白洲正子

 外出から帰り、暗闇の中に梅が匂うとき、私は春の前触れを知る。そして同時に、王朝の人々の生活を思わせるような、春風駘蕩とした気分になる。思い浮かぶのは紀友則の、
  君ならで誰にか見せぬ梅の花
    色をも香をもしる人ぞしる
 友則は貫之の従兄弟で、貫之とともに『古今集』の編纂に携わったが、完了を見ることなく、官位も低いままに終わった。この歌には、そうした友則の運命のはかなさがあると思うが、ほのかな梅の香が、その間を余計に増幅させる。

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One Response to 白洲正子

  1. shinichi says:

    花日記

    by 白洲正子

    photograph by 藤森武

    梅に想う

     私が住む辺りは、いわゆる多摩丘陵と呼ばれる丘が幾重にもつらなり、その襞の「谷戸」と呼ばれる所に、民家が点在している。
     そのため、冬は寒い。庭に数本ある梅も、咲く時期が遅い。熱海や水戸で梅まつりをやっているときは、まだ蕾のままだ。下手をすると、木蓮が先にほころびてしまう年もある。
     外出から帰り、暗闇の中に梅が匂うとき、私は春の前触れを知る。そして同時に、王朝の人々の生活を思わせるような、春風駘蕩とした気分になる。思い浮かぶのは紀友則の、
      君ならで誰にか見せむ梅の花
        色をも香をもしる人ぞしる

     友則は貫之の従兄弟で、貫之とともに『古今集』の編纂に携わったが、完了を見ることなく、官位も低いままに終わった。この歌には、そうした友則の運命のはかなさがあると思うが、ほのかな梅の香が、その間を余計に増幅させる。


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