内井惣七

ゴルトンが人種改良の結果に着目し、その望ましさを強調したのに対し、ハクスリーはそのような結果に至る過程で何が生じるか、そのような過程を遂行するために何が必要かに着目し、結果の望ましさを打ち消してあまりあるほどの問題点があることを指摘したのである。ハクスリーの指摘は、次のようにまとめることができょう。(1)優生政策を成功させるためには、途方もない残忍な手段が要求されるので、これは倫理的に望ましくない。(2)人間に対する人為淘汰を行なうためには、人の性格や品性を、とくに幼年期のうちに見抜けるほど優れた観察力や知性を備えた判定者が必要であるが、そんな人間はいないので、適切な淘汰を行なうことが不可能である。さらに、(3)このような条件のもとで、つまり残忍な手段を用い、超人的な知性が要求されるという条件のもとで、このような政策を行なおうとすることは、社会の中で人々を結びつけている特有の絆を壊す危険性が高い、ということも指摘されている。
ゴルトン自身が1869年以後に行った遺伝と統計についての研究によっても、65年の論文あるいは69年の著書で構想したような「人種改良」の試みにはきわめて大きな困難があることが明らかになってきた。1870年代の後半にゴルトンが行なったスイートピーの育種実験によって、第一世代の平均より重い種(の一グループ)から得られた第二世代の種も、重さの分布は正規分布に従うことがわかっただけでなく、その平均値は、その重いグループの平均値ではなく、もとの世代全体の平均値の方へ近づくという「先祖返り」あるいは「退化」を示すことが明らかになった。さらに、1880年代に入って、ゴルトンは人体測定研究所を開いて人間のデータを集め始めたが、両親の身長と、成人した子供の身長を比較した統計データからも、まったく同じような「退化」の傾向があることが明らかになった。つまり、身長の大きな両親から産まれた子供の平均身長も、両親の平均身長よりは一世代全体の平均値の方へ近づく(「退化する」)のである。数学的解析の結果わかったのは、これは遺伝とは直接関係がなく、統計的な操作がもつ数学的性質の一つだということであり、ゴルトンが「退化の係数」と呼んだものは「回帰係数」と名づけ直されることになった。

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