小松和彦

洋の東西を問わず、人間が生活している世界にはつねにおびただしい「境界」が設定されている。境界を作ることが自分たちの世界を作ることだからである。人びとは錯綜し重層化した境界を、必要に応じて強く意識したり無視したりしながら生活を営んできたのである。
「異界」とは、こうした境界の向こう側に展開している領域のことである。人びとはこの未知の「異界」にっいてさまざまな想像をめぐらしてきた。ある者は境界を踏み越えて異界に分け入り、そこでの体験を語り伝えた。またあるときは、境界の向こうからやって来た者から異界の様子を聞こうとした。その話は本当の話であったり、幻想の話であったりしたが、人びとはその話からさらにまた多くの異界をめぐる物語をっむぎ出していった。
私たち日本人も、古代から現代に至るまで、境界の向こう側に広がる深い「闇」を見つめ、スサノオのヤマタノオロチ退治の物語や源頼光による大江山の鬼退治の物語、浦嶋太郎の龍宮訪問の物語、等々、さまざまな物語を生み出し語り伝えてきた。日本人もまた異界を想定することで、自分たちの世界を作り上げてきたのである。

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