東浩紀

想像力を代表するのは文学です。文学はかつて、現実で生きる人々の喜びや苦しみを汲み取り、芸術表現に昇華するという使命を担っていました。つまり、想像力と現実はしっかり関係をもっていました。文学が社会改革の原動力になると信じた人々も少なくありません。それはもしかしたら、ヨーロッパの理想が強引に輸入された結果として生じた、ある種の誤解だったのかもしれません。しかしそれでも、ある時期そのような理想が広く共有されたことはたしかです。
けれども、二〇一〇年代の現代は、その理想に反して、想像力と現実がじつに関係をもちにくい時代になっています。それは必ずしも日本だけの傾向ではありませんが、とくにこの国でははっきりしています。日本ではいま、大衆に支持される創作物は、現実の政治的葛藤や社会問題をほとんど反映していません。
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ぼくたちはどうやら、想像力と現実、虚構と現実、文学と社会が切り離された時代に生きています。文学が社会に与える影響はかってなく小さく、逆に社会が文学に与える影響もかってなく小さい。
それがよいことなのか悪いことなのか、ぼくには判断ができません。それはもしかしたら、よいことなのかもしれません。想像力が現実に影響を与えるなんてろくなもんじゃない、小説や映画は現実逃避で十分だ、そのような考えかたもありえます。判断は各人の価値観に委ねるほかありません。

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