日本経済新聞

「ワインズバーグ・オハイオ」と題する連作短編が文庫になっているが、アンダソンというアメリカの作家を知る人は多くないだろう。大正末から昭和にかけ、この作家と日本人との間に交流があった。著作権のなんたるかも定かではなかったであろうころの話である。
翻訳にあたって許しを請う手紙を訳者が出すと、アンダソンの返事が来た。「ほかの国からは謝礼をもらっている。自分は貧しいから同じにしてほしいが、そういう慣習がないのなら無理にとはいわない」。日本の版元は結局謝礼を出さなかったが、「かまわない。今後は好きなものを訳してくれ」とアンダソンは言った。
逸話は先ごろ、作家・山田稔さんの随想で知った。アンダソンの作品の魅力はチェーホフと比べられるが、読書週間ただ中の3連休、チェーホフを読んだ人はいてもアンダソンを手に取った人があるかどうか。ただ、さまざまな挿話から作者、作品へと関心が進み、お気に入りに巡り合う。それもまた読書の楽しみだろう。
話には続きがある。今度は日本から原稿を依頼し、快諾したアンダソンはすぐ送ってくるのだが、頼んだ側は稿料を酒席に使い込んで送金が遅れてしまう。正直に白状してわびる手紙への返事はこうである。「どうか気にしないでほしい。自分もその席につらなりたかった」。こんなことが言える人だ。本も読みたくなる。

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