Desmond Morris

We never stop investigating. We are never satisfied that we know enough to get by. Every question we answer leads on to another question. This has become the greatest survival trick of our species.

I viewed my fellow man not as a fallen angel, but as a risen ape.

Biologically speaking, if something bites you, it is more likely to be female.

This entry was posted in human being. Bookmark the permalink.

2 Responses to Desmond Morris

  1. shinichi says:

    The Naked Ape: A Zoologist’s Study of the Human Animal

    by Desmond Morris

  2. shinichi says:

    (sk)

    兵藤一夫 ( http://www.kushima.org/is/?p=42719 ) は、

    仏教は、欲望に内在するこの「もっと、もっと」という本性に気づき、先ずそれを止めるために「少欲・知足」ということをもって、生きる出発点としてきた。「少欲」とはいまだ得られていないものを欲しないことであり、「知足(足るを知る)」とはすでに得られたものに満足し心が穏やかであることである。
    私たちは、物や知識や名誉・地位などの中、すでに得ているものに対してはもっと良いもの、もっと多くのものを欲しがり、いまだ得ていないものに対してはそれを得ようと欲する。したがって、欲望とは現状に満足しないことと表裏の関係にあり、逆に言えば、満足を知り、喜ぶことによってこそ欲望が減少するのである。

    と書いた。

    ところが、Desmond Morris は、

    We are never satisfied that we know enough to get by. Every question we answer leads on to another question. This has become the greatest survival trick of our species.

    とまったく逆のことを書いたのだ。

    いずれにしても、人間の欲望に限りがないということだけは確かなようで、それで、

    兵藤一夫のように考えて、その欲望を抑えて穏やかに暮らすか、

    Desmond Morris のように考えて、新しいものを獲得していくか、

    という選択が、私たちひとりひとりの前にあらわれてくるのだ。

    兵藤一夫のように考えて、進んで「負け組」になるか、

    Desmond Morris のように考えて、人間という種の絶滅の時期を早めるか、

    どちらがいいとか、どちらが正しいとかいうものでもなさそうだ。

    仏教的に生きるか、キリスト教的に生きるか。それは宗教を信じない私たちへの問いでもある。

    余計なことだが、科学的ということとキリスト教的だということは、案外似ている気がする。Desmond Morris が動物学的に話し、誰かがキリスト教的に話したとき、欲望を抑えないという一点で、どちらも限りなく西洋的だ。

Leave a Reply

Your email address will not be published.