渡辺京二

  • WatanabeKyoji私にとって重要なのは在りし日のこの国の文明が、人間の生存をできうるかぎり気持ちのよいものにしようとする合意と、 それにもとづく工夫によって成り立っていたという事実だ。ひと言でいって、それは情愛の深い社会であった。 真率な感情を無邪気に、しかも礼節とデリカシーを保ちながら伝えあうことのできる社会だった。 当時の人びとに幸福と満足の表情が表われていたのは、故なきことではなかったのである。
  • 少年の頃、私は江戸時代に生まれなくてよかったと本気で思っていた。だが今では、江戸時代に生まれて長唄の師匠の二階に転がりこんだり、あるいは村里の寺子屋の先生をしたりして一生を過ごした方が、自分は人間として今よりまともであれただろうと信じている。
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1 Response to 渡辺京二

  1. shinichi says:

    逝きし世の面影

    by 渡辺京二

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