小谷みどり

日本の墓は、「○○家之墓」「○○家先祖代々之墓」といったいわゆる「家墓」が主流だが、こうした家墓は昔からあったわけではなく、家墓が浸透したのは大正期、普及したのは昭和に入ってからという説が一般的である。
伝染病予防法で「伝染病患者ノ死体ハ火葬スヘシ」と規定され、伝染病対策としての火葬場が建設されたのが1897(明治 30)年。「系譜、祭具及墳墓ノ所有権ヲ承継スルハ家督相続ノ特権ニ属ス」と規定した明治民法の制定が、1898(明治 31)年。
「祭祀は継承するもの」という観念のもと、明治後期以降、代々の先祖を祭祀するための家墓が増加していったが、厚生労働省『衛生行政業務報告』によれば、1900(明治 33)年に 29.2%であった火葬率が 50%を超えたのは 1935(昭和 10)年なので、家墓が全国的に一般化するのは昭和に入ってからとみるのが妥当であろう。

One thought on “小谷みどり

  1. shinichi Post author

    死者祭祀の実態

    by 小谷みどり

    第一生命保険

    http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/ldi/note/notes1004a.pdf

    死者祭祀の実態について調査したところ、仏壇や神棚の保有率は過去に比べて低下していた。しかし三世代同居世帯では保有率は高いことから、保有率の低下は、核家族化が背景のひとつにあると推測される。一方、お盆やお彼岸の墓参行為は、回答者の子どもの頃も現在も回答率は高く、低下していない。

    調査対象者の75.4%の人は、年に数回以上、墓参りをしていた。「習慣だから」「先祖に感謝の気持ちを示すため」といった理由の回答率が半数を超えており、墓参が慣習として人々の意識に定着している様子がうかがえた。

    先祖について、「自分の家系の初代または初代以降すべて」よりも「自分の親や祖父母などの近親者」というイメージで捉えている人の方が多い。また性別では、家意識に基づく先祖観は男性に強く、女性では、自分や配偶者の親や祖父母など、自分にとっての近親者といった先祖観を持っていた。

    **

    日本の墓は、「○○家之墓」「○○家先祖代々之墓」といったいわゆる「家墓」が主流だが、こうした家墓は昔からあったわけではなく、家墓が浸透したのは大正期、普及したのは昭和に入ってからという説が一般的である(藤井 1988:205-206、槇村1999:37、鈴木 2006:182)。

    その根拠のひとつは、「系譜、祭具及墳墓ノ所有権ヲ承継スルハ家督相続ノ特権ニ属ス」(明治民法第九八七条)と規定した明治民法の制定が、明治後期の 1898(明治 31)年であることだ。したがって「祭祀は継承するもの」という観念のもと、代々の先祖を祭祀するための家墓が増加するのは、早くても明治後期以降であると推察される。

    また、家墓の浸透には火葬の普及が前提となる。鯖田は、「遺族による収骨をひとつのクッションとして、火葬の普及こそが家族墓所を一般化する推進力となり、家族墓所への執念が火葬を普及させた」(鯖田 1990:36)と指摘しているが、複数の骨壷を収納する家墓の誕生は、火葬率の上昇によるところが大きい。

    わが国における土葬から火葬への転換は、1897(明治 30)年施行の伝染病予防法で「伝染病患者ノ死体ハ火葬スヘシ」(第十二条)と規定され、伝染病対策としての火葬場が建設されたことが契機となっている。しかし、厚生労働省『衛生行政業務報告』によれば、1900(明治 33)年に 29.2%であった火葬率が 50%を超えたのは 1935(昭和 10)年なので、家墓が全国的に一般化するのは昭和に入ってからとみるのが妥当であろう。

    こうした火葬や家墓の普及の影響について、森は「拾骨の習俗は少なくとも死者と近親者(喪に服する人)の関係を変化させていった」(森 2000:180)と述べ、「死者の遺骨を拾う近親者の姿は、死穢を忌避する姿が背後に退き、ただ死者に対しての哀慕の観念が色濃く刻まれることになる」(同:180)と指摘している。

    一方、戦後の墓祭祀についての社会学的研究は、祭祀の担い手である「家」の変容や都市化に伴う変化といった視点から、墓祭祀は衰退や消滅に向かう、あるいは変質するなど、さまざまな議論がおこなわれてきた。しかし、核家族化が進み、夫婦制家族が定着した昨今でも、先祖を弔う行為は衰退していないことは、たとえば墓参の実施率が低下していないことからも明らかになっている(小谷 1997)。

    **

    三省堂の大辞林によれば、先祖とは「家系の初代。また、その血統に連なる先代までの人々。祖先。」とある。しかし今回の調査では、先祖を「自分の家系の初代または初代以降すべて」といった辞書的な意味合いよりも、「自分の親や祖父母などの近親者」というイメージで捉えている人の方が多かった。

    また老若男女問わず、墓参行為の実施率が高いことが今回の調査で明らかになったが、これは、家系の初代または初代以降すべての先祖を崇拝するというよりは、顔ぶれが特定化された故人への親密性が背景にあるゆえんなのではないかと考えられる。この点について、たとえば文化人類学の視点から現代日本人の位牌祭祀の実態を調査したR.スミス(Robert Smith)も、家的な祭祀が私的情愛のメモリアリズム(追憶主義)へと移行していると指摘している(Smith1974=1996:354)。

    さらにこうしたメモリアリズムとしての墓参行為は、特定の宗教や宗派の信仰には関係なく、「習慣だから」「先祖に感謝の気持ちを示すため」に行われており、またこうした行為や心構えが大切であると考える人が大多数であることも、今回の調査で明らかとなった。

    核家族化やライフスタイルの多様化により、仏壇や神棚の保有率は低下しているうえ、墓のかたちも多様化しているにもかかわらず、墓参行為がいまだに国民的行事として定着しているのは、祖先崇拝というよりは、特定の死者への追慕の心情に裏打ちされているからであろう。

    ・ 小谷みどり,1997,「先祖祭祀の実態」『Life Design Report(1997年3月号)』:29-51.

    ・ 鯖田豊之,1990,『火葬の文化』新潮社.

    ・ 鈴木岩弓,2006,「家墓」新谷尚紀・関沢まゆみ編『死と葬送』吉川弘文館:181-182.

    ・ 藤井正雄,1988,『骨のフォークロア』弘文堂.

    ・ 槇村久子,1999,「近代日本墓地の成立と現代的展開」『21世紀における墓制の行方』東北大学公開国際シンポジウム:37-49.

    ・ 森謙二,2000,『墓と葬送の現在』東京堂出版.

    ・ Robert Smith , 1974 , Ancestor worship in contemporary Japan , Stanford University press―前山隆訳1996『現代日本の祖先崇拝』御茶の水書房.

    Reply

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *