藤沢周平

 「新兵衛さん、待ってください」
 押し殺した声で言うと、おこうは新兵衛の手をおしのけて畳にすべり降りた。そしてあわただしく裾を合わせて坐ると、半ばとけて畳に流れている帯を手もとに引き寄せた。帯をつかんだまま、おこうはうなだれている。
 息を殺して、新兵衛はおこうを見まもった。すると、おこうの手がまた動いた。おこうは身体から帯をはずして畳んでいる。そしてきっぱりと立つと、夜具のそばに行った。
 おこうはそこで、さらに腰に巻きついている紐をはずし、着物を脱ぎ捨てると、長襦袢だけになった。その姿のまま、新兵衛に背をむけてひっそりと坐った。新兵衛は立って行くと、跪いて背後からそっとおこうの肩を抱いた。こわかったら、ここでやめてもいいのだよおこうさん、と新兵衛が思ったとき、おこうが振り向いた。おこうは奇妙なほどにひたむきな顔で、手をのばすと新兵衛の羽織の紐をといた。

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