明恵

This entry was posted in story. Bookmark the permalink.

2 Responses to 明恵

  1. shinichi says:

    明恵上人夢記

    e国宝

    http://www.emuseum.jp/detail/101061/000/000?mode=simple&d_lang=ja&s_lang=ja&word=%E9%AB%98%E5%BC%81&class=&title=&c_e=&region=&era=&century=&cptype=&owner=&pos=1&num=4

    高山寺の中興開山として知られる明恵上人(1173~1232)は、平重国と湯浅宗重女の間に生まれ、諱を高弁という。その明恵が建久2年(1191)、19歳の頃より、入寂前年の寛喜3年(1231)、59歳にいたるまで約40年にわたって自ら見た夢を記録したのが「夢記」である。夢の内容は多岐にわたるが、その時々の明恵の思考や行動が反映されている。「夢記」は現在、高山寺に17点(1巻・9通・2帖・2冊・3幅)がまとまって残存するほか、数ヶ所に分散・保存されており、本夢記は所々に「高山寺」および「方便智院」の朱方印が捺されていることから、その中の一つであることが判明する。七紙より構成され、建永二年・承元三年・建暦元年、および年紀不明の部分を収める。七紙のうち四紙に紙背文書が存在し、第四および五紙目に仮名消息、第一および六紙目に夢記の一部と思われるものが収録されている。

  2. shinichi says:

    明恵 夢を生きる

    by 河合隼雄

     明恵は常に釈迦に直接教えを受けられなかったことを残念に思っていた。 ・・・・ そこでひたすら修行に努めようと思うが、周囲の僧たちを見ていると、むしろ世俗の生活を満喫して生きているとしか思えない。

     剃髪や染衣をつけることも、驕慢な心をのがれるためのものであるにもかかわらず、坊主頭を美しく剃ることや、きらびやかな僧衣を着ることにうつつを抜かしている。 ・・・ 明恵の嘆きは深く、『行状』などに書かれた彼の言葉は、他の仏僧たちに対する怒りも重なって、火も吹かんばかりの勢いである。 ・・・・

     剃髪や僧衣を着る意味がほとんど失われているとするならば、なんとかして自分の姿を変え、俗世間から離れて仏道への志を確立しよう、と明恵は考えた。

     しかし、眼をつぶしてはお経を読めなくなるし、鼻をそいでは鼻水が落ちてお経を汚すであろう。手が無くなると印を結ぶことができなくなる。 そこで、耳を切れば・・不自由はないので、耳を切ることを決意するに至る。

Leave a Reply

Your email address will not be published.