竹村徹也

『ザ・ニューヨーク・ワールド』紙の記者だったアイビー・リーが、米国で3番目のPR会社を1904年に設立。アイ・ビー・リーは、正しい企業は企業秘密をもたず、積極的に情報を公開し、自らの姿勢と事実とを広く社会に知らせるべきで、これがパブリック・リレーションズ(PR)であると主張しました。クライアントに対しては「企業は秘密を持たず」というPR業の基本スタンスを明らかにして、彼は「近代PRの祖」と呼ばれることになりました。
1920年代になると、パブリック・リレーションズの先駆者と言われる人たちが登場します。その中で、1923年にパブリック・リレーションズの最初の本として知られるエドワード・バーネイズの『世論の覚醒化』が出版されました。この中で、パブリック・リレーションズ・カウンシルという用語を使用し、ドイツの宣伝担当相ゲッペルスは、この本の愛読者でナチのプロパガンダに利用したといわれており、各界に多大な影響を与えたといわれています。
その後、パブリック・リレーションズ(PR)の発祥国である米国では、産業界だけでなく、行政、大学その他諸団体などで活用され、グローバル展開をはかってきた米国企業とともに、その先兵役としてPR会社も世界各地でサービスを展開していきました。
現在の米国では、約1万社のPR会社、22万人の専門家がいるといわれ、日本の約200社、PR会社に所属する実務家3000~4000名(推定)と比べると、その差は大きく、今後の成長が期待されるゆえんでもあるのです。

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2 Responses to 竹村徹也

  1. shinichi says:

    米国でのPRの歴史
    PR会社の基礎知識

    by 竹村徹也
    PR会社選びドットコム
    バンブークリエイティヴ株式会社

    http://www.prkaisha.com/category/1300956.html

    米国でのPRの歴史

    パブリック・リレーションズ(PR)は、米国が発祥で、その歴史は約100年と言われています。

    ひとまず、米国でのPRの流れを追うことで、現在約50年遅れているといわれている(井之上PRの井之上喬社長の説/ただし、現在急速にキャッチアップが進んでいるという)日本でのPRの展開を予想し、今後の国内での活用方法の参考になればと思います。

    このあたりにご興味ない方は、先のコラムに進んでいただいて結構です。

    パブリック・リレーションズという言葉は、1802年、米国第三代大統領ジェファーソンが、その教書の中で初めて使ったといわれています。

    ただし、現在のパブリック・リレーションズのスタートは、20世紀初めの米国の流れから始まっているという認識が主流になっています。

    それまでの米国企業は、新聞の発達にともない、企業の中に専門家を雇って、新聞社にうまくアプローチして有利な記事を書いてもらう、マイナス記事を抑える、社長のスピーチ原稿を書くなどがおもな仕事だったようです。

    そのような状況の中で、『ザ・ニューヨーク・ワールド』紙の記者だったアイビー・リーが、米国で3番目のPR会社を1904年に設立。

    アイ・ビー・リーは、正しい企業は企業秘密をもたず、積極的に情報を公開し、自らの姿勢と事実とを広く社会に知らせるべきで、これがパブリック・リレーションズ(PR)であると主張しました。

    クライアントに対しては「企業は秘密を持たず」というPR業の基本スタンスを明らかにして、彼は「近代PRの祖」と呼ばれることになりました。

    さらに時代が進み、1920年代になると、パブリック・リレーションズの先駆者と言われる人たちが登場します。

    その中で、1923年にパブリック・リレーションズの最初の本として知られるエドワード・バーネイズの『世論の覚醒化』が出版されました。

    この中で、パブリック・リレーションズ・カウンシルという用語を使用し、ドイツの宣伝担当相ゲッペルスは、この本の愛読者でナチのプロパガンダに利用したといわれており、各界に多大な影響を与えたといわれています。

    その後、パブリック・リレーションズ(PR)の発祥国である米国では、産業界だけでなく、行政、大学その他諸団体などで活用され、グローバル展開をはかってきた米国企業とともに、その先兵役としてPR会社も世界各地でサービスを展開していきました。

    現在の米国では、約1万社のPR会社、22万人の専門家がいるといわれ、日本の約200社、PR会社に所属する実務家3000~4000名(推定)と比べると、その差は大きく、今後の成長が期待されるゆえんでもあるのです。

  2. shinichi says:

    PRの定義と変遷

    パブリック・リレーションズ(PR)は、その中身を説明するのに苦労することが多いのですが、理論と実践の両方が必要な手法なので、ひとまず先行する米国の歴史的な変遷の中で、現在の定義を解説したいと思います。

    『パブリック・リレーションズ』 (井之上喬著/日本評論社)の中で解説されるグルーニッグのモデルでは、現在までの約150年間を4つの段階に分けています。

    (1)1850年~
     発信者から受信者への一方向で、完全な事実に基づかないプロパガンダの時代

    (2)1900年代~ 
     発信者から受信者への一方向は同じ。ただし発信する情報に真実が求められた時代
     (代表的な人物/アイ・ビー・リー)

    (3)1920年代~ 発信者と受信者の双方向だが、企業側が主体のアンバランスなコミュニケーションの時代。「科学的な説得」が目的となった。
     (代表的な人物/エドワード・バーネイズ)

    (4)1960年代~ 発信者と受信者の双方向で、バランスがとれたコミュニケーションの時代。「相互理解」が目的となった。

    つまり、一方的で真偽が入り混じった情報発信から、双方向で相互理解のコミュニケーションに移り変わってきたということがわかります。

    現在、パブリック・リレーションズ(PR)の定義については、さまざまな解釈があるようで、ひとつに決められたものはありません。

    しかし、上記の米国での歴史的な流れや、現在のネット社会での現状などを考慮に入れると、いくつかのキーワードに集約されると思います。

    現在のようなネット社会では、企業は顧客や社会と直接コミュニケーションを取ることが容易になりました。

    こうなると、これまでのマスメディアからの「一方通行」の情報発信ではなく、発信者(企業)と受信者(顧客や社会)との『双方向』による『相互理解』がより重要になります。

    また、虚偽情報の発信や隠ぺい、法令を守らない、などが透明性や公正性を重視する社会において問題視され、情報が外部に容易に流通する今、つねに『社会(パブリック)の視点』が重視され、この視点のない会社は、存続自体が危ぶまれる時代となっています。

    つまり上記モデルの(4)が、ネットの登場で国内でも一気に必要とされるようになってきたことになります。

    これまで100年以上かけて、米国を中心に発展してきたパブリック・リレーションズ(PR)のノウハウが、現代、さらに将来のネット時代に、企業や団体、個人の成長にとってもっとも必要とされるソフトウェアになったということです。

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