井関利明

今までは、コーポレート・ガバナンスが語られてきました。これからは、リレーションシップ・ガバナンスが語られなければなりません。顧客や他 の企業、地域社会や行政、ジャーナリズムとの関係をどのようにガバナンスするかという問題なのです。
そのような新しい流れのなかで、新たなビジネス理論の可能性を示唆するコンセプトが次々と生まれてきました。たとえば、コ・オペティションということば があります。これは、ネイルバフとブランデンバーガーが唱えたものですが、コーペレーション(協力)とコンペティション(競争)という二つのことばを合成 した造語です。今までなら、競争のあるところに協力はなかったし、逆も同じでした。ところが現在は、協力と競争が同時に起こっているのです。今までは、同 時に成立しないものを表すことばはありませんでした。それが、現在はごく当たり前になってきているのです。
また、単に仕様書を書いて外注するスタイルのアウトソーシングもすでに終っているのです。自組織のなかに資源もノウハウも人材もないから、外部に全部任せることをアウトソーシングというのに対して、双方で学び合いながら、互いの資源を 上手に使って協同でビジネスをやっていくことを、コ・ソーシングといいます。

2 thoughts on “井関利明

  1. shinichi Post author

    連載=「ミュージアム・マーケティング講座」 第三回「マーケティング発想によるミュージアムの活性化」

    by 井関利明

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  2. shinichi Post author

    ミュージアムに対する需要イノベーションをいかに起こすか

    1.関係づくりの重要性

     マーケティングの変遷における第1カーブ、第2カーブ時代は、イノベーションというと、もっぱら供給する企業サイドのことでした。つまり、イノ ベーションといえば、技術革新をともなった新製品開発のことだと思われていました。それは、ミュージアムでいえば、いかにしてコンテンツ、つまり展示物や 収蔵物を増やし、いかにして他所にはないようなものを展示するかに限られていたようです。

     それが第3カーブの21世紀になると、むしろ需要サイドにイノベーションを起こそうというのが課題になります。今までのイノベーションは、ともす れば技術開発や商品開発のように考えられてきましたが、実は、人びとの生活にどんな「新しい経験」をもたらすか、というふうに考えなければならないので す。新しい製品や技術がイノベーションであるという意味は、それが人びとにまったく新しい生活経験を与えるからなのです。たとえば、自動車や飛行機やテレ ビなどがそうでした。最近のi-Podなども、「新しい経験」を約束しています。それらがイノベーションである最大の理由は、人びとの生活になんらかの革 新をもたらし、新しい価値を産みだし、それが「新しい経験」という形になってきたからです。それなのに、今までは供給サイド、そして技術サイドからだけ考 えてきたのです。

     ミュージアムの場合も同じように、どのような形で「新しい経験」を産みだせるかが課題になってきます。今までにないような新しい意味づけや価値づけをいかにしてやれるかどうかが、とても大事なことになります。つまり、需要サイドにイノベーションを起こすことなのです。

     需要イノベーションの3戦略

     まず大事なことは、イノベーションを起こすためには顧客や潜在顧客、つまりはオー ディエンスとの間にどんな関係をつくっていくかです。オーディエンスといっても、来館者だけを考えるのではありません。潜在的なオーディエンスはたくさん あります。したがって、館外に出て、どんな形でそれを獲得できるかが重要です。「オフ・ザ・サイト」活動です。それを繰り広げることで、距離的に遠い人た ちや関心のない人たちのところにも、ミュージアムから近づいていくことができます。

     もうひとつは、インターネット上での「関係づくり」です。世界中がリアルタイムでつながり、画像も文字もサウンドも、組み合わせて提示することが できます。デジタル・ネットワークの持つ力は、非常に大きいのです。これからは、地上だけではない「関係づくり」が可能になったということです。マスメ ディアを通じて一方向的に情報メッセージを提供したからといって、需要イノベーションが起こるとはとても思えないのです。相手が反応してそれに応えるとい う双方向型のコミュニケーションができてはじめて、需要イノベーションが生じるのです。「顧客関係づくり」は、プレイス(地上)においてもスペース(イン ターネット上)においてもいろんな形で行われることで、イノベーションを起こすための「場づくり」であり、ネットワークづくりになっているのです。

     需要イノベーションが起こる基盤が、「関係づくり」です。いろいろな「関係づくり」のひとつに、メンバーシップがあります。メンバーにすれば、い ろんな個人情報も提供していただけるわけです。もうひとつは、日々来館するビジターをつかまえて情報を取得することです。最近は、とくに個人情報に関して 出したがらない傾向がありますから、それを提供することがいかにプラスになるかを納得してもらわなくてはなりません。また、オフ・ザ・サイト活動先でいろ んな関係をつくりながら個人情報を集めていくことも重要でしょう。もうひとつは、インターネットです。アクセスしてくれれば、当然そのアドレスが残ります から、こちらからもアクセスできるというわけです。

    2.連携と協働

     2番目に大事なことは、連携・協働が他のミュージアムや関連する業種との間に生じることです。これこそ、需要イノベーションのとても重要な点で す。メンバーを確保し、「関係づくり」を強化するためにも大事です。今までは限られた専門家だけが参加していましたが、これからは新しいタイプの専門家も 入ってこなければなりません。

     最近の事例では、ダン・ブラウンの『ダヴィンチ・コード』が世界的なベストセラーとなり、ルーブルの奥の奥までがあぶり出され、世界中があらため てルーブルにものすごい関心を持つようになった事例があります。面白いことに、ルーブルで「ダヴィンチ・ツアー」というのが組まれたのです。小説に出てく る作品と通路をガイドが案内します。今まではとくに美術品に関心もなく、ルーブルに行ったこともないような人が、あの小説を読んだがために、ルーブルに足 を運ぶのです。この動きのなかでは、計画をもっと進めて、版元やいくつかのメディアとルーブルとがきちんとした連携を組み、旅行代理業も参加して「新しい 経験」を組み立てることも可能です。そういうことがあるたびに、新しいタイプのビジターやオーディエンスが増えてくるのです。そのようにしてつかまえられ た新しい顧客が、ルーブルの固定した客になっていくのかどうかを、興味をもって見ています。旅行代理業が間に入っているとすれば、そこが顧客のアドレスな ど個人情報をきちんとつかんでいるはずですから、それがどんな形で共有され、今後に生かされていくのか、とても大事なことです。

     そのような例は他にもたくさんあり、いろんなメディアが関ってくるはずです。ミュージアムは、ものすごい量のコンテンツを持っています。運送会社 や物流会社までをメディアととらえたら、関連するメディアはたいへんな数になるでしょう。それらとの連携・協働は、従来あまり開発されてきませんでした。 ミュージアムの所蔵品は、どんな角度からどんな光を当てるかによって、実にさまざまな姿形を見せてくれる可能性を持っています。博物館の所蔵品は、単品管 理をしたらどうしようもないですが、どんな組み合わせをとるかによって、まったく別の意味や価値が出てくるのです。そこが、面白い。

     たとえば、美術館に化学者が行ってみればいい。あるいは建築家や特別なビジネスをしている人が行ってみればいい。天文学者なら、天体にまつわる品 物だけを括りだしてみる。すると、コンテンツを眺めながら、どれとどれを組み合わせたらどういう意味や価値を見出すことができるかで、予想外の新しいもの ができるのです。連携とは、そういう意味で新しいコンテンツの組み合わせを見つけることで、新しい意味を見出すことにつながります。

     知人である東大の原島教授は、顔の専門家です。コンピュータで顔を創るだけではなく、顔の診断をしたりパタン分けをしたりします。たとえば彼に、 時代毎に肖像画を分析させてみたら、とても面白いのではないでしょうか。かつてハプスブルク家が婚姻によってヨーロッパ中に広まりましたが、ひとつの特徴 である受け口の肖像が、いろんなところに出てくる。「お宅の祖先は、ハプスブルクですね」なんていえてしまうんです。

     このように、新しい組み合わせを見つけ、新しい意味や価値をつくりだすために連携・協働があるのです。他の業種や産業との組み合わせがあって、は じめて従来の収蔵物が、今までミュージアムに行ったことのない人にも興味を抱かせるような、新しい価値や経験を約束することができるのです。

     そのように、今まではミュージアムに行ったことがなかった人たちが、自分たちの職業や生活と結びつけて「新しい経験」をするために行くようになる と、ストーリーやナレーションが必要になってきます。博物館のナレーションは、大体が時代で分けた歴史です。それはそれでよいですが、もっと小さな物語を たくさんつくっていかなければなりません。それが、現代社会で生活をしている人びととも結びついていくことになるのです。新しい連携・協働作業が進めば進 むほど、今までにない新しい意味づけができて、今までは関心がなかった人びとの生活やニーズに関ってくることになるのです。

    3.情報公開・透明化

     もうひとつは、情報公開、そして透明化です。従来は公式の情報しか出ていませんでしたが、そうではなく、『ダヴィンチ・コード』のような裏話の情 報です。収蔵品にまつわる話だけではなく、ミュージアムの建物自体がどのような構造になっているか、地下の収蔵室の様子なども、興味深い情報なのです。

     映画を観てもテレビを観ても、それがどうつくられたか、どこで俳優が失敗して監督が怒ったかなど、失敗の記録されているものが一番面白いものです。野球の珍プレー特集のようなものです。ここでいう透明化の情報公開は、そういうものも含まれています。

     情報を開示すれば、新しい関心を呼ぶだけではなく、新しい小さなストーリーができます。従来は、立派なものを立派に見せようとしていました。でき るだけ収蔵品のマイナス面は見せないようにしていました。そうではなく、たとえば絵画をX線で撮ってみれば、その下に別の絵があったり、キズがあることま でわかるのです。今までは、肉眼で見えなければ現物を破壊するしか手段がなかったのが、現在の技術では中身まで三六〇度きちんと見えます。そういうものを どんどん公開していくのは、たいへん興味深いことです。すると、きれいに並べられた収蔵品を見ればそれで終わりと思っていた人たちが、新たな関心を持つよ うになり、「あのミュージアムに関わると、もっと面白いものが出てくる」というふうな噂になるのです。

     そうなると、次には必ず「こういうのはどうですか」というような提案が出てくるようになります。それが、イノベーションの一番大事なところなので す。「関係づくり」がうまくいっていれば、顧客サイドから次から次へと新しい可能性が生み出されていくのです。たとえば、その人がすでに見たことのある青 森や岩手の博物館に「こんなものがあるから、組み合わせてみれば、今までにない面白いものになりますよ」と教えてくれるかもしれない。それは、「関係づく り」ができているからこそなのです。

     私が関っているNPOに中延商店街の例があります。企業サイドができないこと、行政サービスの限界であるところに、いつの間にか生まれて関わる人 たちみんなが活性化していきました。ボランティアがIDカードをぶら下げて詰め所にいると、お年寄りが「電球が切れてしまったけれど、届かないから取替え に来て」などと、電話がかかってくるのです。行ってみると、単に電球が切れたのではなくブレーカーが飛んでいたりする。が、そのブレーカーも旧式だと、学 生ボランティアには修理の仕方もわからないのです。そこで責任者に電話をして、プロの電気屋さんに来てもらうことになる。電気屋さんは、最初はブツブツ いったりしますが、ボランティア活動の証明ノートに点数(一種の地域通貨)をもらいながら、「やっぱり素人では直せなかったな」などと、満足しながら帰っ て行きます。すると、直してもらったお年寄りが、次の日には、孫を連れてその電気屋さんに買い物に行くのです。そのような場からは、趣味を教えたり逆に教 えてもらったりという関係が広がり、サービスをした側がサービスをされる側になる立場の行き来が起こります。新しい需要と供給が、「関係づくり」のなかで 発生するのです。

     この例はNPOですが、同じようなことは、企業と顧客との間でもどんどん生まれてきています。「関係づくり」のなかで、相手の問題をなんとか自分 の問題にしていこうとしているうちに、いつの間にか需要が生まれる。自分独りで対応できなくても、そこはネットワークを生かせばよいのです。

     第3カーブ時代が、第1カーブ時代や第2カーブ時代と違うのは、需要が誰の目にも見える形で客観的には存在しなくなったということなのです。需要 が物理的に存在していた時代は、黙っていてもビジネスが成立しました。ところが、現在のように明らかな需要がない時代には、相手と関わることによって需要 をつくりだし、気が付いたら供給サイドも自ら見つけ出し、自らが仲立ちになりながら新しいものを創っていくしかないのです。需要イノベーションとは、そう いうことです。

     ミュージアムを考えれば、誰しもが週末にミュージアムに行くことを楽しみにしているとは、とても思えません。楽しく時間を過ごす事や場所はたくさ んあります。そのなかで、ミュージアムとは何なのか、やはり「関係づくり」を通じて、新しい需要をつくりださなくてはならないでしょう。人びとが楽しいこ とをして過ごしたいと思っている気持ちを、ミュージアム需要という形に焦点を当ててあげなければならないのです。それが、これからどうしたら可能になるか というのが、連携・協働の話であり、そこから生じてくるさまざまな情報をいかに公開するか、ということなのです。

     以上の3つの戦略がうまくいけば、需要イノベーションにつながります。

    需要イノベーションを支えるエクスペリエンス、その基盤がヴァリュー・チェーンである

    需要イノベーションとは何か

     需要イノベーションは、コア・プロダクト・ビジネス、少なくとも自分が担当してい る仕事が何であるか把握し、その成長や利益を得るために高付加価値をもたらす機会を相手と関り合ってつくることなのです。今までは、供給サイドが独りよが りで製造してきました。これからは、関り合いのなかで相手と共に見出していく。これが、需要イノベーションの大事なところです。さまざまなプロダクトや サービスも、単品ではなく組み合わされることによって、価値の高い統合サービスになりますが、そのためには他の部署や他の企業との関り合いも生じてくるで しょう。

     このとき、顧客サイドのヴァリュー・チェーン(価値連鎖)という考え方が重要になります。需要サイドである顧客が、何と何を組み合わせると単品の 時より喜んでくれるのか、より満足してくれるのか、ということです。第3カーブで企業が提供する最も大事なものは、単品ではなくエクスペリエンス(経験) であることはすでにお話ししましたが、顧客にひとつのまとまりあるエクスペリエンスを与えるためには、どんな製品の組み合わせとどんなサービスとどんな情 報をつけたらよいかを、つねに考えるのです。

     かつてのヴァリュー・チェーンは、供給サイドのものとして考えられてきました。原材料からデザインを決めて製品にし、顧客に届くまでの間に、流通 を通じてどのようにどれくらいの付加価値がついていったか、という付加価値連鎖の話でした。需要サイドのヴァリュー・チェーンとはそうではなく、顧客サイ ドが何と何を組み合わせたときに、単品よりも大きな満足を生み、まとまった経験としてそれを受け止めることができるか、という話なのです。

     たとえば、学童は夏休みの宿題をやるために博物館に行くかもしれません。が、大人たちは必ずしもそうではない。あらためて行ってみたいと思うため には、新しいエクスペリエンスが必要なのです。ひょっとしたらレストランかもしれないし、美味しいコーヒーが飲めることかもしれません。あるいはちょっと したセミナーが併設されたことや、目指していた収蔵品にITの情報が付されて、より良く理解できることかもしれません。そのように深さと広さが出てくる と、それがエクスペリエンスになるのです。それを、「顧客サイド・需要サイドのヴァリュー・チェーン」と呼んでいます。

     ヴァリュー・チェーンを勘案し、「新しい経験」を与えることは、供給サイドから見ると新たな収益源を創造したことになります。今までのように原料 代と手間賃でいくら、というのではなく、顧客が持っているさまざまなビジネス上、あるいは生活上の課題解決をすっかり請け負えば、もっと大きな利益を生む ことになるのです。

     ここでいう需要イノベーションとは、顧客が抱えている緊急課題や潜在課題、関連課題の優先順位を理解し、未来を見越して問題解決を支援し、良い結 果を残せるように応対することです。そのためには、顧客が日々悩んでいる問題、あるいは特定のサービスやプロダクトを、時間やエネルギー、その他の経営資 源、生活資源とどのように関連させて使用し活用させていくか。これが需要サイドのヴァリュー・チェーンです。ですから、そこにまつわる課題を明かにすることが最重要で、顧客サイドの日々の生活の場、ビジネスの場面における彼らの課題解決を可能にするヴァリュー・チェーンとは何なのかを考えることなのです。

    リレーションシップ・マーケティングの基本

     企業もミュージアムも、価値を創造するエージェントであり、場でもあります。生活をするものにとって、価値とは何かというと、新しい経験をし、喜 びや楽しみや幸せを感じることなのです。そのときの顧客は、企業にとっては重要な資産であり、単なるビジネスの対象ではありません。そして、「すべての顧 客は等質かつ平等ではありえない」のです。顧客を分けて考えることができれば、それぞれに異なった顧客は、企業にとって異なった価値を持つことがわかりま す。

     すると、企業にとってもミュージアムにとっても、差異化し、序列をつけたときに重要になる顧客をいかにつかまえるか、が大事になります。それには、3通りあるでしょう。

     まず、モースト・ヴァリュアブル・カスタマーズ。カスタマーズをオーディエンスといってもよいでしょう。ミュージアムの場合は、最も多額の寄付を する人になります。資金調達をするときに、非営利組織であるミュージアムは、大学と同じように、いかに寄付を集めて資金を調達するかがとても重要な課題と なります。これは、マーケティングの主題で、別の機会にきちんとお話をしてもよいくらいの重要課題です。資金獲得はマーケティングにとって重要なことで、 自社、あるいは自らのミュージアムをいかに上手に売れるか、ということだからです。魅力のないところに資金は集まりません。だから、いかにして魅力をつく るかが大事です。

     2番目は、最も頻繁にミュージアムを利用してくれる人です。現在、利用者はカード化されていますから、スミソニアンでは、何回訪れて、どんなイベ ントに参加し、レストランで何を食べてみやげ物に何を買ったかまでわかるそうです。ミュージアムに対する売上貢献者というわけです。

     3番目は、さまざまなアイディアや提言をしてくれたり、新しい客を連れてきてくれるような人です。この人の売上が小さくても、これは大事にしなくてはなりません。

     以上3タイプが、だいたい全体の20%と考えられます。このような人たちが、ミュージアムの80%の成果を担っているのです。このような人たちと の「関係づくり」が大事なのであり、それは企業でも同じです。つまり、お買い上げ金額の多い順に客を並べているだけでは、だめなのです。Aランクの商品は 利益率が30%以上、Bランク商品は利益率が20%、Cランクは10%、Dは利益なし、というランクがあり、それを買った商品とかけ合わせたときに、利益 率の高い商品を一〇〇万円以上買った人と、同じ一〇〇万円でも利益率ゼロの商品をいつも漁って買う人とでは、まったく違うということがわかるのです。です から、来店者全部を顧客とみなしてダイレクトメールを打つなど、無意味なことで、そのようなムダが多いのが、日本の百貨店の現状ともいえましょう。

    戦略的アライアンスの新展開を象徴する新しいキーワード本

     戦略的アライアンス

     ふつうは、コラボレーションとかアライアンスといいますが、一般的な言葉では「ストラテ ジカル・アライアンス」といっています。ストラテジカルとは、たとえばミュージアムが将来的にどんな方針や構想を立てているかというプランニングの話であ れば、戦略的レベルになります。反対に、こういう展示会の場づくりをしてくれ、というレベルは、戦術的な話です。戦略的・戦術的なレベルにおいて、二つ以 上の当事者にとって相互の利得が両立可能であるか、相互補完的な事業目標を持つような「関係づくり」が、アライアンスということになります。アライアンス は、目標において友好的な共有ができ、企業風土や企業文化が類似しており、情報と顧客を共有化できるという条件がそろってはじめて可能になることです。

     企業やミュージアムが、その使命や目標を有効に達成するために必要なコンピタンスやリソースにおいて不充分であり、他の組織と組むことによってそれを補うことができる。たとえば、プレゼンテーションやプレエキジビションの技術をある企業が持っているが、残念ながらコ ンテンツはない。逆にミュージアムはコンテンツは豊富であるが、人を楽しませるノウハウや技術がない。そうなれば、そこに連携する大きな意味が出てくるの です。

     そのとき、もうひとつのノウハウを持たなくてはなりません。それは、どういうタイプのオーディエンスは、どういう期待を持って来館するのか、とい うことの把握です。そうすれば、このサイトをこのようにするのは、こういうタイプの人間がこのような期待を持ってやってくるからだ、と説明がつくことにな ります。

     アライアンスをめぐって、90年代に新しいことばが次から次へと出てきました。ビジネスの世界に、今までとは違う動きが 出てきたのです。今までのビジネスは、単一企業が外部環境のひとつである市場に向かって、どのように合理的な意思決定をするか、という理論でした。変化す る市場を顧客として引きこみながら、他の企業と連携して意思決定をするという理論は、どこにもありませんでした。それが、現在、世界中の多くのビジネスス クールが困惑している理由です。単一企業が、市場の変化に応じていかに良い手を打つかという従来のビジネス理論からは、企業が連携して意思決定をし、顧客 が参加してくる状況などは、説明のしようもありませんでした。現在では、まったく新しい企業理論が必要になっており、それはマーケティングだけができるの です。それは、一方で顧客との濃密な「関係づくり」をし、他方で他の企業や組織と戦略的な協働を組む「関係づくり」が中核となる、ということです。

     今までは、コーポレート・ガバナンスが語られてきました。これからは、「リレーションシップ・ガバナンス」が語られなければなりません。顧客や他 の企業、地域社会や行政、ジャーナリズムとの関係をどのようにガバナンスするかという問題なのです。それについては、まだ誰も言及していません。それぞれ の個別の「関係づくり」を部分的に取り上げているにすぎず、総合的なリレーションシップのビジネス・ネットワークがトータルに考えられていません。
     そのような新しい流れのなかで、新たなビジネス理論の可能性を示唆するコンセプトが次々と生まれてきました。たとえば、コ・オペティションということば があります。これは、ネイルバフとブランデンバーガーが唱えたものですが、コーペレーション(協力)とコンペティション(競争)という二つのことばを合成 した造語です。今までなら、競争のあるところに協力はなかったし、逆も同じでした。ところが現在は、協力と競争が同時に起こっているのです。今までは、同 時に成立しないものを表すことばはありませんでした。それが、現在はごく当たり前になってきているのです。それを、競争を超えた新しい次元のビジネス間関 係が生じているとして、トランス・コンペティションといっている人もいます。

     また、単に仕様書を書いて外注するスタイルのアウトソーシングもすでに終っているのです。顧客やクライアントのもとに出向き、相手を理解し、共に 学ぼうとする意欲や姿勢がないような尊大な企業は、もうだめになります。つまり、クライアントとしてやってくる人に、どれくらい学びの姿勢があるかを見抜 き、たがいに協力することが重要なのです。

     自組織のなかに資源もノウハウも人材もないから、外部に全部任せることをアウトソーシングというのに対して、双方で学び合いながら、互いの資源を 上手に使って協同でビジネスをやっていくことを、コ・ソーシングといいます。一緒にマーケティングをやるのも、効果があります。とくに類似商品や顧客を共 有している場合には、有効です。それをコ・マーケティングといったりします。実際に何が行われているかというと、コーペレーション、パートナーシップ、コ ラボレーション、コンソーシアムなどです。このように、新しいビジネスの形を表すことばが、次々と出てきています。

     チャールズ・ハンディがいいはじめた、フェデレイテッド・エンタープライズもそのひとつで、企業連合体のことを表したものです。ルイ・ ヴィトンとヘネシーの関係などは、それぞれが独立しながらゆるい連携を持っているという点において、この事例です。資本やノウハウや顧客情報などを共有し ているわけです。

     e-ビジネス・コミュニティというのは、インターネット上でネットワークを通じて企業連合ができているものです。同じように、ビジネス・ウェブといって、ビジネスが単なるネットワークを超えてクモの巣のように複雑に絡んでいるものもあります。

     最近、地域ごとによく見られるようになってきたものに、コミュニティ・ビジネスがあります。これは、行政と商店街とNPOと大学などが一緒になっ てやっていくもので、立場の違うもの同士が協力する共同体で、とても有効です。企業や行政の限界を補いながら、商店街や市民それぞれを活性化していく連合 体です。私が常々いっている、コンテクスト・ビジネスも同じです。コンテクストをつくっておいて、さまざまなビジネス・プレーヤーを引きこんでくるので す。最近の事例では、森ビルや三井不動産がやりはじめた、不動産を証券化し、地主とマネージする人、ビジネスをする人、遊びに来る人など、立場の違う人び との集う場づくりの例などがあります。異なる立場の人びとが集まると、ビジネス需要は自然と起こってくるからです。

     情報をオープンにする手法も、従来のマスメディアやインターネットを通じて行うほか、「オフ・ザ・サイト」の方法もあります。小さなエリアや拠点で接触の機会を計画的につくる、いわばデモンストレーション型です。プレゼンテーション・ツアーということもできるでしょう。
     また、リファーラル(Referral)・マーケティングも、これからは重要です。いわゆる口コミです。この究極が、インターネット上であっという間に 広がってデモなどに発展してしまうヴァイラル(Viral)・マーケティングです。ヴァイラルとは、サーズのようなウイルスを意味しますから、同じ口コミ でも、こちらはあまり建設的なものではないようです。

     繰り返しますが、そのときにあくまでも大事なのは、「共有された情報と価値」があることです。プロクターギャンブルとウォルマートのように完全なインフォメーション・シェアリングができていなければなりません。

     そこに出てくるのが、21世紀のビジネスを動かしていく大きな潤滑剤なのです。それが、トラスト(信頼)です。20世紀の通貨はマネーであるが、 21世紀の通貨はトラストである、といわれています。それぞれの信頼がどのようなもので、どこに生まれるのか。一緒に学び、ともに変化していくことの前提 がないと、連携や協働は生まれません。その前提がきちんとあれば、そこには新しい需要イノベーションが生まれるのです。

     ミュージアムの活性化のために、新たな視点から考え直すときが来ているようです。ミュージアム・パラダイム転換の季節です。

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