言

寓言という言葉には 他のことに仮託してなにかを言う という意味があって 私たちが知っている昔の物語は その多くが作り事で 寓言なのだという 寓言のなかには 神や国のことを書いた明らかな失敗作から 好色や文化のことを書いた面白いものまで いろいろあって そのどれもが 私たちにとって 何かしらの意味を持つ 正当化したい気持ちが強すぎて すぐに作り事とわかってしまうもの 心の機微が見事に描かれていて 読む者を飽きさせないもの 作り事だということが明白で 騙されないぞと身構えてしまうもの 作り事だとわかっているのに 登場人物の境遇に涙してしまうもの いろいろな寓言があるが 内容とスタイルは大きく違う 政治的な意味合いが大きく メッセージ性が強く 仮託が効果的でない 日本書紀 政治的には意味がなく メッセージ性もないのに 仮託が効果的な 源氏物語 消えることなく読み継がれてきた寓言は 私たちを想像の世界に誘う 作り事を分析しても意味はないし 作り事に役割を持たせても詮ない 書かれた時点で想像でしかなかったものが 後の世で事実として扱われる滑稽さを どう笑ったらいいのだろう 寓言は寓言 それ以上でもそれ以下でもない

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りんごを食べないで

りんごを食べないで もし今のままでいたいなら もしも変わるのがいやならば マッチをする 炎が灯る 一瞬のしあわせが訪れる 炎が消える ふーっ 一瞬のしあわせは永遠で マッチをすってよかったのだと 生きていた頃を振り返りながら 自分に言い聞かせる 箱を開く 煙がでる 一瞬のうちに年老いる 息が絶える はー 乙姫との思い出は永遠となり 箱を開けてよかったのだと 竜宮城にいた頃を振り返りながら 自分に言い聞かせる りんごを食べる 死んでしまう 王子がキスをする 愛が訪れる うーん 純粋な愛は永遠に続くことになり 愛に出会えてよかったのだとと 継母のことを思い出しながら 自分に言い聞かせる マッチを マッチをすらないで もし生きていたいなら 箱を開けないで もし夢を見続けたいなら りんごを食べないで もしも少女でいたければ もしも大人がいやならば 許して下さい マッチを マッチをすらないで お願いですから 箱を 箱を開けないでください りんごを りんごを食べないで そのりんごを食べないで

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Franz Kafka

“Now, if you will permit me,” said K., “I will ask you a rather rude question.” The landlady remained silent. “So I may not ask,” said K., “that’s enough for me, too.” “Oh, of course,” said the landlady, “that’s enough for you, that especially. You misinterpret everything, even the silence. You simply cannot help it. I do give you permission to ask.” “If I’m misinterpreting everything,” said K., “then perhaps I’m also misinterpreting my own question, perhaps it isn’t all that rude. I simply wanted to know how you met your husband and how this inn came into your hands.”

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Giovanni Boccaccio

Indeed, leaving be that townsman avoided townsman and that well nigh no neighbor took thought unto other and that kinsfolk seldom or never visited one another and held no converse together save from afar, this tribulation had stricken such terror to the hearts of all, men and women alike, that brother forsook brother, uncle nephew, and sister brother and oftentimes wife husband; nay (what is yet more extraordinary and well nigh incredible) fathers and mothers refused to visit or tend their very children, as they had not been theirs. By reason whereof there remained unto those (and the number of them, both males and females, was incalculable) who fell sick, … Continue reading

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Albert Camus

Mais il savait cependant que cette chronique ne pouvait pas être celle de la victoire définitive. Elle ne pouvait être que le témoignage de ce qu’il avait fallu accomplir et que, sans doute, devraient accomplir encore, contre la terreur et son arme inlassable, malgré leurs déchirements personnels, tous les hommes qui, ne pouvant être des saints et refusant d’admettre les fléaux, s’efforcent cependant d’être des médecins. Écoutant, en effet, les cris d’allégresse qui montaient de la ville, Rieux se souvenait que cette allégresse était toujours menacée. Car il savait ce que cette foule en joie ignorait, et qu’on peut lire dans les livres, que le bacille de la peste ne … Continue reading

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キム・ギドク

世の中は、恐ろしいほど残酷で無情で悲しみに満ちている。 残酷な行為に関するニュースが、世界中で毎日報道されている。 自分自身のことを含め、どんなに一生懸命人間を理解しようとしても、混乱するだけでその残酷さを理解することはできない。そこで私は、すべての義理や人情を排除して何度も何度も考え、母なる自然の本能と習慣に答えを見つけた。 自然は…人間の悲しみや苦悩の限界を超えたものであり、最終的には自分自身に戻ってくるものだ。私は人間を憎むのをやめるためにこの映画を作った。 人間、空間、時間…そして人間。

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石牟礼道子

 今は昔、たたなわる山ひだのあいの古り傾きし小屋に、女ひとりきて棲みにけり。  雲間の月いとおかしく凍みわたる夜々、ひとすじの煙うちなびくすすきが原のうえに立ちてあやしければ、五色の朝日さしのぼりて山和ぐ頃里のうばら人心地つきて、のぼりきていう。  こはいかなるやかたならん。いまはみやこへみやこへと山もひともうちすててくだりたまう世に、なにとてかくはさびしき石積みのいただきにきてかくれすみたまう。夜な夜なガゴはあらわれいでござるや。  女こたえて、笑みていう。われはただうちなる心のこひしくて、雪ふらす女とならんとこの山にきしが、世にあらわれて暮ししことなければ、かくれ住むというほどのこともなく、ガゴあらわるるときはうつしみの影のごとくなればいとやすく、おのづから喰われてぞやらむに。  里のうばらいう。何の精うけし女ならん。ガゴの方にてあやしみ逃ぐるならんと。ガゴとは現代文明の光りのもとにてはあらわるるなきこの地の物の怪のことにて、童ら夜更け語りにいう物の怪のことなり。  女、割れ鏡などに木の葉髪かきあげつつ、ようおもう、かかる色あせし世にわれは何の精うけて霧のあいだに生まるるとするならん。ふく風のさみしさにたもとをかきいだき小屋いでぬれば、豚やしないしあとならんセメントの床うつろに、雨風にうつくしく洗い出されひらひらとめくれる竹の皮の笠おかれいる。猪も食わず通りゆきしがあわれなり。  ひとたびはうち拓きて捨てたる山の石の畑には屋根なき樹の幹の柱しろしろとふし立ちのこりいて、そのもとに小指にてふるればぽろぽろとくずるる籾とおしなど、かずらにて網みし農具などたてかけ、板折れ脱けし鍬も大草鎌もさびつき、ことに女童のあそびしこけし人形など目鼻もいまだかすかにあいらしく、畑あわれに区切りたるしるしの石積みの段のかげ、冬草のあいだにひろうひともなきが、いまはむかし開拓のひとびとの夢、昼の間さえかわりてみむとまどろめど、末世の風さやさやとふきわたるばかりなり。    

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辻山良雄

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nakaban

言葉は映像とは全く無関係。気持ちも体温もある僕たちが発明した鉱石的な冷たいなにか。それが言葉。そんなものを生み出した人間はおもしろいと思う。 すべての名詞はじつは代名詞なのだと何かで読んだことがある。僕や君やスプーンをあらわす名詞は本当にその存在を説明できているわけではないからだ。言葉のごく一部に栞のように挟まれた映像が垣間見えたとしても、それは僕たちが自分の物差しで映像を幻視しているにすぎない。言葉からこぼれてきた映像を描くことは楽しいけれど、ちょっと安易すぎないか。いつもそう思う。ほんとうは想像の中で映像が遊んでいる状態こそが自然なことなのは充分わかっている。言葉を絵に翻訳したとたん、あやまちが起こる。僕が言葉に沿う絵をなかなか描けないとき、そこには言葉に含まれた映像が聖域性を前にしての躊躇いがある。と書きつつ、勇気が少し足りないだけだったりして。

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MacKenzie Bezos

Life is full of things that feel like traps. Our own weaknesses and mistakes. Unlucky accidents. The violence done to us by others. But they’re not always what they seem. Sometimes later we see that they led us where we needed to go.

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原民喜

 お仙の夫は今朝、橋から墜ちて溺れたが、救助されたのが早かったのでまだ助かりさうだった。手当は姑や隣りの人にまかせて置いて、お仙は町まで医者を迎へに走った。医者は後から直ぐ来ると云ふので、お仙はまた呼吸を切らせて山路を走った。すると家の近くの淫祠まで来たところで、隣りの主人とばったり出逢った。お仙は顔色を変へて唖者になった。隣りの主人はこれも二三秒唇を慄はせたまま、ものが云へない。が、やがて彼は頓狂な声でかう叫んだ。 「死んだ、死んだ。」  お仙の顔は暫く硬直したままであったが、ピクリと頬の一角が崩れると、妸娜っぽい微笑に変った。それからお仙はともかく隣りの主人と一緒に家へ急いだ。  家へ戻ると、お仙は直ぐに夫の顔を覗き込んだ。お仙の夫は蒲団に寝かされたまま、頭が低く枕に沈んでゐるので、何か怒ってゐるやうな表情であった。その顔を見てゐると、お仙はふと夫が生きて来さうな気がした。と、その時、お仙の夫は急に「うう……」と声を放って眼をひらいた。 「あなたや、あなたや……」とお仙は大声で泣き喚いた。

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永井荷風

 その夜竜子はいつものように、生れてから十七年、同じように枕を並べて寝た母の寐顔を、次の間からさす電燈の火影にしみじみと打眺めた。  日が暮れてもなお吹き荒れていた風はいつの間にかぱったり止んで雨だれの音がしている。江戸川端を通る遠い電車の響も聞えないので時計を見ずとも夜は早や一時を過ぎたと察せられる。母はいつもと同じように右の肩を下に、自分の方を向いて、少し仰向加減に軽く口を結んでいかにも寝相よくすやすやと眠っている。竜子は母が病気の折にも、翌朝学校へ行くのが遅れるといけないからと言われて極った時間に寝かされてしまう所から、十七になる今日が日まで、夜半にしみじみ母の寐顔を見詰めるような折は一度もなかった。  束髪に結った髪は起きている時のように少しも乱れていない。瞼が静に閉されているので濃い眉毛は更に鮮かに、細い鼻と優しい頬の輪郭とは斜にさす朧気な火影に一層際立ってうつくしく見えた。雨は急に降りまさって来たと見えて軒を打つ音と点滴の響とが一度に高くなったが、母は身動きもせずすやすやと眠っている。しかしそれは疲れ果てて昏睡した傷しい寝姿ではない。動物のように前後も知らず眠を貪った寝姿でもない。竜子は綺麗な鳥が綺麗な翼に嘴を埋めて、静に夜の明けるのを待っている形を思い浮べた。

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竹久夢二

 葉子さん。  あなたの愛らしいノートをお返しする時がきました。  絵を画くことは少しも悪くなかったのです。ただ、画く時でない時に画いた事だけがいけなかったのです。あなたが私のために花を摘んで下さったことも、橋の上から川へ流したことも、みんな私は知っています。あなたの心づくしの花束は、私の病室の窓の下を流れる水におくられて、私の手に入りました。私はどんなにあなたのやさしい親切を感謝したことでしょう。  安心して下さい。私の病気はほんの風邪に過ぎません。次の月曜日からまた教場でお目にかかりましょう。  葉子さん。  どうぞこれからはもっと善い子になって下さい。他の稽古の時に絵を画いたりしないような、そしてお友達に何を言われても、好いと思ったことを迷わずするような、強い子になって下さい。 それでは       さようなら  

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堀辰雄

夏になつた。路易は或る温泉湯へ娘を誘つて見た。娘は、承諾した。が、もう一人ほかに彼女の仲のいい娘を一しよに連れて行くといふ條件づきで。 その小さな旅行中、路易はさういふ娘の意地惡に對する復讐をひそかに考へてゐた。温泉場に着くと、娘はひとりで妙にはしやいでゐた。或る溪流のほとりを三人で歩いてゐた時など、娘はひとりでずんずん徑もないやうなところを分けていつて其處にきらきらしてゐる水を手で掬ひたがつた。しまひには生ひ茂つた草や木の葉が娘の姿を全く見えなくさせた。あんまりいつまでも見えなかつたので路易は崖の上から大きな聲で娘の名前を呼んだ。返事がなかつた。路易が氣づかはしさうに下の方をのぞきこんでゐると、連れの娘も一しよにそれを見ようとして、その顏をぐつと彼の顏に近づけた。その頬が匂つた。すると路易は夢中にその娘の肩へ手をかけながら、荒あらしくそれを引きよせて頬ずりをした。 間もなく徑もないやうなところから生ひ茂つた草を分けて娘が上つてきた。その顏が眞蒼であつた。ひどく呼吸を切らせてゐるらしかつた。さうして二人のそばにあつたベンチのところまで來ると、その上へよろめくやうになつて倒れた。 路易があわてて近づいて行つて見ると、 「何でもないわ……」と娘は言ひながら目を閉ぢた。 歸りの汽車の中で三人はぎごちなく沈默してゐた。 路易はまださつきの味のない接吻のことを考へてゐるらしく、「なんだ接吻なんてあんなものか」と言はんばかりの顏をしてゐる。それが接吻した相手を自分がちつとも愛してなんぞゐなかつたためであるとは知らずに。さうして路易は自分のこれまでにした唯一の接吻、地震のごたくさまぎれに小さなみすぼらしい娘にしてやつた、あの後味の大へん苦かつた接吻のことなんどを思ひ出すともなく思ひ出してゐた……。

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黒田清輝

 その時代によつて多少の相異はあるがクラシツクの方では正しい形を美の標準としてゐる。然し私には、このクラシツクの方でいふ正しい形は、どうも厳格すぎるやうな感じがする。  即ちこれを日本人に応用すると混血児になつてしまふ。嫌ひといふではないが絵にするには少し申分がある。眼のパツチリした、鼻の高い、所謂世間で云ふ美人は、どうも固すぎると思ふ。  と云つて又、口元に大変愛嬌があるとか、苦みばしつてゐるとかいふやうな、特に表情の著しい顔は好かない。一口に云ふと、薄ぼんやりした顔が好きです。  目の細い、生際や眉がキツパリと塗つたやうに濃い顔はいけない。鼻筋の通りすぎたのも却つてよくない。中肉中背といふことも勿論程度問題ではあるが、どちらかといへば、中背は少し高い位、中肉は少し優形の方がいゝと思ふ。つまりスラツとした姿の美しい女がいゝ。  この絵は、ルネツサンス時代のフロオレンスの絵画によくあるやうな上品なスツキリとした優美――意気でない、野暮な優しさを描かうと思つて、頸なぞも思ひ切つて長くし、髪なども態と或る時代を現す一定の型に結はさないで、顔の輪郭なども出来るだけ自分の考へてゐるやうに直したが、どうも十分には私の心持ちが現れなかつた。  然し嬉しいとか、悲しいとかの表情のない処までは行つたと思ふ。難を云へば、顔が一体に行き詰つてゐるかと思ふ。優しみといふ点も欠けてゐる。品が十分でない。私としては、モウ少し間の抜けた上品な処がほしかつた。  一体に東京の女は顎が短くつていけない。尤もあまり長過ぎても困るが、どちらかと云へば少し長い位なのがいい。京都には、態と表情を殺してゐるやうな女がよくあるが、あれは中々いゝと思ふ。

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恩田陸

 何かが上達する時というのは、階段状だ。  ゆるやかに坂を登るように上達する、というのは有り得ない。  弾けども弾けども足踏みばかりで、ちっとも前に進まない時がある。これがもう限界なのかと絶望する時間がいつ果てるともなく続く。  しかし、ある日突然、次の段階に上がる瞬間がやってくる。  なぜか突然、今まで弾けなかったものが弾けていることに気づく。  それは喩えようのない感激と驚きだ。  本当に薄暗い森を抜けて、見晴らしの良い場所に立ったかのようだ。  ああ、そうだったのかと納得する瞬間。文字通り、新たな視野が開け、なぜ今までわからなかったのだろうと上って来た道を見下ろす瞬間。  ああいう幾多のポイントを経て、いまここでみんなステージに立っている。

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星新一

政府の方針により、すべての国民に充分な土地が確保され、公害も犯罪も戦争さえもなくなった、健康で文化的な世界。 生活維持省に勤務する青年は、いつも通り上司から受け取った数枚の「カード」を手に、同僚とともに外勤に出る。それぞれのカードには特定の人物の情報が記載され、二人は最初のカードに記された少女の自宅を訪れる。出迎えた少女の母親に青年が身分を明かすと、彼女は『死神…』と口走って卒倒しそうになる。 実は政府の方針とは徹底した人口制限、すなわち毎日コンピュータで年齢・性別・職業に関係なく完全に公平に選抜した者を殺処分するというものであり、二人はその業務を遂行する執行官だった。 情に訴え必死に反駁する母親を、青年はいつも通りに論破する。この方針を維持できなければ、人口爆発で生活水準は下がり、貧困と暴力が公害や犯罪をはびこらせ、『行き着く先はいつも同じ、戦争です』と。 帰宅した少女を気付かれないようレーザー銃で射殺すると、二人は次のカードを見るため車に戻った。 カードを引いた青年は、思わず『景色の良い場所がいいな』と大声で言い、訝しむ同僚に自分の名が記されたカードを見せる。そして、こんな平和な時代にこれだけ生きられて幸せだった、と呟くのだった。

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谷崎潤一郎

そして洋服箪笥の蔭い行て、帯ほどいて、髪ばらばらにして、きれいに梳いて、はだかの上いそのシーツをちょうど観音さんのように頭からゆるやかにまといました。「ちょっと見てごらん、こないしてみたら、あんたの絵エと大分違うやろ。」そういうて光子さんは、箪笥の扉に附いている姿見の前い立って、自分で自分の美しさにぼうっとしておられるのんでした。「まあ、あんた、綺麗な体しててんなあ。」――わたしはなんや、こんな見事な宝持ちながら今までそれ何で隠してなさったのんかと、批難するような気持でいいました。わたしの絵エは顔こそ似せてありますけど、体はY子というモデル女うつしたのんですから、似ていないのはあたりまえです。それに日本画の方のモデル女は体よりも顔のきれいなのんが多いのんで、そのY子という人も、体はそんなに立派ではのうて、肌なんかも荒れてまして、黒く濁ったような感じでしたから、それ見馴れた眼エには、ほんまに雪と墨ほどの違いのように思われました。「あんた、こんな綺麗な体やのんに、なんで今まで隠してたん?」と、わたしはとうとう口に出して恨みごというてしまいました。そして「あんまりやわ、あんまりやわ」いうてるうちに、どういう訳や涙が一杯たまって来まして、うしろから光子さんに抱きついて、涙の顔を白衣の肩の上に載せて、二人して姿見のなかを覗き込んでいました。「まあ、あんた、どうかしてるなあ」と光子さんは鏡に映ってる涙見ながら呆れたようにいわれるのんです。「うち、あんまり綺麗なもん見たりしたら、感激して涙が出て来るねん。」私はそういうたなり、とめどのう涙流れるのん拭こうともせんと、いつまでもじっと抱きついてました。

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Bryan Lufkin

At Book and Bed Tokyo, guests can stay overnight or just pay for a couple of hours to read and mingle with others.

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内田 伸子

人は,自分自身の発見のために,整合的な世界の中心に自分自身を位置づけるために,文章を書くという営みに従事する。

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茂呂雄二

外的なシンボルを構成することで,「内的なもの」と「外的なもの」の2つの領域が同時に作り出されたのだといえよう。

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石川九楊

ひとつの字画――それはその言葉の肯定と否定とが無数に詰まったかたまりだとも言えます。

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Elena Ferrante

One April afternoon, right after lunch, my husband announced that he wanted to leave me. He did it while we were clearing the table; the children were quarreling as usual in the next room, the dog was dreaming, growling beside the radiator. He told me he was confused, that he was having terrible moments of weariness, of dissatisfaction, perhaps of cowardice. He talked for a long time about our fifteen years of marriage, about the children, and admitted that he had nothing to reproach us with, neither them nor me. He was composed, as always, apart from an extravagant gesture of his right hand when he explained to me, with … Continue reading

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Domenico Starnone (ドメニコ・スタルノーネ)

Se tu te ne sei scordato, egregio signore, te lo ricordo io: sono tua moglie. Lo so che questo una volta ti piaceva e adesso, all’improvviso, ti dà fastidio. Lo so che fai finta che non esisto e che non sono mai esistita perché non vuoi fare brutta figura con la gente molto colta che frequenti. もしも忘れているのなら、思い出させてあげましょう。私はあなたの妻です。わかっています。かつてのあなたはそのことに喜びを見出していたはずなのに、いまになってとつぜん煩わしくなったのですね。 In case it’s slipped your mind, Dear Sir, let me remind you: I am your wife. I know that this once pleased you and that now, suddenly, it chafes. I know you pretend that I don’t exist, and that I never existed, because you don’t want to look bad in front of the … Continue reading

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El Lissitzky

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Getty Images

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Nick Shinn

Punch Cuts (PDF file)

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John Orlando Parry

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鈴木一誌

タイポグラフィには制約が必ずある。タイポグラフィは受け手に見られ、環境として生きられなければならない。その文字デザインが見られるのは、どのような環境でなのか。遠くからか近くからか、暗いか明るいか、歩きながらか立ちどまってか、机でじっくりと読まれるのか。読んでもらうのか、見てもらうのか。男か女か、年齢はどのくらいか、職業や国籍は、などである。文字を紙面に定着させるためにかかるコストもクリアしなくてはならない。紙の値段や何色で印刷するか。本ならば、サイズや、上製なのか並製なのかに代表される製本方式の仕様もだいじだ。

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谷崎潤一郎

昔は遊芸を仕込むにも火の出るような凄じい稽古をつけ往々弟子に体刑を加えることがあったのは人のよく知る通りである本年〔昭和八年〕二月十二日の大阪朝日新聞日曜のページに「人形浄瑠璃の血まみれ修業」と題して小倉敬二君が書いている記事を見るに、摂津大掾亡き後の名人三代目越路太夫の眉間には大きな傷痕が三日月型に残っていたそれは師匠豊沢団七から「いつになったら覚えるのか」と撥で突き倒された記念であるというまた文楽座の人形使い吉田玉次郎の後頭部にも同じような傷痕がある玉次郎若かりし頃「阿波の鳴門」で彼の師匠の大名人吉田玉造が捕り物の場の十郎兵衛を使い玉次郎がその人形の足を使った、その時キット極まるべき十郎兵衛の足がいかにしても師匠玉造の気に入るように使えない「阿呆め」というなり立廻りに使っていた本身の刀でいきなり後頭部をガンとやられたその刀痕が今も消えずにいるのである。しかも玉次郎を殴った玉造もかつて師匠金四のために十郎兵衛の人形をもって頭を叩き割られ人形が血で真赤に染まった。彼はその血だらけになって砕け飛んだ人形の足を師匠に請うて貰い受け真綿にくるみ白木の箱に収めて、時々取り出しては慈母の霊前に額ずくがごとく礼拝した「この人形の折檻がなかったら自分は一生凡々たる芸人の末で終ったかも知れない」としばしば泣いて人に語った。先代大隅太夫は修業時代には一見牛のように鈍重で「のろま」と呼ばれていたが彼の師匠は有名な豊沢団平俗に「大団平」と云われる近代の三味線の巨匠であったある時蒸し暑い真夏の夜にこの大隅が師匠の家で木下蔭挟合戦の「壬生村」を稽古してもらっていると「守り袋は遺品ぞと」というくだりがどうしても巧く語れない遣り直し遣り直して何遍繰り返してもよいと云ってくれない師匠団平は蚊帳を吊って中に這入って聴いている大隅は蚊に血を吸われつつ百遍、二百遍、三百遍と際限もなく繰り返しているうちに早や夏の夜の明け易くあたりが白み初めて来て師匠もいつかくたびれたのであろう寝入ってしまったようであるそれでも「よし」と云ってくれないうちはと「のろま」の特色を発揮してどこまでも一生懸命根気よく遣り直し遣り直して語っているとやがて「出来た」と蚊帳の中から団平の声、寝入ったように見えた師匠はまんじりともせずに聴いていてくれたのであるおよそかくのごとき逸話は枚挙に遑なくあえて浄瑠璃の太夫や人形使いに限ったことではない生田流の琴や三味線の伝授においても同様であったそれにこの方の師匠は大概盲人の検校であったから不具者の常として片意地な人が多く勢い苛酷に走った傾きがないでもあるまい。春琴の師匠春松検校の教授法もつとに厳格をもって聞えていたことは前述のごとくややもすれば怒罵が飛び手が伸びた教える方も盲人なら教わる方も盲人の場合が多かったので師匠に叱られたり打たれたりする度に少しずつ後ずさりをし、ついに三味線を抱えたまま中二階の段梯子を転げ落ちるような騒ぎも起った。後日春琴が琴曲指南の看板を掲げ弟子を取るようになってから稽古振りの峻烈をもって鳴らしたのもやはり先師の方法を蹈襲したのであり由来する所がある訳なのだが、それは佐助を教えた時代から既に萌していたのであるすなわち幼い女師匠の遊戯から始まり次第に本物に進化したのである。あるいは云う男の師匠が弟子を折檻する例は多々あるけれども女だてらに男の弟子を打ったり殴ったりしたという春琴のごときは他に類が少いこれをもって思うに幾分嗜虐性の傾向があったのではないか稽古に事寄せて一種変態な性慾的快味を享楽していたのではないかと。果してしかるや否や今日において断定を下すことは困難であるただ明白な一事は、子供がままごと遊びをする時は必ず大人の真似をするされば彼女も自分は検校に愛せられていたのでかつて己の肉体に痛棒を喫したことはないが日頃の師匠の流儀を知り師たる者はあのようにするのが本来であると幼心に合点して、遊戯の際に早くも検校の真似をするに至ったのは自然の数でありそれが昂じて習い性となったのであろう

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唯川恵

「あら。新さま、もう起きたの?」  女が身体を摺り寄せてくる。 「ああ」  いつも思う。朝に見る色町の女の顔ほど憂鬱なものはない。

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唯川恵

(『逢魔』は唯川さんにとって初めての時代小説となるそうですが、どうして時代小説を選んだのでしょうか) 1つ大きな理由としてあるのが、現代の恋愛小説を書くことに息苦しさを感じていたところがあります。現代の女性を描くとしても、その人を取り巻く環境や状況がとても複雑になっていて、それを無視することができません。 例えば若い女性を主役に据えた場合、例えば就職難であったり、貧困であったりというのも1つ大きな要素として出てきます。どうしても恋愛に主軸を置きにくくなるというか、窮屈になってしまうんです。思いきり男女の恋愛を書くというのが難しい。 。。。 そんなことを編集者さんたちと話している中で、「時代物を書いてみたらいかがですか?」と言われて。

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藤沢周平

 「新兵衛さん、待ってください」  押し殺した声で言うと、おこうは新兵衛の手をおしのけて畳にすべり降りた。そしてあわただしく裾を合わせて坐ると、半ばとけて畳に流れている帯を手もとに引き寄せた。帯をつかんだまま、おこうはうなだれている。  息を殺して、新兵衛はおこうを見まもった。すると、おこうの手がまた動いた。おこうは身体から帯をはずして畳んでいる。そしてきっぱりと立つと、夜具のそばに行った。  おこうはそこで、さらに腰に巻きついている紐をはずし、着物を脱ぎ捨てると、長襦袢だけになった。その姿のまま、新兵衛に背をむけてひっそりと坐った。新兵衛は立って行くと、跪いて背後からそっとおこうの肩を抱いた。こわかったら、ここでやめてもいいのだよおこうさん、と新兵衛が思ったとき、おこうが振り向いた。おこうは奇妙なほどにひたむきな顔で、手をのばすと新兵衛の羽織の紐をといた。

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山本周五郎

 お孝はときどき自分が恥ずかしくなる。鏡に向っているときなど特にそうだ。 「――まあいやだ、いやあねえ」  独りでそんなことを呟いて、独りで赤くなって、鏡に写っている自分の顔を、一種の唆られるような気持で、こくめいに眺めまわす。全般的に見て、いやな言葉だけれども、膏がのってきている。皮膚が透けるようなぐあいで、なにかの花びらのように柔らかくしっとりと湿っていて、撫でると指へ吸いつくような感じである。  或る気分としては眼をそらしたい。良人というものをもって半年あまりになるが、そのあいだに自分の躯にあらわれた変化は、これには自分としても衒れて、頬の熱くなることがしばしばあった。  ――いやあねえ。  こう思うのはそのままの実感である。胸乳のたっぷりした重さ、腰まわりのいっぱいな緊張感、痛いほど張った太腿。そのくせ胴は細く緊って、手足も先端にゆくほどすんなりと細い。その膏の乗って肥えた部分と、反対に細く緊った部分との対比が、娘時代とはあきらかに違ったもので、つい頬が熱くなり、眼をそらしたくなるが、じっさいは胸がどきどきし、唆られるようなふしぎな気持で、いつまでも眺め飽かないのであった。 「――ふしぎだわ、女の躯って、……どうしてかしら、ほんとにいやだわ」  いやだと云いながら、しかも一方では、いくら眺めても眺め飽きないのである。

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三崎律日

魔女に与える鉄槌 ~10万人を焼き尽くした魔女狩り 台湾誌 ~ 稀代のペテン師の妄想「嘘の国の歩き方」 ヴォイニッチ手稿 ~ 万能薬のレシピか? 植物図鑑か? 野球と其害毒 ~ 明治の偉人たちの「最近の若者」 穏健なる提案 ~ 妖精の国に突き付けられた国家再建案 天体の回転について ~ 知のリレーが地球を動かした 非現実の王国で ~ 大人になれない男の終わらない話 フラーレンによる52Kでの超伝導 ~ “神の手” 軟膏を拭うスポンジ / それを絞り上げる ~ 奇妙な医療 物の本質について ~ 快楽主義者のこの世の真理 サンゴルスキーの「ルバイヤート」 ~ 水難の書物 椿井文書 ~ いまも地域に根差す江戸時代の偽歴史書 ビリティスの歌 ~ 古代ギリシャ女流詩人の愛の独白 月世界旅行 ~ 1つの創作が科学へと導かれる

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the能ドットコム

摂津国日下の里に住んでいた日下左衛門の妻は、家が没落したため、夫と別れて京都に上り、高貴な人の家に乳母として奉公するようになりました。三年が過ぎて生活も安定してきたことから、左衛門の妻は、夫の消息を知ろうと、従者を伴って里帰りします。従者は里人に左衛門の消息を尋ねますが、行方知れずになっていました。それでも妻は、しばらく日下の里に留まり、夫を探すことを決意します。 従者は、妻の気持ちを引き立てようと、里人に面白いことはないかと尋ね、当地の浜の市に芦を売りに来る、芦刈の男が面白いという話を聞き出します。浜の市で妻や従者が待っていると、芦刈の男が現れました。芦刈の男は、落魄した身の上を嘆きながらも、芦を刈る風雅さを語ります。その後、芦刈の男は、従者と語り、葦と芦の異名などを紹介した後、有名な和歌を織り込んだ面白い謡を謡いながら、舞を見せます。 妻は従者に、芦刈の男に芦を一本持ってきてもらうよう頼みます。芦売りの男は、妻のもとへ芦を持っていきますが、彼女を見て小屋に隠れてしまいます。実は、芦刈の男は左衛門その人であり、自分の妻だと気づいて、恥ずかしさのあまりに、隠れたのでした。妻は、「今は生活も安定したので迎えに来たのです、姿を見せて」と説得します。そして夫婦はお互いの心情を歌に託して交し合います。左衛門は「今は包み隠すことはない」と小屋を出ます。従者は夫婦再会を祝し、一緒に都へ行くように左衛門に勧めます。左衛門は烏帽子直垂をまとい、和歌の徳を讃えて、喜びの舞を舞い、夫婦は連れ立って春の都へと向かうのでした。

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川端康成

 和服に外套の駅長は寒い立話をさっさと切り上げたいらしく、もう後姿を見せながら、 「それじゃまあ大事にいらっしゃい」 「駅長さん、弟は今出ておりませんの?」と、葉子は雪の上を目捜しして、 「駅長さん、弟をよく見てやって、お願いです」  悲しいほど美しい声であった。高い響きのまま夜の雪から木魂して来そうだった。  汽車が動き出しても、彼女は窓から胸を入れなかった。そうして線路の下を歩いている駅長に追いつくと、 「駅長さあん、今度の休みの日に家へお帰りって、弟に言ってやって下さあい」 「はあい」と、駅長が声を張りあげた。  葉子は窓をしめて、赤らんだ頬に両手をあてた。

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Samuel Beckett

…perhaps the words have carried me to the threshold of my story, before the door that opens on my story, that would surprise me, if it opens, it will be I, will be the silence, where I am, I don’t know, I’ll never know, in the silence you don’t know, you must go on, I can’t go on, I’ll go on.

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キム・ヘジン

これがどん底だと思ってるでしょ。 違うよ。底なんてない。 底まで来たと思った瞬間、 さらに下へと転げ落ちるの――

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Larry Brooks

The thing is, you can’t write your way out of the pit unless you know your story’s weaknesses and how to strengthen and repair them. Such a statement creates a paradox of sorts, because if you knew what was wrong and how to fix it before you started writing, you wouldn’t have written it with those weaknesses in the first place. This is why revision is so critical. For starters, we all do revision work, even before the book goes out to an agent or an editor. Even “polishing” is, in the truest sense, a form of revision, and as such we should subject it to the same rigorous standards … Continue reading

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Stephen King

I took her hand. “I read something once—” “I don’t think I’m quite ready for a literary discussion, Jake.” She tried to turn away again, but I held onto her hand. “It was a Japanese proverb. ‘If there is love, smallpox scars are as pretty as dimples.’ I’ll love your face no matter what it looks like. Because it’s yours.” She began to cry, and I held her until she quieted.

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中勘助

 これは芙蓉の花の形をしてるという湖のそのひとつの花びらのなかにある住む人もない小島である。この山国の湖には夏がすぎてからはほとんど日として嵐の吹かぬことがない。そうしてすこしの遮るものもない島はそのうえに鬱蒼と生い繁った大木、それらの根に培うべく湖のなかに蟠まったこの島さえがよくも根こぎにされないと思うほど無惨に風にもまれる。ただ思うさま吹きつくした南風が北にかわる境めに崖を駈けおりて水を汲んでくるほどのあいだそれまでの騒しさにひきかえて落葉松のしんを噛む蠧の音もきこえるばかり静な無風の状態がつづく。  この島守の無事であることを湖の彼方の人びとにつげるものはおりおり食物を運んでくれる「本陣」のほかには毎夜ともす燈明の光と風の誘ってゆく歌の声ばかりである。この人は昔村が街道筋にあたって繁昌した頃の御本陣のあととりだが、時勢の変遷や度かさなる村の災厄のため落魄して今はここでも小さいほうの数に入る一軒の家のあるじにすぎないけれど通り名だけはもとのまま「本陣」と呼ばれている。本陣は村じゅうでいちばん人がいいといわれるとおりおそらく国じゅうでも最も善良な人のひとりであろう。その善良朴直のゆえに私は心からこの人を愛する。性来、特に現在甚だ人間嫌いになった私にとってもこの人が島へくることは一尾の鱒が游いできたような喜びを与える。

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高橋たか子

「なぜ死ぬかって? 私を死なせる張本人のあなたが、なぜ死ぬかって訊ねるの?」 ** 「二十、二十一」  と、声が言った時、鳥居哲代は、何でも出来る――と自分に言い、織田薫を押した。  その時、鳥居哲代の内部で盛りあがり押さえられ盛りあがりしていたあの不快な力が、思いもかけない量をなして噴きでてきて、一瞬、それは快と感じられた。押した相手は織田薫でもあり自分自身でもあり誰か他の人でもあった気がした。鳥居哲代は自分を見つめてばかりいたので、織田薫がどういう格好をしたかを見なかった。  望んでいない。  と、鳥居哲代は言った。  望んでいる。  と、言いかえてみた。  望んでいないものを望んでいる、ということはあるのか。  と、さらに言った。  鳥居哲代はただ一人で戻りはじめた。歩行はのろく重たい。昏れてしまったとも昏れていないとも決めようのない曇天のなかを行く。 「火口の中はぱあっと明るい」  と、さっき無理に言わされたことを、今度は自分から言ってみた。

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小池真理子

「何か?」雛子は小首を傾げ、鳥飼に聞いた。  警戒するような口ぶりではなかった。彼女は好意的で友好的な感じがした。安心できる人物に道を訊ねられた時、人が見せるような屈託のない笑みを浮かべて、雛子は鳥飼の前に立った。 「申し訳ありません。散歩をしていてつい、この木にみとれてしまいまして」  ああ、と雛子は鳥飼の視線を辿りながら言った。「マルメロです。今年もこんなにいっぱい実が成って嬉しくって」  想像していた通りの声だった。低くて、落ち着いていて、時として人を眠たくさせるような……。 「珍しいですね。鎌倉でマルメロとは」 「ええ。知識がなかったものだから、育てるのが難しくて、大変だったんです。香りが強いものですから虫がつきやすくって。移植してから最初の五、六年は実も成らなくて、もしかすると気候が合わないのかしら、って諦めてたくらい」 「移植と言いますと、どちらから?」  軽井沢です、と雛子は言い、木もれ日の下で額に浮いた汗を拭った。「別荘に植えてあったものをこちらに」 「大切になさってた木なんですね」  雛子は軽くうなずき、思い出が……と言いかけて口をとざした。口紅の跡のない唇に、平凡な主婦に似つかわしくない謎めいた微笑が浮かんだが、やがてそれもすぐに消えた。「よかったら、おひとついかがですか」

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Adam Higginbotham

At 8:16 a.m. on August 6, 1945, a fission weapon containing sixty-four kilograms of uranium detonated 580 meters above the Japanese city of Hiroshima, and Einstein’s equation proved mercilessly accurate. The bomb itself was extremely inefficient: just one kilogram of the uranium underwent fission, and only seven hundred milligrams of mass—the weight of a butterfly—was converted into energy. But it was enough to obliterate an entire city in a fraction of a second. Some seventyeight thousand people died instantly, or immediately afterward—vaporized, crushed, or incinerated in the firestorm that followed the blast wave. But by the end of the year, another twenty-five thousand men, women, and children would also sicken … Continue reading

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Niall Williams

He smiled, quoting himself: ‘This is happiness.’ It was a condensed explanation, but I came to understand him to mean you could stop at, not all, but most of the moments of your life, stop for one heartbeat and, no matter what the state of your head or heart, say This is happiness, because of the simple truth that you were alive to say it. I think of that often. We can all pause right here, raise our heads, take a breath and accept that This is happiness,

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Elsa Beskow

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Common Sense Science

Since the quantum electron has no physical structure, and no mechanism exists for exchanging energy or transmitting forces, then it is necessary to assume fundamental properties for the electron and proton: The quantum theory assumes that electrons and protons have intrinsic properties of spin, magnetic moment, stability, and inertial mass. The theory makes no attempt to derive them or relate them, but chooses such models that cannot relate its features: a point model is chosen for some occasions, and a wave model is chosen on others. The theory is unable to say if the essence of an electron is a particle or a wave; the theory can only say that … Continue reading

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Joseph John Fernandez

In 1964 John Bell published a paper titled “On the Einstein Podolosky Rosen Paradox” , in which he examined the consequences of hidden variable theories, as they had become known. In essence, his work found that such a theory could not be constructed and still give predictions consistent with quantum mechanics. And quantum mechanics was doing very well under experimental scrutiny. In fact, he found out that hidden variable theories would even be in contradiction with special relativity. It can only be speculated what Einstein would have thought of this had he been alive at the time. Since then, experiments have time and time again been in agreement with both … Continue reading

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NHKハートネット

逆淘汰論とは、19世紀に優生学を創始したフランシス・ゴルトンが唱えた説で、文明の発達した人間社会では、理性的な人々ほど生殖活動に熱心ではないために、社会的に望ましくないとされる不良な人々が、優良な人々を凌駕して、増殖する傾向にあるとしました。 日本でも戦前から、そのような逆淘汰論が社会理論として浸透していたために、「産めよ殖やせよ」という戦前の政策を転換し、産児制限を進めれば、優良な人々は、社会状況を理解し、家族計画により子どもの数を制限しようとするが、不良な人々は、欲望のままに子どもをつくり続けるために、逆淘汰現象が起きると考えられることになりました。

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ウィキペディア

中古車市場では、売り手は車の品質をよく理解しているが、買い手は車を購入するまで車の品質を詳しく調査できない場合が多い。そのため情報優位者である売り手は情報劣位者である買い手の無知につけ込んで、良質な車は手元に置いておき、劣悪な車を売りつけようとする。したがって、中古車市場には劣悪な車ばかりが出回る結果になってしまう。 中古車市場における中古車の品質などの情報は、売り手のみが知りうる情報であり、買い手には知りえない情報であるため、「隠された情報」と呼ばれている。

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芥川龍之介

 僕等人間は一事件の為に容易に自殺などするものではない。僕は過去の生活の総決算の為に自殺するのである。しかしその中でも大事件だつたのは僕が二十九歳の時に秀夫人と罪を犯したことである。僕は罪を犯したことに良心の呵責は感じてゐない。唯相手を選ばなかつた為に(秀夫人の利己主義や動物的本能は実に甚しいものである。)僕の生存に不利を生じたことを少からず後悔してゐる。

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室生犀星

私はすべて淪落の人を人生から贔屓にし、そして私はたくさんの名もない女から、若い頃のすくひを貰った。學間や慧智のある女は一人として私の味方でも友達でもなかった。碌に文字を書けないやうな智恵のない眼の女、何処でどう死に果てたか判らないやうな馬鹿みたいな女、さういふ人がこの「蜻蛉の日記」の執筆中に、机の向う側に坐つて笑ふ事も話をする事もなく、現はれては朦朧たる姿を消して去った。私を教へた者はこれらの人々の無飾の純粋であり、私の今日の仕事のたすけとなった人々もこれらの人達の呼吸のあたたかさであった。

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芥川龍之介

それから何分かの後である。厠へ行くのにかこつけて、座をはずして来た大石内蔵助は、独り縁側の柱によりかかって、寒梅の老木が、古庭の苔と石との間に、的れきたる花をつけたのを眺めていた。日の色はもううすれ切って、植込みの竹のかげからは、早くも黄昏がひろがろうとするらしい。が、障子の中では、不相変面白そうな話声がつづいている。彼はそれを聞いている中に、自らな一味の哀情が、徐に彼をつつんで来るのを意識した。このかすかな梅の匂につれて、冴返る心の底へしみ透って来る寂しさは、この云いようのない寂しさは、一体どこから来るのであろう。――内蔵助は、青空に象嵌をしたような、堅く冷い花を仰ぎながら、いつまでもじっと彳んでいた。

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芥川龍之介

 夜半、月の光が一川の蘆と柳とに溢れた時、川の水と微風とは静に囁き交しながら、橋の下の尾生の死骸を、やさしく海の方へ運んで行った。が、尾生の魂は、寂しい天心の月の光に、思い憧れたせいかも知れない。ひそかに死骸を抜け出すと、ほのかに明るんだ空の向うへ、まるで水の匂や藻の匂が音もなく川から立ち昇るように、うらうらと高く昇ってしまった。……  それから幾千年かを隔てた後、この魂は無数の流転を閲して、また生を人間に託さなければならなくなった。それがこう云う私に宿っている魂なのである。だから私は現代に生れはしたが、何一つ意味のある仕事が出来ない。昼も夜も漫然と夢みがちな生活を送りながら、ただ、何か来るべき不可思議なものばかりを待っている。ちょうどあの尾生が薄暮の橋の下で、永久に来ない恋人をいつまでも待ち暮したように。

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Lorin Stein

I’m hooked on The Briefcase, by Hiromi Kawakami, a sentimental novel about the friendship, formed over late nights at a sake bar, between a Tokyo woman in her late thirties and her old high school teacher. It’s interesting enough to read about an aging woman drawn to an older man; when this attraction comes wrapped up in Japanese nostalgia for old fashioned inns, mushroom hunting, refined manners, and Basho, how can a person resist? I can only imagine what wizardry must have gone into Allison Markin Powell’s translation.

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川上弘美

 遠いようなできごとだ。センセイと過ごした日々は、あわあわと、そして色濃く、流れた。センセイと再開してから、二年。センセイ言うところの、「正式なおつきあい」を始めてからは、三年。それだけの時間を、共に過ごした。  あのころから、まだ少ししかたってないのに。

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新海誠

知らない者同士が、お互いに知らない場所で生きていて、もしかしたら二人は出会うかもしれない存在。現実は会えない、でも、何らかのカタチで触れ合う。 単純だけれど、そんな物語を作りたいという事が今作の動機でした。良く考えてみると、それは、僕たちの日常そのものだと思います。今まさに地方の田舎町で生活している女の子も、将来、都会に住んでいるある男の子と出会うかもしれない。その未来の物語を小野小町の和歌『思ひつつ寝ればや人の見えつらむ 夢と知りせば覚めざらましを』(訳:あの人のことを思いながら眠りについたから夢に出てきたのであろうか。夢と知っていたなら目を覚まさなかったものを)を引っ掛かりとして、アニメーションのフィールドの中で描く事が出来ると思いました。その後は、「夢の中で入れ替わる」ことを軸に「彗星」や「組紐」など様々なモチーフを交えながら作品としての構成を組み立てました。

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Anna Burns

The day Somebody McSomebody put a gun to my breast and called me a cat and threatened to shoot me was the same day the milkman died. He had been shot by one of the state hit squads and I did not care about the shooting of this man. Others did care though, and some were those who, in the parlance, ‘knew me to see but not to speak to’ and I was being talked about because there was a rumour started by them, or more likely by first brother-in- law, that I had been having an affair with this milkman and that I was eighteen and he was forty-one. … Continue reading

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Sally Rooney

Marianne had the sense that her real life was happening somewhere very far away, happening without her, and she didn’t know if she would ever find out where it was or become part of it.

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東陽一

人の思うことを次々に言いあて、思うことがなくなると、とって喰う。その妖怪「サトリ」が孤独な水族館受付嬢の前に現れる…。 民間伝承に材をとり現代を描写した東陽一監督の意欲作。緑魔子がしなやかな感性で特異なヒロインを好演している。また、管理社会からはみだして生きる“ものぐさ太郎”には河原崎次郎、そして太古の昔より甦える妖怪“サトリ”には、特異なマスクと不思議な存在感を有する山谷初男が紛している。

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物くさ太郎

信濃国筑摩郡あたらしの郷に、働かず寝てばかりの男がいた。村人からは「物くさ太郎」と呼ばれ、現地の地頭左衛門尉信頼も呆れるほどの怠けぶりであった。あるとき朝廷から、信濃守二条大納言有季への長夫のお召しが下ったが、村人たちは皆嫌がって、物くさ太郎をおだて上げてその役を務めさせることに成功した。 上洛した太郎はまるで人が変わったように働き者になったが、なかなか嫁が見つからない。そこで、人の勧めで清水寺の門前にて「辻取」を行う。たまたま通りかかった貴族の女房を見初め、妻に取ろうとするが女房は嫌がり太郎に謎かけをして逃げ去ってしまう。ところが太郎は謎かけを簡単に解いて、女房の奉公先である豊前守の邸へ押しかける。そこでは女房と恋歌の掛け合いをするが機知に富んだ太郎が女房を破り、ついに二人は結婚する。垢にまみれた物くさ太郎を風呂に入れてやると見まごうばかりの美丈夫に変貌する。噂を聞きつけた帝と面会すると太郎が深草帝の後裔であることが明らかになり、信濃の中将に任ぜられ故郷に下向した太郎は子孫繁栄し、120歳の長寿を全うした。 死後、太郎は「おたがの大明神」、女房は「あさいの権現」として祭られ人々に篤く崇敬された。

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梶井基次郎

その日私はいつになくその店で買物をした。というのはその店には珍しい檸檬が出ていたのだ。檸檬などごくありふれている。がその店というのも見すぼらしくはないまでもただあたりまえの八百屋に過ぎなかったので、それまであまり見かけたことはなかった。いったい私はあの檸檬が好きだ。レモンエロウの絵具をチューブから搾り出して固めたようなあの単純な色も、それからあの丈の詰まった紡錘形の恰好も。――結局私はそれを一つだけ買うことにした。それからの私はどこへどう歩いたのだろう。私は長い間街を歩いていた。始終私の心を圧えつけていた不吉な塊がそれを握った瞬間からいくらか弛んで来たとみえて、私は街の上で非常に幸福であった。あんなに執拗かった憂鬱が、そんなものの一顆で紛らされる――あるいは不審なことが、逆説的なほんとうであった。それにしても心というやつはなんという不可思議なやつだろう。 その檸檬の冷たさはたとえようもなくよかった。その頃私は肺尖を悪くしていていつも身体に熱が出た。事実友達の誰彼に私の熱を見せびらかすために手の握り合いなどをしてみるのだが、私の掌が誰のよりも熱かった。その熱い故だったのだろう、握っている掌から身内に浸み透ってゆくようなその冷たさは快いものだった。

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Giacomo Sartori

I am God. Have been forever, will be forever. Forever, mind you, with the razor-sharp glint of a diamond, and without any counterpart in the languages of men. When a man says, I’ll love you forever, everyone knows that forever is a frail and flimsy speck of straw in the wind. A vow that won’t be kept, or that in any case is very unlikely to be kept. A lie, in other words. But when I say forever, I really do mean forever. So let that be clear. I am God, and I have no need to think. Up to now I’ve never thought, and I’ve never felt the need, … Continue reading

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Karen Robards

Oh, the pleasure of it! The exquisite wonder of his hot wet mouth moving over the tip of her breast, drawing in the distended nipple, suckling it like a babe. She felt a shaft of excitement shoot down between her thighs, where his thigh had taken up residence once again. As he kissed and suckled and nibbled she arched her back, pressing her breasts against him with wanton abandon, clutching his head with both hands in his hair as she rubbed herself against that marvelous thigh. . . . Then one of his hands was sliding down from its play with her breasts stroking her stomach, a finger burrowing playfully … Continue reading

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Rebecca Solnit

We treat desire as a problem to be solved, address what desire is for and focus on that something and how to acquire it rather than on the nature and the sensation of desire, though often it is the distance between us and the object of desire that fills the space in between with the blue of longing. I wonder sometimes whether with a slight adjustment of perspective it could be cherished as a sensation on its own terms, since it is as inherent to the human condition as blue is to distance? If you can look across the distance without wanting to close it up, if you can own … Continue reading

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Kris Gage

Truly good books are few and far between — and so they’re priceless There are two camps of “good books” and both of them are rare. The first is good content. They deliver a message that stands on its own. The writing only needs to be good enough to allow you to follow. The second is good craft. It doesn’t matter as much what the content is because the writing is so goddamn beautiful it all but sings off the page. (Writing that offers both, it should be said, is the incredibly rare and precious gem indeed.)

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ライネル・マリア・リルケ

名前といふものは、我々人間にとつては一つの意義があるのですよ。薔薇だつて、そりあマリイ・ボオマンだとか、テストウ夫人だとか、カモンド伯爵夫人だとか、或はまたエモオションだとか呼ばれてはゐます、が、それは殆ど無用の長物です。薔薇は自分たちの名前を知つてゐませんからね。それ等の上に小さな木札をひつかける、と、もうそれを引つ込めません。それつきりなのです。しかし、人々は自分たちの名前を知つてゐます。彼等は自分たちのもつてゐる名前に關心を持ち、それを大事さうに暗記してゐて、それを彼等に訊ねる者があれば誰にでもそれを言つてやります。彼等は一生涯、云はばまあ、それを養つてゐるのですね、そしておしまひには、それとごつちやになる位、殆どそつくり、その名前に似てしまふものですよ。……

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石牟礼道子

十方無量 百千万億 世々累劫 深甚微妙 無明暗中 流々草花 遠離一輪 莫明無明 未生億海

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Paulo Coelho

The alchemist picked up a book that someone in the caravan had brought. Leafing through the pages, he found a story about Narcissus.  The alchemist knew the legend of Narcissus, a youth who knelt daily beside a lake to contemplate his own beauty. He was so fascinated by himself that, one morning, he fell into the lake and drowned. At the spot where he fell, a flower was born, which was called the narcissus.  But this was not how the author of the book ended the story.  He said that when Narcissus died, the goddesses of the forest appeared and found the lake, which had been fresh water, transformed into … Continue reading

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村上春樹

さて、いったい何がラオスにあるというのか? 良い質問だ。たぶん。でもそんなことを訊かれても、僕には答えようがない。だって、その何かを探すために、これからラオスまで行こうとしているわけなのだから。それがそもそも、旅行というものではないか。 もちろん何もかもがすべてとんとんと順調に進んだわけではない。「旅先で何もかもがうまく行ったら、それは旅行じゃない」というのが僕の哲学(みたいなもの)である。

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新美南吉

ある日、でんでんむしは「自分の殻の中には『悲しみ』しか詰まっていない」ことにうっかり気付き、「もう生きていけない」と嘆く。 そこで別のでんでん虫にその話をするが「私の殻も悲しみしか詰まっていない」と言い、また別のでんでん虫も同じ事を言った。 そして最初のでんでん虫は「悲しみは誰でも持っている。自分の悲しみは自分で堪えていくしかない」と嘆くのをやめた。

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井上靖

崑崙の玉 桑と李という二人の若者が、于闐国が玉の産地であると聞き、その地に渡って良質の玉を手に入れて一攫千金を手にしようとした。二人は首尾よく于闐国に侵入し玉を手に入れたが、漢土の入り口である玉門関が閉ざされたことによって、遂に帰国できなくなってしまった。ロブ湖の水が伏流して黄河につながっているという説を信じる李は、ロブ湖に身を投じた。友を失い悲しむ桑とともに二人の消息は不明である。 盧という玉の商人は30人の胡族の土民を雇い、三人の若者と共に黄河の源に神仙郷を求め旅に出た。旅の途中に発見した大湖の畔で玉を捜そうとする三人の若者たちを諫め、盧は黄河の上流へ上流へと旅を続けた。ついに一行は黄河の源流の最奥部に立った。しかし、ここが神仙郷でもなく、玉の産地でもないと知った一行は、都へ帰るしかなかった。季節は冬を迎えようとしていた。一行が北京に戻ったと言う記録は残っていない。 世紀885年。ロシアの軍人の調査によって、ロブ湖の水が地下に伏流して黄河の水になるという、中国で二千年の間信じ続けられてきた説は否定された。

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江國香織

言葉は記号のようだった。記号だからこそ、あんなに気安く口から滑りでたのだ。大切なことは何一つ言いだせないままに。

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立花ハジメ

自分の一生の映っているビデオテープを手に入れた主人公。 誕生、少年時代に見入る興奮とスリル。 ふと60才の自分が見たくなり、 早送りしたものの画面に何も映っていないショック! 50才、40才と戻す。 まだ何も映らない。 次の瞬間にも自分もしくは世の中全体が なくなってしまうのではないかという不安にかられながら タイマーを現在に戻し 恐る恐る再生スイッチに手を伸ばす…。 こ、こ、これは…!!!

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二葉亭四迷

さて、題だが……題は何としよう? 此奴には昔から附倦ぐんだものだッけ……と思案の末、礑と膝を拊って、平凡! 平凡に、限る。平凡な者が平凡な筆で平凡な半生を叙するに、平凡という題は動かぬ所だ、と題が極まる。

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芥川龍之介

 何ものかの僕を狙つてゐることは一足毎に僕を不安にし出した。そこへ半透明な歯車も一つづつ僕の視野を遮り出した。僕は愈最後の時の近づいたことを恐れながら、頸すぢをまつ直にして歩いて行つた。歯車は数の殖えるのにつれ、だんだん急にまはりはじめた。同時に又右の松林はひつそりと枝をかはしたまま、丁度細かい切子硝子を透かして見るやうになりはじめた。僕は動悸の高まるのを感じ、何度も道ばたに立ち止まらうとした。けれども誰かに押されるやうに立ち止まることさへ容易ではなかつた。……  三十分ばかりたつた後、僕は僕の二階に仰向けになり、ぢつと目をつぶつたまま、烈しい頭痛をこらへてゐた。すると僕のまぶたの裏に銀色の羽根を鱗のやうに畳んだ翼が一つ見えはじめた。それは実際網膜の上にはつきりと映つてゐるものだつた。僕は目をあいて天井を見上げ、勿論何も天井にはそんなもののないことを確めた上、もう一度目をつぶることにした。しかしやはり銀色の翼はちやんと暗い中に映つてゐた。僕はふとこの間乗つた自動車のラデイエエタア・キヤツプにも翼のついてゐたことを思ひ出した。……  そこへ誰か梯子段を慌しく昇つて来たかと思ふと、すぐに又ばたばた駈け下りて行つた。僕はその誰かの妻だつたことを知り、驚いて体を起すが早いか、丁度梯子段の前にある、薄暗い茶の間へ顔を出した。すると妻は突つ伏したまま、息切れをこらへてゐると見え、絶えず肩を震はしてゐた。 「どうした?」 「いえ、どうもしないのです。……」  妻はやつと顔を擡げ、無理に微笑して話しつづけた。 「どうもした訣ではないのですけれどもね、唯何だかお父さんが死んでしまひさうな気がしたものですから。……」  それは僕の一生の中でも最も恐しい経験だつた。――僕はもうこの先を書きつづける力を持つてゐない。かう云ふ気もちの中に生きてゐるのは何とも言はれない苦痛である。誰か僕の眠つてゐるうちにそつと絞め殺してくれるものはないか?

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須賀敦子

「思いやり」という「ほどこし」や「おもらい」につながる封建時代的な人間関係を思わせる言葉に、私は、ふと、なじめぬものを感じてしまう。 「やさしい」ということが、自分の身がやせるまでに人のことを思う意味だと、ある辞書の註釈で読んだことがある。思いやりという言葉が、ほんとうに生きるためには、たぶん、わが身をやせさせても、やさしさに徹するところまで行かねばならないのだろう。 それにしても、なにかひとりよがりの匂いの抜けきれない「やさしさ」や「思いやり」よりも、他人の立場に身を置いて相手を理解しようとする「想像力」のほうに、私はより魅力をおぼえるのだが。

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河瀬直美

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宮本百合子

人間が極く原始な集団生活を営んでいた頃、そこにどんな恋愛と結婚のモラルがあり、家庭のしきたりという考えが存在していたろう。女も男も獣の皮か木の葉をかけて、極く短い綴りの言葉を合図にして穴居生活を営んでいる時代に、原始男女の世界は彼等の遠目のきく肉眼で見渡せる地平線が世界というものの限界であった。人類によって理解され征服されていなかった自然の中には、様々のおそろしい、美しい、そしてうち勝ち難い力が存在していて、嵐も雹も虹もそこに神として現れたし、彼等の体を温めたり獣の肉をあぶったりする火さえもその火が怒れば人間を焼き亡す力を持っている意味で、やはり神であった。神や魔力は水の中にさえもあった。あんなに静かに流れ、手ですくっておいしく飲めるその水が、天からどうどうと降りそそげば、彼等の穴ぐらは時々くずれたり狩に行けないために飢えなければならない時さえあった。

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島本理生

いくら美意識が千差万別とはいえ、あんなふうに全肯定されたら、かえって不気味なのよ。私は自分のことを良い女だなんて思ったことは一度もないわけ。なのに私が世界一みたいな言い方されてごらんなさいよ。あまりに気持ち悪くて、眉毛を描く気にもなれないわよ。 ** 無理です。ほかの女性なんて、考えられません。 当たり前でしょう。ほかの人なんて考えられないと思うのが恋愛なのよ。みんな、ほかの人なんて考えられない、と思いながら別れてほかの人と出会って好きになって、ほかの人と付き合うのよ。何度でも。

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ジェイ・ルービン

よい文学とは、僕に言わせれば、日常生活に響くものです。ごく当たり前の日常生活―――買い物をしていても、車を運転していても、料理をしていても――何をしていても、ふと微妙な関係で瞬間的に頭をよぎるものです。すべての生活に関わりを持っている。 村上さんの作品は、僕のいう「よい文学」の条件をパーフェクトに満たしています。とはいっても、僕が村上さんから具体的に何か教訓のようなものを得たか、それはよくわかりません。 ただ、はっきり言えるのは、もし僕が村上春樹という作家を知らずにいたら、まったく違う人生を送っていただろうし、このインタビューを受けることもなかっただろうということです。 もっと言えば、村上さんを知らずにいたら、今とは異なる頭脳構造を持っていただろうとさえ言ってよいと思います。もちろん仕事もまったく違うものになっていたでしょう。 村上さんを翻訳したおかげで、新しい経験を持つことができました。

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高橋章夫、石井くに子

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大谷直子

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小澤俊夫

まず、昔話とはなんでしょうか。昔話は「口で語られて耳で聞かれた文芸」です。耳で聞き終わったら消えちゃう。それが、目で読む文学ともっとも違うところです。だから、昔話の語り口は「シンプル」で「クリア」でなければならない。 もうひとつ大事なことは、聞いているほうがはっきり聞き取れるよう、言葉を繰り返すときには同じ言葉で語る。そのような「かたち」があるんです。 では、昔話を語るうえでいちばん大切なことはなんだと思いますか? それは、大人が子どもの耳に「生の声」で聞かせることです。目で読む文学、たとえば絵本のようなものが登場したのは、ごくごく最近。絵巻物のようなものがあったかもしれませんが、それはお金持ちだけのもので、大多数の人たちは、子どもを膝に乗せて昔話を語った。うんと身近なところでしゃべるから、子どもたちは体温や呼吸を感じる。その距離で接しているから、自分が相手にされている、愛されているということがいつの間にか実感できる。 ** 昔話が残酷だと言われはじめたのは、だいたい1980年代。高度成長の時代です。高度成長では、生活すべてがきれいになったでしょう、家も服装も全部。文明っていうのは、生活環境を自然から隔離することだよね。そのときに気がついてみたら、昔話が残酷だと言われはじめていたんです。 高度成長に生まれてきた人たちが貧困を知らない、それはいいことなんですよ。だから、昔話がそれを教えてくれている。元来、日本人の生活は、自然と密着した生活をしていたんだということを。それを大事にしないと、日本人は根無し草になってしまう。

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柴本幸

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Antonio Tabucchi

Philosophy appears to concern itself only with the truth,             but perhaps expresses only fantasies,   while literature appears to concern itself only with fantasies,             but perhaps it expresses the truth.

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Antonio Tabucchi

I sogni di Dedalo, Ovidio, Apuleio, Cecco Angiolieri, Villon, Rabelais, Caravaggio, Goya, Coleridge, Leopardi, Collodi, Stevenson, Rimbaud, Cechov, Debussy, Toulouse-Lautrec, Pessoa, Majakovskij, García Lorca, Freud. Un libro che è un azzardo, una supposizione e un’ipotesi, e insieme un fervido omaggio a venti artisti amati da uno scrittore di oggi.

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紫式部

いづれの御時にか、 女御、更衣あまた さぶらひたまひけるなかに、 いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて 時めきたまふありけり。 はじめより我はと 思ひ上がりたまへる御方がた、 めざましきものにおとしめ嫉みたまふ。 同じほど、それより下臈の更衣たちは、 ましてやすからず。朝夕の宮仕へにつけても、人の心をのみ動かし、 恨みを負ふ積もり にやありけむ、いと 篤しくなりゆき、もの心細げに里がちなるを、 いよいよあかずあはれなるものに思ほして、人の そしりをも え憚らせたまはず、世のためしにも なりぬべき御もてなしなり。

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広瀬弦

申し訳ないんですが、親の老いと言われても、あの人、最後まですごく元気だったんですよ。口が達者で、病院でもけんかばかりしていました。あの世にいる今でもきっと、自分が死んだなんて思っていないんじゃないかな。 そもそも、僕はずっとあの人のことが嫌いだったんです。自分でもどこかの雑誌で「私はダメな母親だった」と書いていた通り、母親としてはあんまり褒めるところがありません。とにかく、わがままで、子どもの僕にも言いたい放題。

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佐野洋子

 100万年も しなない ねこが いました。  100万回も しんで,100万回も 生きたのです。  りっぱな とらねこでした。  100万人の 人が,そのねこを かわいがり,100万人の 人が,そのねこが しんだとき なきました。  ねこは,1回も なきませんでした。

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北川悦吏子

正人:うん。そういうの聞くとなあ ああ女の子だなあなんてキュンとするんだよね。 律 :そんなんだから何人にもなっちゃうんだよ彼女が。 正人:てかさあ 犬飼うとするじゃない? 律 :うん。 正人:で 新しい犬来ました。前の犬 捨てる? 律 :いや。 正人:なっ。俺、そこ、わかんないんだよ。増えてくじゃん、犬。なんで女の子は、増えちゃだめなの? 正人:今、この子を抱きしめたら、絶対好きになる。抱きしめてチューしたら、もう100%好きだよ。 律 :そいでいいじゃん。恋愛ってそういうもんじゃん。 正人:自分さ、律みたいなまじめな人には分からないかもしれないけど、遊んでいるっていう感覚なくて。あー、かわいいな、好きだなと思って付き合うと、どんどんどんどん… 律 :わかった、その先はわかった。どんどん増えていっちゃうんだよな、女の子が。 正人:うん。 律 :犬みたいに。 正人:うん。 律 :新しい犬飼って、次の犬が来たから、前の犬捨てる人いないっていう理屈は前に聞いた。 律 :人間と犬が一緒はまずいんじゃないの? 正人:そっか。でも両方に愛あるよ俺。

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三島由紀夫

 拒みながら彼の腕のなかで目を閉ぢる聡子の美しさは喩へん方なかつた。微妙な線ばかりで形づくられたその顔は、端正でゐながら何かしら放恣なものに充ちてゐた。その唇の片端が、こころもち持ち上つたのが、歔欷のためか微笑のためか、彼は夕明りの中にたしかめようと焦つたが、今は彼女の鼻翼のかげりまでが、夕闇のすばやい兆のやうに思はれた。清顕は髪に半ば隠れてゐる聡子の耳を見た。耳朶にはほのかな紅があつたが、耳は実に精緻な形をしてゐて、一つの夢のなかの、ごく小さな仏像を奥に納めた小さな珊瑚の龕のやうだつた。すでに夕闇が深く領してゐるその耳の奥底には、何か神秘なものがあつた。その奥にあるのは聡子の心だらうか? 心はそれとも、彼女のうすくあいた唇の、潤んできらめく歯の奥にあるのだらうか?  清顕はどうやつて聡子の内部へ到達できるかと思ひ悩んだ。聡子はそれ以上自分の顔が見られることを避けるやうに、顔を自分のはうから急激に寄せてきて接吻した。清顕は片手をまはしてゐる彼女の腰のあたりの、温かさを指尖に感じ、あたかも花々が腐つてゐる室のやうなその温かさの中に、鼻を埋めてその匂ひをかぎ、窒息してしまつたらどんなによからうと想像した。聡子は一語も発しなかつたが、清顕は自分の幻が、もう一寸のところで、完全な美の均整へ達しようとしてゐるのをつぶさに見てゐた。  唇を離した聡子の大きな髪が、じつと清顕の制服の胸に埋められたので、彼はその髪油の香りの立ち迷ふなかに、幕の彼方にみえる遠い桜が、銀を帯びてゐるのを眺め、憂はしい髪油の匂ひと夕桜の匂ひとを同じもののやうに感じた。夕あかりの前に、こまかく重なり、けば立つた羊毛のやうに密集してゐる遠い桜は、その銀灰色にちかい粉つぽい白の下に、底深くほのかな不吉な紅、あたかも死化粧のやうな紅を蔵してゐた。  清顕は突然、聡子の頬が涙に濡れてゐるのを知った。彼の不幸な探求心が、それを幸福の涙か不幸の涙かと、いちはやく占ひはじめるが早いか、彼の胸から顔を離した聡子は、涙を拭はうとはせず、打ってかはった鋭い目つきで、些かのやさしさもなしに、たてつづけにかう言った。 「子供よ! 子供よ! 清様は、何一つおわかりにならない。何一つわからうとなさらない。私がもっと遠慮なしに、何もかも教へてあげてゐればよかったのだわ。ご自分を大層なものに思っていらしても、清様はまだただの赤ちゃんですよ。本当に私が、もっといたはつて、教へてあげてゐればよかった。でも、もう遅いわ。……」  言ひおはると、聡子は身をひるがへして幕の彼方にのがれ、あとには心を傷つけられた若者がひとりで残された。  何事が起ったのだろう。そこには彼をもっとも深く傷つける言葉ばかりが念入りに並び、もっとも彼の弱い部分を狙って射た矢、もっとも彼によく利く毒素が集約されてをり、いはば彼をいためつける言葉の精華であった。清顕はその毒の只ならぬ精錬度にまづ気づくべきであり、どうしてこんなに悪意の純粋な結晶が得られたかをまづ考へるべきだった。  しかるに胸は動悸を早め、手はふるへ、口惜しさに半ば涙ぐみながら、怒りに激して立ちつくしてゐる彼は、その感情の外に立って何一つ考へることができなかった。彼にはこの上、客の前へ顔を出すことが、そして夜が更けて會が果てるまで平然とした顔つきでゐることが、世界一の難事業のやうに思はれた。

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Kearan Pang

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Fernando Pessoa

On s’habitue et c’est plus par routine qu’on aime que pour autre chose. Qu’est-ce que ça pourrait être d’autre ? Ensuite on s’attache, mais on s’attache autrement, et ce sont nos grands enfants qu’on épouse. Certains pensent qu’on devrait les aimer pour ceci ou pour cela. Allons donc ! On ne sait pas pourquoi on aime. Quand on aime déjà on dit qu’on aime pour telle ou telle raison, mais seulement quand on aime déjà. Eux, ils pensent qu’on les aime parce qu’ils sont forts, ou parce qu’ils sont beaux, ou parce qu’ils ont les yeux bleus, ou quelque chose de ce genre. C’est un peu tout ça, monsieur le … Continue reading

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石牟礼道子

海が汚染されるということは、環境問題にとどまるものではない。それは太古からの命が連なるところ、数限りない生類と同化したご先祖さまの魂のよりどころが破壊されるということであり、わたしたちの魂が還りゆくところを失うということである。 水俣病の患者さんたちはそのことを身をもって、言葉を尽くして訴えた。だが、「言葉と文字とは、生命を売買する契約のためにある」と言わんばかりの近代企業とは、絶望的にすれ違ったのである。

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マガジンハウス

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吉野源三郎

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澤田直

ペソア・ウィルスとでも呼ぶべきものが確かに存在する。冒されてしまうと、なかなか治らない。(…)ここには自分の話が書かれている、これは自分と同じだ、などと思ったことがあったらペソア・ウィルスに冒されたと疑ってみたほうがよい。

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Fernando Pessoa

Literature is the most agreeable way of ignoring life.

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