内山興正

自己とは何か。これは数量的にいえば「一」だということです。自己が二人いるなどいうことは分裂病でもないかぎりありませんから。キェルケゴールも、宗教とは神の前に一人ぎりで立つことだといっていますが、たしかに宗教的自己とは、この一としての自己をハッキリすることでなければなりません。
ところでえこのように「自己とは一である」ということを前提にしてみますと、この「一」ということについて、

自己 = 1/1 = 2/2 = 3/3 = ・・・ = 人類/人類 = 一切/一切

という式が成り立ちます。
自分は一人だということは、誰だってみとめているわけですけれど、それでいて、お互い「自分は一人だ」ということを実践している人は、まったく稀でしかありません。いつも「勝った負けた」「得した損した」「愛する嫌う」など、そういうことだけで生きている人は、早い話がけっきょく「二分の一の自己」だけしか見ていない人です。「相手に対する自分」でしかないのですから、勝っても負けても、得しても損しても、「二分の一」です。

This entry was posted in belief. Bookmark the permalink.

1 Response to 内山興正

  1. shinichi says:

    自己―ある禅僧の心の遍歴

    by 内山 興正

Leave a Reply

Your email address will not be published.