江戸川乱歩

恋愛ばかりでなく、すべての物の考え方がだれとも一致しなかった。しかし、孤独に徹する勇気もなく、犯罪者にもなれず、自殺するほどの強い情熱もなく、結局偽善的(仮面的)に世間と交わっていくほかなかった。そして、大過なく五十七年を送って来た。子を生み、孫を持ち、好々爺となっている。しかし、今もって私のほんとうの心持でないもので生活していることに変りはない。小説にさえも私はほんとうのことを(意識的には)ほとんど書いていない。
私は文学青年の時代を持たなかったので、そういう意味の青春期も経験しなかった。小説を書き出したのは満二十七歳だが、そのころはすでに子供があり、幾つもの職業を転々して、もう人間としての青春期を過ぎている感じであった。
際立った青春期を持たなかったと同時に、私は際立った大人にもならなかった。間もなく還暦という年になっても、精神的には未熟な子供のようなところがある。
振り返って観ると、私はいつも子供であったし、今も子供である。もし大人らしい所があるとすれば、すべて社会生活を生きていくための『仮面』と『つけやきば』にすぎない。

This entry was posted in good. Bookmark the permalink.

2 Responses to 江戸川乱歩

  1. shinichi says:

    わが青春期

    by 江戸川乱歩

  2. shinichi says:

    夢物語でよいのだ。夢物語でよいのだ。

    現世は夢 夜の夢こそまこと。

    「なぜ神は人間を作ったか」というレジスタンスの方が、戦争や平和や左翼よりも百倍も根本的で、百倍も強烈だ。

    小説というものが、政治論文のように積極的に人生をよくするためにのみ書かれなければならないとしたら、彼は多分「現実」とともに「小説」をも厭わしいものに思ったに違いない。

    拙いと自信している小説など書くよりは、どんな不自由をしても、進んで月給取りに転業すべきであったのだろう。ところが、この月給取りが又、私は(良心的にいって)ひどく性に合わないのである。

    そこで、自分ではつまらないと思っても、編集者がやいのやいのといってくれるあいだ、原稿稼ぎをしてやろう。売文業を大いにやろうと考えるに至ったのである。

    結局、妥協したのである。もともと生きるとは妥協することである。

    戦前の人嫌いが、戦後人好きになり、いろいろな会合に進んで出るようになったのは、一つは隣組や町会で人に慣れたのと、もう一つは戦争中多少酒が飲めるようになったせいである。

Leave a Reply

Your email address will not be published.