佐々木利夫

地球に対して人類はがん細胞と化した。そのがん細胞は、既に地球の免疫機能を凌駕した。
がん細胞は宿主に寄生する以外に生き残る手段を持たない。宿主を破壊し尽くすことは、同時に己の消滅をも意味している。共存の道をさぐろうともせずひたすら増殖を続けることに執心するがん細胞は、その意思が己の破滅に結びつくであろうことを知ろうとしない。

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1 Response to 佐々木利夫

  1. shinichi says:

    人は自然には勝てない?

    by 佐々木利夫

    http://www.geocities.jp/toshio2003jp/essay07/sizen.html

     「人は自然の前では無力である」、「人は自然には勝てない」。こうした言葉は少なくとも私たちの年齢以上の者にとっては、永久不滅、永劫不変の真実であった。
     台風、竜巻、噴火、冬山遭難などなど、自然の猛威の前に矮小な人間の挑む戦いなどまさに蟷螂の斧そのものであり、そうした事実は多くのドラマを生むとともにそのまま自然に対する畏敬ともなった。

     そうした災害じみた場合だけに限られるものではない。路傍の花の密かな成長や密林の生物の生存競争などにも人は自然の奇跡を重ねてしまう。

     だがここにきて自然は人間の前にひれ伏した。曲がった川は洪水を避けるためだと真っ直ぐにされ、海岸線は無数のテトラポットでくまなく埋め尽くされた。焼畑は森林を砂漠に変え、北極の氷も融けはじめた。
     人だけが自然に挑戦し、限りない勝利の快感をその身に刻むことで、「経済」、「国民」、「発展」などの名の下に不敗の雄叫びを上げ続けてきた。

     その上人は自然を馬鹿にした。団地の真ん中に小さな公園を作り、花壇にチューリップを植えることでそこに自然があるのだと言い訳にした。山の一角を鉄条網で囲んだ空間に高速道路を乗り継いでマイカーで乗り込み、入場料を払って散歩したりバーベキューをすることが自然に親しむことなのだと思い上った。

     見るがいい。人間の犯した環境破壊は今や科学者のデータの範囲を超えた。地球温暖化は予想ではなく現実として目の前にある。オゾンホールは生物の種への影響を示唆している。
     そうした結果を人はまだ「自然からの報復」だと呼ぼうとしている。

     だが、それらは自然からのしっぺ返しではない。自然は既に人類に対してもろ手を挙げて降伏したのである。地球に対して人類はがん細胞と化した。際限なく増殖するがん細胞は、既に地球の免疫機能を凌駕した。

     地球そのもの、つまり個体としての地球の寿命は50億年くらいだとされている。太陽はいずれ収縮して白色矮星となって冷え切ってしまうようだが、その前に灼熱の赤色巨星となり、地球はその中に飲み込まれてしまうとされている。それが地球の物体としての終焉である。

     そうした余命50億年の地球そのものの運命は避けられない事実として他の天体などへの移住でも考えることにしよう。ただ、そうした存亡の危機以外にも地球はこれまで多くの災厄を潜り抜けてきた。巨大隕石がいくつも襲い、氷河期の襲来も二度三度ではなかった。

     そのたびに地球は生きのびてきた。恐らく現在の危機も、個体としての地球はこれまでの危機と同じように50億年を生きのびていくことだろう。
     ただこれまでの経験からするなら、その生きのびは種の絶滅とも言えるほどにも生物の存亡を賭けた戦いである。進化の過程を振り出しまで戻って一からやり直すほどにも苛酷な生き残りである。恐らく人類のままでの生き残りなど望むべくもないだろう。

     そうした危機は他人事のように思われてきた。気づかないほど緩慢に訪れるのだと思われてきた。だが人は既に自然の前に君臨したのである。逆に言うなら自然は人類の前に敗北したのである。そうした自然を手中に治めようとしたそのつけは、数十年、百数十年、数百年というそんな短い余命を人類に突きつけてくる。そしてそうした環境破壊であるとか生存競争の激化による貧困や飢餓の事実は、人類もまた地球の自然という要素を構成している一つなのだということをひっそりと、しかも確実に知らせてくれているのである。

     今でも「自然の猛威」、「自然からの報復」などという語を使って自然に対峙する人間の弱さを強調する表現を見るけれど、私はそうした考えは間違っていると思うのである。むしろ自己修復の能力を失った自然そのものが、あちこちに広がる人間から仕掛けた病変に悲鳴を上げているに過ぎないのではないかと思っているのである。

     がん細胞は宿主に寄生する以外に生き残る手段を持たない。宿主たる人体を破壊し尽くすことは、同時に己の消滅をも意味している。共存の道をさぐろうともせずひたすら増殖を続けることに執心するがん細胞は、その意思が己の破滅に結びつくであろうことを知ろうとしない。

     ただそうした思いにもかかわらず、僅かにしろ自助努力によって我々一人ひとりが、もしかしたら今すぐにでも名医となり環境との共存の道をさぐることで地球の免疫機能の復活に寄与できるかも知れないという密かな期待を望み信じようとはしているのだが・・・。

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