筒井康隆

今のところまだ何でもない彼は何もしていない。何もしていないことをしているという言いまわしを除いて何もしていない。窓の外は晴れている。いや。曇っているかもしれないがその保証はない。なにしろ雨が降っているかもしれないくらいだから。それでもやっぱり晴れているのかもしれない。窓ガラスが時おり光るのは太陽の光なのかもしれないが横なぐりに吹きつけてくる雨滴が何かの灯火に照らされているのかもしれず雪明かりなのかもしれない。それどころか晴天と曇天と雨天がそんなことはあり得ないとする日常的思考を否定したり嘲笑したりするために数秒置きのくり返しを演じているのかもしれないではないか。そう考えてこそもしそれが雪明かりだとすれば雪明かりがちらつくなどという非日常性も納得できようというものだが彼はあいにくそんなことを納得する気すらない。確かなことは屋外の天気が不明であると彼が判断するための窓ガラスがそこにあるということだけだ。屋内にいる彼は何もしていないし窓の外の天気を見定めようと眼を凝らしているのでもない。窓ガラスだけが彼に彼が屋内にいることを教えてくれている。

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