ダニエル・E・リーバーマン

そうした進化論的な視点から見ると、現在のダイエットやフィットネスのプログラムが成功しないのは想定内で、事実、ほとんどが失敗している。それもそのはず、私たちがドーナツを食べたがるのもエレベーターを使いたがるのも原始的な衝動から来ることで、かつて適応的だったそれらの衝動にどう対抗していいかを、私たちはいまだに知らないからである。しかも、身体のなかにはいくつもの適応がごちゃごちゃに詰め込まれていて、そのすべてにプラス面とマイナス面があり、いくつかは互いに衝突もするから、完璧で最適な単一のダイエットプログラムやフィットネスプログラムなんてものは存在しない。私たちの身体は、いわば妥協の集積なのである。

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1 Response to ダニエル・E・リーバーマン

  1. shinichi says:

    人体600万年史

    by ダニエル・E・リーバーマン

     農耕牧畜民は狩猟採集民よりも多くの食物を手に入れられて、それゆえに多くの子供を得られるが、その代わり、総じて狩猟採集民よりも必死に働かなくてはならないし、食事の質は低く、洪水や旱魃などの天災に見舞われてせっかくの作物が台なしになることもあるため、飢餓に直面する機会も多くなる。また、人口密度の高い集団で暮らしているため、感染症が流行りやすく、社会的ストレスも発生する。農業は、文明やその他の「進歩」につながったかもしれないが、かつてない大規模な苦難や死にもつながった。

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     先進国における障害と健康不良はかなりの部分まで、この廃用性の病と呼ばれる疾患のせいだ。いったん生じてしまうと、この種の疾患はだいたい治療するのが難しい。しかし、私たちの身体がどう成長し、どう機能するように進化したかに注意を向けさえすれば、おおよそ予防が可能なのである。

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     適応というのは厄介な概念である。人体の適応はずっと昔に進化したものだが、その目的はただ一つ、私たちの祖先にできるだけ多くの子を生き残らせようとすることだった。結果として、私たちはときどき患うことになる。なぜなら自然選択にとっては健康よりも繁殖力のほうが重要だからで、私たちは健康になるために進化しているわけではないのである。

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     たとえば旧石器時代の狩猟民族は、定期的に食糧不足に直面していたし、きわめて活発に身体を動かさなければ生きていけなかったから、エネルギー豊富な食物を切望し、休めるときにはつねに休もうとする方向に自然選択が働いて、脂肪を蓄積しやすい身体になり、より多くのエネルギーを繁殖に費やせるようになった。

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     しかも、身体の中にはいくつもの適応がごちゃごちゃに詰め込まれていて、そのすべてにプラス面とマイナイス面があり、いくつかは互いに衝突もするから、完璧で最適な単一のダイエットプログラムやフィットネスプログラムなんてものは存在しない。私たちの体は、いわば妥協の集積なのである。

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    狩猟採集のエネルギー面での利点のおかげで最初の人間は小さな腸でも用が足せるようになり、それが大きな脳の進化を可能にした一因だったということになる。

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    大きな脳には相当なコストがかかる。脳は、重さで見ると体重の2%程度なのに、安静時の身体のエネルギー収支の約20%から25%を消費する。寝ていようが、テレビを見ていようが、この文章に頭をひねっていようが、それだけのエネルギーが奪われるのである。

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    脳が大きくなったことによる最大の利益は、おそらく考古学記録には見つからない種類の行動だろう。このとき旧人類が新たに獲得した一連の技能は、協力する能力をいちだんと強化するものだったに違いない。人間は、ともに力を合わせることが得意中の得意だ。食物をはじめ、生きるのに欠かせない資源をみんなで分けあう。他人の子育てを互いに手伝い、有益な情報があれば互いに伝えあい、ときには友人のみならず見知らぬ他人であっても、切迫している人があれば自分の命を危険にさらしてまで助けようとする。

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    私たちの脳は、大体100人から230人の社会ネットワークに対処できるように進化したことになる。旧石器時代の典型的な狩猟採集民が一生涯に何人と出会っていたかと考えると、この数字はあながち外れてもいまい。

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    まず、脂肪の各分子の構成要素は、脂肪分の豊富な食物を消化することによって得られるが、私たちの身体は炭水化物からもそれらを簡単に合成できる(だから脂肪分ゼロの食物を食べても太るのだ)。次に脂肪分子はじつに便利で、エネルギーを凝縮して蓄える。脂肪1gのエネルギー量は9kカロリーで、炭水化物やタンパク質1gあたりのエネルギー量の倍以上だ。食後、体内ではホルモンの働きによって糖分、脂肪酸、グリセリンが脂肪に変換され、脂肪細胞という特別な細胞内に貯蔵される。この脂肪細胞が体内には約300億個ある。そして身体がエネルギーを欲すると、また別のホルモンが脂肪を構成要素に分解するので、身体はそれを燃焼させるわけである。どの動物にも脂肪は必要だが、特に人間は生まれた直後から大量の脂肪を必要とする。それは主として、エネルギーをつねに欲する脳のためだ。

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    人間の進化に極めて重要な役割を果たした脂肪だが、その逆説的な遺産として、いまや私たちの多くは脂肪を欲し、蓄えることに適応しすぎてしまった。

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    人間の進化というのは何よりまず、筋肉に対する脳の勝利なのだといえなくもない。実際、人間の進化を説明した多くの物語がこの勝利を強調している。力強くもなければ敏捷でもなく、天然の武器も持っていなければ、ほかの身体的な優位性もまったく持っていない人間が、にもかかわらず、文化的な手段を駆使することによって繁栄し、自然界のほぼすべて-バクテリアからライオンにいたるまで、北極から南極にいたるまで-を掌中に収めた。いま生きている数十億人の人間の大半は、かつてなく長命で健康な生活を享受できている。しかしながら、私たちの思考能力、学習能力、コミュニケーション能力、協力する能力、革新する能力がいかにすばらしく、これらのおかげで私たちの種のいまの成功があるのだとはいえ、筋肉に対する脳の勝利という見方だけで現生人類の進化をとらえるのは不正確であり、かつ危険でもあると私は考えている。

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    人間の文化的な適応力の皮肉なところは、この独特の革新の才能と問題解決の才能のおかげで、狩猟採集民が地球のほぼ全域で繁栄できたまではよかったが、やはりその才能のおかげで、一部の狩猟採集民が最終的にその生活様式をやめてしまったことだろう。1万2千年前頃から、狩猟採集民のいくつかの集団は永続的な共同体をつくって定住を始め、植物を栽培し、動物を家畜化するようになった。そうした変容は、おそらく最初は徐々に始まったのだろうが、その後の数千年の間に世界規模での農業革命を起こし、いまなおその効果が地球全体を、そして私たちの身体を揺さぶり続けている。農業は多くの利益をもたらしたが、同時に多くの深刻な問題を引き起こしもした。農業によって人間は多くの食料を得られるようになり、その結果として多くの子供を持てるようにもなったが、それに伴って新しい形態の仕事が求められ、食べるものも変わり、病気や社会悪が詰まったパンドラの箱も開けられた。農業がこの世に現れてからまだ数百世代しか経っていないが、以後の文化的変化の速さと広がりは劇的なまでに加速した。人間の身体は何百万年もかけて少しずつ果実食の二足動物になり、アウストラロピテクスになり、最後にようやく大きな脳を持った文化的創造力のある狩猟採集民になるように形成されていったのだから、私たちの身体はそのときのように、つまり私たちの進化的過去が私たちを適応させたときのままに暮らしているほうが自然ではないのか。

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    いくつかの研究がこの数百年の間になされた軽微な自然選択の証拠をつきとめることに成功している。たとえばフィンランド人とアメリカ人の集団の中では、女性の初出産の年齢と閉経の年齢に自然選択が働いており、体重や身長、コレステロール値、血糖値についても同様である。もっと長期的な視点で見れば、最近の自然選択の証拠はもっと見つかる。新しいテクノロジーのおかげで高速かつ比較的安価に全ゲノムの配列が決定できるようになった結果、ここ数千年の間に特定の個体群の中で強い自然選択にかけられてきた数百の遺伝子が明らかにされてもいる。ご想像の通り、これらの遺伝子の多くは生殖や免疫系を制御するもので、その持ち主に子を多く持たせるように、あるいは持ち主を感染症で死なせないように働くからこそ、強く選択されてきたのである。そのほか、代謝に関する役割を果たしていたり、特定の農業集団を乳製品やでんぷん質の作物を食べることに適応させる働きをしている遺伝子もある。また、自然選択によって残されたいくつかの遺伝子は体温調節に関わっているが、これはおそらく、広範囲に拡散した集団を多様な気候に適応させるのに役立ったためだろう。たとえば私の研究グループは、氷河期の終わり近くにアジアで進化した一つの遺伝子変異が強い選択にかけられた証拠を発見しており、東アジア人とネイティブアメリカンはこの変異によって、毛が濃くなり、汗腺が多くなったと考えられる。このような最近の進化を経験した遺伝子を研究することには実益がある。その一つが、ある特定の病気にかかりやすい人とかかりにくい人はどう違うのか、その違いはなぜなのか、そしてさまざまな薬に対して人はどう反応するのかを理解する助けになるということである。このように、自然選択は旧石器時代の終わりとともに止まったわけではないけれども、ここ数千年の間に人間に起こった自然選択が、それまでの数百万年に比べて相対的に少ないことは事実である。その差は当然のことで、なにしろ最初の農民が中東で土を耕しはじめてから、まだ600世代しか経過していないのだ。しかも大半の人の祖先が農業を始めたのは、それよりさらにあとのことで、おそらくここ300世代ほどの間と思われる。

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    2型糖尿病で考えてみようか。これは以前にはめったになかったが、いまでは世界中で見られる代謝性疾患である。一部の人は、この2型糖尿病に遺伝的にかかりやすい。この病気の広まりが欧米よりも中国やインドで急速だった理由は、それで説明がつくだろう。ただし2型糖尿病がアジアで急激にアメリカをしのぐ勢いで蔓延しているのは、新しい遺伝子が東洋で広まっている最中だからではない。新しい西洋式の生活様式が世界中を席巻して、いままで悪影響を及ぼしていなかった旧来の遺伝子と相互作用しているからである。言い換えれば、自然選択を通じて起こる進化だけが進化のすべてではない。遺伝子と環境との相互作用は急速に、ときに根本的に変わってきている。それは主に私たちの身体をとりまく環境が変わってきているからで、その変化を促しているのが急激な文化的進化だ。あなたの持っている遺伝子の中に、扁平足や近視や2型糖尿病になりやすくさせる遺伝子があったとしても、あなたにそれを受け継がせた遠い祖先は、おそらくそれらの問題に悩まされていなかったに違いない。そう考えると、進化のレンズを通じてものを見て、旧石器時代が終わったあとに起こった遺伝子と環境との相互作用の変遷を考えることには大きな意義がある。

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    人間の身体は自動車のように設計図から作られたのではなく、代々の修正を通じて進化してきたものなのだ。したがって人体の進化の歴史を知ることは、自分の身体がなぜこのような姿をしていて、このように働くのかを見定める助けとなり、ひいては、自分がなぜ病気になるのかを推し量る助けともなる。生理学や生化学のような科学分野は、病気の原因をなす直金のメカニズムを理解する助けとなるが、進化医学という新興分野は、そもそもなぜその病気が生じるのかを説明する助けとなるのだ。たとえばがんは、まさに体内で進行中の異常な進化プロセスであると言える。一個の細胞が分裂するたびに、その細胞の遺伝子は突然変異を起こす可能性を持つ。したがって、分裂する頻度の高い細胞(たとえば血液細胞や皮膚細胞)や、突然変異を引き起こす化学物質にさらされやすい細胞(たとえば肺細胞や胃細胞)は、ともどない細胞分裂を引き起こして腫瘍を形成するような突然変異を偶然に獲得する見込みが高い。ただし、ほとんどの腫瘍はがんではん。腫瘍細胞ががん性になるには、細胞がさらに突然変異を獲得して、その突然変異の影響により、ほかの健康な細胞が栄養分を奪われ、正常な機能を阻害されて、打ち負かされてしまうことが必要となる。要するに、がん細胞とは、自らをほかの細胞よりも有効に生存させ、繁殖させられる突然変異を持った異常細胞にほかならないのだ。もし私たちが進化するべく進化した生き物でなかったら、私たちは決してがんにはならなかっただろう。さらに踏み込んで言えば、進化はいまも起こっている現在進行形のプロセスだから、進化がどう働くかがわかっていれば、失敗を防いだり機会を確実にとらえたりするのと同様に、多くの病気を予防したり治療したりすることもできるだろう。進化生物学が医療に必要となる例として、とくに切実で、かつ明らかなのは、感染症への対処である。それらの病気はいまも私たちととともに進化を続けているからだ。私たち人間と、エイズやマラリアや結核のような病気とのあいだで、いまなお進化的な軍拡競争が続いていることをわかっていないと、うっかり不適切な薬を作ったり、軽率に生態条件を壊したりして、逆にそれらの病気を助長してしまうことがある。次に発生する流行病を食い止め、治療するには、ダーウィン的なアプローチが必要なのだ。日常的な感染症への抗生物質の用い方を向上させる上でも進化医学は、重要な視点を提供する。抗生物質の濫用は、超強力な新種の細菌を進化させることになるだけでなく、体内の生態系を変化させて、クローン病のような新たな自己免疫疾患を生じさせることになりかねない。そしてがんの予防と治療にも、進化生物学は助けになると期待される。がん細胞と闘うとき、現在のところは放射線や有毒性の化学物質(化学療法)でがん細胞を殺そうとするのが普通だが、そうした療法はときに逆効果となることもあり、その理由を説明してくれるのが進化からのアプローチだ。放射線療法や化学療法は、致死性でない腫瘍が突然変異を起こして自らの細胞をがん細胞に変容させる確率を高めるだけでなく、細胞の環境も変化させ、新しい突然変異が選択される利点を高めてしまうこともありうるのだ。この理由から、あまり悪性でない種類のがん患者には、あまり攻撃的でない療法のほうが有効な場合があると考えられるのである。

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    進化医学のもう一つの効用は、病気の症状の多くはじつのところ適応なのだと認識させることにより、医者と患者の双方に、ある種の病気や怪我の治療法を考え直させることである。発熱や吐き気や下痢の最初の兆候があったとき、あるいはどこかしらに痛みを感じたとき、あなたはすぐにでも薬屋に行って、一般市販薬を服用するのではないだろうか。これらの不快感は緩和すべき症状だとほとんどの人が思っているが、進化論的な見地から言えば、これらは留意すべき有益な適応であるのかもしれない。たとえば発熱は、あなたの身体が感染症と闘うのを助けているのだし、関節痛や筋肉痛は、正しくない走り方のような何かしらの有害な行為をやめるようあなたに警告しているのかもしれないし、吐き気や下痢は、あなたの体内から有害な病原菌や毒素を除去しようとしているのだ。そもそも適当というのはやっかいな概念である。人体の適応はずっと昔に進化したものだが、その目的はただ一つ、私たちの祖先にできるだけ多くの子を生き残らせるようにすることだった。結果として、私たちはときどき患うことになる。なぜなら自然選択にとっては健康よりも繁殖力のほうが重要だからで、私たちは健康になるために進化しているわけではないのである。たとえば旧石器時代の狩猟採集民は、定期的に食料不足に直面していたし、きわめて活発に身体を動かさなければ生きていけなかったから、エネルギー豊富な食物を切望し、休めるときはつねに休もうとする方向に自然選択が働いて、脂肪を蓄積しやすい身体になり、より多くのエネルギーを繁殖に費やさせるようになった。そうした進化論的な視点から見ると、現在のダイエットやフィットネスのプログラムが成功しないのは想定内で、事実、ほとんどが失敗している。それもそのはず、かつて適応的だったドーナツを食べたがったりエレベーターを使いたがったりする原始的な衝動にどう対抗していいかを、私たちはいまだ知らないからである。しかも、身体のなかにはいくつもの適応がごちゃごちゃに詰め込まれていて、そのすべてにプラス面とマイナス面があり、いくつかは互いに衝突もするから、完璧で最適な単一のダイエットプログラムやフィットネスプログラムなんてものは存在しない。私たちの身体は、いわば妥協の集積なのである。

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    シマウマは、アフリカのサバンナを歩いたり走ったりしながら、草を食べ、ライオンから走って逃げ、ある種の病気に抵抗し、暑い乾燥した気候とうまくやるように適応している。そのシマウマが、たとえば私の住んでいるニューイングランドにつれてこられたら、シマウマはもうライオンのことを心配しなくてもよくなるが、今度は別のさまざまな問題に悩まされることになるだろう。お腹をいっぱいにできるほどの草は見つからないし、冬は寒いし、初めて遭遇する病気に対しては抵抗力がない。なんらかの助けがない限り、移住させられたシマウマはほぼ確実に病気にかかって死ぬだろう。この生き物はニューイングランドの環境にまるで適応していない(つまりミスマッチである)からだ。進化医学という新しく出てきた重要な分野での見方からすると、私たちは旧石器時代以来たいへんな進歩を遂げてきたにも関わらず、ある意味では、このシマウマのようなものになっている。特に農業が始まって以降、革新が加速するにつれ、私たちは次々と新しい文化的習慣を考案したり採用したりしてきたが、それらの習慣は私たちの身体に矛盾する作用を及ぼしてきた。一方では、比較的最近の多くの発展が利益をもたらしている。農業によって食物は増え、近代的な公衆衛生と科学的な医療によって乳幼児死亡率は低下し、寿命は長くなった。だが一方では、無数の文化的変化によって、私たちの持つ遺伝子と私たちをとりまく環境との相互作用が変えられた結果、さまざまな健康問題が生じるようになっている。それが「ミスマッチ病」で、定義するなら、旧石器時代以来の私たちの身体が現代の特定の行動や条件に十分に適応していないことから生じる病気ということになる。ミスマッチ病がいかに重要な意味を持つかは、いくら強調してもしすぎることはないと思う。みなさんが死ぬときは、十中八九ミスマッチ病で死ぬだろう。

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    ミスマッチ病を特定するにあたってのもう一つの問題は、多くの病気についての理解が十分に足りていないため、その病気を引き起こす直接的、間接的な環境要因を正確に指摘しにくいということである。たとえば自閉症は、かつてはほとんどなかったのに最近になって急に一般的になった障害であること、そして大半が先進国で発生していることから、ミスマッチ病の一つではないかとも考えられている。しかしながら、自閉症の遺伝要因と環境要因はどちらもあいまいで、果たしてこの病気が大昔の遺伝子と現代の環境とのミスマッチから生じているのかどうかは、なんとも言いがたい。同様に、もっと詳しい情報が得られない限り、多発性硬化症、注意欠陥・多動性障害(ADHD)、膵臓がんなどの多くの病気、および一般的な腰痛などの悩ましい症状を進化的ミスマッチの事例と見なすのは、あくまでも仮説にすぎない。

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    ミスマッチ病の特定に関する最後の問題は、狩猟採集民、とくに旧石器時代の狩猟採集民の健康に関するデータが十分にそろっていないことだ。ミスマッチ病の本質は、なじみのない環境条件に身体が十分に適応していないために生じるということだから、西洋人の集団の間では一般的だが狩猟採集民の間では、めったにみられないような病気は、進化的ミスマッチである可能性が高い。逆に、現在でも身の回りの生活環境に十分に適応していると思われる狩猟採集民の間で一般的な病気は、ミスマッチ病ではない可能性が高い。

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    進化的ミスマッチによって発生したもしくは悪化したと仮説を立てられている病気や健康問題の一部をまとめたのが以下だ。別の言い方をするなら、これらの病気はその発生原因に絡んでいる新奇な環境条件に人間が十分に適応していないために、広く蔓延したり、症状が深刻化したり、あるいは羅患年齢を下げたりしているのかもしれない。繰り返しいっておくが、以下はあくまで仮のリストである。これらの病気の多くは、まだ今後の検証を必要とする仮説段階のミスマッチ病であり、人間が新しい病原菌と接触するようになったことで生じる感染症はすべてリストから省いてある。もしそれらを含めていたら、リストははるかに長大で、はるかに恐ろしいものになるだろう。
     胃酸の逆流/慢性的胸焼け、にきび、アルツハイマー病、不安障害、無呼吸、喘息、水虫、注意欠陥・多動性障害、腱膜瘤、がん(一部のみ)、手根管症候群、虫歯、慢性疲労症候群、肝硬変、便秘(慢性)、冠状動脈性疾患、クローン病、うつ病、糖尿病(2型)、おむつかぶれ、摂食障害、肺気腫、子宮内膜症、脂肪肝症候群、線維筋痛、扁平足、緑内障、痛風、槌状址(ハンマートゥ)、痔、高血圧、ヨード(ヨウ素)欠乏症(甲状腺腫/クレチン病)、埋伏智歯、不眠症(慢性)、過敏性腸症候群、乳糖不耐症、腰痛、不正咬合、メタボリックシンオローム、多発性硬化症、近視、脅迫性障害、骨粗相症、足底筋膜炎、多嚢胞性卵巣症候群、妊娠高血圧腎症、くる病、壊血病、胃潰瘍

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    虫歯は、歯に付着する薄い膜状の歯垢のなかにいる最近のしわざである。あなたの口内にいる最近のほとんどは天然の無害のものだが、ごく少数の種が、あなたの噛んだ食物に含まれているデンプンや糖を餌にするときに問題を引き起こす。この細菌から放出された酸が、その下の歯を溶かして穴をあけるのだ。早急に治療をしないと、虫歯はいつのまにか進行して歯の奥まで達し、激痛とともに深刻な感染をもたらす。残念ながら人間は、虫歯の原因となる微生物に対抗できる天然の防御を唾液以外にほとんど持っていない。これはおそらく、私たちがデンプン質や糖質の食物を多量に食べるように進化してはこなかったからだ。類人猿が虫歯になることはめったになく、狩猟採集民の間でも珍しい。虫歯がこれほどまでに広まったのは農業が開始された後のことで、急激に増加したのは19世紀と20世紀においてだ。今日、虫歯は世界中の25億近い人々を苦しめている。虫歯は、発症の仕組みが壊血病と同じぐらいようわかっている進化的ミスマッチだがそれが今日でもいまだに世の中にはびこっているのは、私たちが虫歯の根本原因を有効に阻止していないからだ。もし私たちが本当に虫歯を予防したいのなら、私たちは糖とデンプンの摂取を劇的に減らさなくてはならない。

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