加賀乙彦

Kaga ついに脈が触れなくなったらしい。すばやく胸をはだけ、聴診器を押しつける。弱った心臓の最後の鼓動を聴こうとする。曽根原が頷いた。菅谷部長がストップ・ウォッチを押した。
 曽根原は階段上の所長たちと検事に一礼し、「9時49分20秒、おわりました。所要時間14分15秒」と声高に報告した。
 近木の後にいた看守たちが階段を駆け降りた。保安課長が下に姿をみせた。棺が運び込まれ、屍体がおろされた。
 拘置所長が腰を浮かしながらK刑務所長に頭をさげた。
「お疲れさまです」
「やあ、きょうはスムースにいきましたな」赤ら顔の刑務所長は快活に言った。
「先週は、手古摺りましたからね」
「きょうのは、すっかり諦めてた様子でしたな。ああいう風にもってくのは大変でしょう」
「信仰があったんで、こっちは助かりました」
「握手をもとめられた時はちょっとあわてておられた」
「ええ、死人に触られるようなもんですからな、いい気持じゃあありませんや」
「しかし、今度の法務大臣は、まあジャンジャン判子を押すもんですな」

2 thoughts on “加賀乙彦

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *