Sally Rooney

Marianne had the sense that her real life was happening somewhere very far away, happening without her, and she didn’t know if she would ever find out where it was or become part of it.

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3 Responses to Sally Rooney

  1. shinichi says:

    Normal People

    by Sally Rooney

    Connell and Marianne grow up in the same small town in rural Ireland. The similarities end there; they are from very different worlds. When they both earn places at Trinity College in Dublin, a connection that has grown between them lasts long into the following years. This is an exquisite love story about how a person can change another person’s life – a simple yet profound realisation that unfolds beautifully over the course of the novel. It tells us how difficult it is to talk about how we feel and it tells us – blazingly – about cycles of domination, legitimacy and privilege.

  2. shinichi says:

    No one can be independent of other people completely, so why not give up the attempt, she thought, go running in the other direction, depend on people for everything, allow them to depend on you, why not.

    **

    Not for the first time Marianne thinks cruelty does not only hurt the victim, but the perpetrator also, and maybe more deeply and more permanently. You learn nothing very profound about yourself simply by being bullied; but by bullying someone else you learn something you can never forget.

  3. shinichi says:

    時代が変わっても、変わることがない普遍的な胸の痛み Normal People

    by 渡辺由佳里

    洋書ファンクラブ

    https://youshofanclub.com/2019/05/05/normal-people/#more-20369

    アイルランドの作家Sally Rooney(サリー・ルーニー)の『Normal People(普通の人々)』は、昨年2018年に英国のブッカー賞のロングリストになっていたのだが、アメリカでは2019年4月の刊行まで読むことができなかった。

    この小説は、ジョージ・エリオットの小説『Daniel Deronda(ダニエル・デロンダ)』からの次の引用で始まる。

    “It is one of the secrets in that change of mental poise which has been fitly named conversion, that to many among us neither heaven nor earth has any revelation till some personality touches theirs with a peculiar influence, subduing them into receptiveness..”

    公式の翻訳は邦訳版で読んでいただければと思うが、特別な人物との出会いについての示唆深い一文だ。

    私たちは人生で多くの人と出会い、触れ合う。だが、その中で、自分の考え方や生き方を根こそぎ変えるほどの出会いは稀である。その人物が自分を変えたことに気づくのはずっと後になってからのことだし、なぜ多くの出会いの中からその人に特別魅了されたのかもよくわからない。その出会いは、ときには不都合なものである。なぜなら、その人は、居心地の良い場所から自分を無理やり引きずり出すから。

    ルーニーのNormal Peopleの主要登場人物のMarianne(マリアン)とConnell(コネル)の関係がそうだ。

    マリアンとコネルはアイルランド西部にある同じ町で育った幼馴染だ。コネルの母はティーンの時に息子を産んだシングルマザーで、裕福なマリアンの家で掃除婦として雇われている。経済的にはマリアンのほうがコネルより上の階級だが、高校ではサッカーのスーパースターであるコネルは貴族的な存在だ。成績が良くても人付き合いの方法を知らないマリアンは、忌み嫌われ、仲間はずれにされている。人気者だけれどシャイなコネルは、なぜかマリアンだけにはありのままの自分を見せることができる。マリアンに惹かれて関係を持ちながらも、それを恥じて隠しているコネルは、卒業のダンスパーティーにマリアンをいつもいじめている人気者の少女を誘う。これをきっかけにマリアンは高校をやめてコネルとは会わなくなる。

    高校で優秀な生徒だったマリアンとコネルは、ダブリンのトリニティ大学で再会する。高校とは異なるタイプの学生が集まるトリニティ大学では、マリアンは男性を惹きつける魅力的な女子学生になっていた。そして、高校時代に人気者だったコネルは、垢抜けないシャイな男子生徒として同級生から馬鹿にされるようになっていた。

    マリアンとコネルは、何度も「友人以上で恋人以下」の関係になっては、互いを傷つけあって離れる。心身ともに家庭内暴力を受けてきたマリアンは、男性とマゾヒスティックで不健全な関係しか築けないし、コネルは安易な道を選ぶ癖が抜けない。

    『Normal People』は、addictiveな小説だ。仕事をしている母親を迎えに来たコネルのためにマリアンがドアを開けた瞬間から引き込まれ、3週間後、1ヶ月後、6週間後、2日後、4ヶ月後、5分後と続く2人の再会から目を離すことができなくなる。ときには、作者のルーニー自身が先を急いでいるような表現の粗さもある。だが、それでもこのラブストーリーは、間違いなく「文芸小説」だと感じる。

    それは、ルーニーが描く誰からも理解されない孤独や「自分は誰からも愛される資格がない」と感じる絶望感は、読者に身体的な痛みを感じさせるほど切迫感があるからだ。作者のことをまったく知らずに読んだので、「現代の若者を描いているが、作者はきっと年配の女性なのだろう」とすっかり思いこんでいた。ところが、読み終えてから知ったのは、サリー・ルーニーが1991年生まれの28歳ということだった。出版にかかる時間を考慮すると、この小説を書いたときには24歳くらいだったことになる。

    ルーニーの小説の登場人物がコミュニケーションに使うテキストメッセージやEメールは、私が学生だった頃にはSFの世界にしか存在しない技術だった。壁から引き抜くことができない電話と紙の手紙がそれに匹敵するものだったのだ。だが、現代の彼らが抱く感情と、約30年に私たちが感じたことは、そう変わらないというのが新鮮な衝撃だった。

    そして、冒頭にあった『ダニエル・デロンダ』の引用のように、特別な人物との出会いと、その出会いが自分自身を根こそぎ変えるという事実も、変わらない。

    それを教えてくれるからこそ、(欠陥があっても)ルーニーの作品は現代のクラシックと呼べるだろう。

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