認識論的にいえば、学問は自己と対象との矛盾が対象の解明によって、一つまた一つと解決し、それについての安らぎが生じることに着目した解決法といえようし、宗教は、絶対者あるいは己れを信じることによって、つまり己れの常態を乱されざることが安心であることに着目しての解決法なのである。
そして、学問でそれを主題として生き続けてきたものが哲学である、宗教で特に、ここに留意して発展してきたのが禅宗であったといえよう。
日常語を用いていえば、アタマ(知識)が不安を起こす原因であるから、アタマを使ってその不安の元をつきとめて一つ一つと消していくのが哲学だったのである、アタマがいくら騒いでもココロさえ安定していれば、つまり周囲に煩わされなければ、何らの不安もないことを知ってココロの安定を図ってきたのが禅宗だったといえば分かりやすい。
これこそが、哲学と宗教が他に比して見事に人生を語れるゆえんである。
武道と弁証法の理論Ⅰ
南鄕継正
武道講義第一巻
本来的に、禅は生きるという原点から生じる全ての問題を自らを主体と化して一気呵成に一刀両断する一大流派である。これが、問題の問題点を一つずつ解決していかんとする学的立場とは異なる分水嶺である。すなわち問題を対象から解かず、問題を問題とする己れを問題にし、問題を問題視する己れこそが問題が起きる問題点だと把握することにより、いかなる問題も問題にすることなしには主観的には問題になりえないという問題の構造を問題にして生きる問題を解決せんと欲したのである。
(中略)
端的には、前者が学問であり、後者が宗教である。
認識論的にいえば、学問は自己と対象との矛盾が対象の解明によって、一つまた一つと解決し、それについての安らぎが生じることに着目した解決法といえようし、後者は、絶対者あるいは己れを信じることによって、つまり己れの常態を乱されざることが安心であることに着目しての解決法なのである。
そして、学問でそれを主題として生き続けてきたものが哲学である、宗教で特に、ここに留意して発展してきたのが禅宗であったといえよう。
日常語を用いていえば、アタマ(知識)が不安を起こす原因であるから、アタマを使ってその不安の元をつきとめて一つ一つと消していくのが哲学だったのである、アタマがいくら騒いでもココロさえ安定していれば、つまり周囲に煩わされなければ、何らの不安もないことを知ってココロの安定を図ってきたのが禅宗だったといえば分かりやすいであろう。
これこそが、哲学と宗教が他に比して見事に人生を語れるゆえんである。
龍安寺石庭の謎を解く(2/5)
by 都築詠一
心に青雲
http://kokoroniseiun.seesaa.net/article/428530171.html
宗教がココロを直接に安堵させるレベルでの人生の役立ち方、禅で言うところの「平常心」は、あくまでも日常生活レベルでの論理であると、南鄕先生は説かれる。
だが「修行を重ねることによって得られる求道的な禅宗本来の平常心ではない。それはもっと質的変化を含んだ高い次元の困難に安らう心である。禅宗の人達にはこの点についても、大いなる曲解があるようである」と締めくくっておられる。
そうだ、曲解があるから、彼らは平気で「日曜座禅教室」なんかを開催して、カネを稼いだりできるのである。
龍安寺の枯山水とは、凡人がその庭をじっと1時間眺めているだけで何やら悟得を得られるようなレベルではなくて、本来的には「高い次元の困難に安らう心」に関わるものなのである、ということは、誰も思ってもみない。
本来的には石庭が認識の高みで創られ、維持されてきたことが分からなければ、謎の解明の一歩にすら入れない。
しかるに今や龍安寺は、高い拝観料を取るテーマパークのように成り変わっている。そこへ押すな押すなとやってくる観光客に、いくばくかの理解を期待するほうが間違っている。
このように説いてくると、必ずや世間には「いや鈴木大拙はそうは言ってないぞ」とか「大森曹玄はこう言っている」とか知識をひけらかしてくる人がいる。
そんな雑魚はどうでもいい。大事なのは、「人間とは何か」との一般論(本質論)を把持して解くことなのだから。
南郷先生が、みごと禅の謎を解いておられるのは、人間とは何かが解けているからである。あるいは世界は物質において統一されているという唯物論から解くからだ。その全体から部分の認識や、禅を見るから解ける。禅家として著名な鈴木大拙や大森曹玄は興味を持った部分、つまり禅を禅から解こうとするから、結局解けない。
龍安寺は臨済宗の修行の場であったのだから、室町時代にはその時代なりの問題解決のありようとして創建されたのである。
ずっと500年間、娑婆っけを断ち世俗を排して、己れと向き合うだけ、あとは炊事洗濯、掃き掃除拭き掃除。そして愚にもつかない、石庭の白砂をならし、スジ目を入れる毎日である。
石庭の白砂に模様を薄く描くことに世間的な価値観では意味はまったくないのである。だから観光客にわかるわけがない、「謎です」、となって当然なのだ。
しかし、白砂にスジを入れて整えることがまったく愚にもつかぬ作業でありながら、そこに心を込め続けることの修行にだけ意味(?)がある。
もしここにある修行僧がいて、こうした愚にもつかぬ作業を毎日やっているとする。石庭の白砂をならすのでなくても、毎日の掃除、洗濯などをこなしているとして、そのときの認識が立派かどうかが運命の分かれ目になる。名僧になれるか、愚僧で終わるか。
愚にもつかぬ行動は、続けることはむずかしい。これがもし、あることをやれば佳人が結婚してくれるとか、大金持ちになれるとか、目的がわかっているなら頑張りようもある。
だが石庭の白砂を掃除してならして何になる? 今なら観光客に見せて拝観料がもらえるとかだろうが、昔はまさに愚にもつかぬ作業である。誰が見て褒めてくれるわけではなかった。
その場合に、嫌々やるとか、適当でいいやと思いながらやると、その感情で自分を創ってしまうことになる。
ここがおそらくは修行の根幹である。愚にもつかぬ行動だからこそ、立派な感情を創るにふさわしいのだ。これは否定の否定である。
弁証法を知らなくても、龍安寺の往時の僧らはこれを見抜いたのだから、すごいことだった。
自分の感情でものごとを為そうとしてはダメで、禅の感情なり、その寺の開山の感情にならないといけない。