藤田徳人

子供を教育するときに、親は「偉いね」「すごいね」と言ってほめて <やる気> を出させて成績を上げさせようとするものです。実際子供のやることなど、偉くもすごくもないのです。ですが、そうやって子供を騙すことによって意欲を芽生えさせながら教育します。
受験もそうです。神社にお参りして、おみくじで大吉を引いて「試験は必ず合格する」なんて書いてあれば、それだけで合格した気分になり、次の日から勉強意欲がわくというもの。もし、そういう暗示も何もなく、「そんな簡単に合格するわけがない」という現実ばかりを突きつけられていたのでは、実際勉強する気力を生み出すことは難しいでしょう。
映画やドラマの世界もそうです。役者さんたちは、あくまで芝居をしているわけであって、嘘の笑い、嘘の涙を作って物語をすすめています。「これは芝居だ」とわかっていても、人はそれを見て自分が主人公になった気分になり、普段得られない喜怒哀楽の感情やドキドキ感を得ようとします。そういったものを見ている人はむしろ、無意識的に「騙されよう」としています。そして騙されれば騙されるほど、その感動は深くリアルなものとして自分自身にフィードバックされるわけです。
多くの男性はアダルトビデオを見て興奮しますが、これだって「自分はこの女優とエッチしている」という妄想を刺激しているだけにすぎません。ですが、男性たちは必死になってそのバーチャルな世界にわざと入りこもうとし、そして強い性的興奮を得ようとするのです。これらは全て、自ら騙されようとしているから成り立つもので、人はいかに騙されたがっているかということがわかります。騙されるほどに快感を得ることができるからです。

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One Response to 藤田徳人

  1. shinichi says:

    毒の恋愛学

    by 藤田徳人

    人間の思考は脳内ホルモンによって作られているという事実に基づき、その公式をはじき出し、心理学という狭いカテゴリーではなく、人間の本質を遺伝子レベルまで追求し、その行動原理(無意識の世界)をわかりやすく解説する。


    **

    人が騙されるメカニズム

    騙されるケースは日常にこんなにたくさんある

    誰もが騙されることを嫌います。騙されるとはらわたが煮えくり返るほどの怒りがわき、そのショックでうつになってしまうほどです。ところが、男女の間では特に <騙し> は普通に行われる行為であり、国の法律でさえ「男女の間で騙しあいをすること」を認めています。

    信じられないと思うかもしれませんが、例えば化粧は年齢やルックスを偽ることですし、美容整形も遺伝子の表現形を偽るという行為です。それに騙されて男性が女性に心を奪われたとしても、法律は一切罰則を課していません。また「彼女はいないよ」と言っておいて、男性が女性に接近し、肉体関係を持ったとしても、これにも罰則がありません(金銭的な実害が証明されれば別)。

    そう考えると、好きでもない人に「好き」ということも騙しですし、うれしくないプレゼントをもらったにもかかわらず「わあ、うれしい」と喜ぶのも騙しです。こういったたぐいのものは決して犯罪と認められることはありません。ということで、男女間の騙しあいは法律が認めているということになるのです。

    他にも騙しはいたるところにあります。「この薬を飲むと 1 週間で 5 キロやせられる」という広告、「信じるものは救われる」とうたう宗教、旅行のパンフレットに掲載されている美しい景観の写真、これを買うと金運が上がるとするパワーストーン、さも3億円が当たりそうに宣伝する宝くじ、などなど、日常全てが騙しなのです。

    騙しはさらに科学の分野にも多数存在します。例えばトマトジュースを毎日 2 缶飲めばやせる実験などと称して、「飲む人と飲まない人」を比較したりする実験など、テレビでよくやってますが、こういったものも騙しの宝庫。なぜなら、二人を比較するならば、その人がとった食事のカロリーや運動量、精神的なストレス、体調など全てを一致させなければなりませんが、そんなことはおかまいなしに実験しているのですから。しかもデータさえもしばしば担造されます。

    さらにその騙しが見破られないように、専門家を呼んでコメントをさせたり、その騙しの手口は一重にも三重にもはりめぐらされています。このように騙しは「ほとんど日常の全てが騙し」と言ってよいほどたくさん存在し、テレビだから、新聞だから嘘をついていないというようなことはもはや全くありません。

    人は騙されたがっている

    子供を教育するときに、親は「偉いね」「すごいね」と言ってほめて<やる気>を出させて成績を上げさせようとするものです。実際子供のやることなど、偉くもすごくもないのです。ですが、そうやって子供を騙すことによって意欲を芽生えさせながら教育します。

    受験もそうです。神社にお参りして、おみくじで大吉を引いて「試験は必ず合格する」なんて書いてあれば、それだけで合格した気分になり、次の日から勉強意欲がわくというもの。もし、そういう暗示も何もなく、「そんな簡単に合格するわけがない」という現実ばかりを突きつけられていたのでは、実際勉強する気力を生み出すことは難しいでしょう。だからこそ、受験生は「効果がない」とわかっていても必ず神社に合格祈願をするわけです。

    映画やドラマの世界もそうです。役者さんたちは、あくまで芝居をしているわけであって、嘘の笑い、嘘の涙を作って物語をすすめています。「これは芝居だ、子供だましだ」とわかっていても、人はそれを見て自分が主人公になった気分になり、普段得られない喜怒哀楽の感情やドキドキ感を得ようとします。そういったものを見ている人はむしろ、無意識的に「騙されよう」としています。そして騙されれば騙されるほど、その感動は深くリアルなものとして自分自身にフィードバックされるわけです。

    多くの男性はアダルトビデオを見て興奮し、そしてオナニーをしますが、これだって「自分はこの女優とエッチしている」という妄想を刺激しているだけにすぎません。ですが、男性たちは必死になってそのバーチャルな世界にわざと入りこもうとし、そして強い性的興奮を得ようとするものです。これらは全て、自ら騙されようとしているから成り立つもので、人はいかに騙されたがっているかということがわかります。騙されるほどに快感を得ることができるからです。

    騙されるとこんなにメリットがある

    あなたは 42.195 キロを走破するマラソンをやったことがありますか? 何の訓練もしていない人なら、恐らく 10 キロも走れないはずです。しかしこの<走れない>というのがくせものです。 10 キロ地点に到達するころ、確かに息は切れて筋肉がいうことをきかなくなり、実際に足に力が入らなくなるという現象が起こって<走れなくなる>のですが・・・。果たしてこれは本当でしょうか?

    実は「もう走れない」と思った時に覚せい剤などの興奮系の薬を飲めば、人はそこからさらに何キロでも走れるようになります。これは何を意味するか? つまり、人は体力の限界が来たから走れなくなるのではなく、精神的なストレスが走る意欲を奪い去ることによって走れなくなるということなのです。体力の限界は実はもっともっと先にあり、まだまだ走ることができる潜在パワーは残っています。

    ですから「もう走れない」と思って立ち止まったときに、彼氏(彼女)が応援してくれたら急に走れるようになったりするわけです。彼氏(彼女)という存在や覚せい剤などで脳を奮い立たせてあげることができれば、人間は限界能力を越えて高い能力を発揮することができます。

    すると、人がいかに限界を超えた能力を発揮させることができるか?ということは、いかに自分を騙して意欲を持ち続けることができるか?にかかっているということになります。

    早い話が自分をよりたくさん騙すことができた人ほど質の高い能力を発揮して、世の中で強く生きていけるということになります。ですから騙されるということは非常にメリットのあることだったのです。催眠術などで、自分の潜在能力を引き出し、よい成績をおさめるというようなことも可能であることはみなさんもよくご存知だと思いますが、これだって自己催眠によって自分を騙した結果得られる利益だということがわかります。

    占いや宗教は絶対にすたれない

    あばら家に住み、ボロを着て、食べ物もろくにない貧しい生活をしている人々は、恐らくこれほどぜいたくをして生きている日本人を見ると、うらやましく、腹立たしく、そして自分の貧しさを嘆き、ショックで相当落ち込むはずです。

    しかし「裕福だけが幸せではない」「幸せはあなたの心の中にある」と唱えてくれる宗教をしっかり信じて生きていれば、そういうストレスも吹き飛び、力強く生きていくことが出来ます。もちろん、実際には裕福=力であり、幸せでもあるのですが、そんなものがなくても、信仰することで自分を騙しながら生きていければ、全くつらくありません。まさにこれこそが「幸せはあなたの心の中にある」といわれる理由です。

    国が強くなるためには、国民に戦闘(働く)意欲が必要です。それはいつの世も変わりありません。その意欲を引き出さなければ、国は滅び、そして国民の命さえ奪われてしまいます。ならばこうした信仰心はたとえ<騙し>であったとしても国を救っており、ひいては自分の命を救っていることになります。

    信じる者は救われると言われますが、まさに宗教にはこうした隠された存在意味があります。しかし、最近ではそうした信仰心を逆手にとって、私利私欲のために利用する教祖も多い時代です。

    私は自然科学者であり、嘘や騙しをあまり好まない立場の人間ですが、それでも占いで「あなたは今年、運が上昇しています」と言われれば、それを信じ仕事への意欲を燃やすものです。恋愛相談でも、占い師に「彼とだったら絶対にうまく行くからがんばりなさい」と言われると、その気になって、猛烈に彼に尽くした結果、結婚までゴールインできたという話もないことではありません。そうした意味で、やはり占いも「信じる者は救われる」わけであり、私たちに生きる意欲をわかせてくれる重要な存在になっています。例えその占いが根拠のないものであったとしても、それは関係ありません。

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    騙されないために

    騙しのメカニズムは簡単です。人は何かを達成しようとする際に、その意欲を保とうとして <わざと騙される> という行為に陥ります。例えば、モテ男の彼と正式につきあうために「彼は誠実な人だ」と自分を騙して思い込み、そして恋愛意欲を保ってその恋愛を成功に導こうとするといったふうにです。

    わかりやすく言うと、人は夢を達成するために多少の無茶をしなければならないので、その意欲を得るためにわざと騙されようとするということです。ならば、その夢が現実とかけはなれるほど、無茶な騙され方をしなければならないという原理がわかります。それほど強く騙されなければ、夢を持ち続ける意欲が途中で業委えて挫折してしまうからです。

    つまり、男性にひどい騙され方を何度も経験している女性は「いい男とつきあいたい」という夢が、現実とかけ離れすぎているということを予想できるわけです。もし、これ以上騙されたくないのなら、夢を見直すか、現実(実力)をアップさせる他に方法がありません。どうかこのことをふまえて、各自の恋愛をもう一度見直していただければ幸いです。

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