3 thoughts on “森下佳子

  1. shinichi Post author

    〇〇先生へ
      
    先生 お元気でいらっしゃいますでしょうか
    おかしな書き出しでございますこと 深くお詫び申し上げます
    実は 感染症から一命を取り留めたあと どうしても先生の名が思い出せず
    先生方に確かめたところ 仁友堂には そのような先生などおいでにならず
    ここは わたくし達がおこした治療所だと言われました
    何かがおかしい そう思いながらも
    わたくしもまた 次第にそのように思うようになりました
    夢でも見ていたのであろうと
    なれど ある日のこと 見たこともない 奇妙な銅の丸い板を見つけたのでございます
    その板を見ているうちに わたくしは おぼろげに思い出しました
    ここには 先生と呼ばれたお方がいたことを
    そのお方は 揚げだし豆腐がお好きであったこと 涙もろいお方であったこと
    神のごとき手を持ち なれど 決して神などではなく
    迷い傷つき お心を砕かれ ひたすら懸命に治療に当たられる
    仁をお持ちの人であったこと
    わたくしはそのお方に
    この世で 一番美しい夕日をいただきましたことを 思い出しました
    もう名も お顔も 思い出せぬそのお方に 恋をしておりましたことを
    なれど きっとこのままでは わたくしは いつか全てを忘れてしまう
    この涙のわけまでも失ってしまう
    なぜか耳に残っている 修正力という言葉
    わたくしは この思い出を無きものとされてしまう気がいたしました
    ならば と 筆をとった次第にございます
    わたくしがこの出来事にあらがうすべはひとつ この思いを記すことでございます
    〇〇先生
    改めて ここに書き留めさせていただきます
    橘咲は 先生を お慕い申しておりました
      
    橘咲

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