南雲忠一

サイパン全島ノ皇軍将兵ニ告グ、米鬼進攻ヲ企図シテヨリ玆(ここ)ニ二旬余、在島ノ皇軍陸海軍ノ将兵及ビ軍属ハ、克ク協力一致善戦敢闘随所ニ皇軍ノ面目ヲ発揮シ、負託ノ任ヲ完遂センコトヲ期セリ、然ルニ天ノ時ヲ得ズ、地ノ利ヲ占ムル能ワズ、人ノ和ヲ以テ今日ニ及ビ、今ヤ戦ウニ資材ナク、攻ムルニ砲熕悉ク破壊シ、戦友相次イデ斃ル、無念七生報国ヲ誓ウ、而(しか)モ敵ノ暴虐ナル進攻依然タリ、サイパンノ一角ヲ占有スト雖(いえど)モ徒(いたず)ラニ熾烈ナル砲爆撃下ニ散華スルニ過ギズ、今ヤ、止(とど)マルモ死、進ムモ死、死生命アリ、須(すべから)ク其ノ時ヲ得テ、帝國男児ノ真骨頂ヲ発揮スルヲ要ス、予ハ残留諸子ト共ニ、断乎進ンデ米鬼ニ一撃ヲ加エ、太平洋ノ防波堤トナリテサイパン島ニ骨ヲ埋メントス。
戦陣訓ニ曰ク「生キテ虜囚ノ辱ヲ受ケズ」 「勇躍全力ヲ尽シ、従容トシテ悠久ノ大義ニ生クルコトヲ悦ビトスベシ」ト。玆ニ諸子ト共ニ、聖寿ノ無窮皇国ノ弥栄ヲ祈念スベク、敵ヲ索メテ進発ス、続ケ。

昭和一九年七月六日 中部太平洋方面艦隊司令長官 南雲忠一

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