河岡義裕, 木村良一

鳥インフルエンザウイルスについての自分の研究論文の公表が一時、米国政府によって差し止められた。「テロリストが生物兵器に悪用する恐れがある」というのがその理由だったが、再検討した米国政府は一転して公開を認め、問題は一件落着した。しかし、後味の悪さは残る。
掲載差し止めはわれわれにとって意外でした。なぜなら6年前にはNIHが鳥のインフルエンザが人の間で大流行を起こす可能性があるのでその研究をやるように推奨していた。WHOも3年前から勧めていた。だからウイルス学者は研究を続けてきました。
今回の問題はNSABBで非公開で議論されてきたが、なぜかその議論の中身がすべてメディアにリークされていました。これは極めて政治的な手法です。
本来、私の名前など出るはずのものではない。論文が公表されていないのですから。それなのに複数の大手メディアからすぐに私にコンタクトがありました。

3 thoughts on “河岡義裕, 木村良一

  1. shinichi Post author

    インフルエンザに挑む(上)ウイルス学者・河岡義裕

    http://sankei.jp.msn.com/science/news/120501/scn12050103040000-n1.htm

     ■理不尽な論文の差し止め

     鳥インフルエンザウイルスについての自分の研究論文の公表が一時、米国政府によって差し止められた。「テロリストが生物兵器に悪用する恐れがある」というのがその理由だったが、再検討した米国政府は一転して公開を認め、問題は一件落着した。しかし、後味の悪さは残る。(文・木村良一)

                       ◇

     --分刻みのスケジュールで世界中を飛び回っていると聞きました

     河岡 今日も時間がなくて申し訳ありません。

     --ズバリうかがいたい。論文の掲載が差し止められた背景には一体何があったのですか

     河岡 (掲載差し止めは)インフルエンザウイルスの伝播(でんぱ)の研究をしているわれわれにとって意外でした。なぜなら6年前にはNIH(米国立衛生研究所)が鳥のインフルエンザが人の間で大流行を起こす可能性があるのでその研究をやるように推奨していた。WHO(世界保健機関)も3年前から勧めていた。だからウイルス学者は研究を続けてきました。

     《厚生労働省の推計によると、毒性の強い鳥インフルエンザが人の新型インフルエンザに変異した場合、日本国内だけでも17万人から64万人が感染死する》

     --しかもアメリカは資金援助もしてきた

     河岡 そうです。この研究は公衆衛生上とても重要で、研究成果はメジャーな科学雑誌で発表されてきました。公に研究されてきたわけです。しかし人によっては隠れて研究しているように表現する。それは大きな間違いです。

     --分かります

     《英科学誌ネイチャーと米科学誌サイエンスに掲載される予定だった鳥インフルエンザ研究の2本の論文に対し、米国政府のNSABB(生物安全保障の科学諮問委員会)が昨年末、内容の一部削除を求めた。論文は強毒の鳥インフルエンザウイルスH5N1がどう変異すると人に感染しやすくなるかをイタチの仲間のフェレットを使って実験した結果をまとめていた。論文の1本が河岡教授の研究チームによるものだった》

     河岡 今回の問題はNSABBで非公開で議論されてきたが、なぜかその議論の中身がすべてアメリカのメディアにリークされていました。これは極めて政治的な手法です。

     --意図的に流して何かしようとしているわけだからですね

     河岡 本来、私の名前など出るはずのものではない。論文が公表されていないのですから。それなのにアメリカの複数の大手メディアからすぐに私にコンタクトがありました。メディアも含めてすべてアメリカ主導でした。

     《米国政府の要請に河岡教授は「論文をすべて公開し、世界の研究者の知恵を結集して治療薬やワクチンの開発を進めるべきだ」と反論した。その一方で世界の科学者39人とともに自主的に研究を停止した》

     --それにしても米国政府はどうしてこの時期にテロへの悪用を理由に論文掲載に対し、ストップをかけたのでしょうか

     河岡 なぜでしょうか。

     --最初オバマ大統領はこの問題を大きくしたくなかったが、反オバマ勢力からのリークで多くのメディアが報じ、その結果、11月の大統領選に勝つために対応せざるを得なくなってストップをかけたのではないでしょうか

     河岡 分かりません。

     《2月17日、WHOは「一定の条件がクリアされるまでは全文掲載は差し控えたいが、論文の全文公開は有益」との勧告を出した。その後米国政府は方針を一転させ、3月30日に論文差し止め要請を撤回。「ただちにテロの危険を招く恐れはなく、大流行を防ぐ対策に役立つ」として全文公開を認めた。河岡教授の論文は近く公表される》

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  2. shinichi Post author

    インフルエンザに挑む(中)ウイルス学者・河岡義裕

    http://sankei.jp.msn.com/science/news/120502/scn12050203180001-n1.htm

     ■H5N1がパンデミックに

     --研究の停止はどうなれば解除されるのですか

     河岡 論文の公表とは別で連動はしていない。欧米がウイルス研究のバイオセキュリティー(防疫対策)上の基準を示せば、各国がそれに従って解除に向かうでしょう。

     --論文にまとめたフェレットを使った実験は、どんなものだったのですか

     河岡 鳥インフルエンザウイルスが人の細胞に取り付いて増殖するにはどういった変異が必要なのかを調べるのが目的でした。それで人と同じ哺乳類で、実験しやすいフェレットを使いました。

     --実験の結果は

     河岡 2009年にパンデミック(世界的大流行)を引き起こした人のインフルエンザウイルス(H1N1)は、フェレットからフェレットにすぐに空気感染した。ところが人の細胞を認識するようにわずかに遺伝子操作した鳥インフルエンザのH5N1ウイルスは最初、空気感染しなかったが、フェレットの間で感染を繰り返すうちに空気感染するようになった。

     --フェレットの細胞内で突然変異を重ねてフェレットに感染しやすいウイルスに変わったということですか

     河岡 そうです。それでもまだ09年のパンデミックウイルスに比べて感染力は弱かった。実験で生まれたH5N1ウイルスはこのままでは人から人へと次々と空気感染するような性質ではないと思われる。

     --毒性の方は

     河岡 09年のパンデミックウイルスと同等の弱毒か、それ以下です。

     --実験の成果は

     河岡 H5N1ウイルスは香港で1997年にニワトリの間で大流行した。それから15年がたつ。「これだけ時間が経過しても人の新型インフルエンザウイルスに変異していないからパンデミックは起きない」という専門家がいますが、この実験結果を見ればそんなことはないと分かる。これが大きな成果です。

     --長いけど、導火線に火が付いた状態がまだ続いているということですね

     河岡 ええ。ただ、どうして時間とともに少しずつ人に感染しやすくなっているのかはよく分からない。

     --H5N1ウイルスは人の間で大流行する?

     河岡 ニワトリの間で流行しながら変異を繰り返して人の細胞にくっつきやすくなっている。人のインフルエンザウイルスのように低温で増殖しているものもある。パンデミックを起こす可能性はある。

     --特殊なウイルスなのでしょうか

     河岡 H5N1ウイルスは長い時間をかけてここまできた。本来、鳥インフルエンザウイルスはそういうものではない。H5N1ウイルスは他の鳥インフルエンザウイルスとは明らかに違う。ネコにもイヌにもいろんな動物に感染している。これだけ多くの哺乳動物に感染する鳥インフルエンザウイルスはこれまでなかった。

     --感染した人の6割が死ぬようないまの毒性を持ったまま人のインフルエンザウイルスに変異することもあるのですか

     河岡 それはあり得ない。なぜかというと、強毒のままではその流行を維持できないからです。人がバタバタと死ぬようなことになれば、ウイルス自体が絶えてしまう。弱毒にならないと、流行はしない。(論説委員 木村良一)

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  3. shinichi Post author

    インフルエンザに挑む(下)ウイルス学者・河岡義裕 「エイ、ヤー」とバットを振れ

    http://sankei.jp.msn.com/science/news/120503/scn12050303170000-n1.htm

     ――数々の業績のなかで輝かしいのが、13年前に成功した世界初のインフルエンザウイルスの人工合成でしょう。その技術のリバースジェネティクスとは

     河岡 これによって遺伝子を操作し、ウイルスの性質を自由に変えられるのでウイルス研究にとってものすごく重要な技術です。

     ――ワクチンや抗ウイルス薬の開発にも役立つ

     河岡 もちろん。インフルエンザウイルスを人工的に作り出すには、ウイルスの構成物質を(実験用の)細胞内で作らなければならない。そのために考えたのがリバースジェネティクスで、1個の細胞に計17個のプラスミド=DNA(デオキシリボ核酸)の輪っか=を入れる方法でした。17個とは8つのRNA(リボ核酸)を作るためのプラスミド8個と、9つのタンパク質を作るためのプラスミド9個の合計です。

     ――難しそう

     河岡 あのころはこんなに多くのプラスミドを1つの細胞に入れるのは、だれもができないと考えていた。非現実的だった。

     ――それをやれたきっかけは何だったのですか

     河岡 当時、ウィスコンシン大の教授でしたが、研究室にインフルエンザウイルスのRNAを細胞内で作る方法を開発したドイツ出身の女性研究者がいた。ただし、彼女の方法では1個のRNAしか人工合成できなかった。

     ――だれもが無理だと思っていたことをどうやって成し遂げたのですか

     河岡 いろんな条件がそろったのだけど、運が良かった。とにかく「エイ、ヤー」と全部入れてみた。そしたらできてしまった。

     ――そうなのですか

     河岡 だから僕はみんなに「バットを振れ。バットを振らないとホームランは打てない」と言っている。

     ――反響も大きい

     河岡 CIA(米中央情報局)の女性エージェントがやってきて「某国の人間からコンタクトはなかったか」と生物兵器への応用を聞かれたりもした。

     ――このリバースジェネティクスの技術を使って致死率が90%近いエボラウイルスの毒性と、インフルエンザウイルスの空気感染という強い感染力とを併せ持つキラーウイルスも作り出せますか

     河岡 それはSFの話。いまの技術では不可能です。それぞれ別々に作り出すことはできますが、ウイルスというのはどこかをいじると、病原性は落ちてしまう。(論説委員 木村良一)

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