佐佐木信綱

白蓮は藤原氏の女なり。「王政ふたたびかへりて十八」の秋ひむがしの都に生れ、今は遠く筑紫の果にあり。「緋房の籠の美しき鳥」に似たる宿世にとらはれつつ、「朝化粧五月となれば」京紅の青き光をなつかしむ身の、思ひ余りては、「あやまちになりし躯」の呼吸する日日のろはしく、わが魂をかへさむかたやいづこと、「星のまたたき寂しき夜」に神をもしのびつ。或は、観世音寺の暗きみあかしのもとに「普門品よむ声」にぬかずき、或は、「四国めぐりの船」のもてくる言伝に悲しぶ。半生漸く過ぎてかへりみる一生の「白き道」に咲き出でし心の花、花としいはばなほあだにぞすぎむ。げにやこの踏絵一巻は、作者が「魂の緒の精をうけ」てなれりしものなり。而して、「試めさるる日の来しごと」くに火の前にたてりとは、この一巻をいだける作者のこころなり。――さはれ、その夢と悩みと憂愁と沈思とのこもりてなりしこの三百余首を貫ける、深刻にかつ沈痛なる歌風の個性にいたりては、まさしく作者の独創といふべく、この点において、作者はまたく明治大正の女歌人にして、またあくまでも白蓮その人なり。ここにおいてか、紫のゆかりふかき身をもて西の国にあなる藤原氏の一女を、わが『踏絵』の作者白蓮として見ることは、われらの喜びとするところなり。

This entry was posted in poem. Bookmark the permalink.

2 Responses to 佐佐木信綱

  1. shinichi says:

    『踏絵』

    序文

    by 佐佐木信綱

    大正四年一月

  2. shinichi says:

    白蓮の名は、信綱が与えた、と伝えられている。

     

        幾億の生命の末に生れたる
          二つの心そと並びけり
               - 柳原白蓮


Leave a Reply

Your email address will not be published.