芥川龍之介

これは哲学者のマツグの書いた「阿呆の言葉」の中の何章かです。――

  • 阿呆はいつも彼以外のものを阿呆であると信じてゐる。
  • 我々の自然を愛するのは自然は我々を憎んだり嫉妬したりしない為もないことはない。
  • 最も賢い生活は一時代の習慣を軽蔑しながら、しかもその又習慣を少しも破らないやうに暮らすことである。
  • 我々の最も誇りたいものは我々の持つてゐないものだけである。
  • 何びとも偶像を破壊することに異存を持つてゐるものはない。同時に又何びとも偶像になることに異存を持つてゐるものはない。しかし偶像の台座の上に安んじて坐つてゐられるものは最も神々に恵まれたもの、――阿呆か、悪人か、英雄かである。(クラバツクはこの章の上へ爪の痕をつけてゐました。)
  • 我々の生活に必要な思想は三千年前に尽きたかも知れない。我々は唯古い薪に新らしい炎を加へるだけであらう。
  • 幸福は苦痛を伴ひ、平和は倦怠を伴ふとすれば、――?
  • 自己を弁護することは他人を弁護することよりも困難である。疑ふものは弁護士を見よ。
  • 矜誇、愛慾、疑惑――あらゆる罪は三千年来、この三者から発してゐる。同時に又恐らくはあらゆる徳も。
  • 物質的欲望を減ずることは必しも平和を齎もたらさない。我々は平和を得る為には精神的欲望も減じなければならぬ。(クラバツクはこの章の上にも爪の痕を残してゐました。)

One thought on “芥川龍之介

  1. shinichi Post author

    河童

    by 芥川龍之介

    青空文庫

    http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/45761_39095.html

    十一

     これは哲学者のマツグの書いた「阿呆の言葉」の中の何章かです。――
              ×
     阿呆はいつも彼以外のものを阿呆であると信じてゐる。
              ×
     我々の自然を愛するのは自然は我々を憎んだり嫉妬したりしない為もないことはない。
              ×
     最も賢い生活は一時代の習慣を軽蔑しながら、しかもその又習慣を少しも破らないやうに暮らすことである。
              ×
     我々の最も誇りたいものは我々の持つてゐないものだけである。
              ×
     何びとも偶像を破壊することに異存を持つてゐるものはない。同時に又何びとも偶像になることに異存を持つてゐるものはない。しかし偶像の台座の上に安んじて坐つてゐられるものは最も神々に恵まれたもの、――阿呆か、悪人か、英雄かである。(クラバツクはこの章の上へ爪の痕をつけてゐました。)
              ×
     我々の生活に必要な思想は三千年前に尽きたかも知れない。我々は唯古い薪に新らしい炎を加へるだけであらう。
              ×
     我々の特色は我々自身の意識を超越するのを常としてゐる。
              ×
     幸福は苦痛を伴ひ、平和は倦怠を伴ふとすれば、――?
              ×
     自己を弁護することは他人を弁護することよりも困難である。疑ふものは弁護士を見よ。
              ×
     矜誇、愛慾、疑惑――あらゆる罪は三千年来、この三者から発してゐる。同時に又恐らくはあらゆる徳も。
              ×
     物質的欲望を減ずることは必しも平和を齎もたらさない。我々は平和を得る為には精神的欲望も減じなければならぬ。(クラバツクはこの章の上にも爪の痕を残してゐました。)
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     我々は人間よりも不幸である。人間は河童ほど進化してゐない。(僕はこの章を読んだ時思はず笑つてしまひました。)
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     成すことは成し得ることであり、成し得ることは成すことである。畢竟我々の生活はかう云ふ循環論法を脱することは出来ない。――即ち不合理に終始してゐる。
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     ボオドレエルは白痴になつた後、彼の人生観をたつた一語に、――女陰の一語に表白した。しかし彼自身を語るものは必しもかう言つたことではない。寧ろ彼の天才に、――彼の生活を維持するに足る詩的天才に信頼した為に胃袋の一語を忘れたことである。(この章にもやはりクラバツクの爪の痕は残つてゐました。)
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     若し理性に終始するとすれば、我々は当然我々自身の存在を否定しなければならぬ。理性を神にしたヴオルテエルの幸福に一生を了つたのは即ち人間の河童よりも進化してゐないことを示すものである。

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