ライネル・マリア・リルケ

名前といふものは、我々人間にとつては一つの意義があるのですよ。薔薇だつて、そりあマリイ・ボオマンだとか、テストウ夫人だとか、カモンド伯爵夫人だとか、或はまたエモオションだとか呼ばれてはゐます、が、それは殆ど無用の長物です。薔薇は自分たちの名前を知つてゐませんからね。それ等の上に小さな木札をひつかける、と、もうそれを引つ込めません。それつきりなのです。しかし、人々は自分たちの名前を知つてゐます。彼等は自分たちのもつてゐる名前に關心を持ち、それを大事さうに暗記してゐて、それを彼等に訊ねる者があれば誰にでもそれを言つてやります。彼等は一生涯、云はばまあ、それを養つてゐるのですね、そしておしまひには、それとごつちやになる位、殆どそつくり、その名前に似てしまふものですよ。……

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1 Response to ライネル・マリア・リルケ

  1. shinichi says:

    by ライネル・マリア・リルケ, Rainer Maria Rilke

    translated by 堀辰雄

    青空文庫

    https://www.aozora.gr.jp/cards/000075/files/47946_41489.html

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