野坂昭如

いつの世にも救世主の如き人物はいる。世の裏側を射抜き、決して上っ面でない言葉で問題を提示する。今、たまさかそんな稀有な存在がいたとしても、世間の側にそれを受け止めるだけの感性がない。ゆとりもない。
朝に起こった出来事が夕方には忘れられ、物にはすぐに飽きる。食べものを汚なく食べ散らかす。何とも向き合うことなく、人間同士の付き合い方も同様。無関心のまま時間が過ぎていく。
薄っぺらでお手軽な世の中に、幾重にも正体不明の闇が広がっている。
闇は視界を妨げ、若者の心に入り込み、足をからめとる。この闇はぼくらの生き写しである。金や物を崇め、合理化とやらをすすめてきた日本。無駄だと省かれたものの中にこそ、日本の誇りがあった。風土や気質、歴史に支えられ培ってきた独自の文化。うわべ豊かとなった時、今度は内容を豊かにしなければならない。少しゆとりが出来たところで文化を深め、伝統を生かす分野に心を注ぐべきところ、抹殺することで成就しようとした。文化を壊したというよりも弊履の如く捨てた。そして日本人は醜くなった。街は便利で清潔、全体に美々しくなり、人もまた見てくれきれい。醜くなったのはその生き方、消費文化の行きつく果て。
結局、なにが豊かなのか判らぬまま、日本は滅びようとしている。
戦後、その都度決着をつけてこなかったこの国、当然の報い。

This entry was posted in Japanese way. Bookmark the permalink.

1 Response to 野坂昭如

  1. shinichi says:

    終末の思想

    by 野坂昭如

    経済が上向けば、万事好調を装う日本社会。しかし、その先には幾重にも闇が広がっている。食と農を疎かにし、物を崇め、原子力エネルギーに突っ走り……負の部分を見ずに、すべてツケを先送りしてきた、その当然の報いが待ち受けている。ならば、いかに滅ぶべきか、死ぬべきか――敗戦の焼け野原から、戦後日本を見続けてきた作家が、自らの世代の責任を込めて、この国が自滅の道を行き尽くすしかないことを説く。

    第一章 この世はもうすぐお終いだ
    第二章 食とともに人間は滅びる
    第三章 これから起きるのは、農の復讐である
    第四章 すべての物に別れを告げよ

    第五章 また原発事故は起こる
    第六章 滅びの予兆はあった
    第七章 上手に死ぬことを考える
    第八章 安楽死は最高の老人福祉である
    第九章 日本にお悔やみを申し上げる

Leave a Reply

Your email address will not be published.