Category Archives: story

石牟礼道子

 松葉はたくさん集まったし、もうしばらくしたら、母親が、大きな女籠を天秤棒で荷って、松葉を採り集めに来るでしょう。今夜はあったかいお風呂が、松葉の煙に包まれて沸くのです。 「あのなあ、爺さま」 「うん、なんじゃ」 「赤ちゃんはみんな、海やら、川やらから、流れてくるちゅうのは、ほんと?」  爺さまは眩しげに瞬いて、しばらく黙っておりました。爺さまが片手をかけている竈小屋の壁の根元に、幼い椿の木がありました。固い蕾があちこちついていて、おちょぼ口をしたような蕾のまん中に、かすかな紅が、ちょんとついています。粉雪が、かわいい蕾のまわりに流れるように降っていて、厚いつやつやした葉っぱに当たっては、枯れ色をした草むらの中に吸いこまれてゆきます。 「ふう、海からなあ」  爺さまはとてもやさしい目つきになって、海の方へ顎をしゃくるようにしました。 「ほう、海も雪ぞ」  みっちんも、松の林のあいだから海の方を眺めました。今日は向こう縁の天草島は見えなくて、茫々としている灰色の空の奥には、いったい何があるのか、すっかり遠くなって見えません。 「そうじゃのう、ああいう海から、いのちちゅうのは、来たかもしれん」 「ひとりで?」 「ひとりじゃとも」 「赤子のとき?」 「うんと、うんと、赤子のときじゃ」 「舟に乗って?」 「舟に乗ってじゃ」 「川を流れて?」 「うん、川をも下るぞ」 「難儀なこっちゃなあ」  斧を杖にして立ったまんま、爺さまはのけぞるようにして、大笑いしました。 「この世に来るのは、おたがい、難儀なこっちゃ、大仕事じゃ」  爺さまはふっとまじめそうな顔になりました。 「みっちんや、お前も、よう来たのう、遠かところから」 「爺さまもなあ」 「おお、爺さまもなあ、そうじゃとも」

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かわさき市民アカデミー

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J. R. R. Tolkien

Farewell sweet earth and northern sky, for ever blest, since here did lie and here with lissom limbs did run beneath the Moon, beneath the Sun, Lúthien Tinuviel more fair than mortal tongue can tell. Though all to ruin fell the world and were dissolved and backward hurled unmade into the old abyss, yet were its making good, for this- the dusk, the dawn, the earth, the sea- that Lúthien for a time should be.

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Osacr Wilde

“Oh, your theories about life, your theories about love, your theories about pleasure. All your theories, in fact, Harry.” “Pleasure is the only thing worth having a theory about,” he answered in his slow melodious voice. “But I am afraid I cannot claim my theory as my own. It belongs to Nature, not to me. Pleasure is Nature’s test, her sign of approval. When we are happy, we are always good, but when we are good, we are not always happy.” “Ah! but what do you mean by good?” cried Basil Hallward. “Yes,” echoed Dorian, leaning back in his chair and looking at Lord Henry over the heavy clusters of … Continue reading

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藤沢周平

風は強いだけでなく、ぞっとするほどつめたかった。振りむいて空をみたさよは、思わず恐怖に襲われて声を立てるところだった。さよがこれから帰って行く新大橋の向う岸の町町は、日を浴びて白くかがやいているのに、あたけの北にひろがる町町の上の空は、見たこともない厚い鉛いろの雲に埋めつくされていた。そしてその一段低いところを、薄い黒雲が右に左に矢のように走り抜けているのだった。 あの橋さえわたってしまえば、と必死に走りながらさよは思った。だが橋にたどりつく一歩手前で、日が雲に隠れてあたりは夕方のように暗くなり、つづいて雷が光った。ほんの少し間を置いてからさよのまわりが一斉に固い音を立てはじめた。そしてそれはすぐに、耳がわんと鳴るほどの雨音をともなう豪雨になって、さよだけでない橋の上のひとびとに襲いかかってきた。 その雨の中に紫いろの光がひっきりなしに光り、雷鳴はずしずしと頭の上の空をゆるがした。「落ちたよ」と誰かが叫ぶ声がして、さよはおそろしさに足が竦むようだった。するとそのとき、びしょ濡れの身体に後ろから傘をさしかけた者がいた。

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須賀敦子

昼間の疲れに押し倒されるようにして、すこしとろとろとしたようだった。ふいにベッドからほうりだされるような、からだが、無数の小さな手にささえられて宙に浮いたような感覚にゆすぶられて目がさめた。鐘。近くの教会の鐘が、夜中のヴェネツィアにむかってなにかを声高に告げている。時計を見ると一二時だった。とはいっても、それは、鐘楼の時計が、ただ、昨日から今日への境目としての時間を告げる、というふうではなくて、二○○年まえのこの夜、輝かしい彼らの音楽史の一ページとして、はじめて自分たちの歌劇場をもつことになったヴェネツィア市民の狂喜の時間をここでもういちどかみしめているような、まるでうつつをぬかしたような鳴りかただった。そして、その鐘の音を、冬の夜、北国の森を駆けぬけるあらしのような拍手が追いかけた。建物の内側の拍手と外側の拍手が重なりあって、家々の壁に、塔に、またそれらのかげに隠れた幾百の運河に、しずかな谺をよびおこすのを、私はもうひとつの音楽会のように、白いシーツのなかでじっと目をとじて聴いていた。

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小沼丹

猿 / 喧嘩 / 小さな手袋 / 地蔵さん / コタロオとコヂロオ / 長距離電話 / 後家横丁 / 断片 / 井伏さんと将棋 / 複製の画 / 木山さんのこと / チエホフの本 / 古い本 / 庄野のこと / 障子に映る影 ** つくしんぼ / 或る日のこと / 狆の二日酔ひ / 蝙蝠傘 / 落し物 / 古い唄 / 道標 / 籤 / 帽子の話 / コップ敷 / 鰻屋 / 秋風 / 虫の声 / 焚火の中の顔 / 蕗の薹 / 窓 / 辛夷 / 赤蜻蛉 / 文鳥 / 泥鰌 / お玉杓子 / 巣箱 / 地蔵 / ぴぴ二世 / 鵯の花見 / 侘助の花 *** 町の踊り場 / 珈琲挽き / 古本市の本 / 盆栽 / 夏の記憶 / 標識燈 / 「塵紙」 / 追憶 / 幻の球場 / 酒のこと / 人違ひ / 小山さんの端書 / 松本先生 / 日夏先生 / … Continue reading

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田所周

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梶井基次郎

時どき私はそんな路を歩きながら、ふと、そこが京都ではなくて京都から何百里も離れた仙台とか長崎とか――そのような市へ今自分が来ているのだ――という錯覚を起こそうと努める。私は、できることなら京都から逃げ出して誰一人知らないような市へ行ってしまいたかった。第一に安静。がらんとした旅館の一室。清浄な蒲団。匂いのいい蚊帳と糊のよくきいた浴衣。そこで一月ほど何も思わず横になりたい。希わくはここがいつの間にかその市になっているのだったら。――錯覚がようやく成功しはじめると私はそれからそれへ想像の絵具を塗りつけてゆく。なんのことはない、私の錯覚と壊れかかった街との二重写しである。そして私はその中に現実の私自身を見失うのを楽しんだ。

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石牟礼道子

膝を病んで、傾き傾き、難儀して歩みおらいたで、あのとき吊り橋もたしか、戦さのために切りほどいてあったかもしれんよな。 わたいは頭陀袋を下げて先きに歩いて、子どものことじゃけん、まだ半分は眠いが一心で、くずり泣きしながら、 ぎしり、ぎしりと揺るる吊り橋を渡ってゆきおったが、うしろからかかさんの、 「負いずりの紐ば負い直すけん、渡ってしまえ。兄者殿の、落っちゃえらるけん」 そういわいた。 わたいが先に渡ってしもて、わっぱり吊り橋ちゅうは揺れておとろしかん、いくらなんでも目がさめて、ぶるんとふるうて振り返り申したのと、 かかさんの、 「ろくー-っ!」 とおめいて落っちゃえらるのと、谷の下ではげしい水の音がしたのと、いっしょで。

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Mary McCarthy

Maybe any action becomes cowardly once you stop to reason about it. ** Being abroad makes you conscious of the whole imitative side of human behavior. The ape in man.

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Jean Rhys

She was so lonely that she grew away from other people. That happens. It happened to me too but it was easier for me because I hardly remembered anything else. For her it was strange and frightening. And then she was so lovely. I used to think that every time she looked in the glass she must have hoped and pretended. I pretended too. Different things of course. You can pretend for a long time, but one day it all falls away and you are alone. We were alone in the most beautiful place in the world, it is not possible that there can be anywhere else so beautiful as … Continue reading

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石牟礼道子

「九十九万九千九百九十九の次は何か、いうてみろ」 と亀太郎がいう。手にあまる大きなお椀からおつゆをこぼしかけ、わたしはへきえきして呟く。 「百万」  数というものを覚えかけてみると、大人たちが面白がって、もちっと数えてみろ、もちっと数えてみろという。数えてゆくうちにひとつの予感につきあたる。たぶんこれはおしまいという事にならないのだと。どだいそのように初歩的な数ならべなどは、五、六十銭の日傭とり人夫の日常世界には無意味なのだけれども、親バカと焼酎の肴に思いつくのである。娘にすれば親のために答えてみせねばならなかったが、いったいいくつまで数えてみればおしまいということになるだろう。数というものは無限にあって、ごはんを食べる間も、寝てる間もどんどんふえて、喧嘩が済んでも、雨が降っても雪が降っても、祭がなくなっても、じぶんが死んでも、ずうっとおしまいになるということはないのではあるまいか。数というものは、人間の数より星の数よりどんどんふえて、死ぬということはないのではあるまいか。稚い娘はふいにベソをかく。数というものは、自分の後ろから無限にくっついてくる、バケモノではあるまいか。  一度かんじょをはじめたら最後、おたまじゃくしの卵の管のような数の卵が、じゅずつながりにぞろぞろびらびら、自分の頭の中から抜け出して、そのくねくねとつながる数をぞろ曳きながら、どこまでも「この世のおしまい」までゆかねばならぬ直感がする。わたしはすっかりおびえて熱を出す。

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Alexandre de la Patellière, Matthieu Delaporte

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La Voile

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Theodore Melfi

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鈴木織恵

歌人として定子の女房となった清少納言の作品『枕草子』には、華やかな宮廷生活と美しく聡明な定子の姿が描かれていますが、実は、この頃の定子は父の道隆が病没し、政治的に苦しい立場にありました。清少納言が、華やかな宮廷生活を『枕草子』に描き、漢詩を題材とした歌を詠んだ背景には、漢籍を好む一条天皇に、定子の美しさや聡明さをアピールすることで、一条天皇の寵愛を得ようする苦心がありました。なんとか定子は一条天皇の第一皇子を出産しますが、再び懐妊した時に、兄弟の伊周らが花山上皇との乱闘事件を起こして失脚してしまいます。定子は失意の中で皇女を出産して亡くなると、清少納言も宮中を退出しました。 一方、道長の娘の彰子は十二歳で一条天皇の中宮となりますが、入内して五年が過ぎても子どもが授かりませんでした。一刻でも早い皇子出生を願う道長は、一条天皇が彰子の元を足繁く訪れるようにと、和泉式部や赤染衛門などの有名な歌人を女房にし、豪華な調度品をそろえます。そのような中で道長の目に留まったのが、当時評判の『源氏物語』作者の紫式部でした。紫式部が彰子の元に出仕した当時、一条天皇は亡き定子を慕うばかりで、彰子にはなかなか子どもが授からない状況下にありました。彰子の女房たちはさぞや焦っていたに違いありません。つまり、紫式部が清少納言を非難する背景には、道隆の娘定子と道長の娘彰子の争い、そして道隆の息子伊周と道長、つまり甥と叔父との主導権争いがあったのです。その主導権争いに最終的に勝利し、「一の人」として政治の主導権を握ったのは藤原道長でした。

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anitube

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Arthur Conan Doyle

When you have eliminated all which is impossible, then whatever remains, however improbable, must be the truth. It is an old maxim of mine that when you have excluded the impossible, whatever remains, however improbable, must be the truth. How often have I said to you that when you have eliminated the impossible, whatever remains, however improbable, must be the truth?

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Makoto Shinkai, Lazlo Vass, Magda Molnar

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彭浩翔

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山下敦弘

俺もう死んでたわ

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Ben Mezrich

Forty-eight years old, dark hair thinning above bright, buoyant features, Boris Abramovich Berezovsky had the unique ability to appear to be moving, even on the rare occasions when he was standing still. In his more usual state—rushing from one meeting to the next, compact shoulders hunched low over his diminutive body—he was an ambition-fueled bullet train emancipated from its tracks, a frantic dervish of arms and legs. Bursting out into the covered rear security entrance of his company’s headquarters, a renovated nineteenth-century mansion situated halfway down a tree-lined private road in an upscale section of Moscow, every molecule beneath Berezovsky’s skin seemed to vibrate, as one hand straightened his suit … Continue reading

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Sôseki

La société civilisée est un champ de bataille où l’on ne voit pas le sang couler. Vous devez vous préparer à faire face. Vous devez vous préparer à tomber. Ceux qui restent debout dans la rue de la vie avec pour seul but la réussite sont tous des escrocs. Rafales d’automne occupe une place à part dans l’oeuvre de Sôseki, par la portée subversive de son propos, l’audace de son jugement moral sur son époque, qui est aussi un jugement politique. Deux jeunes gens, amis très proches depuis leurs études à l’université, font leurs premiers pas dans le monde. L’un est un esthète à la vie brillante d’un fils de … Continue reading

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E. L. James

“Does this mean you’re going to make love to me tonight, Christian?” Holy shit. Did I just say that? His mouth drops open slightly, but he recovers quickly.“No, Anastasia it doesn’t. Firstly, I don’t make love. I fuck… hard. Secondly, there’s a lot more paperwork to do, and thirdly, you don’t yet know what you’re in for. You could still run for the hills. Come, I want to show you my playroom.”My mouth drops open. Fuck hard! Holy shit, that sounds so… hot. But why are we looking at a playroom? I am mystified.“You want to play on your Xbox?” I ask. He laughs, loudly. “No, Anastasia, no Xbox, no … Continue reading

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天童荒太

 夜明け前の風は冷たく、わたしはデニムパンツとTシャツの上に薄手のスタジャンを羽織り、ポケットに忍ばせた果物ナイフの柄をしっかり握っていました。手のナイフが、用心のためか、みずからあの場所で命を断つ願望のあらわれだったか、ほとんど意識していませんでした。  誰にも会わずに駅のコインロッカーが並ぶ場所に着きました。夜が明けてきたらしく、駅舎の背後に、縁をオレンジ色に染めた雲が望めます。不意に、親友が倒れた辺りで影が揺れました。  どうやら人間であるらしいその影は、左膝を地面につきました。次に、右手を頭上に挙げ、空中に漂う何かを捕らえるようにして、自分の胸へ運びます。左手を地面すれすれに下ろし、大地の息吹をすくうかのようにして胸へ運び、右手の上に重ねました。横顔が見えるあたりへ回り込むと、その人物は目を閉じて、何かを唱えているらしく、唇が動いています。 「何をしているんですか」  思わず言葉をかけていました。まるで祈りをあげているような相手の姿に、動揺したのです。  影が静かに立ち上がりました。若い男の人でした。前髪が目にかかる程度に髪を伸ばし、やや面長で、柔らかいもの問いたげな目をしていました。洗いざらしのTシャツに、膝に穴のあいたジーンズ、擦り切れたスニーカーをはき、足元に大きなリュックを置いています。 「いたませて、いただいていました」  彼は、瞳の奥まで透かすようにわたしを見つめ、意外に軽くて優しげな声で言いました。 「ここで、或る人が亡くなられたので、その人を、いたませていただいています」  彼の答えを聞き、いたむという言葉が、<悼む>であることにようやく気づきました。  でも、なぜ・・・・・・。親友とどんな関係の人なのか。いえ、彼が親友を悼んでいたのかどうかさえまだわからず、尋ねようとすると、彼が先に親友の名前を口にして、 「あなたは、彼女のことを、ご存知ですか」  と訊きました。わたしは、びっくりして声が出ず、無言でうなずきました。 「でしたら、彼女のことをお聞かせ願えませんか。彼女は、誰に愛されていたでしょうか。誰を愛していたでしょう。どんなことをして、人に感謝されたことがあったでしょうか」  その言葉を聞いたとたん、胸の奥にしまい込んでいた彼女の思い出があふれてきました。  親友は多くの人に愛されていました。大勢の人を愛していました。そしてわたしのこともきっと愛してくれていたはずです。・・・・・・でも彼女が死ぬまで、わたしはそれに気づいていなかったし、親友もたぶん同じでしょう。当時のわたしたちは、愛ということを、男女の関係か、家族の愛情に限定して考えていたからです。でも、その人の質問で、親友が生きていたことが愛だったのだと思い当たりました。彼女が朝起きて、家族と小さな言い合いをし、わたしと学校へ行き、仲間とばかな話で笑い合い、将来を不安に思いながら勉強して、塾でため息をつき、帰宅して家族と食事をし、友人とメールを交換して、眠りにつく・・・・・・そのすべて、何もかもが愛だったと。  ばかげて聞こえますか。でも彼の問いを聞いたときは、そう信じられたのです。わたしは彼に親友のことを話しました。思い出すかぎりのことを伝えました。わたしが話し終えたところで、 「いまのお話を胸に、悼ませていただきます」  と、彼は先ほどと同じ姿勢で左膝をつき、右手を宙に挙げ、左手を地面すれすれに下ろして、それぞれの場所を流れている風を自分の胸に運ぶようにしてから、目を閉じました。

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島薗進

物語は楽しければよい。それもそうです。ところが、多くの物語は何ごとかを教えるために語られるもののようです。仏教やキリスト教などの聖典にはたくさんの物語が出てきますが、それらの中には「たとえ話」とよばれるものがあります。つまり、宗教の大事な教えを物語の形で教えているのです。こむずかしい教訓は頭に入りません。しかし物語の形にすると頭に入り、語り直されやすいのです。ストーリーに引き込まれ、共感しながら学ぶからでしょう。物語を聞いて何かを学び、成長するというのは、物語の持つ大きな働きです。

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井上修一

旅行から帰った後、作品となって現われるそこここのシルクロードの風物は、私の目に映った現実の光景とは多くの場合異なっていた。父の想像力による意味付けと糖衣がなされ、実際よりも美しいことが多かった。よく言えば現実の奥に潜む悠久の真理が描かれているということかもしれない。しかし悪く言えば現実は父の史的イメージを造形するためのマテリアルになってしまっていた。 父は目前の現実社会に対しては通りすがりの旅行者としての立場を捨てようとはしなかった。それ以上の関心がなかったのである。たしかに取材やメモは克明にした。しかし長年思い続けてきた地に初めて足を踏み下ろした父は、自分の作り上げたその土地のイメージから外に出ようとしないように見えた。思いが強すぎるから、目の前の現実にまで注意が及ばないといった風であった。 父は多くの場合、日常的現実を体験する必要を感じていなかった。いつも何らかのフィルター越しに見て満足していた。 父の人生は極論すれば形而下の現実を完全に切り捨てたものである。人生も文学も現実を犠牲にしてはじめて可能になる類のものであった。その意味からすれば旅先のホテルの中に身を置き、ホテルの窓から下の町を眺めている父の姿は、案外父の本当の一面を表していたのかもしれない。

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平野啓一郎

「かたちだけの結婚なら、続ける意味なんてない。」 「不幸な組み合わせだったんだよ。」  彼はただ、そう言っただけだったが、妻が最後に、心底蔑むような目をしたのは、その時だった。 「本当にそう思ってるの?」 「そう言いたかったんじゃない?」 「あなたにとって、愛って何なの?」 「……。」 「最後だから教えて。ね? 愛って何? あなたにとって、本当に大切なものなの?」 「いい加減にしてくれないか。」  「教えて。愛って何?」  喰い下がられて、彼はとうとう、観念したように言った。 「何だろうね。……少なくとも、水や空気みたいに、無いと死ぬってほどのものでもないよ。」

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河野信子, 田部光子

石牟礼道子をよく識る詩人と画家が 石牟礼の虚像と実像に鋭く迫る 初の本格的石牟礼道子論

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Stendhal

J’ai admiré les belles forêts de lièges et la couleur grisâtre des troncs d’arbres que l’on vient de dépouiller de leur précieuse écorce ; les baies, formées d’aloès, m’ont beaucoup plu. À vrai dire, tout me plaisait ; ne faisais-je pas une imprudence ? Les maisons de tous les villages viennent d’être blanchies à la chaux, ce qui leur donne un air de propreté et de gaieté bien extraordinaire ; c’est-à-dire l’air précisément de tout ce qu’elles ne sont pas. Mais n’importe, l’aspect de ces lignes de maisons blanches, au milieu de vastes montagnes couvertes de forêts de lièges, est charmant. Mataro, avec ses maisons parfaitement reblanchies à l’intérieur comme … Continue reading

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吉川英治

水は氷のように冷たい。 そして、白い波が、鞍を洗ってゆく。 謙信は、つぶやいた。詩を吟じるように。 「死中、生アリ。生中、生ナシ。嗚呼、珍重珍重。秋水冷やかなるを覚ゆ。謙信、なお死なずとみゆる」 死中、生アリ 生中、生ナシ この語は何かにつけて謙信のいう日常語だった。

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杉本信昭

谷川さん、 詩をひとつ 作ってください。 農民、漁民、日雇労働者、女子高生、巫女、 同じ国の同じ時代に生きる、 それぞれの暮らし、それぞれの言葉に、 詩は向き合えるか。 谷川俊太郎

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日本経済新聞

「ワインズバーグ・オハイオ」と題する連作短編が文庫になっているが、アンダソンというアメリカの作家を知る人は多くないだろう。大正末から昭和にかけ、この作家と日本人との間に交流があった。著作権のなんたるかも定かではなかったであろうころの話である。 翻訳にあたって許しを請う手紙を訳者が出すと、アンダソンの返事が来た。「ほかの国からは謝礼をもらっている。自分は貧しいから同じにしてほしいが、そういう慣習がないのなら無理にとはいわない」。日本の版元は結局謝礼を出さなかったが、「かまわない。今後は好きなものを訳してくれ」とアンダソンは言った。 逸話は先ごろ、作家・山田稔さんの随想で知った。アンダソンの作品の魅力はチェーホフと比べられるが、読書週間ただ中の3連休、チェーホフを読んだ人はいてもアンダソンを手に取った人があるかどうか。ただ、さまざまな挿話から作者、作品へと関心が進み、お気に入りに巡り合う。それもまた読書の楽しみだろう。 話には続きがある。今度は日本から原稿を依頼し、快諾したアンダソンはすぐ送ってくるのだが、頼んだ側は稿料を酒席に使い込んで送金が遅れてしまう。正直に白状してわびる手紙への返事はこうである。「どうか気にしないでほしい。自分もその席につらなりたかった」。こんなことが言える人だ。本も読みたくなる。

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Edna Ferber

  “Money isn’t everything, Jett.”       — Elizabeth Taylor, as Leslie Benedict “Not when you’ve got it.”       — James Dean, as Jett Rink

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葉室麟

疑いは、疑う心があって生じるものだ。弁明しても心を変える事はできぬ。心を変える事ができるのは、心をもってだけだ。

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Ambrose Bierce, 芥川龍之介

The Moonlit Road Statement of Joel Hetman, Jr. Statement of Caspar Grattan Statement of the Late Julia Hetman, through the Medium Bayrolles 藪の中 多襄丸の白状 清水寺に来れる女の懺悔 巫女の口を借りたる死霊の物語

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Stéphanie Argerich

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村松友視

2022年4月10日、隅田川で作業中だった新木場の職人が、水中を流れる老人男性の死体を発見して引き揚げたが、本所警察署の調査によって作家の村松友視さん(82)と判明した。 村松さんはかつて『私、プロレスの味方です』『時代屋の女房』『アブサン物語』『鎌倉のおばさん』『俵屋の不思議』などを次々と発表し、多作家の作家として知られていた。しかし、60歳を越えたあたりから不意に作品が途絶え、その後にボケも加わって、家から出かけて何日かたったあとふらりと帰ることを繰り返していた。夫人によれば、何年か前から「俺には外に女がいる」と誕生日のたびに口走るのが習慣になっていたというが、82回目の誕生日を迎えた四月十日、やはり同じセリフを口走って、早朝に三つ揃いにネクタイ姿で吉祥寺の自宅を出ている。 向島「言問団子」の従業員によれば、老人が午前六時ごろ姿を見せ「言問団子」を買いたいというから、開店にはまだ二時間あると断ると、「隅田土手でしばらく時間をやりすごして戻ってくる」と言って引き返したという。 村松さんは、そのあと隅田堤で川面をながめているうち、突然の脳内出血におそわれ、そのまま川に落ちたが、突起物に当たって体に傷がついたり、水中で苦しむこともなく、水面に落下する前すでに脳内出血により即死していたと思われる。 「体裁を気にする主人らしい死に方」とは夫人の感想。しかし、本当に女性がいたのか、なぜ三つ揃いにネクタイを締めて隅田堤へ行ったかなど、いくつかの疑問も残された。長年の友人であるピアニストの山下洋輔氏は、「虚実に遊ぶのは村松さんの芸風だったが、作品が書けなくなったので、作品を書く代わりに身をもって謎を残したのだろう。それにしても、彼が筆を断って二十年も経ったとは……」と、感無量の面持ちで村松さんの死について語り、「外に女がいる、は村松さんらしい虚勢でしょう」とつけ加えた。 なお、村松さんは生前、自分の葬儀は盛大にやってほしいと夫人に伝えていたようだが、そんな余裕はないという理由で、ごく少数の限られた近親者によって、密葬が行われる模様で、通夜・葬儀の日程は未定。

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David Gordon

Sometimes quiet, dense writing is the most deeply and complexly honest. Sometimes intellectual discourse is brave in our Twitter culture. Genuine and sincere emotion can be risky in a world of snark and irony. So can making silly jokes about matters our society regards with sanctimonious seriousness. Sometimes it is just a matter of a writer doing what she does not yet know how to do, speaking about something he does not yet understand.

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sundovani

『日高町史』は「高麗」のことを、「高麗は高句麗のことで、新羅滅亡(935年)後、朝鮮半島を統一して開城という土地に都を定めた(936年)高麗とは別の国である」、「高句麗は西暦紀元前、松花江の上流扶余の地に興り、着々と勢力を強め、ついに朝鮮半島の北半を領有して、平壤に都を築いた強大な国家である。高句麗はわが国とは古くから往来があり、高度な技術をもっていたと伝えられて、わが国の文化発展に貢献したところは大きい。この強大な高句麗も建国以来700余年、天智天皇の7年(668年)、唐と新羅の連合軍に破れ滅亡するに至った。高句麗滅亡のとき、北に逃れた高句麗人は後に渤海を建国(698年)したが、南に難を避けた多くの遺臣や王族などがわが国に渡来した。この中にかって貢進使の副使として来朝したことのある高麗若光の姿があった」と紹介している。 『続日本紀』には、文武天皇の大宝3年(703年)に「従五位下高麗若光腸王姓」と記されている。霊亀2年(716年)、甲斐、駿河、相模、上総、下総、常陸、下野7国中の高句麗人1799人を武蔵国に移して高麗郡を設置したとある。高麗氏の系図は高麗神社の宮司、高麗澄雄氏が現在も相伝しているというが、確証はない。

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ウィキペディア

中世・近世の文芸作品においては、金貸し(高利貸)が悪役として描かれることもあり、特に倫理のない高利貸は、財産を持たない人々から財産をかすめ取る悪人のような描写もなされていた。特に16世紀のシェイクスピアの『ヴェニスの商人』における金貸しは、近代的銀行制度がまだ確立しておらず、無法な高利貸が横行していた当時のイングランドの世論や風潮が反映されており、シェイクスピアの金貸し観は現在でも議論の的となっている。貸金を返済することができなくなった場合、主人公の親友である商人アントーニオの肉を削がなければならないという、高利貸の冷酷非道さを強調した描写がなされている。そこに登場する高利貸の人物の名は Shylock であるが、英語では俗に無慈悲な高利貸を指して shylock という言い回しが使われるようにもなった。 『ヴェニスの商人』 1594-7年 シェイクスピア 『クリスマス・キャロル (小説)』 1843年 チャールズ・ディケンズ 『罪と罰』 1866年 ドストエフスキー 『われから』 1896年 樋口一葉 『金色夜叉』 1897-1902年 尾崎紅葉 『初すがた』 1900年 小杉天外 『雁 (小説)』 1911-13年 森鴎外 『心理試験』 1925年 江戸川乱歩 『遥かなる山の呼び声』 1980年 山田洋次

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Shakespeare

SHYLOCK   There I have another bad match!—a bankrupt, a prodigal who dare scarce show his head on the Rialto, a beggar that was used to come so smug upon the mart. Let him look to his bond. He was wont to call me usurer; let him look to his bond. He was wont to lend money for a Christian courtesy; let him look to his bond. SALARINO   Why, I am sure, if he forfeit thou wilt not take his flesh. What’s that good for? SHYLOCK   To bait fish withal. If it will feed nothing else, it will feed my revenge. He hath disgraced me and hindered me … Continue reading

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Sofia Coppola, Marlow Stern

Where did you come up with the idea for Lost in Translation? I spent a lot of time in Tokyo in my 20s. I had a little clothing company with a friend, so we went there a few times a year. I was living in L.A. at the time, and I always thought about the little cultural differences between the two places. And since I was in my 20s and didn’t really know what I wanted to be doing, I think it’s my most personal movie because it’s about what I was going through at the time. And then Bill Murray, my fantasy hero, just swooped in. I know how … Continue reading

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Ernest Hemingway

The hills across the valley of the Ebro were long and white. On this side there was no shade and no trees and the station was between two lines of rails in the sun. Close against the side of the station there was the warm shadow of the building and a curtain, made of strings of bamboo beads, hung across the open door into the bar, to keep out flies. The American and the girl with him sat at a table in the shade, outside the building. It was very hot and the express from Barcelona would come in forty minutes. It stopped at this junction for two minutes and … Continue reading

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久野幸子

トマス・モア著『ユートピア』の第二巻で航海者ラファエル・ヒュトロダエウスが語るユートピア国は戦争のない平和で豊かな社会ではない。ユートピア人は「戦争を極端に嫌って」いながら、実は自国が戦争に負けることを最も恐れるため、常に戦う準備をしている。従って、ユートピア国とその友邦国が戦争に勝つためなら、ユートピア人はありとあらゆる戦略・謀略を用い、卑劣と思われる手段まで駆使することを厭わない。ユートピア人は、知性の力で敵に勝つことを自慢に思う。そこで、敵側の内部抗争を画策し、裏切りを煽る。戦闘に際しては外人傭兵を多く雇用するが、彼らが戦死することをこの世から極悪な人間を取り除くことになるから、「全人類から最高級の感謝を受ける」だろうとまで言っている。そもそも、この第二巻には「軍事について」という章があり、城塞の造りかたや突撃のしかた、武具や武器の使いかたなどについても詳しく語られており、この巻全体の約八分の一を占めているほどである。勿論、この章以外にも、戦争に関する記述は散在している。たとえば、この島の島名の起源となったユートプスは、武力を用いて原住民を平定、彼の国ユートピアを建国したと伝えられているし、このユートピア国には、「みずから起こした戦争で捕えられ」、奴隷として働く捕虜もいれば、前線で「祖国の勝利」を願い、戦争被害を減らそうと走り回る司祭たちもいる。そこで、ユートピア国はユートピア人にとっては理想国であったとしても、近隣諸国にとっては、恐ろしい隣国ということになる。そのような国をヒュトロダエウスは理想社会と呼んでいるのである。

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武井宏之

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澤井健

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中園ミホ

蓮子「冬子さんが可哀想だと思わないんですか?」 伝助「わしの言うとおりしちょったら、間違いないき」 蓮子「あなたは卑怯者です。私に隠れて縁談を進めるとは」 伝助「おなごんくせに学問やらせんでよか。学のあるおなごは、わしは好かん」 蓮子「じゃあ、なぜ私と結婚などしたんですか?」 伝助「そら、ほれたとたい。見合いで会うた時、いわゆる、ひと目惚れっちゅうやつて」 蓮子「お聞きします。あなたは私のどこを好きになったんですか?」 伝助「お前の華族っちゅう身分と、そん顔たい」 蓮子「身分と顔? そんなの愛じゃないわ。あなたは何一つ私を理解しようとなさらないじゃありませんか」 伝助「黙らんか。お前の身分と顔以外、どこを愛せちいうとか」

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卜部兼好

(徒然草 序段) つれづれなるまゝに、日暮らし、硯に向ひて、心に移り行くよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、怪しうこそ物狂ほしけれ。 (徒然草 第四十段) 因幡の國に、何の入道とかやいふものの女、かたちよしと聞きて、人あまたいひわたりけれども、この娘、ただ栗をのみ食ひて、更に米のたぐひを食はざりければ、「かゝる異樣のもの、人に見ゆべきにあらず」とて、親ゆるさざりけり。 (徒然草 第二百三十五段) 主ある家には、すゞろなる人、心の儘に入り來る事なし。主なき所には、道行人みだりに立ち入り、狐・梟やうの者も、人氣にせかれねば、所得顔に入り住み、木精など云ふ、けしからぬ形もあらはるゝものなり。 また、鏡には色・形なき故に、よろづの影きたりてうつる。鏡に色・形あらましかば、うつらざらまし。 虚空よくものを容る。われらが心に、念々のほしきまゝに来たり浮ぶも、心といふものの無きにやあらん。心にぬしあらましかば、胸のうちに若干のことは入りきたらざらまし。

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Maile Meloy

“It’s true,” he said. Her eyes went through a whole sequence of emotions: surprise, then compassion and sadness, and then something that looked like joy. Her face flushed pink again, and she looked like the Bridey Taylor he had fallen in love with. “How could you marry someone else?” he asked. “I told you,” she said. “I was hypnotized by a snake.” “That’s no excuse.” “I don’t know, then,” she said. “I just—I didn’t know.” “But now you do?” “I do.” “Are you sure?” In answer, she drew him close, to kiss the bride. William buried his hands in her curls, at the base of her neck, and felt her … Continue reading

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Richard Ford

      But now, they’d decided, was the time for it to be over. They loved each other—they both acknowledged that. Though they possibly were not in love (these were Madeleine’s distinctions). Yet, they had been in something, she understood, possibly something even better than love, something with its own intense and timeless web, densely tumultuous interiors and transporting heights. What it exactly was was hazy. But it had not been nothing.           ・ ・ ・       “Are you trying to think of something nice to say?” Madeleine said jauntily.       “No,” Henry said. “I was trying not to.”     … Continue reading

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Yasushi Inoue

“It’s you who aren’t the son of Father Yisügei,” replied Begter. “Belgütei, Qasar, Qachi’un, Temüge, Temülün,, and I are all his children, but only you are different. I know it! Everyone in the settlement knew it. You’re the only one who doesn’t. Merkid blood flows in your veins. You just used Ö’elün’s body to be born into this family―that’s all.” “What are you talking about?” “You may think it’s a rumor and no more, but go ask Mother. Your mother, the woman who gave birth to you, she knows all this better than anyone. If you can’t stomach asking her yourself, then ask yourself the question. Father Yisügei didn’t love … Continue reading

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小池真理子

 春恵が問うようにして見つめると、志摩子は「あのう」と言って、おずおずと可憐な視線を彼女に投げた。「前から言おう言おうと思ってて、ついうっかり、忘れていたことがあるんですが」 「お皿でも割ったの?」春恵は微笑んだ。「他の人ならいざ知らず、あなたが食器を割ったとしたら珍しいことね。雪が降るかもしれないわよ」  違います、と志摩子は言い、おっとりと微笑み返した。「お玄関に飾ってある、あの白黒写真のことなんです」  心臓のあたりに軽い緊張が走った。動揺を隠すのに苦労した。

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Pete Fromm

After another summer lifeguarding at Lake Mead, I spent the following winter backpacking in New Zealand before returning to Missoula and graduating in wildlife biology. I was working as a river ranger on the Snake River four years later when my salmon fought their way back upstream from the Pacific, through the dams and the fishermen. Of the two and a half million eggs I’d guarded, fewer than twenty fish returned to Indian Creek.

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梶井基次郎

何故だかその頃私は見すぼらしくて美しいものに強くひきつけられたのを覚えている。風景にしても壊れかかった街だとか、その街にしてもよそよそしい表通りよりもどこか親しみのある、汚い洗濯物が干してあったりがらくたが転がしてあったりむさくるしい部屋が覗いていたりする裏通りが好きであった。雨や風が蝕んでやがて土に帰ってしまう、と言ったような趣きのある街で、土塀が崩れていたり家並が傾きかかっていたり――勢いのいいのは植物だけで、時とするとびっくりさせるような向日葵があったりカンナが咲いていたりする。 時どき私はそんな路を歩きながら、ふと、そこが京都ではなくて京都から何百里も離れた仙台とか長崎とか――そのような市へ今自分が来ているのだ――という錯覚を起こそうと努める。私は、できることなら京都から逃げ出して誰一人知らないような市へ行ってしまいたかった。第一に安静。がらんとした旅館の一室。清浄な蒲団。匂いのいい蚊帳と糊のよくきいた浴衣。そこで一月ほど何も思わず横になりたい。希わくはここがいつの間にかその市になっているのだったら。――錯覚がようやく成功しはじめると私はそれからそれへ想像の絵具を塗りつけてゆく。なんのことはない、私の錯覚と壊れかかった街との二重写しである。そして私はその中に現実の私自身を見失うのを楽しんだ。

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The Morgan Library & Museum

Since its publication seventy years ago, Antoine de Saint-Exupéry’s The Little Prince has captivated millions of readers throughout the world. It may come as a surprise that this French tale of an interstellar traveler who comes to Earth in search of friendship and understanding was written and first published in New York City, during the two years the author spent here at the height of the Second World War.

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François Ozon, Marine Vacth

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北杜夫

人はなぜ追憶を語るのだろうか。 どの民族にも神話があるように、どの個人にも心の神話があるものだ。その神話は次第にうすれ、やがて時間の深みのなかに姿を失うように見える。――だが、あのおぼろな昔に人の心に忍び込み、そっと爪跡を残していった事柄を、人は知らず知らず、くる年もくる年も反芻しつづけているものらしい。そうした所作は死ぬまでいつまでも続いてゆくことだろう。それにしても、人はそんな反芻をまったく無意識につづけながら、なぜかふっと目ざめることがある。わけもなく桑の葉に穴をあけている蚕が、自分の咀嚼するかすかな音に気づいて、不安げに首をもたげてみるようなものだ。そんなとき、蚕はどんな気持ちがするのだろうか。

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熊井啓

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遠藤周作

河は相変わらず黙々と流れている。河は、やがて灰となって自分のなかにまき散らされる遺体にも、頭を抱くようにして身じろがぬ遺族の男たちにも無関心だった。ここでは死が自然の一つであることが顕然として感じられるのだった。 この世は集団ができると、対立が生じ、争いが作られ、相手を貶めるための謀略が生まれる。戦争と戦後の日本の中で生きてきた磯辺はそういう人間や集団を嫌というほど見た。正義という言葉も聞きあきるほど耳にした。そしていつか心の底で、何も信じられぬという漠然とした気分がいつも残った。

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辻邦生

その当時、東大前に住んでいたので、退院の日、病院から大学構内を歩いて家に帰った。その途中、ちょうど五月の晴れた日で、図書館前の樟の大木の新緑がきらきら輝いていた。私は思わず息を呑んだ。これほど美しいものを見たことがないと思った。それは、プラーテンの詩にあるような、死と一つになった陰気な美ではなく、逆に、生命が溢れ、心を歓喜へと高めてゆく美だった。 地上の生の素晴しさを、それまでまったく知らなかったわけではない。死に憧れた信州でも、朝日に染まるアルプスや、高原の風にそよぐ白樺や、霧のなかに聞えるカッコウの声など、好きでたまらないものがいくらでもあった。しかしそれは一瞬心のなかを過ぎてゆく映像で、次の瞬間にはもう不安や焦燥や不満が入れ替って心を満たしていた。いつも晴れやかというわけにはゆかなかった。 しかし死をくぐりぬけ、恢復の喜びを噛みしめていたその瞬間に見た樟の若葉は、そういったものとは違っていた。それは、この世の風景のもっと奥にある、すべての生命の原風景といったものに見えたのだった。

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加賀乙彦

 ミッシェルは弾き続ける。低音部を唱っている。暖い明るい室内の中で彼のところだけが陰鬱である。ただの陰鬱さではない。それは悲しみや涙を含まない。乾涸びた砂漠の翳のような陰鬱さだ。色とりどりに飾りたてられた大きなクリスマスツリーや磨かれた銀器の並ぶ豪華な食卓を前にミッシェルは雄々しいほどの翳となって唱い続ける。  ミッシェル。わたしあなたを愛しています。おそらくこの世でわたしだけがあなたを理解できます。  カミーユはもう考えなかった。そう感じただけである。気がつくとテラスの窓を叩いていた。 「君か・・」  窓を開けてミッシェルが顔をだした。そう驚いた様子でもないが幾分照れていた。 「とんだところをみられたな」 「相変わらずあなた歌がうまいのね」   そう言ってみた。言ってみてはっとした。他人からの賞讃の言葉ほどミッシェルが嫌いな言葉はない。何か言うのが怖い。よく考えないと言葉がでてこないようだ。こんなことはミッシェルに対してはじめての経験だった。 「今の歌、昔あなたの唱ったのきいたことがある。誰の曲?」 「デュパルク」 「どうりで、そうね、デュパルクだったわ」 「しかし・・」彼は気の毒そうな顔をした。 「ぼくはデュパルクははじめてだよ。そこに楽譜があったので試しに唱ってみたんだ」 「そう・・」  カミーユはみじめだった。歯に衣を着せぬミッシェルに対して見当ちがいの言葉しか出て来ない。どこかに怖れと緊張があって、自然で柔軟な気持を抑圧してしまう。それに外は寒かった。思考まで凍結するほどの寒さなのである。窓から流出する暖気にカミーユは小鼻をうごめかした。  さすがミッシェルも気がついたらしい。 「入らないか。そこに立ってちゃ風邪をひくよ」と言った。 「いいえ。わたし行くわ」 カミーユは語気を強めた。彼女には相手にすねてみせるような女らしい手管ができない。行くと言ったからには行くのだ。しかし、庭を横切りながら、ミッシェルに呼戻されるのをひそかに待っていた。彼は黙っていた。《このままではみじめ過ぎる》そう思った。で、こちらから問いかけた。 「ミッシェル。あなた、わたしがなぜここに来たか尋ねないの?」  柱の蔭でミッシェルの姿は見えなかった。待ってみても答はなかった。カミーユは暗黒に向って語りかけた。けれども唇のところで声が停ってしまった。《ミッシェル。あなたを愛してるの。あなたに会いたかった。それだけよ。ああ、わたし、なにがなんだかわからない。あなたに会うべきじゃなかったかもしれない。でもわたしここに来てしまった・・》彼女はいつの間にか病棟と医長公舎の間の人気のない道を真直ぐに歩いていた。

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Graham Johnson, Indra Neil Guha, Patrick Davies

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Francis Jammes, 吉村啓喜

彼女は可愛らしいきゃしゃな娘でした。彼女はある店で働いていました。彼女は、あえて申しあげるなら、格別に聡明だというわけではありませんでしたが、やさしくて黒い目をしておりました。その目はすこしかなしそうに人にむけられ、そのあとでふせられるのでした。彼女は情愛は深いが平凡な娘であると思われていました。この評価は彼女のとてもやさしい平凡さから生じたものなのです。そしてこの平凡さは真の詩人だけが理解できるもので、そこには人への憎しみは全くみられないのでした。 彼女はその住んでいる部屋と同じように質素な娘であると思われていました。彼女は人にもらった1匹のかわいい牝猫だけがいる簡素な部屋にひとり暮らしをしていたのです。毎朝、店に出かける前に彼女はお椀の中に少量のミルクを入れておくのでした。 そうしてそのやさしい女あるじと同じように、猫もかなしそうなやさしい目をしていました。猫はめぼうきのある窓の上で日なたぼっこしたり、絵筆のような小さなあしをなめたり、短い頭の毛をといたり、じっとかまえてねずみをねらったりしていました。 ある日猫も女主人も身ごもりました。一方の相手は彼女をすてた立派な紳士でした。もう一方の相手はそのあとどこかへ行ってしまった美しい牡猫でした。 けれども両者の間に1つの相違がありました。あわれな娘は病気になってしまっていつも泣いてばかりいるのでした。けれども猫の方はおかしな格好にふくれあがった白いおなかを陽にさらしながら、ちょっとしたあそびの数々をひとりでみつけては楽しんでいました。 猫は娘よりもあとに身籠もりました。このことによって数々の面倒がはぶかれ、2つのお産が同じ時期になるという結果になりました。 娘はある日、彼女を捨てた立派な紳士から1通の封筒を受けとりました。彼は彼女に25フランの金を送り、自分がどんなに気前がいいかを書き立てていました。彼女はこんろと炭と1スウ分のマッチを買いそして自殺しました。 彼女が天国に着いたとき、直ちに若い司祭が彼女が入って行くのをおしとどめようとしました。愛らしいきゃしゃな娘は自分が妊娠していることに気がつき、神さまが自分をお罰しになるだろうと考えてからだがふるえました。 しかし神さまはこう申されました。 娘さん、わたしはあなたのためにきれいな部屋を準備してある。そこへいくがいい。そして子供を生みなさい。天国では何事も都合よく運ぶのだ。ここではもう死ぬこともない。わたしは小さい子がだいすきだ。子供たちをわたしのところによこしてほしい。 神の慈愛の大病院の中に準備されていた小さな部屋に入ると、彼女はおもいもかけぬものをみました。神さまはその部屋の中に彼女が可愛がった猫を、きれいな箱に入れておいてくださったのです。窓の上にはめぼうきもありました。彼女は床に入りました。 彼女はブロンドのかわいらしい小さな女の子を生み、猫はきれいで愛らしい4匹の黒い仔猫を生みました。

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実相寺昭雄

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Ernest Hemingway

‘You’ve got to realize,’ he said, ‘ that I don’t want you to do it if you don’t want to. I’m perfectly willing to go through with it if it means anything to you.’ ‘Doesn’t it mean anything to you? We could get along.’ ‘Of course it does. But I don’t want anybody but you. I don’t want anyone else. And I know it’s perfectly simple.’ ‘Yes, you know it’s perfectly simple.’ ‘It’s all right for you to say that, but I do know it.’ ‘Would you do something for me now?’ ‘I’d do anything for you.’ ‘Would you please please please please please please please stop talking?’ He did … Continue reading

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Marc Spitz

“Regular coffee,” I ordered. “Regular? What does that mean?” she seemed to say and quickly moved on to another customer. She was beautiful. Everyone here was slim, with clean hair. I felt like an oily otter. When people don’t want to deal with you, they give you a little more time and hope you’ll vanish. “I’m sorry. What do you want?” Was coffee still regular? In every bodega in New York City, “regular” meant the same thing. Three sugars, milk, and some watery brown liquid swirled together to taste like home. In Portland, there was no “regular” anything. That seemed to be the whole point of places like the Ace. … Continue reading

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Robert Pagani

Amsterdam, Berlin, Tokyo, Naples, Sydney, Stavanger, Singapour, New York, Barcelone, Madrid, Palerme, Rome, Londres, Los Angeles, Kansas City, Rio, Manchester, Interlaken, Hong Kong, Recife, Buenos Aires, Glasgow, Vancouver, Toulouse, Oslo, Grenade, Budapest… partout, elle le suit partout. Elle attend sa sortie à la fin des concerts, le guette dans les halls d’hôtel, lui écrit, matin et soir. S’il se produisait sur la lune, elle irait sur la lune. Est-ce normal ? Possible ? Une personne aussi pondérée, aussi discrète, aussi bien élevée qu’elle… Je pose la question, sans trouver de réponse. Les médecins non plus n’en trouvent pas. Car enfin Fabio Biondi n’est ni une vedette de la chanson, ni … Continue reading

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岩波書店

「内向の世代」の代表的作家であり、今も多くのファンをもつ小川国夫氏。没後から5年、新たに発見された中編小説を刊行致します。 故・小川氏の書斎から発見されたのは、190枚の原稿用紙のコピー束。著者の筆跡で、青いインクの直しが入っていました。 精査を依頼された青木健氏は、用紙裏のメモや、小川宅にコピー機が導入された時期などから、1975年前後の執筆と推定。『彼の故郷』『青銅時代』など次々と傑作を生みだした、まさに作家として脂の乗った時期であり、未完に終わった本作も「力が入っていたのは明白」と青木氏は語ります。 内容は、自らの学徒動員の体験を素材とした自伝的小説。 太平洋戦争末期、海辺の造船所で働きながら将来を見つめる少年・剛二が主人公であり、立ちふさがる「死」を前にして揺れ動く若者の心情が、海からの光を受けて鮮やかに描き出されています。 本書の解説にある通り、この作品は未完であることによって逆に開かれ、作家が死を凝視し続けた動員時代の体験を深い問いとして現代に突きつける唯一無二の小説であると思います。

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梶井基次郎

その日私はいつになくその店で買物をした。というのはその店には珍しい檸檬が出ていたのだ。檸檬などごくありふれている。がその店というのも見すぼらしくはないまでもただあたりまえの八百屋に過ぎなかったので、それまであまり見かけたことはなかった。いったい私はあの檸檬が好きだ。レモンエロウの絵具をチューブから搾り出して固めたようなあの単純な色も、それからあの丈の詰まった紡錘形の恰好も。――結局私はそれを一つだけ買うことにした。それからの私はどこへどう歩いたのだろう。私は長い間街を歩いていた。始終私の心を圧えつけていた不吉な塊がそれを握った瞬間からいくらか弛んで来たとみえて、私は街の上で非常に幸福であった。あんなに執拗かった憂鬱が、そんなものの一顆で紛らされる――あるいは不審なことが、逆説的なほんとうであった。それにしても心というやつはなんという不可思議なやつだろう。 その檸檬の冷たさはたとえようもなくよかった。その頃私は肺尖を悪くしていていつも身体に熱が出た。事実友達の誰彼に私の熱を見せびらかすために手の握り合いなどをしてみるのだが、私の掌が誰のよりも熱かった。その熱い故だったのだろう、握っている掌から身内に浸み透ってゆくようなその冷たさは快いものだった。 私は何度も何度もその果実を鼻に持っていっては嗅いでみた。それの産地だというカリフォルニヤが想像に上って来る。漢文で習った「売柑者之言」の中に書いてあった「鼻を撲つ」という言葉が断れぎれに浮かんで来る。そしてふかぶかと胸一杯に匂やかな空気を吸い込めば、ついぞ胸一杯に呼吸したことのなかった私の身体や顔には温い血のほとぼりが昇って来てなんだか身内に元気が目覚めて来たのだった。…… 実際あんな単純な冷覚や触覚や嗅覚や視覚が、ずっと昔からこればかり探していたのだと言いたくなったほど私にしっくりしたなんて私は不思議に思える――

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古事記

故、日向に坐しし時、阿多の小椅君の妹、名は阿比良比売に娶ひて生みませる子、多芸志美美命、次に岐須美美命、二柱坐き。然れども更に大后と為せ美人を求げたまひし時、大久米命白さく、「此間に媛女有り。是を神の御子と謂ふ。其の神の御子と謂ふ所以は、三島湟咋の女、名は勢夜陀多良比売、其の容姿麗美しかりき。故、美和の大物主神見感でて、其の美人大便為る時、丹塗矢に化りて、其の大便為る溝より流れ下りて、其の美人のほとを突く。爾に其の美人驚きて、立ち走りいすすきき。及ち其の矢を将ち来て、床の辺りに置けば、忽ち麗しき壮夫に成りて、即ち其の美人に娶ひて生みし子、名は富登多多良伊須須岐比売命と謂ひ、亦の名は比売多多良伊須気余理比売と謂ふ。故、是を以ちて神の御子と謂ふなり」とまをしき。 Falling in love with beautiful Seyadatarahime, Omononushi transformed himself into a red arrow and floated downstream to shoot himself into her pussy just as she came to the stream to have a shit.

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芥川龍之介

佐藤春夫は不幸にも常に僕を誤解してゐる。僕の「有島生馬君に与ふ」を書いた時、佐藤は僕にかう云つた。「君はいつもああ云ふ風にもの云へば好いのだ。あれは旗幟鮮明で好い。」僕はいつも旗幟鮮明である。まだ一度も莫迦だと思ふ君子に、聡なるかな、明なるかななどと云つたことはない。唯莫迦だと云はないだけである。それを旗幟不鮮明のやうに思ふのは佐藤の誤解と云はなければならぬ。 又僕の「保吉の手帳」を書いた時、佐藤は僕にかう云つた、「うん、あれは好いよ。唯僕に云はせれば、未完成の美を認めないのは君の為に遺憾だと思ふね。」これも佐藤の誤解である。僕は未完成の美に冷淡ではない。さもなければ何も僕のやうに、恬然と未完成の作品ばかり発表する気にはなれぬ訳である。 又僕の何かの拍子に「喜劇を書きたい」と云つた時、佐藤は僕にかう云つた。「喜劇ならば君にはすぐ書けるだらう。」僕のテムペラメントは厳粛である。全精神を振ひ起さなければ滅多に常談も云ふことは出来ない。それを佐藤は世間と共に容易の業のやうに誤解してゐる。 又或新進の豪傑の佐藤を褒め、僕を貶した時、佐藤は僕にかう云ふ手紙をよこした。「僕は君と比較されるのを甚だ迷惑に思つてゐる。」これも亦誤解と云はなければならぬ。僕はまだ一篇の琴唄の作者を新進の豪傑と同程度の頭脳の持ち主と思つたことはない。尤もさう云ふ佐藤の厚意に感謝したことは勿論である。 又震災後に会つた時、佐藤は僕にかう云つた。「銀座の回復する時分には二人とも白髪になつてゐるだらうなあ。」これは佐藤の僕に対して抱いた、最も大いなる誤解である。いつか裸になつたのを見たら、佐藤は詩人には似合はしからぬ、堂堂たる体格を具へてゐた。到底僕は佐藤と共に天寿を全うする見込みはない。醜悪なる老年を迎へるのは当然佐藤春夫にのみ神神から下された宿命である。

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J. D. Salinger

“You know that song ‘If a body catch a body comin’ through the rye’? I’d like — ” “It’s ‘If a body meet a body coming through the rye’!” old Phoebe said. “It’s a poem. By Robert Burns.” “I know it’s a poem by Robert Burns.” She was right, though. It is “If a body meet a body coming through the rye.” I didn’t know it then, though. “I thought it was ‘If a body catch a body,’” I said. “Anyway, I keep picturing all these little kids playing some game in this big field of rye and all. Thousands of little kids, and nobody’s around — nobody big, I … Continue reading

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Alfonso Cuarón

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Robert Pagani

The day she became queen, there were lots of flowers, lots of noises, lots of blood, and lots of dead bodies, but she wasn’t particularly surprised. During the ten seconds that followed the explosion, she wasn’t even very agitated, not because she was in shock but because her mind was somewhere else. Three months earlier, she had read a book, or, more precisely, only the first page of a book, since it had been taken away immediately, coming as it did from a shelf in the library forbidden to her; this book told the story of a music professor and his wife and began as follows: The first time was … Continue reading

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樋口一葉

おい木村さん信さん寄つてお出よ、お寄りといつたら寄つても宜いではないか、又素通りで二葉やへ行く氣だらう、押かけて行つて引ずつて來るからさう思ひな、ほんとにお湯なら歸りに屹度よつてお呉れよ、嘘つ吐きだから何を言ふか知れやしないと店先に立つて馴染らしき突かけ下駄の男をとらへて小言をいふやうな物の言ひぶり、腹も立たずか言譯しながら後刻に後刻にと行過るあとを、一寸舌打しながら見送つて後にも無いもんだ來る氣もない癖に、本當に女房もちに成つては仕方がないねと店に向つて閾をまたぎながら一人言をいへば、高ちやん大分御述懷だね、何もそんなに案じるにも及ぶまい燒棒杭と何とやら、又よりの戻る事もあるよ、心配しないで呪でもして待つが宜いさと慰めるやうな朋輩の口振、力ちやんと違つて私しには技倆が無いからね、一人でも逃しては殘念さ、私しのやうな運の惡るい者には呪も何も聞きはしない、今夜も又木戸番か何たら事だ面白くもないと肝癪まぎれに店前へ腰をかけて駒下駄のうしろでとん/\と土間を蹴るは二十の上を七つか十か引眉毛に作り生際、白粉べつたりとつけて唇は人喰ふ犬の如く、かくては紅も厭やらしき物なり、お力と呼ばれたるは中肉の背恰好すらりつとして洗ひ髮の大嶋田に新わらのさわやかさ、頸もと計の白粉も榮えなく見ゆる天然の色白をこれみよがしに乳のあたりまで胸くつろげて、烟草すぱ/\長烟管に立膝の無作法さも咎める人のなきこそよけれ、思ひ切つたる大形の裕衣に引かけ帶は黒繻子と何やらのまがひ物、緋の平ぐけが背の處に見えて言はずと知れし此あたりの姉さま風なり、お高といへるは洋銀の簪で天神がへしの髷の下を掻きながら思ひ出したやうに力ちやん先刻の手紙お出しかといふ、はあと氣のない返事をして、どうで來るのでは無いけれど、あれもお愛想さと笑つて居るに、大底におしよ卷紙二尋も書いて二枚切手の大封じがお愛想で出來る物かな、そして彼の人は赤坂以來の馴染ではないか、少しやそつとの紛雜があろうとも縁切れになつて溜る物か、お前の出かた一つで何うでもなるに、ちつとは精を出して取止めるやうに心がけたら宜かろ、あんまり冥利がよくあるまいと言へば御親切に有がたう、御異見は承り置まして私はどうも彼んな奴は虫が好かないから、無き縁とあきらめて下さいと人事のやうにいへば、あきれたものだのと笑つてお前なぞは其我まゝが通るから豪勢さ、此身になつては仕方がないと團扇を取つて足元をあふぎながら、昔しは花よの言ひなし可笑しく、表を通る男を見かけて寄つてお出でと夕ぐれの店先にぎはひぬ。

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利重剛

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Laura Shoemaker

As a little girl, I would often look in the mirror after getting in trouble and tell myself, “Bad La Me!” (“Bad Laura Marie!”). I remember angrily pointing and shaking my finger at the reflection staring back at me while I voiced my disappointment to the little girl in the mirror. I obviously took my discipline very seriously, but in reality, I hated disappointing those I wanted to please, and I fussed at myself when I did. It is funny to think back on this childhood memory, but at the time, my disappointing correction was more serious than I realized: I unknowingly exchanged the truth of healthy discipline for a … Continue reading

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梨木香歩

 西の魔女が死んだ。四時間目の理科の授業が始まろうとしているときだった。まいは事務のおねえさんに呼ばれ、すぐお母さんが迎えに来るから、帰る準備をして校門のところで待っているようにと言われた。何かが起こったのだ。  決まりきった退屈な日常が突然ドラマティックに変わるときの、不安と期待がないまぜになったような、要するにシリアスにワクワクという気分で、まいは言われたとおり校門のところでママを待った。  ほどなくダークグリーンのミニを運転してママがやってきた。英国人と日本人との混血であるママは、黒に近く黒よりもソフトな印象を与える髪と瞳をしている。まいはママの目が好きだ。でも今日は、その瞳はひどく疲れて生気がなく、顔も青ざめている。  ママは車を止めると、しぐさで乗ってと言った。まいは緊張して急いで乗り込み、ドアをしめた。車はすぐ発進した。 「何があったの?」 と、まいはおそるおそる訊いた。  ママは深くためいきをついた。 「魔女が――倒れた。もうだめみたい」  突然、まいの回りの世界から音と色が消えた。耳の奥でジンジンと血液の流れる音がした、ように思った。  失った音と色は、それからしばらくして徐々に戻ったけれど、決して元のようではなかった。二度と再び、まいの世界が元に戻ることはなかった。

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筒井康隆

今のところまだ何でもない彼は何もしていない。何もしていないことをしているという言いまわしを除いて何もしていない。窓の外は晴れている。いや。曇っているかもしれないがその保証はない。なにしろ雨が降っているかもしれないくらいだから。それでもやっぱり晴れているのかもしれない。窓ガラスが時おり光るのは太陽の光なのかもしれないが横なぐりに吹きつけてくる雨滴が何かの灯火に照らされているのかもしれず雪明かりなのかもしれない。それどころか晴天と曇天と雨天がそんなことはあり得ないとする日常的思考を否定したり嘲笑したりするために数秒置きのくり返しを演じているのかもしれないではないか。そう考えてこそもしそれが雪明かりだとすれば雪明かりがちらつくなどという非日常性も納得できようというものだが彼はあいにくそんなことを納得する気すらない。確かなことは屋外の天気が不明であると彼が判断するための窓ガラスがそこにあるということだけだ。屋内にいる彼は何もしていないし窓の外の天気を見定めようと眼を凝らしているのでもない。窓ガラスだけが彼に彼が屋内にいることを教えてくれている。

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川端康成

 国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。  向側の座席から娘が立って来て、島村の前のガラス窓を落とした。雪の冷気が流れ込んだ。娘は窓いっぱいに乗り出して、遠くへ叫ぶように、 「駅長さあん、駅長さあん」  明かりをさげてゆっくり雪を踏んで来た男は襟巻で鼻の上まで包み、耳に帽子の毛皮を垂れていた。  もうそんな寒さかと島村は外を眺めると、鉄道の官舎らしいバラックが山裾に寒々と散らばっているだけで、雪の色はそこまで行かぬうちに闇に呑まれていた。 「駅長さん、私です、御機嫌よろしゅうございます」 「ああ、葉子さんじゃないか。お帰りかい。また寒くなったよ」

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梨木香歩

「理解はできないが受け容れる」 学生時代を過ごした英国の下宿の女主人・ウェスト夫人と住人たちとの騒動だらけで素敵な日々。徹底した博愛精神と時代に左右されない手仕事や暮らしぶりが、生きる上で大事なことを伝える。 私が経験したイギリスは、fairness-公平さは重要視するけど、階級の違いは当然あるべき、という複雑怪奇なお国でした。 たぶん一生、追いつきもせず到達もし得ず、ことばに表現し得ることなく、徒に歳月を費やし最後までただ焦がれるだけの、ほんとうは実体も分からない、そういう遥かな対象をもつ。

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和泉式部

夢よりもはかなき世の中を、嘆きわびつつ明かし暮すほどに、四月十余日にもなりぬれば、木の下暗がりもてゆく。築地の上の草あをやかなるも、人はことに目もとどめぬを、あはれとながむるほどに、近き透垣のもとに人のけはひすれば、誰ならむと思ふほどに、さし出でたるを見れば、故宮にさぶらひし小舎人童なりけり。

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幸田露伴

抑醍醐帝頃は後世から云へばまことに平和の聖世であるが、また平安朝の形式成就の頂点のやうにも見えるが、然し実際は何に原因するかは知らず随分騒がしい事もあり、嶮しい人心の世でもあつたと覚えるのは、史上に盗の多いので気がつく。仏法は盛んであるが、迷信的で、僧侶は貴族側のもので平民側のものでは無かつた。上に貴冑の私曲が多かつたためでもあらうか、下には武士の私威を張ることも多かつた。公卿や嬪媛は詩歌管絃の文明にも酔つてゐたらうが、それらの犠牲となつて人民は可なり苦んでゐたらしい。要するに平安朝文明は貴族文明形式文明風流文明で、剛堅確実の立派なものと云はうよりは、繊細優麗のもので、漸々と次の時代、即ち武士の時代に政権を推移せしむる準備として、月卿雲客が美女才媛等と、美しい衣を纏ひ美しい詞を使ひ、面白く、貴く、長閑に、優しく、迷信的空想的詩歌的音楽的美術的女性的夢幻的享楽的虚栄的に、イソップ物語の蟋蟀のやうに、いつまでも草は常緑で世は温暖であると信じて、恋物語や節会の噂で日を送つてゐる其の一方には、粗い衣を纏ひ 麤い詞を使ひ、面白くなく、鄙しく、行詰つた、凄じい、これを絵画にして象徴的に現はせば餓鬼の草子の中の生物のやうな、或は小説雑話にして空想的に現はせば、酒呑童子や鬼同丸のやうなものもあつたのであらう。

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太宰治

彼はつつましげに伏目をつかいながら、食堂の隅の椅子に腰をおろした。それから、ひくくせきばらいしてカツレツの皿をつついたのである。彼のすぐ右側に坐っていた寮生がいちまいの夕刊を彼のほうへのべて寄こした。五六人さきの寮生から順々に手わたしされて来たものらしい。彼はカツレツをゆっくり噛み返しつつ、その夕刊へぼんやり眼を転じた。「鶴」という一字が彼の眼を射た。ああ。おのれの処女作の評判をはじめて聞く、このつきさされるようなおののき。彼は、それでも、あわててその夕刊を手にとるようなことはしなかった。ナイフとフオクでもってカツレツを切り裂きながら、落ちついてその批評を、ちらちらはしり読みするのであった。批評は紙面のひだりの隅に小さく組まれていた。 ――この小説は徹頭徹尾、観念的である。肉体のある人物がひとりとして描かれていない。すべて、すり硝子越しに見えるゆがんだ影法師である。殊に主人公の思いあがった奇々怪々の言動は、落丁の多いエンサイクロペジアと全く似ている。この小説の主人公は、あしたにはゲエテを気取り、ゆうべにはクライストを唯一の教師とし、世界中のあらゆる文豪のエッセンスを持っているのだそうで、その少年時代にひとめ見た少女を死ぬほどしたい、青年時代にふたたびその少女とめぐり逢い、げろの出るほど嫌悪するのであるが、これはいずれバイロン卿あたりの飜案であろう。しかも稚拙な直訳である。だいいち作者は、ゲエテをもクライストをもただ型としての概念でだけ了解しているようである。作者は、ファウストの一頁も、ペンテズイレエアの一幕も、おそらくは、読んだことがないのではあるまいか。失礼。ことにこの小説の末尾には、毛をむしられた鶴のばさばさした羽ばたきの音を描写しているのであるが、作者は或いはこの描写に依って、読者に完璧の印象を与え、傑作の眩惑を感じさせようとしたらしいが、私たちは、ただ、この畸形的な鶴の醜さに顔をそむける許りである。 彼はカツレツを切りきざんでいた。平気に、平気に、と心掛ければ心掛けるほど、おのれの動作がへまになった。完璧の印象、傑作の眩惑。これが痛かった。声たてて笑おうか。ああ。顔を伏せたままの、そのときの十分間で、彼は十年も年老いた。

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yumi1960

先週の水曜日の講座から東郷先生の大ファンになってしまった。というのも、最新の著作本にサインをいただいたり、講座の最後に写真撮影を申し出た際に「じゃ、二人で撮ろうよ。」と、嘘かまことか?まことか嘘か?サラッと、おっしゃてくださって 見事に 東郷先生とのツーショットの画像まで 手に入れてしまった・・・そんなわけでなのだ。 微動だにしない、私のこの見事なミーハぶりも、他の追随を許さないかも。にわかに 東郷先生のミーハーになられた如是我門氏も まだまだ 私には勝てないだろう。 御歳 70歳は超えるであろう 東郷先生の体躯は、背が高くガッシリとされていたことは予想外であったし、ネット大の最新の黒板にマジックで書かれる身のこなしも、とても柔軟で、頼もしく 今日初UPの千畳敷海岸のような雄姿にも見えるのであった。この景観には、思わず感動だった。これが千畳敷だ!日本海だよ おっかさん。 講座開始間際のごあいさつに「今年生誕100年で、こんなことになるとは思わなかった。太宰治検定、太宰治マラソン、果ては年寄りの私まで引っ張りだされるとは・・・芝居も、映画も漫画まである。」とお話されていたが、ご自分でおっっしゃていた「としより」なんて形容を完全に払いのける、骨格の太い、しかも緩急抑制の利いた、質量ともに今講座中 Max 級の 本流太宰論の excellent な講義だったと思う。 最近は、弘大の方でも 集中講義をされてきたということであったが その内容もきっと 素晴らしいものであっただろうことは 間違いない。 太宰研究の三本柱のおひとり 早稲田大の名誉教授である東郷先生の講義は、約一時間半、大河ドラマのような様相を呈して、名作「津軽」を、太宰という一人の作家を…読み説いてくれるのであった。

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桜木紫乃

シャッターチャンス 廃墟でヌード撮影をするのがあこがれだったんだ・・・ 本日開店 お布施はいつまでもご本尊のかかとの下に置かれたままだった・・・ えっち屋 ホテルを経営していたというより「ホテルローヤル」という建物に使われつづけて・・・ 客は陽が高くても夜を求めてここにくる・・・ バブルバス あの泡のような二時間が、ここ数年でいちばんの思い出となっていた・・・ せんせぇ あの人たちとうとう、商売からも、家族からも逃げたんだよ・・・ 借金なんて、あそこをでて行く都合のいいきっかけ・・・ 星を見ていた 少しずつ温かくなる正太郎の背中でひと揺れごとに眠りに吸い込まれ・・・ ギフト みかんに貼られていた『ローヤル』というシールを見、ホテルの名前にしようと・・・

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Louise Penny

Audrey Villeneuve knew what she imagined could not possibly be happening. She was a grown woman and could tell the difference between real and imagined. But each morning as she drove through the Ville-Marie Tunnel from her home in east-end Montréal to her office, she could see it. Hear it. Feel it happening. The first sign would be a blast of red as drivers hit their brakes. The truck ahead would veer, skidding, slamming sideways. An unholy shriek would bounce off the hard walls and race toward her, all-consuming. Horns, alarms, brakes, people screaming. And then Audrey would see huge blocks of concrete peeling from the ceiling, dragging with them … Continue reading

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池内紀, Stefan Zweig

児玉さんはツヴァイクが好きだった。ドイツ文学科の学生のころ、辞書と首っぴきで全集をあらまし読み終えたという。大学院に進み、学者の道を歩むはずだったが、ひょんなことから俳優になり、ドイツ文学と縁遠くなっても、おりにつけツヴァイクは読んでいた。俳優のかたわら無類の本好きとして書評や本をめぐるエッセイを綴るとき、何かのときにツヴァイクの名前が出てきた。

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水上滝太郎

お屋敷の子と生まれた悲哀かなしさはしみじみと刻まれた。 「卑しい町の子と遊ぶと、いつの間にか自分も卑しい者になってしまってお父様のような偉い人にはなれません。これからはお母様の言うことを聞いてお家でお遊びなさい。それでも町の子と遊びたいなら、町の子にしてしまいます」 と言う母の誡いましめを厳おごそかに聞かされてから私はまた掟おきての中に囚とらわれていなければならなかった。しばらくは宅中うちじゅうに玩具箱をひっくり返して、数を尽して並べても「真田さなだ三代記」や「甲越軍談」の絵本を幼い手ぶりで彩いろどっても、陰欝いんうつな家の空気は遊びたい盛りの坊ちゃんを長く捕えてはいられない。私はまた雑草をわけ木立の中を犬のように潜くぐって崖端へ出て見はるかす町々の賑わいにはかなく憧憬あこがれる子となった。 崖に射さす日光は日に日に弱って油を焦がすようだった蝉の音も次第に消えて行くと夏もやがて暮れ初めて草土手を吹く風はいとど堪えがたく悲哀かなしみを誘う。烈はげしかっただけに逝ゆく夏は肉体の疲れからもかえって身に沁しみて惜しまれる。木の葉も凋落ちょうらくする寂寥せきりょうの秋が迫るにつれて癒いやしがたき傷手いたでに冷え冷えと風の沁むように何ともわからないながらも、幼心に行きて帰らぬもののうら悲しさを私はしみじみと知ったように思われる。

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岡本喜八, 寺田農, 大谷直子

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Anna Karina

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Jean-Luc Godard

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いとうせいこう

わたしはときおり空を仰いだ。星の輝きが薄れ、分厚い黒雲の向こうに朝焼けが始まっていた。今この瞬間、わたしの心はある人の面影に占められていた。精神がこれほどいきいきと面影を想像するとは、以前のごくまっとうな生活では思いもよらなかった。わたしは妻と語っているような気がした。妻が答えるのが聞こえ、微笑むのが見えた。まなざしでうながし、励ますのが見えた。妻がここにいようがいまいが、その微笑みは、たった今昇ってきた太陽よりも明るくわたしを照らした。 そのとき、ある思いがわたしを貫いた。何人もの思想家がその生涯の果てにたどり着いた真実、何人もの詩人がうたいあげた真実が、生まれてはじめて骨身にしみたのだ。愛は人が人として到達できる究極にして最高のものだ、という真実。今わたしは、人間が詩や思想や信仰をつうじて表明すべきこととしてきた、究極にして最高のことの意味を会得した。愛により、愛のなかへと救われること! 人は、この世にもはやなにも残されていなくても、心の奥底で愛する人の面影に思いをこらせば、ほんのいっときにせよ至福の境地になれるということを、わたしは理解したのだ。

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いしだあゆみ

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Michele Tramezzino

The Peregrinaggio di tre giovani figliuoli del re di Serendippo (Three Princes of Serendip) was published by Michele Tramezzino in Venice in 1557. Tramezzino claimed to have heard the story from one Christophero Armeno who had translated the Persian fairy tale into Italian adapting Book One of Amir Khusrau’s Hasht Bihisht of 1302. The story has become known as the source of the word serendipity, coined by Horace Walpole because of his recollection of the part of the “silly fairy tale” where the three princes by “accidents and sagacity” discern the nature of a lost camel. In a separate line of descent, the story was used by Voltaire in his … Continue reading

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小沢健二

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松田龍平

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ブレット・ハリデイ

「笑いごとじゃないぞ」とウィングが言った。「笑う気はないさ」、シェーンはライターの火をつけた。「もっとも、だからと言って泣きたいとは思わんがね。」

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