成毛眞

人、メディア、パソコン、スマホ。あらゆるものが私たちに向かって情報を発信しています。これらをすべて受け入れて咀嚼していては、情報処理だけで1日が終わり、1週間が終わり、つまり、一生が終わってしまいます。それだけが人生なのだとしたら、私は80歳まですら生きたくありません。
長く生きたいのは、楽しいこと、面白いことをまだまだしたいからです。なので私は、そんな自分の時間を奪うだけの情報は徹底的に捨て、遠ざけ、触れないようにしています。
情報に一切触れないという意味ではありません。むしろ私は情報の入手には積極的な方だと自負しています。ただ、漫然とは情報を受け入れない、ということです。
触れる情報と、触れない情報を、意識して区別する。端的に言えば、私に不要なくだらない情報をシャットアウトします。こうすることで、時間の浪費を極力、防いでいるのです。
私に不要な情報とは、私から遠いところにある情報(また、私に関係なさそうな情報)のことではありません。私に害を与える情報のことです。遠いところにある情報は知っていても損はせず、むしろ役立つこともあります。しかし、害を与える情報は、知っていて得をしないどころか、知ってしまったことを後悔するし、害を与える情報を好む人たちを引き寄せることにもつながり、まさに、百害あって一利なしの情報です。
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情報の扱いに長けている人は益々長けていくし、不得手な人は不得手なままで、情報格差は広がっていく一方です。

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2 Responses to 成毛眞

  1. shinichi says:

    情報の「捨て方」

    知的生産、私の方法

    by 成毛眞

    私の周り、つまり現代人の周りには、私たちの時間を奪おうとするものが増殖しています。それは、情報です。

    人、メディア、パソコン、スマホ(スマートフォン)。あらゆるものが私たちに向かって情報を発信しています。これらをすべて受け入れて咀嚼していては、情報処理だけで1日が終わり、1週間が終わり、つまり、一生が終わってしまいます。それだけが人生なのだとしたら、私は80歳まですら生きたくありません。

    長く生きたいのは、楽しいこと、面白いことをまだまだしたいからです。なので私は、そんな自分の時間を奪うだけの情報は徹底的に捨て、遠ざけ、触れないようにしています。

    情報に一切触れないという意味ではありません。むしろ私は情報の入手には積極的な方だと自負しています。ただ、漫然とは情報を受け入れない、ということです。

    触れる情報と、触れない情報を、意識して区別する。端的に言えば、私に不要なくだらない情報をシャットアウトします。こうすることで、時間の浪費を極力、防いでいるのです。

    そこで重要になるのは、何を「不要な情報」と考えるかでしょう。

    私に不要な情報とは、私から遠いところにある情報(また、私に関係なさそうな情報)のことではありません。私に害を与える情報のことです。遠いところにある情報は知っていても損はせず、むしろ役立つこともあります。しかし、害を与える情報は、知っていて得をしないどころか、知ってしまったことを後悔するし、害を与える情報を好む人たちを引き寄せることにもつながり、まさに、百害あって一利なしの情報です。

    高度情報化社会の今、情報を浴び続けているだけではいけません。まず触れる情報を厳選する必要があります。そうしないと、それこそ80年などあっという間です。

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    情報の扱いに長けている人は益々長けていくし、不得手な人は不得手なままで、情報格差は広がっていく一方です。

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