吉野弘

母は
舟の一族だろうか。
こころもち傾いているのは
どんな荷物を
積みすぎているせいか。

幸いの中の人知れぬ辛さ
そして時に
辛さを忘れている幸い。
何が満たされて幸いになり
何が足らなくて辛いのか。

舞という字は
無に似ている。
舞の織りなすくさぐさの仮象
刻々 無のなかに流れ去り
しかし 幻を置いてゆく。

――かさねて
舞という字は
無に似ている。
舞の姿の多様な変幻
その内側に保たれる軽やかな無心
舞と同じ動きの。

器の中の
哭。
割れる器の嘆声か
人という字の器のもろさを
哭く声か。

3 thoughts on “吉野弘

  1. shinichi Post author

    雪のように

    by 吉野弘

    ひとは皆、他とは違った生き方を好む。
    雪が六角形の枠のなかでさえ
    模様の、多少の変化をきそうように。

    ひとは皆、同じ生き方をしている。
    雪が自分以外の色に超然としているようで
    実は、他の意見にやすやすと染まるように。

    ひとは皆、同じ生き方をしている。
    雪のように
    自分に暖かくすることができなくて
    自分に冷たく当たる以外、凝縮できなくて。

    ひとは皆、同じ生き方をしている。
    ただよう雪のように
    落下しているのに飛翔していると信じて。

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