毎日新聞社

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4 Responses to 毎日新聞社

  1. shinichi says:

    毎日新聞社が林純子さんらに渡したお詫び文

    ムスリム女性「異なる人物像、独り歩き」 毎日新聞が陳謝、第三者機関で審議へ(上)

    by 楊井人文
    日本報道検証機構代表・弁護士

    http://bylines.news.yahoo.co.jp/yanaihitofumi/20160225-00054728/

    【GoHooトピックス2月25日】日本人ムスリムが周囲との摩擦に悩んできた姿に焦点を当てた毎日新聞の年頭企画記事について、同社の社会部統括副部長らが2月21日、取材を受けた弁護士の林純子さんと会社員の女性に面会し、記者が事前に原稿を確認する約束を守らなかったことや取材に不十分な点があったことなどについて「誠に残念であり申し訳なく思っております」などと述べて陳謝した。

    林さんは記事掲載直後にフェイスブック上で、事実誤認や意図と異なる表現が多々あり「非常に残念」と表明していた。林さんらは日本報道検証機構の調査に応じ、取材時に言っていないことが本人の言葉や思いであるかのように記され、記事全体の印象が実態とかけ離れていると指摘。当機構が質問状を出し、毎日新聞社による今回の対応に至った。しかし、林さんらは「重大さを認識しているように思えない」などと同社の対応に納得しておらず、第三者機関「開かれた新聞委員会」での審議を求める意向を明らかにした(主な一問一答は(下)参照)。

    問題となった記事は、1月4日付朝刊社会面トップに掲載された企画「憲法のある風景・公布70年の今」(全5回)の第3回目。日本国憲法第20条が定める信仰の自由をテーマに、昨年司法修習を終え弁護士登録したばかりの林さんと通信会社に勤める女性(記事では匿名、ここでは「Aさん」と表記)=いずれも30代、東京都内在住=が取材を受け、記事化された。

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    東京本社版の見出しは「信じる私 拒まないで」「イスラム教の服装、習慣 就活、職場で壁に」と記され、ヒジャーブを着けた林さんとAさんの写真を掲載。林さんらがイスラム教に入信後、就職活動、家族、司法試験、職場などで数々の「壁」に直面したエピソードが記事の主軸となっており、見出しのメッセージと相まって、2人が「信仰が目に見える形での摩擦」に苦悩してきたとの印象を残す記事になっていた。大阪本社版の見出しは「ヘジャブの私認めて」「日本人ムスリム 偏見との闘い」(他の本社・支社版の見出しは末尾にまとめて記載)。毎日新聞の社会部長はこの記事をツイッターで「ムスリムで悩み悩んだ人たちを追いました」と紹介。ニュースサイトにも掲載された記事は、大きな反響を呼んだ。

    しかし、林さんは自分が大きく取り上げられた記事を見て「え?誰のことこれ?」と仰天。自分と異なる人物像が独り歩きすることの怖さを感じたとして、当日朝にフェイスブックに記事への反論文を投稿した。Aさんも言っていないことが書かれ、ショックを受けたという。

    事前の原稿に強い違和感 正月早々に逐一説明

    林さんらは1月17日、当機構の調査に応じ、取材の経緯などを明らかにした。

    林さんらへの取材を担当したのは、関西地方の支局に勤務する20代の男性記者(ここでは「K記者」と表記。毎日新聞は署名記事が原則だが、この記事は「憲法70年取材班」とだけ記されている)。2人とも12月にK記者と何度か会って入信経緯など様々なことを聞かれたという。

    林さんは年末にK記者からメールで送られてきた原稿に間違いが多かったため、「正直なところ、かなりの違和感を持ちました。このまま新聞に掲載されるのは困ります」と返信。正月の2日にK記者を呼び、事実の間違いや意にそぐわない表現などを逐一説明して修正を要請。「ムスリムが差別されてかわいそうだというイメージを出したくなかった。かえって排除されやすくなるかもしれないし、ムスリムのためにもよくないことだと思い、実態とあわないから変えてほしいと繰り返し伝えた」という。しかし、実際の記事は、一部修正されていたものの、多くの点で書き換えられていなかったと指摘している。

    一方、Aさんは、会社の指示で匿名と事前の原稿確認を条件に取材に協力すると伝えていた。しかし、原稿確認の約束が果たされないまま掲載された。K記者から「完全に私のミス」とお詫びのメッセージが届いたという。

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    「信じる私 拒まないで」や「ヘジャブの私認めて 偏見との闘い」といった見出しとともに掲載されたが、2人はそろって、自分たちの実像や思いとは異なると語った。しかも、個々の記述にも事実関係の誤りや意図と異なる表現が多くみられると指摘する。

    記事では、林さんについて「法律家を志した原点に、かつて言われた忘れられない言葉がある」として、大学時代の就職活動でのエピソードを紹介。ある文具会社の採用担当者からヒジャーブについて「それを着けたままだと、弊社の規則に引っかかる可能性があります」と言われ、「個人的な義務でしているだけです」と伝えたところ、連絡が来なかった、と記されている。しかし、林さんは、これは「忘れられない言葉」どころか「完全の忘れていた昔の話」で、担当者に「個人的な義務でしているだけです」と伝えた事実もないし、法律家を目指した動機とは全く関係がない出来事だという。

    また、司法試験当日にヒジャーブの中を確認されたことについて「悲しくなった。合格後、司法研修所に配慮を申し出た」と記されている。しかし、林さんは、ヒジャーブの中を確認されたときは面倒くささを感じた程度で「仕方がない」と理解していたという。また、司法試験に合格したときの受験時はヒジャーブの確認はされておらず、そのことで司法研修所に配慮を申し出たわけではなかった。司法試験でも司法修習でも必要な配慮はすべてなされ、嫌な思いは全くしていなかったという。

    一方、Aさんについては、「過激派組織『イスラム国』(IS)による日本人人質殺害事件があった昨年1月。ヘジャブ姿で電車に乗っていると、高齢女性から暴言を浴びた。『クズ』。事件が影響していると思い怖くなった」というエピソードが書かれている。しかし、Aさんがこの出来事に遭ったのは昨年1月のように読めるが、実際は昨年秋ごろ。記者には「(取材を受けた昨年12月から)数か月前」の出来事として伝えたという。そのため、昨年1月に起きた事件が影響しているとは考えておらず、「事件が影響していると思い怖くなった」とは話していないという。

    また、Aさんが記者に語った言葉として「日本人は、表向きは差別しないと言っているけど、特定の宗教を信じることにどこかアレルギーがある。信じている人を拒む権利なんてないはず」と鍵かっこで引用されている。大見出し「信じる私 拒まないで」は、この発言から取られた可能性がある。しかし、Aさんは「信じている人を拒む権利なんてないはず」というコメントは全くしていないと指摘した。モスク内部にいる様子の写真のキャプションにある「ここは仲間がいて安心する」という鍵かっこつきの言葉も、自分の発言ではないという。K記者に「ここは仲間がいて安心するか」と問われ、「ムスリムではない友達もいっぱいいるので、別にそんなこと感じていない」と答えたという。

    当機構の立ち会いを条件に面会 「取材不十分」の説明に納得せず

    こうした林さんらの説明を踏まえ、日本報道検証機構は1月18日、毎日新聞社に質問を送った。その直後にK記者から2人に面会してお詫びをしたいと申し入れがあり、いったん2月2日に面会が決まった。しかし、林さんらは日本報道検証機構の立ち会いを要望したのに対し、K記者とともに来た千代崎聖史・社会部統括副部長が拒否し、面会は中止。その後、林さんらの要望に当初難色を示していた毎日側が当機構の楊井代表の同席を承諾し、2月21日に東京都内のホテルで両者の面会が実現した。

    面会には千代崎氏とともに社長室広報担当者も同席したが、K記者は同席しなかった。千代崎氏は用意した文書を読み上げ、林さんがフェイスブックで遺憾を表明したにもかかわらず対応が遅れたことや、Aさんとの約束に反し事前に原稿の相談をしなかったことを陳謝。取材に不十分な点があり、結果として不快な点が残る記事になったとして「誠に残念で申し訳ない」とお詫びした。ただ、記事の内容に関しては、記者は修正すべき点は修正し、了解を得たと判断して記事化したと説明。これに対し、林さんは「取材が不十分」という問題とは質が異なるとして納得せず、Aさんも自身が言っていない発言が掲載された問題を改めて指摘し、K記者本人が来なかったことも問題視した。千代崎副部長はK記者に聴き取り調査をして会社としての見解をまとめたと強調。しかし、K記者が記事掲載直後に林さんに電話を入れた回数について認識の食い違いも表面化し、話し合いは進まなかった。

    面会終了後、2人は当機構に対し、毎日新聞側の対応は納得できるものではなかったとして、第三者機関の開かれた新聞委員会での審議を求める意向を明らかにした。一方の毎日新聞社も、当機構の再質問に対し、林さんらに示したのと同じ見解を改めて表明したうえで、今後は開かれた新聞委員会で審議する方向で検討すると回答した。開かれた新聞委員会は、ジャーナリストの池上彰氏ら4人の外部委員が苦情申立てなどを審議し、紙面で結果を公表することがある。

    毎日新聞社が林純子さんらに渡したお詫び文

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    林純子さんのコメント

    (お詫び文には)私がフェイスブックに投稿した後に記者が携帯電話に3度電話したとあるが、私の記憶では着信は1度だけ。メールもなかった。掲載前に時間をかけて原稿の間違いを指摘したが、きちんと修正されておらず、了解などしていない。記事が出た後の対応も含め、私と異なる人物像を名前と写真を載せて独り歩きさせた重大さを認識しているように思えず、謝罪として受け入れられない。開かれた新聞委員会での審議を求めたい。

    Aさんのコメント

    事前に記事を確認させてくれるという約束を守らず、記事の内容も私の伝えたことと違うのに「ご了解いただける内容だと考えた」というのは勝手すぎる。しかも、この間、当事者どうしで話し合いしたいと繰り返し言っていたのに、記事作成に関わった記者を連れて来なかったことも疑問。今後このようなことを繰り返さないためにどう取り組むのかを知りたい。私も開かれた新聞委員会での検証を望む。

    日本報道検証機構・楊井人文代表のコメント

    検証すべきポイントはいくつかある。林さんらによると、K記者は取材時に「この記事で日本在住ムスリムがより住みやすくなる助けになれば」という思いを繰り返していたという。一方で、林さんは事前に「理解してもらえなくて可哀想なムスリム」というイメージは実像と乖離しているし、ムスリムにとってためになるわけではないと伝えていた。社会部長が掲載日にツイッターで「ムスリムで悩み悩んだ人たちを追いました」と、取材を受けた本人たちが唖然とするような記事宣伝をしていたところをみると、林さんの訴えは取材班や編集責任者には届いていなかったようにみえる。なぜ、ストーリーは軌道修正されなかったのか。「ストーリーありき」だとの批判はメディア報道の信頼低下の一因になっているからこそ、この根深い構造の解明と対策が望まれる。

    いうまでもなく、新聞記事は一人の手によってつくられるものではなく、取材記者だけに責任があるわけではない。今回の記事は「私」が見出しに入り、本文にも一人称で思いを語っている表現が使われている。こうした人物の内面に焦点を当てる記事はかなり難度が高く、ふだん記者クラブに属して当局や企業の動向を追いかけている記者はそれほど経験を積んでいないと思う。今回の若い記者の野心的な仕事を、周りがきちんとサポートしチェックできていたのかも問われよう。

    事後対応にも重大な問題がある。林さんがフェイスブックで声をあげ波紋を呼んでいることを承知の上で、日本報道検証機構が動くまで対応しなかった。フェイスブックで「両親がこの記事に気づかないように(…)祈るばかり」「自分とは異なる人物像が出来あがり、独り歩きすることの恐さを痛感」と漏らしているのを見て、私は相当深刻な事態だと思った。そう感じず、記者や会社に直接抗議してくるまでは様子をみよう、何も言って来なければ大したことはないだろう、という感覚だったとすれば、書かれる側のダメージや心情への想像力が欠けているといわざるを得ない。報道被害を受けた側にとってマスメディアに物申すことはハードルが高い。できれば加害者と直接話したくないし顔も見たくない、しかし受けた損害の重大さを直視して反省してほしい、という被害者心理も理解する必要がある。

    今回、当機構が動いてもなお、対応をしばらくK記者任せにしたままだった。このような問題が起きたときには、経験豊富な然るべき立場の人間が対応しなければならないのに、火に油を注ぐチグハグな対応ぶりに目も当てられなかった。もちろん、いくつかの非を認めて陳謝したことは一定の評価はできる。だが、真相も原因も究明できていないし、その姿勢もまだ乏しいようにみえる。毎日新聞は他に先駆けて「開かれた新聞」というジャーナリズムの理想を掲げてきたわりに、外部対応や危機管理が拙いように感じられた。この機会に、読者・社会からの信頼性を向上させるためにも、外部対応の体制や対処を見直してみてはどうだろうか。

    とはいえ、今回の記事でひとつ救われるのは、記事全体が与える印象とは裏腹の、林さんの明るい笑顔の写真である。これは林さんの人物像をうまくとらえた一枚だといえる。これだけでも掲載する価値があったと思う。

    ~(下)に続く~

    「憲法のある風景」第3回記事の各本社・支社版の見出し

    【東京】信じる私 拒まないで/イスラム教の服装、習慣 就活、職場で壁に

    【大阪】ヘジャブの私認めて/日本人ムスリム 偏見との闘い

    【西部】信じたい 堂々と/日本人ムスリム 恐れる偏見/「ヘジャブは服の一部」

    【中部】信じること 迷わない/イスラム教の服装、習慣 就活、職場で壁に

    【北海道】ムスリムを拒まないで/就活や職場で受け入れられない独自の習慣

  2. shinichi says:

    ムスリム女性「異なる人物像、独り歩き」 毎日新聞が陳謝、第三者機関で審議へ(下)

    by 楊井人文
    日本報道検証機構代表・弁護士

    http://bylines.news.yahoo.co.jp/yanaihitofumi/20160225-00054717/

    Hayashi


    1月4日付毎日新聞朝刊「憲法のある風景」第3回で取り上げられた日本人ムスリムの林純子さんとAさんが、日本報道検証機構の調査で語った主な内容は、以下のとおり(記事本文は(上)参照)。

    弁護士の林純子さんの話
    Q.取材の経緯を教えてください。
    A.昨年11月末ごろに司法研修所を通じて毎日新聞から取材の申込みがあり、12月に写真撮影も含めて、K記者に何度か会って取材を受けました。12月30日にもらったメールで原稿が送られてきたのを見て、細かい事実関係も含め、かなり違和感を持ちました。このまま記事を出してもらったら困ると伝え、お正月早々だったんですけど1月2日にK記者を呼んでお会いしたんです。時間をかけて、逐一この記述は事実と違うと説明しました。変えられるところは変えますと言っていたんですが…。

    Q.記事掲載後、新聞は届きました?
    A.届いていません。1月4日朝起きたら、既にフェイスブックで記事がシェアされていて、読んだらびっくりしました。ほっといたらやばいなと思って、急いで反論文を書いてフェイスブックで発信したんです。
    「信じる私 拒まないで」というタイトルを見て「え?誰のことこれ?」と思いました(笑)。これを読むと「ヒジャーブを着けて辛い思いをしながら、めげずに弁護士になりました」みたいなイメージだと思うんですけど、全然そんなことではないんです。記事を読んだ方からも「本当に大変だったんですね」という感想を寄せられたのですが、違うんです、という思いでした。

    Q.毎日新聞には地方の本社ごとに発行して同じ記事でも見出しが違っています。たとえば、大阪版は「日本人ムスリム 偏見との闘い ヘジャブの私認めて」となっています。
    A.偏見と闘っているつもりは全くないです(笑)。そもそも個人的に偏見や差別を受けたという経験が全然ないんです。ヒジャーブを着けている私を認めてくれ、という思いももっていない(笑)。
    「ヘジャブ」という表記にも非常に違和感があり、記者にも伝えました。正しいイスラームの理解を広めたいという観点から、できる限り本来のアラビア語の発音に近い単語を使いたいと思っているんです。他の日本人ムスリムも同じだと思います。

    Q.記事によれば、林さんには「法律家を志した原点に、かつて言われた忘れられない言葉がある」そうです。大学時代の就職活動で、文具会社の面接担当者からヒジャーブについて「それを着けたままだと、弊社の規則に引っかかる可能性があります」と指摘された。でも、林さんは「個人的な義務でしているだけです」とはっきり伝えたため、採用の連絡が来なかったというエピソードが出てきます。
    A.このエピソードは、今回の取材を受けるまで完全に忘れていた話です。就活でヒジャーブについて言われたことと法律家を目指したことは関係がありません。面接担当者に「個人的な義務でしているだけです」と伝えた事実もありません。ヒジャーブを外せない宗教的な理由についてK記者に説明した言葉だと思います。

    Q.記事によれば、米国留学中にムスリムになり、帰国した後に米同時多発テロが起き、両親が顔色を変えて「イスラム教やめなさい」「就職もないし結婚もできない」と懇々と説得された、とありますが。
    A.米同時多発テロの後に両親にそう言われたことは事実です。ただ、あくまで私の将来を心配して言われたことであって、イスラム教に反対していたわけではないし、「懇々と説得」されたわけでもない。記者にもそう伝えたと思います。両親には自分の選択を尊重してもらい、サポートしてもらっているので、本当に感謝しています。なので、毎日新聞の記事を読んでほしくないという気持ちです。

    Q.司法試験に合格する前に難民認定を求めるアフガニスタンのムスリムと出会い、助けられない無力な自分を痛感して、こうした活動をしている弁護士の姿を見て「法律や裁判で社会を変えていける可能性も知った。人生の方向性が見えた」と書かれています。
    A.私自身は「社会を変える」というより「目の前の人に役に立ちたい」というのが弁護士を志した強い動機なので、表現を変えてほしいと強く言ったんです。でも、ここはデスクが「変えられない」と言ったそうです。もちろん、目の前の人の役に立つことの結果として社会が変わってくれたら、嬉しいですが。

    Q.それから司法試験当日にヒジャーブの中を確認された場面では、「服の一部なのに。スカートの中を確認しますか」という林さんの言葉が出てきます。そして、「悲しくなった。合格後、司法研修所に配慮を申し出た」と書かれています。
    A.司法試験でヒジャーブの中をチェックされたときは、別室で女性の監督官の方に確認していただくなど配慮していただきました。この時の気持ちは「若干面倒だけど、しかたない」に尽きます。もともとの原稿に「理解してもらえなかったことに怒りさえ覚えた」という表現があったので、「怒りは感じていません」と言ったんです。すると、K記者から「理解はするけど、悲しい」という表現にしたいと言われたんですが、結局「悲しい」だけになりました。
    「服の一部なのに。スカートの中を確認しますか」という言葉も、「ヒジャーブは服の一部」という感覚を説明するために言ったものです。
    実は、私は3回受験したんです。チェックされたのは2回目までで、最後の受験ではチェックなしでした。別室での礼拝も認められていました。ですので、「合格後に司法研修所に配慮を申し出た」というのは「ヒジャーブの中を確認しないでほしい」ということではなく、修習中に礼拝をさせてほしいという申し出で、(記事の冒頭に書かれているように)認められています。
    正直、司法試験や司法研修では、こんなによくしてくれる国もあるんだろうかという思いしかない。実際、修習先の裁判所でも検察庁でも必要な配慮はすべてしてくださり、当たり前のように受け入れてくれて、嫌な思い一つもしなかったんです。

    Q.今回の記事への思いは?
    A.私の人生は、ここで描かれているような悲痛なものではないですし、ムスリムが差別されてかわいそうだというイメージを出したくなかった。かえって排除されやすくなるかもしれないし、ムスリムのためにもよくないことだと思って、実態とあわないから変えてほしいと繰り返し伝えていたのです。事前にあれほど誤りを指摘したのに、ほとんど書き換えられずに記事が出てしまいました。
    「取材が不十分」ということとは質が異なると思います。記事が出た後の対応もみていると、私の人生をネタにして、私の名前や写真を使って勝手なことを書いて独り歩きさせ、私を知らない人にこういう人間だと思わせてしまったという損害の重大さを理解しているようにみえません。毎日新聞は昔から購読して信頼していた新聞だっただけに、残念です。

    通信会社勤務のAさんの話
    Q.取材を受けた経緯についてお聞かせください。
    A.昨年12月初めごろ、知り合いの日本人ムスリムから、信仰の自由とか宗教について取材していて「自分から入信した日本人ムスリム」を探している毎日新聞の記者がいるので紹介していいかと聞かれ、承諾しました。記者の方とは、モスクでの写真撮影も含めて3回お会いしました。私への取材とは別に、記者さんはモスクでやっているレクチャーを見に来られたこともあります。
    取材について会社の上司に相談したところ、名前を出さないこと、記事は事前に確認させてもらうことを条件にするよう言われましたので、取材時に記者の方にその条件を伝えました。でも、結局、事前に確認させてもらえませんでした。
    記者から掲載の連絡があったのは、掲載前日の1月3日午後、フェイスブックのメッセージを通じてです。そのとき私は海外から帰国する飛行機に乗っていたので、日本に着いて確認したときはすでに深夜。記事も添付されていませんでした。約束と違うと伝えたところ、自分のミスだと謝罪のメッセージが来ましたが。

    Q.記事を読んでどうでしたか?
    A.4日朝刊の記事は、出社前に駅で買って読みました。ショックでした(笑)。私そんなこと言っていない…って。私はどれだけ苦しんで日本で住んでいるのか、という印象を受けました(笑)。名前は出ていませんが、写真や肩書きを見れば誰だか分かる人には分かるので、友達にも聞かれました。「ムスリムが日本で受け入れられていない」ということを前提になった記事で残念です、という感想もありました。
    私も林さんのように、自分はこんなこと言っていないと発信したいと思ったんですけど、そうすると名前が出てしまうので…。

    Q.大阪版の見出しは「日本人ムスリム 偏見との闘い ヘジャブの私認めて」となっています。
    A.偏見と闘っていないです。「ヘジャブの私」っていうのも変な表現。「ヘジャブ」という言い方は一般的に使わないのでとても違和感があります。

    東京・代々木上原にあるモスク「東京ジャーミィ」
    東京・代々木上原にあるモスク「東京ジャーミィ」
    Q.記事では、まずイスラム教に入信の経緯について「互いに支え合う内容を実践すれば、世の中が平和になるのでは」と魅せられた、と書かれています。
    A.「互いに支え合う内容を実践すれば」という言い方はしていないと思います。「コーランには道徳的なことが多く含まれていて、これを実践すれば本当に平和になるだろうなと思ったので入信した」と話したと思います。「互いに支え合う内容を実践すれば」という表現も、まあ間違っているとまではいいませんが…。

    Q.その後「孤立を恐れ、ヘジャブは休日にこっそり着け、平日はニット帽で出社した」と書かれていますが。
    A.入信してから4年ほど孤立を恐れて周りに言っていなかった時期があり、ヒジャーブは平日も休日も身につけていませんでした。ヒジャーブを休日に着けるようになったのはムスリムであることをカミングアウトしてからのこと。「こっそり」ではなく、堂々と身につけています。ヒジャーブは隠しようがないので「こっそり」身につけることはできません。会社では、「宗教を持ち込むのは日本では受け入れられない」と言われていたので、平日はニット帽で出社しています。

    Q.記事によれば「2年ほど前、職場の懇親会で、イスラム教が禁ずるアルコールや豚肉を口にしていないことを、上司に指摘された。仕方なく告白し職場での礼拝とヘジャブ着用を要望した。『私人と公人を分けろ。宗教は私人だ』。許されなかった」とのことですが。
    A.アルコールのことは言われていないんです。上司から指摘されたのは、豚肉のことだけです。飲み会の場で言われたのですが、「仕方なく告白した」ってわけではないのです。もともと職場で礼拝したいと思っていて、むしろ上司に伝えたいと思っていたので好機でした。
    その場で「職場で礼拝させてもらえませんか」と相談してみたんですけど、上司には「日本では私人と公人は分けないといけない。あなたのイスラム教信仰は私人としてのものだから、会社に宗教を持ち込むのは日本では受け入れられない」と言われました。ヒジャーブ着用については上司に要望していません。そのことも取材時にはっきり言ったんですけど。

    Q.次に、「過激派組織『イスラム国』(IS)による日本人人質殺害事件があった昨年1月。ヘジャブ姿で電車に乗っていると、高齢女性から暴言を浴びた。「クズ」。事件が影響していると思い、怖くなった」と書かれていますね。
    A.地下鉄に乗っていたときに年配の女性の方になぜか「死ね、クズ」と何度も言われたことがあったんですね。ただ、ISの事件があった昨年1月ではなくて、昨年秋ごろの出来事でした。(昨年12月に受けた)取材時にも「数ヶ月前」と伝えたと思います。
    「事件が影響していると思い、怖くなった」とは言っていないです。仮に聞かれたとしても、特定の事件が影響しているとは思っていなかったので、そうは答えていなかったと思います。

    Q.最後に、 Aさんの「日本人は、表向きは差別しないと言っているけど、特定の宗教を信じることにどこかアレルギーがある。信じている人を拒む権利なんてないはず」というコメントが引用されていますが?
    A.そんなことは自分から言っていません。K記者が「特定の宗教を信じることにどこかアレルギーがある」と言っていることに同意はしましたが、後半の「信じている人を拒む権利なんてないはず」という考えは言っていないです。

    Q.この記事には「信じる私 拒まないで」と大きな見出しがつき、「イスラム教の服装、習慣 就活、職場で壁に」という見出しもあります。一般読者としては、この見出しを見て、林弁護士やAさんの思いを表しているのかなと受け止めると思うんですけれど。そういう思いを取材で話されたたことはありませんでしたか?
    A.そんな私、拒まれているとは思っていないんですけれど(笑)。(記事を読むと)日本社会ですごく生きづらいという印象を与えると思うんですけど、そこまでは思っていないんです(笑)。
    今から考えると、最後の3回目の取材がすごく誘導尋問的な感じだった気がします。(モスクにいるAさんの写真のキャプションに)「ここには仲間がいて安心する」という言葉が書かれていますが、これも私の言葉ではないんです。このときに記者の方に「ここは外の世界から独立した特別の存在で、仲間がいて安心できる場所なんですよね」というような聞かれ方をしたのですが、「私はムスリムじゃない友達もいっぱいいるので、別にそんなこと感じていないですよ」と言ったんです。
    ただ、イギリスの地下鉄でムスリムが突き落とされたというニュースを聞いたことがあったので、全く不安を感じないということでもない。「ここならほっとする」くらいのことは言ったかもしれません。でも、モスクにしか仲間がいないなんて全然思っていないんです。
    K記者は「この記事で日本人ムスリムがより生きやすくなる世の中になるきっかけになれば」という思いを何度も語っていました。でも、実際に出てきた記事をみると、「これ、ムスリムのためになる記事なのかな」と思いました。今思えば、最初からストーリーがあったんだなと。いろいろな話をしましたが、ヒジャーブに焦点を当てられるとは思わなかったです。

    Q.もし一般の日本人にムスリムとどう接してほしいかというような質問をされていたら、どう答えていたと思いますか?
    A.(…少し考えて…)これだけテロが起きている以上、イスラム教への偏見というのはなくはないと思うんです。ただ、テロリストと一般のイスラム教徒を一緒にしないでほしいですね。テロリストはいかにもイスラム教にのっとって人を殺しているように振舞っていますけど、それがイスラム教だと思って欲しくないです。会社でもヒジャーブ着用とか礼拝は、対外的に影響が出ない限り、認めてほしいなというのは本音ですけど。

  3. shinichi says:

    憲法のある風景

    公布70年の今/3 信じる私、拒まないで イスラム教の服装、習慣 就活、職場で壁に

    毎日新聞

    2016年1月4日

    http://mainichi.jp/articles/20160104/ddm/041/040/037000c

    mainichiA


     司法試験合格者が学ぶ最高裁司法研修所(埼玉県和光市)の空き教室で昨年、司法修習生がイスラム教の礼拝を許された。イスラム教徒(ムスリム)の女性が頭を布で包む「ヘジャブ」の着用も認められた。初めてとされる対応だった。

     この修習生は林純子さん(36)=東京都。修習を終え、今年、都内で弁護士になる。法律家を志した原点に、かつて言われた忘れられない言葉がある。

     2002年秋、大学生だった林さんは就職活動をしていた。ある文具会社で面接終了後、採用担当者に話しかけられた。「君の評価は高い。でも、それを着けたままだと、弊社の規則に引っかかる可能性があります」

     ヘジャブをまとっていた。「個人的な義務でしているだけです」と外すつもりはないと伝えた。会社から連絡はなかった。

     留学先の米国で自らムスリムを選んだ。聖典のコーランを読み、現代にも通じる内容に思えた。01年春に帰国した時、両親は何も言わなかったが、その年の米同時多発テロで顔色を変えた。「イスラム教をやめなさい」「就職もないし結婚もできない」。懇々と説得された。

     でも迷わなかった。03年5月まで続けた就職活動で、全ての履歴書にヘジャブ姿の写真を貼り、イスラム諸国と取引が多いエネルギー、海運業界を中心に約40社へ送った。面接に進めたのは数社だけ。内定はなかった。

     通信会社で働く女性(33)=東京都=も学生時代にコーランを読み「互いに支え合う内容を実践すれば、世の中が平和になるのでは」と魅せられた。09年にムスリムとなった。

     知り合った日本人ムスリムから、友人関係がうまくいかなくなったと聞いた。孤立を恐れ、ヘジャブは休日にこっそり着け、平日はニット帽で出社した。1日5回の礼拝は自宅でまとめて行った。

     2年ほど前、職場の懇親会で、イスラム教が禁ずるアルコールや豚肉を口にしていないことを、上司に指摘された。仕方なく告白し職場での礼拝とヘジャブ着用を要望した。「私人と公人は分けろ。宗教は私人だ」。許されなかった。

     過激派組織「イスラム国」(IS)による日本人人質殺害事件があった昨年1月。ヘジャブ姿で電車に乗っていると、高齢女性から暴言を浴びた。「クズ」。事件が影響していると思い怖くなった。「日本人は、表向きは差別しないと言っているけど、特定の宗教を信じることにどこかアレルギーがある。信じている人を拒む権利なんてないはず」と話す。

     司法試験に合格する前、林さんはひとまず、実家で両親が営む会社の社員になった。その傍ら、人道支援に携わる非政府組織を手伝うなどした。難民認定を求めるアフガニスタンのムスリムと出会い、助けられない無力な自分を痛感した。

     一方、こうした活動の中で交流した弁護士の姿を見て、法律や裁判で社会を変えていける可能性も知った。人生の方向性が見えた。

     司法試験当日、不正がないかヘジャブの中を確認された。「服の一部なのに。スカートの中を確認しますか」。悲しくなった。合格後、司法研修所に配慮を申し出た。

     信仰の形が目に見えることでの摩擦。「法律家として、日々の活動で周囲の理解を少しずつ得ていきたい」。そう決意している。【憲法70年取材班】=つづく

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    **

     文化庁によると2013年末現在、日本の信者数は神道系が約9130万人、仏教系が約8690万人、キリスト教系が約290万人、その他が約910万人。神道系と仏教系の両方という人が多い現状が読み取れる。

     イスラム教はキリスト教、仏教と並ぶ世界3大宗教の一つで、世界人口の5人に1人がムスリムともされる。早稲田大の店田広文教授(アジア社会論)によると、国内の日本人ムスリムは現在2万〜3万人。外国人ムスリムとの結婚を機に信者となった人が多く、自ら改宗した日本人ムスリムは数千人という。

     大日本帝国憲法下では秩序を妨げないなどの限定付きで信教の自由が認められ、神道は特別なものとして国教的な地位を与えられていた。一方で戦時中は国策として、占領地の人々を安心させるためムスリムを保護するような政策も取られた。

     終戦後の1945年、軍国主義との結びつきを危険視した連合国軍総司令部(GHQ)が神道指令を出し、国家と神道は分けられた。これを背景に日本国憲法は、全面的に信教の自由を保障し、政治と宗教を明確に分離する規定を持つ。

    **

    20条

     信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、または政治上の権力を行使してはならない。

  4. shinichi says:

    (sk)

    信教の自由

    憲法第20条第1項
    信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。

    について発言をする前に、

    表現の自由

    憲法第21条第1項
    集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

    について考えたほうがよさそうだ。

    新聞が与えられた自由は、「なにを書いてもいい」というという自由ではない。

    取材の仕方や文章の書き方ばかりが問題にされるが、それ以前に、取材対象となった人たちへの思いやりとか配慮とかがないことが、なによりも問題なのではないか。

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