渡辺京二

私のたしかめたところでは、石牟礼氏はこの作品を書くにために、患者の家にしげしげを通うことなどしていない。これが聞き書きだと信じこんでいる人にはおどろくべきことかもしれないが、彼女は一度か二度しかそれぞれの家を訪ねなかったそうである。 。。。
ところがあることから私はおそるべき事実に気づいた。仮にE家としておくが、その家のことを書いた彼女の短文について私はいくつか質問をした。事実を知りたかったからであるが、例によってあいまいきわまる彼女の答をつきつめて行くと、そのE家の老婆は彼女が書いているような言葉を語ってはいないということが明らかになった。瞬間的にひらめいた疑惑は私をほとんど驚愕させた。「じゃ、あなたは『苦海浄土』でも……」。すると彼女はいたずらを見つけられた女の子みたいな顔になった。しかし、すぐこう言った。
「だって、あのひとの心の中で言っていることを文字にすると、ああなるんだもの」

One thought on “渡辺京二

Leave a Reply to shinichi Cancel reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *