匂いは情動と深く結び付いていると考えられています。例えば、腐った魚の匂いを嗅げば、強烈な嫌悪感が込み上げ、思わず顔をそむけてしまうという人が多いのでしょう。また、ある種類の匂いを嗅ぐことで昔の記憶がよみがえって懐かしい思いをした人がいるかもしれません。多くの人にとって匂いと情動や行動との関係は日常的に経験することのできる身近なものではないでしょうか。しかし、私たちヒトを含む哺乳類の脳が、特定の匂い分子を感知した際に、それに対応した情動や行動を引き起こすメカニズムが解明されているのかとなると、まだまだ研究の手が届いていない問題が多いという状況でした。私たちが作成した、匂い情報を伝達する神経細胞の一部を、遺伝子操作の技術を応用して特異的に遮断したミュータントマウス(神経回路の改変マウス)は、天敵の発する匂い分子そのものを感じることができるのに、その匂いを危険であると判断して恐怖を感じることができないという驚くべき行動を示しました。野生型マウスは猫の付けていた首輪ですらその匂いを恐がって近づかないのに、このミュータントマウスは恐れるそぶりも見せずに猫そのものに近づいてしまいました。このマウスは私たちに、猫の匂いが恐いのは遺伝子が先天的に決めていることを教えてくれたのです。私たちは「神経回路の改変マウス」を駆使して、哺乳類の脳が外界の匂い情報の意味や価値を判断して特異的な情動や行動を引き起こすメカニズムを解明する研究を進めています。
Functional Neuroscience
神経機能学部門
http://www.obi.or.jp/laboratories/functional_neuroscience.html
Reiko Kobayakawa, Ph.D.
Head, Department of Functional Neuroscience
Osaka Bioscience Insutitute Foundation
大阪バイオサイエンス研究所
神経機能学部門 研究室長
小早川 令子
神経機能学部門では、ヒトや動物の心を理解する新たな視点を確立するために、分子生物学、解剖学、生化学、生理学、行動学の方法を駆使して、哺乳類の脳が特異的な情動や行動を制御するメカニズムの研究を行っています。