泉鏡花

不細工ながら、窓のように、箱のように、黒い横穴が小さく一ツずつ三十五十と一側並べに仕切ってあって、その中に、ずらりと婦人が並んでいました。
坐ったのもあり、立ったのもあり、片膝立てたじだらくな姿もある。緋の長襦袢ばかりのもある。頬のあたりに血のたれているのもある。縛られているのもある、一目見たが、それだけで、遠くの方は、小さくなって、幽になって、唯顔ばかり谷間に白百合の咲いたよう。
慄然として、遁げもならない処へ、またコンコンと拍子木が鳴る。
すると貴下、谷の方へ続いた、その何番目かの仕切の中から、ふらりと外へ出て、一人、小さな婦人の姿が、音もなく歩行いて来て、やがてその舞台へ上ったでございますが、其処へ来ると、並の大きさの、しかも、すらりとした脊丈になって、しょんぼりした肩の処へ、こう、頤をつけて、熟と客人の方を見向いた、その美しさ!
正しく玉脇の御新姐で。

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4 Responses to 泉鏡花

  1. shinichi says:

    春昼

    by 泉鏡花

    青空文庫

    http://www.aozora.gr.jp/cards/000050/files/2296_23810.html

     逗子郊外の岩殿寺へ散策に来た作者(散策子)は、住職から、去年、寺の仮庵室を貸していた若い男が、資産家の美貌の妻に焦がれ死をしたという話を聞く。

     男は、二、三度すれ違っただけのその女に恋し、ある夜、寺の裏山の谷の横穴に忽然とあらわれた舞台で一緒に芝居をした夢を見る。

     次の日、その女が寺に参詣し、

     「うたゝ寝に恋しき人を見てしより
            夢てふものはたのみそめてき」

    という小野小町の歌を水茎の跡もあざやかに書いた懐紙を御堂の柱に貼って帰った。女も同じ夢を見ていたのか。

     男は、再度同じ夢を見たいと谷へ行き、海に落ちて溺死したという。

  2. shinichi says:

    春昼後刻

    by 泉鏡花

    青空文庫

    http://www.aozora.gr.jp/cards/000050/files/46532_23812.html

     散策子は、その女と話す機会を得る。女は散策子が恋しい人に似ていると言い、たまたま訪れた角兵衛獅子の兄弟に

     「君とまたみるめおひせば四方の海の
               水の底をもかつき見てまし」

    という和泉式部の歌を書いた紙を、誰にというあてもなくことづける。

     その後、散策子の目の前で、ことづけを持っていた幼い角兵衛獅子の弟は海で溺れ、翌日、死骸は、男が溺れたと同じ岬で、女に抱かれて一緒に見つかった。

     女は海の底で恋しい男の霊魂の行方が分かったようであった。

  3. shinichi says:

    岩殿寺 (逗子市)

    https://ja.wikipedia.org/wiki/岩殿寺_(逗子市)

    岩殿寺(がんでんじ)は神奈川県逗子市久木にある曹洞宗の寺院。山号は海雲山。本尊は十一面観音。通称、岩殿観音。逗子八景の1つ。また、一時期逗子に滞在した泉鏡花が当寺をしばしば訪れたことでも知られる。

  4. shinichi says:

    泉鏡花

    https://ja.wikipedia.org/wiki/泉鏡花

    泉 鏡花(いずみ きょうか、1873年(明治6年)11月4日 – 1939年(昭和14年)9月7日)は、日本の小説家。明治後期から昭和初期にかけて活躍した。小説の他に戯曲や俳句も手がけた。本名、鏡太郎(きょうたろう)。金沢市下新町生れ。

    尾崎紅葉に師事した。『夜行巡査』『外科室』で評価を得、『高野聖』で人気作家になる。江戸文芸の影響を深くうけた怪奇趣味と特有のロマンティシズムで知られる。また近代における幻想文学の先駆者としても評価される。他の主要作品に『照葉狂言』『婦系図』『歌行燈』などがある。

    『春昼』(1906年、新小説)小説
    先先月より逗子に一室を借り自炊するという散策子が春の日中をぶらぶら歩きに出たのは、停車場開きの祭礼の日の騒々しさを避けてのことだった。途中、ある二階家に蛇が入り込んだのを見て野良仕事の老爺にその家へ用心するように言づてる。たどり着いた岩殿寺の柱に「うたゝ寐に恋しきを見てしより夢てふものは頼みそめとき――玉脇みを」と書かれた懐紙を見つけ、昨年寺に逗留した客人の「みお」なる夫人への恋慕の顛末を住職より聞かされる。

    『春昼後刻』(1906年、新小説)小説
    寺よりの帰途、散策子を待っていたのは玉脇みお、すなわち蛇への用心を言伝された家の女主人だった。女は散策子によく似た男への悲しい気持ち、もの狂わしい「春の日中の心持ち」を吐露。女の手帳には△☐○が書き散らしてあり、散策子は蒼くなる。

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