茨木のり子

もはや
できあいの思想には倚りかかりたくない
もはや
できあいの宗教には倚りかかりたくない
もはや
できあいの学問には倚りかかりたくない
もはや
いかなる権威にも倚りかかりたくはない
ながく生きて
心底学んだのはそれぐらい
じぶんの耳目
じぶんの二本足のみで立っていて
なに不都合のことやある
倚りかかるとすれば
それは
椅子の背もたれだけ

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7 Responses to 茨木のり子

  1. shinichi says:

    倚りかからず

    by 茨木のり子

  2. shinichi says:

    一人は賑やか

    by 茨木のり子

    **

    一人でいるのは 賑やかだ
    賑やかな賑やかな森だよ
    夢がぱちぱち はぜてくる
    よからぬ思いも 湧いてくる
    エーデルワイスも 毒の茸も

    一人でいるのは 賑やかだ
    賑やかな賑やかな海だよ
    水平線もかたむいて
    荒れに荒れっちまう夜もある
    なぎの日生まれる馬鹿貝もある

    一人でいるのは賑やかだ
    誓って負け惜しみなんかじゃない
    一人でいるとき淋しいやつが
    二人寄ったら なお淋しい

    おおぜい寄ったなら
    だ だ だ だ だっと 堕落だな

    恋人よ
    まだどこにいるのかもわからない 君
    一人でいるとき 一番賑やかなヤツで
    あってくれ

  3. shinichi says:

    娘たち

    by 茨木のり子

    **

    イヤリングを見るたびに おもいます
    縄文時代の女たちとおんなじね

    ネックレスをつらねるたびに おもいます
    卑弥呼のころと変わりはしない

    指輪はおろか腕輪も足輪もありました
    今はブレスレット アンクレットなんて気取ってはいるけれど

    頬紅を刷(は)くたびに おもいます
    埴輪の女も丹(に)を塗りたくったわ

    ミニを見るたびに 思います
    早乙女のすこやかな野良着スタイル

    ロングひるがえるたびに おもいます
    青丹(あおに)よし奈良のみやこのファッションを

    くりかえしくりかえす よそおい
    波のように行ったり 来たりして

    波が貝殻を残してゆくように
    女たちはかたみを残し 生きたしるしを置いてゆく

    勾玉(まがたま)や真珠 櫛やかんざし 半襟や刺子(さしこ)
    家々のたんすの奥に 博物館の片隅にひっそりと息づいて

    そしてまた あらたな旅立ち
    遠いいのちをひきついで さらに華やぐ娘たち

    母や祖母の名残の品を
    身のどこかに ひとつだけ飾ったりして

  4. shinichi says:

    あほらしい唄

    by 茨木のり子

    **

    この川べりであなたと
    ビールを飲んだ だからここは好きな店

    七月のきれいな晩だった
    あなたの坐った椅子はあれ でも三人だった

    小さな提灯がいくつもともり けむっていて
    あなたは楽しい冗談をばらまいた

    二人の時にはお説教ばかり
    荒々しいことはなんにもしないで

    でもわかるの わたしには
    あなたの深いまなざしが

    早くわたしの心に橋を架けて
    別の誰かに架けられないうちに

    わたし ためらわずに渡る
    あなたのところへ

    そうしたらもう後へ戻れない
    跳ね橋のようにして

    ゴッホの絵にあった
    アルル地方の素朴で明るい跳ね橋!

    娘は誘惑されなくちゃいけないの
    それもあなたのようなひとから

  5. shinichi says:

    夏の星に

    by 茨木のり子

    **

    まばゆいばかり
    豪華にばらまかれ
    ふるほどに
    星々
    あれは蠍座の赤く怒る首星アンタレス
    永久にそれを追わねばならない射手座の弓
    印度人という名の星はどれだろう
    天の川を悠々と飛ぶ白鳥
    しっぽにデネブを光らせて
    頚の長い大きなスワンよ!
    アンドロメダはまだいましめを解かれぬままだし
    冠座はかぶりてのないままに
    誰かをじっと待っている
    屑の星 粒の星 名のない星々
    うつくしい者たちよ
    わたくしが地上の宝石を欲しがらないのは
    すでに
    あなた達を視てしまったからなのだ

  6. shinichi says:

    さくら

    by 茨木のり子

    **

    ことしも生きて
    さくらを見ています
    ひとは生涯に
    何回ぐらいさくらをみるのかしら
    ものごころつくのが十歳ぐらいなら
    どんなに多くても七十回ぐらい
    三十回 四十回のひともざら
    なんという少なさだろう
    もっともっと多く見るような気がするのは
    祖先の視覚も
    まぎれこみ重なりあい霞(かすみ)立つせいでしょう
    あでやかとも妖しとも不気味とも
    捉えかねる花のいろ
    さくらふぶきの下を ふららと歩けば
    一瞬
    名僧のごとくにわかるのです
    死こそ常態
    生はいとしき蜃気楼と

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