桐村英一郎

ヨーロッパの西のはずれとアジアの東のはずれに「常若の国」と「常世の国」という似たような名の理想郷があることは興味深い。
熊野は女性原理が支配するところで、イザナミノミコトへの信仰が厚い。その一方で、イザナミの夫君のイザナキノミコトはどことなく影が薄い。
島のケルトも同じだ。アイルランドの神話には女神、地母神がたくさん登場する。そこではキリストの母のマリア信仰、そのまた母といわれる聖アンナへの信仰が不快。アイルランドの古名「エリン」も地母神エリゥに由来する。

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2 Responses to 桐村英一郎

  1. shinichi says:

    熊野からケルトの島へ

    アイルランド スコットランド

    by 桐村英一郎

  2. shinichi says:

    熊野とケルト、島の果ての奥深い懐

    『熊野からケルトの島へ』(桐村英一郎著、三弥井書店)

    本読み by chance/尾関章

    http://ozekibook.jugem.jp/?eid=219

     今からもう、25年も前のことだ。真冬のスコットランドに数日間滞在したことがある。北方のシェットランド諸島でタンカーが座礁して原油が流出する事故があり、駐在先のロンドンから現地取材に赴いたのだ。そのときに泊った宿で奇妙な体験をした。

     部屋のテレビで地元局にチャンネルを合わせたときのことだ。現代劇のドラマでわけのわからない台詞が飛び交っている。当時は英国に着任して間もないころで、一瞬、自分の英語力が乏しいせいかと思ったが、そうではないことにすぐ気づいた。画面に英語の字幕が出ていたからだ。スコットランドの現地語に違いない、おそらくはケルト人が使っていた言葉なのだな、と察した。それが今も、日常会話に用いられているらしい。

     この一点でもわかるように、英国には今もケルト文化が根強く残っている。言語についていえば、スコットランドや北アイルランドではケルト語の系譜にあるゲール語が英語とともに公用語となっている。ウェールズでもケルト語の別の流れがウェールズ語となり、英語と併用されている。隣の独立国アイルランドも、ケルト色は強い。英語がふつうに話されてはいるものの、政府内にゲール語を守り、その使用を促す役所がある。

     翻って日本列島はどうか。そこにいるのは大和民族だけではない。琉球民族がいる。アイヌ民族がいる。ここまでは、僕たちの共通認識だ。だが残念なことに、縄文、弥生にまで遡って内なる多様性を自覚するだけの文化遺産に恵まれているとは言い難い。

     で、今週は『熊野からケルトの島へ』(桐村英一郎著、三弥井書店)。著者は、朝日新聞で経済記者だった人。定年後、奈良県明日香村に住み、さらに三重県熊野市へ転居した。古代史に関心が深く、著作も多い。僕にとっては、同じ新聞社の空気を吸った大先輩。専門分野は違うが、ロンドン駐在を経験し、論説委員室に在籍するなど社内歴にも似たところがある。だから、尊敬の念とともに共感めいた思いを抱いている。この本は、2016年刊。

     執筆の端緒を、著者はこう明かす。「熊野灘を眺めて暮らすうちに、ユーラシア大陸の西と東の両端のさらに端っこに位置し、黒潮とメキシコ湾流という二大暖流が沖を洗う地域には、同じような観念や思想・風土が育まれるのではないか、と思うようになった」。それで2013年と翌14年、アイルランドとスコットランドをドライブで巡った。スコットランドには昔からなじみがあったが、アイルランドの旅は初めてだったという。

     著者は、この作業仮説を民族学者梅棹忠夫の知見に重ねあわせる。同名の著書で展開された「文明の生態史観」だ。ユーラシア大陸の真ん中には乾燥地帯があり、遊牧民がいて両側の農耕地帯を荒らしまわることがあった。だが、その被害を免れたところがある。西欧と日本だ。その結果、どちらも似たような歴史をたどることになった――要約すれば、こんな歴史観だ。その極致が片やアイルランドやスコットランドであり、もう一方に熊野がある。

     この本は、ユーラシアの西と東の果てを見比べていく。まずは自然。スコットランド西岸の島巡りで、スタッファ島という無人島に近づいたときのことだ。「まるで楯ケ崎そっくりだ」。著者は、そう感じたという。柱状節理が、熊野市の海岸にある大岩壁に酷似していた。両者は「ともに太古の火山活動が生んだ奇観」である。言い添えれば、このスタッファ島は作曲家メンデルスゾーンが「フィンガルの洞窟」の曲想を得た場所として知られる。

     岩石の話を続けよう。「ケルトと熊野には『石塊(せきかい)へのこだわり』という共通点がある」というのが、著者の見方だ。アイルランドやスコットランドには石の遺跡が多い。塚あり、立石あり、列石あり。ケルト人にとっては自分たちが移り住むよりも前に築かれたものらしいが、それでも「その場所で豊作を祈り、収穫を感謝し、また太陽を仰ぐ儀式などを行った」。先住民族の文化を踏みにじることなく、逆に敬ったのである。

     熊野にも「石への崇拝」がある。一例は、熊野市山中の「まないたさま」だ。「谷川の脇にふたつの大岩が重なり、小さな木の鳥居が建つ。大岩の間の薄暗い空間をのぞくと、長方形の石がおさまっている」。形状から言えば、アイルランド中西部の遺跡「巨人のテーブル」に似ている。だが、本文とともに載っている写真は対照的。「巨人の…」が明るい平原にすっくと立っているのに対して、「まないた…」は暗所に隠れて見えない。

     この本が目を向けるもう一つのものが、樹木だ。「古代ケルト人にとって一番大事な木はoak(オーク)だった。彼らはオークとそれに絡みついたヤドリギを神聖視した」。ただし、彼の地の「オーク」は狭義のカシではない。コナラ属の総称で、とくにカシワに近い樹種を呼ぶことが多いという。カシワは日本でも「葉守(はもり)の神」の住みかとみなされてきた。清少納言『枕草子』がその伝承に触れていることも、著者は見逃さない。

     著者は「オークとカシワが信仰の対象になったのは、ともに人間の生活に欠かせない食と深く結びついていたから」とみる。どんぐりが人や動物の食糧となっただけではない。樹木そのものが虫やカビやキノコ、コケ類の生息の場となる。生態系の柱なのだ。ここで科学担当の元新聞記者としては、熊野が照葉樹林帯であり、落葉広葉樹のカシワと異なる常緑広葉樹が多いことも言い添えたい。ユーラシアの両端には広葉樹林の豊饒がある。

     言葉をかえれば、エコロジーの原風景がケルトや熊野にあるとも言える。著者も、ケルトの地母神をめぐる神話に「『絶対神―人間―自然・動物』といった序列」は見いだせず、「人間の傲慢さはない」と断じる。すべての生き物は生態系の一員という「共生」の思想だ。

     共通点は心のありようにもある。両地域の人々は同じように海と向きあい、似たようなものを「海の彼方」に思い描いてきたという。「アイルランドに伝えられる神話によると、ケルト人は海の彼方に食物がたわわに実り、不老不死の楽園『常若(とこわか)の国(ティル・ナ・ノーグ)』があると信じた」「熊野の古代人も海の彼方に豊穣(ほうじょう)と再生の理想郷『常世(とこよ)』があると信じていた」。どちらも、永遠が保証された世界である。

     もう一つ、宗教面の寛容も相通じる。この本が例に挙げるのは、ケルトのハイクロス。円環を重ねた十字架だ。土着のドルイド教が自然を崇めており、円環は太陽のしるしとみられるので「キリスト教とドルイド教の融合の象徴」といえる。それだけではない。アイルランド古来の神々は、多くが「キリスト教の普及とともに小さな妖精(シィ)となった」。欧州大陸のキリスト教が「布教の邪魔になる神や精霊」を「悪魔や鬼」にしたのと大違いだ。

     熊野の寛容は、熊野本宮大社の例大祭にみてとれる。神事の傍らで護摩焚きがある。著者によれば「神道と密教・修験道、祝詞(のりと)と読経が混在する」。そこには「神は本来の仏が仮の姿として現れた」という思想があり、本宮の神は阿弥陀如来の現れという。

     「常若」「常世」の思想は寛容の精神と結びついて、人々の目を外に見開かせた。この本は、アイルランドに米大陸などへ渡る人々が多くいた史実を描く一方、熊野も明治以来、大勢の海外移住者を輩出したことに言及している。「アイルランドや熊野の人びとは『海の向こうにより良い生活や幸せが待っている』という観念のDNAを引き継いでいるような気もする」。ユーラシアの東西端は地の果てであっても、決してどん詰まりではなかった。

     そして最後の共通項は反骨の気概だ。アイルランド、スコットランドには「独立運動」がある。熊野にそれはないが、「時の権力や権威に『まつろわぬ(言うことをきかない)者』たちの本拠地」ではあった、と著者はいう。その証左は「南朝の血筋を引く後南朝の伝承」や「平家の落ち武者伝説」だけではない。「大逆事件という一大でっち上げ事件の犠牲になった大石誠之助ら『紀州グループ』」も「まつろわぬ者」に位置づけている。

     大陸の事物が次々と押し寄せる島の突端に、開放的だが奥深い懐がある。常若常世の暖流に愛撫され、森の生態系に抱かれたアイルランドやスコットランドのケルト文化と紀伊半島の熊野文化だ。記者の実感が学者の史観に血を通わせ、その実相を浮かびあがらせた。

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