万葉集 雄略天皇

籠もよ み籠持ち 掘串もよ み掘串持ち この丘に 菜摘ます児 家聞かな 名告らさね そらみつ 大和の国は おしなべて われこそ居れ しきなべて われこそ座せ われこそは 告らめ 家をも名をも

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2 Responses to 万葉集 雄略天皇

  1. shinichi says:

    雑歌,作者:雄略天皇別名:大泊瀬幼武命,朝倉宮,野遊び,妻問い,予祝,枕詞,奈良

    https://blogs.yahoo.co.jp/kairouwait08/folder/1075327.html?m=lc&p=1

    [題詞]泊瀬朝倉宮御宇天皇代 [< 大>泊瀬稚武天皇] / 天皇御製歌

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    篭毛與 美篭母乳 布久思毛與 美夫君志持 此岳尓 菜採須兒 家吉閑名 告< 紗>根 虚見津 山跡乃國者 押奈戸手 吾許曽居 師< 吉>名倍手 吾己曽座 我< 許>背齒 告目 家呼毛名雄母

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    こもよ みこもち ふくしもよ みぶくしもち このをかに なつますこ いへきかな のらさね そらみつ やまとのくには おしなべて われこそをれ しきなべて われこそませ われこそば のらめ いへをもなをも

    **

    籠もよ み籠持ち 掘串もよ み掘串持ち この丘に 菜摘ます児 家聞かな 名告らさね そらみつ 大和の国は おしなべて われこそ居れ しきなべて われこそ座せ われこそは 告らめ 家をも名をも

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    どれ これが籠か 
    美しい籠を持っている
    箆(へら)か  美しい箆ではないか
    この丘で菜を採む娘よ
    貴女はどこの家の娘か
    教えなさい
    名前を告げなさい
     
    そらみつ大和の国は
    すべて私が支配し
    私が統率している
    はっきりと云いなさい
    家柄も名も

    **

    おや 籠を持って
    おや 箆(へら)を持って
    菜を摘むかわいい娘よ
    わたしに持たせてごらん
    なるほど わたしが持てば
    立派なみ籠だ  
    立派なみ箆だ み堀串だ

    ところで
    この岡で 菜摘みする娘よ
    どちらの家か 聞かせなさい 
    名前もいいなさい
    我が妻になるために

    この大和の国は すっかりわしが平定した
    あたり一帯すべて統治しているのだ
    告げよ 家も名前も
    そうしたら この籠と箆を返してあげる

  2. shinichi says:

    日本最古の歌集『万葉集』 巻頭歌に宿る言霊

    NHK100分de名著

    (2014年4月)

    http://textview.jp/post/culture/13493

    『万葉集』は、いまから約1300年前に詠まれた四千五百余首の歌を収める、日本最古の歌集である。その巻頭を飾る雄略天皇作の長歌に秘められた意味を、歌人で早稲田大学名誉教授の佐佐木幸綱(ささき・ゆきつな)氏に解説いただいた。

    *  *  *

    籠(こ)もよ み籠(こ)もち ふくしもよ みぶくし持ち この丘(をか)に 菜摘(なつ)ます児(こ) 家聞かな 名告(の)らさね そらみつ やまとの国は おしなべて 吾(われ)こそをれ しきなべて 吾(われ)こそませ 我こそは 告(の)らめ 家をも名をも (巻一・一)

    (籠よ、立派な籠を持ち、掘串(ふくし)よ、立派な掘串をもって、この岡に菜を摘んでおられる娘よ。家と名前を申せ。この大和の国は、すべてこのわれが治めているのだ。全体的にわれが支配しているのだ。まずはわれこそ、家も名も教えてやろう)

    春の一日、カラフルな衣装に身をつつみ、岡で草を摘んでいる娘たち。そこへ通りかかった、堂々たる体軀に立派な髭をたくわえた大和の王者が、娘の一人(敬語が使われているので神に仕える女性でしょう)を見そめて、呼びかける──これは求婚の歌です。と同時に、三度も繰り返される〈われ〉の強烈さの前には求婚された娘は「ノー」と言えなかったはずだという意味で、成婚の歌でもあります。

    じつはこの歌、「天皇の御製(ぎょせい)の歌」と題詞にはあるものの、雄略天皇が実際に作った歌だとは考えられていません。もともとは共同体のなかで、毎年春、農耕開始に先立つ時期に、演劇的・舞踊的な所作を伴ってうたわれた伝承歌だろうとみられています。結婚とは子孫を繁栄させることだから、その歌を農耕に先立ってうたうことは、とりもなおさず五穀豊穣を約束することになる。つまり、豊作を予祝(よしゅく)する(あらかじめ祝う)のです。

    それを支えているのが、言葉に霊力が宿ると信じる「言霊信仰」です。万葉集の時代の人々(万葉人)は、〈言〉と〈事〉は重なりあうものと考えていました。「豊作だ」と言葉を発すると、言(言葉)のもつ霊力が事(現実)を引き寄せて、めでたくも豊作がやってくると信じたのです。その際彼らは、日常の言葉で言うよりも歌の形でうたわれる言葉のほうが、言霊は威力を発揮することを知っていた。そこで、この「王者の結婚」の歌が作られ、その主人公の王者(すなわち作者)が、数々の武勇と恋の伝説につつまれた古代(万葉人から見た古代)の代表的な帝王である雄略天皇に仮託されたのだと思われます。

    そうした共同体の儀礼や伝承を踏まえたうえで、万葉集の編纂(へんさん)者は、遥かに先行する時代の偉大な帝王に敬意を払いつつ、大らかでめでたく、縁起のよいこの歌を巻頭に据えたのでしょう。このことは古代歌集としての万葉集の一面をよく物語っています。

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