宇治拾遺物語

今は昔、大隈守なる人、国の政をしたため行ひ給ふ間、郡司のしどけなかりければ、
「召しにやりて戒めむ。」
と言ひて、さきざきのやうに、しどけなきことありけるには、罪に任せて、重く軽く戒むることありければ、一度にあらず、たびたびしどけなきことあれば、重く戒めむとて、召すなりけり。
「ここに召して、率て参りたり。」
と、人の申しければ、さきざきするやうにし伏せて、尻、頭にのぼりゐたる人、しもとをまうけて、打つべき人まうけて、さきに人二人引き張りて、出で来たるを見れば、頭は黒髪も交じらず、いと白く、年老いたり。
見るに、打ぜむこといとほしくおぼえければ、何事につけてかこれを許さむと思ふに、事つくべきことなし。過ちどもを片端より問ふに、ただ老ひを高家にていらへをる。いかにしてこれを許さむと思ひて、
「おのれはいみじき盗人かな。歌は詠みてむや。」
と言へば、
「はかばかしからずさぶらへども、詠みさぶらひなむ。」
と申しければ、
「さらばつかまつれ。」
と言はれて、ほどもなく、わななき声にてうち出だす。

年を経て頭の雪は積もれどもしもと見るにぞ身は冷えにける

と言ひければ、いみじうあはれがりて、感じて許しけり。人はいかにも情けはあるべし。

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2 Responses to 宇治拾遺物語

  1. shinichi says:

    宇治拾遺物語

    編著者未詳

    111話  歌詠みて罪を免るる事

  2. shinichi says:

    宇治拾遺物語

    https://ja.wikipedia.org/wiki/宇治拾遺物語

    『宇治拾遺物語』(うじしゅういものがたり)は、13世紀前半頃に成立した、中世日本の説話物語集である。『今昔物語集』と並んで説話文学の傑作とされる。編著者は未詳。

    題名は、佚書『宇治大納言物語』(宇治大納言源隆国が編纂したとされる説話集、現存しない)から漏れた話題を拾い集めたもの、という意味である。全197話から成り、15巻に収めている。古い形では上下の二巻本であったようだ。
    収録されている説話は、序文によれば、日本のみならず、天竺(インド)や大唐(中国)の三国を舞台とし、「あはれ」な話、「をかし」な話、「恐ろしき」話など多彩な説話を集めたものであると解説されている。ただ、オリジナルの説話は少なく、『今昔物語集』など先行する様々な説話集と共通する話が多い(説話の直接の出典には、『古事談』『十訓抄』『打聞集』などに類似の話が見られ、『今昔』との重出話にいたっては80余話もの数にのぼる)。
    貴族から庶民まで、幅広い登場人物が描かれている。また、日常的な話題から滑稽談までと内容も幅広い。
    「芋粥」や「絵仏師良秀」は芥川龍之介の短編小説の題材に取り入れられている。
    『宇治拾遺物語』に収録された説話の内容は、大別すると次の三種に分けられる。

    • 仏教説話(破戒僧や高僧の話題、発心・往生談など)
    • 世俗説話(滑稽談、盗人や鳥獣の話、恋愛話など)
    • 民間伝承(「雀報恩の事」など)

    民間伝承には、「わらしべ長者」や「雀の恩返し」、「こぶとりじいさん」などなじみ深い説話が収められている。仏教に関する説話も含むが、どちらかというと猥雑、ユーモラスな話題(比叡山の稚児が幼さゆえの場違いな発言で僧侶の失笑を買う、等)が多く、教訓や啓蒙の要素は薄い。信仰心を促すような価値観に拘束されておらず、自由な視点で説話が作られている。その意味において、中世説話集の中では特異な存在である。

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